銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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仕官候補生たちがKMFを学ぶ前に適性を計る意味で行われるシミュレーションプログラムは、崩壊しかかっているゲットーの中をどれだけ早く損傷を負わずに目標地点に行けるかというものだった。

 

伊達に黒の騎士団時代にグラスゴーのコピー機である無頼を乗り回していた訳じゃないと、息巻いていた俺は歴代の記録をぶっちぎる最速のタイムで到達してやって受付嬢の鼻を明かしてやった。

 

昔の俺だったら反応できなかっただろう建物の崩落も、ライヴェルト少年の反応速度と空間把握能力の前には都合のいい足場でしかなかった。

 

その後のシミュレーションプログラムはCPUが操作する敵KMFを倒すという単調なものだったのだが、俺のシミュレーションの様子をモニターで見ていた貴族が難癖を付け始めたあたりから雲行きが怪しくなった。彼曰く、俺が操縦せずにオートで対応させているんじゃないのかっていうことだ。

 

父親のルドルフは文句を言ってきた人間に怒鳴りつけようとしたのだが、俺は咄嗟に止めた。そして、俺は文句を言ってきた若い貴族の男に勝負を持ちかけた。

 

KMFは子供の玩具ではないと高説を語ってくれたので、どんな動きを見せてくれるのか楽しみにしていたのだが、移動してアサルトライフルを撃つ。もしくはスタントンファで殴りかかるという単調な攻撃。

 

むしろCPUの方がいい動きをしていたと思う。俺は近づいてきた相手のグラスゴーを転ばせるとうつ伏せになりコックピットが剥き出しになった相手を嬲るようにアサルトライフルの銃弾を浴びせた。

 

致命傷にならないようにじっくりと甚振っていると相手が通信越しに泣き出したのが分かった。

 

衆人観衆の前で大恥を掻いた貴族の男はシミュレーションルームにいた他の候補生たちに命令して、俺を完膚無きまで叩き潰すように言った。

 

彼の派閥に属する人間が次々と向かってくる。だが、俺にとってはただの的でしかなく、実力がない相手に時間を掛ける必要も無いのでさっさと倒していく。

 

気付けばシミュレータールームは候補生やら教員らで埋め尽くされ、今更止めるに止められない状況になっていた。

 

そのシミュレーション地獄を終わらせるきっかけを作ってくれたのは候補生の制服を身に纏ったコーネリア殿下とその選任騎士ギルフォードだった。

 

俺に対して後ろめたい気持ちを持っていたものはコーネリア殿下の檄を聞いて逃げ出し、教員たちは揉み手でこの状況を打破してくれそうな彼女らを歓迎している。

 

話の流れでギルフォードと一騎打ちすることになった。彼とは前世で何度か対峙したことがあるが、その都度俺は正々堂々な戦いを望んだ彼の思いを汚すような卑怯な手を使って勝ってきた。そうしなければ俺は純粋な騎士である彼に勝てる見込みはなかったのだ。

 

しかし、今の俺はライヴェルト・ローウェンクルスという才能の塊の未来ある少年だ。今の状態でも、動体視力、反応速度、空間把握能力、どれをとってもルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの頃と比べ物にならないものを持っている。もし負けても、それを糧にしていけばいいだけのこと。俺は全力を賭してギルフォードという騎士と戦う。

 

 

 

「馬鹿者っ!」

 

「……ごめんなさい」

 

ギルフォードとの戦いは一瞬だったが、とても有意義なものだった。たった一度の交差で中破してしまったギルフォードのグラスゴーの姿に残念な気持ちになってしまったが、個人的な繋がりを申し入れられたので連絡先の交換を行った俺たち。

 

その後、時間いっぱいまでシミュレーターを楽しもうとした俺だったのだが、じんわりと湿気を感じて視線を向けるとズボンの膝から下が真っ赤に染まっていた。見れば両手に巻かれた包帯から血が割りと速いスピードで滴り落ちている。

 

その様子を見て冷静になった俺はそのことを父親であるルドルフに告げる、すると烈火の如く怒られ、さっさと筐体から出てくるように言われる。

 

その後は説教である。

 

そもそも傷を癒しながらローウェンクルス領に帰るつもりなのに傷を開いてどうするんだという話だ。

 

頬を引き攣らせる受付嬢に見送られた俺たち親子はボワルセル仕官学校を後にし、入院していた病院に舞い戻る。当然、担当の医者にはこっぴどく説教をされるのだった。

 

 

 

さて、俺が再度入院したという話を聞きつけ心配したジェレミアとかジェレミアとかジェレミアが見舞いに何度も訪れ、休まる暇がないなとため息を親子で吐いていたら、意外な人が見舞いに訪れた。

 

神聖ブリタニア帝国第5皇妃にして女体化した俺ことルルーシェの母親マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアである。完全にお忍びでの来訪なのかお付の使用人が1人もいないので、最初は父親であるルドルフも誰だか分からなかった。

 

「貴方がルルーシェの言っていた『ライ』くんね。加えて、あのKMFの適性を計るシミュレーションプログラムで私の記録をぶっちぎった子でもある。あの娘と違って鍛え甲斐がありそうだけれど、さすがにローウェンクルス領は遠いわ」

 

そう言って頬に手を当てて首を少し傾けつつ困ったように呟くマリアンヌ皇妃。目を白黒させていた父親に誰なのかを伝えると彼は大きく目を見開いた。とても驚いているようだ。

 

「マリアンヌさまはどうしてこちらに?」

 

「娘を命懸けで守ってくれた恩人にお礼を言うのは母親として当然でしょう。それに個人的に興味があったから」

 

お茶目にウインクする第5皇妃の姿に俺は思わず疑いの目を向ける。

 

俺にとってマリアンヌは、自らの計画のためならば倫理すら厭わぬ魔性の女でしかない。マリアンヌはこうやって言葉の端々に娘のルルーシェのことを気にかけるようなことを言っているがそれすらも偽りである可能性が高い。

 

もしも、ライヴェルト少年との契約を果たすのならば、早期にマリアンヌをどうにかする必要がある。こいつが生きている限り、ルルーシェが幸せになることはないだろう。マリアンヌさえ死んでしまえば、ルルーシェたちを溺愛していそうなシャルル皇帝はどうとでもなる。

 

「どうしたの、そんな怖い顔をして?」

 

「いえ、皇妃さまの頭頂部に乗っかっているのはアクセサリーなのか虫なのかをじっと見ていました」

 

俺がそう言った瞬間、マリアンヌはベッド横の丸椅子から華麗に立ち上がる。

 

そして、どこかのファッションモデルのように淀みの無い動作で入り口まで行くと、扉に手を掛けて何も語らず優雅に出て行った。ぱたりと閉まる扉の先で何者かが身を屈めて一瞬で消えた。

 

「さすが現役時代、『閃光のマリアンヌ』と敵方に恐れられた方だ」

 

と父親が呟くのを聞きながら、やっかいな人物と知り合いになってしまったと俺は大きくため息を吐くのだった。

 

だが、その翌日にもマリアンヌは俺を訪ねてきたのである。今度は娘たちとシャルル皇帝に忠誠を誓いマリアンヌを慕う帝国最強の騎士を連れて。最近出会う面子、濃過ぎないか?

 

 

 

 

ルルーシェ皇女殿下の要領を得ない問いかけに律儀に応答するローウェンクルス伯爵の倅ライヴェルトは、マリアンヌさまのご息女たちの相手をしっかりとしつつも私やマリアンヌさまの動きを逐一確認している。

 

シャルル皇帝やマリアンヌさまのお言葉を聞き、期待を膨らませてきたが失望せずに済んだ。聞けばコーネリア皇女殿下の選任騎士に選ばれたギルフォードの倅を倒す技量を持つという。

 

それに長らくKMFの適性を計るシミュレーションプログラムランキングのトップに立ち続けたマリアンヌさまの記録を約1000点近く更新する結果を残している。

 

対人戦闘に関してはルルーシェ皇女殿下を守りつつ大人4人を相手に大立ち回りし、銃を突きつけてきた2人を戦闘不能に追いやったと聞いている。

 

その負傷の証が両手に巻かれた真新しい包帯なのだろう。右拳は裂傷、左拳の甲は気付けのために自身で砕いたという。これほど勇猛で胆力のありそうな少年は久方ぶりに見る。マリアンヌさまが稽古を付けたいと言い出すのは仕方の無いことだろう。

 

「ルルーシェ、私たちはライくんの強さを見ていないから貴女の話に共感することができないわ。だから、今から中庭に行ってビスマルクと戦ってもらうけれどいいかしら?」

 

マリアンヌさまの無茶振りとも言える言葉にローウェンクルス伯爵家の親子は揃って青くなったが、彼女に言い含められキラキラとした瞳で見てくるルルーシェ皇女殿下の視線に耐えられなくなったライヴェルトは力なく頷くのだった。

 

病院の中庭に移動したのはいいのだが、医者や看護師からの視線が思っていたよりも厳しいものだった。確かに逆の立場であったなら、どこか別の場所でしろよと私なら文句を言うだろう。相手が皇族や帝国最強の騎士でなければ。

 

さて、ライヴェルトと実際に対峙した訳だが、彼の両手は見てのとおり使えない。右足も脛を負傷しているということで、無事な左足で私を攻撃するという流れになった。

 

ライヴェルトに帝国最強の騎士の懐の大きさを見せてやろうという気持ちと、マリアンヌさまたちに私の格好いいところを見せつけようという2つの思いを抱きながら、彼の左足でのローキックを右足で受けた。

 

病院の中庭という場所に一発の打撃音が響き渡る。

 

私はなおも攻撃を続けようとするライヴェルトを片手で制止すると、病室に忘れ物をしたと言ってその場から離れ、彼らの死角に入ったことを確認した私は制服をまくって自身の足がちゃんとついているかを見た。

 

見れば彼に蹴られた部分に赤黒い跡が残っている。蹴りが恐ろしい威力を秘めていたことを物語っている。

 

私は彼が負傷していることを神に感謝した。彼が万全な状態だったら、稽古ではなく殺人事件に発展してしまう。その際に倒れ伏しているのは自分だと、ギアスを使わずとも安易に予想できる。

 

「へぇ、ビスマルクも青くなるほどの逸材なんだ。これは早いうちに手を打っていたほうがいいわね」

 

気付けばマリアンヌさまが私の背後に立っていた。

 

彼女の表情を計り知ることは出来ないが、非常に淡々とした口調で何もかもを利用してやろうという不穏な心の機微が感じられ、私は思わず口の中に溜まっていた唾液をごくりと飲み込む。

 

だが、すぐに彼女は皇女殿下たちの元に戻っていった。

 

私は、シャルル皇帝やマリアンヌさまが目指す世界、計画の一端を知っている。だが、私は人も捨てたものではないと思っている。どちらかを選ばなくてはならなくなった時、私はどんな選択をするのだろう。

 

と考えながら、私は看護師に貰った湿布をズキズキと痛み出した右足に貼るのだった。

 


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