銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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03.

神聖ブリタニア帝国の第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアから見舞いとしてもらった果物の盛り合わせ(超)はどう考えても俺と父の2人では消費できないという結論に至り、ライヴェルト少年が生前好物だったリンゴを数個確保して、その他は病院に寄付することになった。このまま部屋で腐らせるよりも病院に勤めている人間や入院している患者に食べてもらった方が有意義だからだ。

 

意外にも器用なナイフ捌きでリンゴを剥くルドルフの横顔を眺めながら、俺は今回の“事件”について考えていた。

 

狙われたのは神聖ブリタニア帝国皇妃の1人であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの娘の1人である第3皇女ルルーシェ・ヴィ・ブリタニア殿下だ。

 

彼女はアリエス宮に勤めていた使用人を数人つれてお忍びであのブティック店を訪れ、皇妃である母や妹に送るプレゼントを見繕っていたところを突然襲撃された形だ。いや、V.V.が絡んでいる以上、あれが偶然だったのか俺には分からない。

 

ちなみにライヴェルト少年とルルーシェ皇女殿下が知り会ったのは、あのブティック店で同じブローチを手に取ろうとして、手が触れ合ったことがきっかけだった。

 

どこのラブコメ的な出会いなんだと頬が引き攣りかけたが、とりあえず落ち着く。

 

ブローチを先に手に取ったのはライヴェルト少年だったが、手を伸ばし涙目な状態でぷるぷる震えていた少女に躊躇い無く手渡している。

 

受け取った皇女殿下はひまわりのような満面の笑みをライヴェルト少年に向け、彼は一瞬で恋に落ちた。

 

2人はそれぞれが家族にプレゼントするために来た者同士であることを知ってライヴェルト少年は『ライ』と名乗り、ルルーシェ皇女殿下は『ルル』と名乗り、短い間だが一緒にブティック店を回っていたのだ。

 

 

 

俺は夢の中でライヴェルト少年と『身体を貰い受ける代わりにライヴェルト・ローウェンクルスが大切と思う者全てを守る』という契約を結んでしまっている。

 

つまり、その契約を履行するためにはルルーシェ皇女殿下をあらゆる方面から守らざるを得ないという訳だ。幸いにもローウェンクルス伯爵家は中立の立場にある。帝都から遠く離れた場所を領地に持つ事、それに贔屓している皇族がいないというのも大きい。父親であるルドルフが言っていた『ブリタニア帝国において武門として名高いゴッドバルト辺境伯』と知己を得て家臣団が乱舞したのはローウェンクルス家がそういった武門において何の功績もないからだ。

 

ブリタニア帝国内において唯一地熱発電や湧き出るお湯をうまく使って、1年を通して作物を育てられることや観光地として集客があること以外でローウェンクルス家に売りがなかったのだ。

 

そう考えると戦闘に特化して人付き合いが苦手な母親サクラがローウェンクルス家に嫁いだのも流れを変える目的があったのかもしれない。

 

だが、俺よりも先に生まれたレイリード兄上とルティア姉上には武術を行う下地というか才能が皆無だったのだ。両親も家臣団も「やはり無理なのか」と諦めかけていた時に、ライヴェルトというローウェンクルス家に革命を齎すかもしれない子が産声を上げた。

 

ただ修練を始めた直後にこんな事件に巻き込まれるとはついていないとしかいいようがない。

 

「蜜のところが美味いな」

 

「うん。全体のバランスが絶妙だね。どこのリンゴなの?」

 

「えっとだな……。お、サクラの故郷のものみたいだぞ」

 

「お母さんの?……ということは日本(にっぽん)?」

 

「日本はいいぞ、ライヴェルト。アラスカと違って四季折々で行く度に景色が変わるんだ。サクラの親族が住んでいるところには彼女の名前と同じ木が植えられていて春に行くとそれは大層な光景が見られるんだ。サクラの親族はみんな彼女のような感じだが見慣れていれば意思疎通で困ることはない。ただし弟の鏡志朗くんにはずっと睨まれっぱなしだったがね」

 

ルドルフは快活な声で笑うが、彼が言った母親のサクラの弟の『きょうしろう』という名前に俺は首を傾げた。

 

ライヴェルト・ローウェンクルスから見てみれば、母親の弟ということで叔父に当たる人物になるわけだが、『日本』という国で、苗字が『藤堂』かつ、名前が『きょうしろう』ってまさか……。

 

『藤堂鏡志朗』、ブリタニア帝国が日本に宣戦布告した後、唯一日本軍が勝利した「厳島の奇跡」を成し遂げたあいつかっ!

 

「奇跡の藤堂」が叔父って何の冗談なんだ!

 

それに藤堂鏡志朗は前線で戦う戦士としてはエースとまでは行かないが一流に分類される。

 

だが、指揮官としては三流もいいところだ。

 

ブラックリベリオンの時、全軍の先頭に立って一時はブリタニア政庁の目前まで迫るがゼロという指揮官を失い、自身で全軍の指揮を執らなければならなくなった途端、同じくコーネリア・リ・ブリタニアという指揮官を失ったはずのブリタニア軍に押し返され、敗北という結果を生んだ。

 

本人はブリタニア軍に拘束されてしまう始末。

 

後に救出され、黒の騎士団の幹部としてKMFを駆りスザクと互角に戦うなど戦果を上げたが、己の意思という確固たるものを持たず周囲の意見に簡単に流されるだけのつまらない男になっていた。

 

「ここ数年は冷害や作物生育不良などで忙しくて行けていないからな。成長したレイリードやルティア、それにライヴェルトもお義父さんやお義母さんたちに見せたいし、近いうちに計画を立てて挨拶に行かないとな」

 

ルドルフは日本産のリンゴを咀嚼しながら考えを口にする。彼の様子を見るに異国民であるはずの母親の家族に対して、特に何も抱いていないようだ。

 

ごく普通に、遠方に居る妻の両親に挨拶をしに行く。そんな感じである。それも当然だろう。だって、まだこの世界においてブリタニアは日本に対して宣戦布告もしていない。この世界における俺とナナリーの立ち位置にいる姉妹もアリエス宮にいる。まだ、マリアンヌ皇妃の暗殺事件は起きていないのだ。

 

「ところでライヴェルト、明日ブリタニア軍の人が先日の事件について聞きにくるようだ。だが、いきなり知らない人間が来ても困るだろうと思って、知り合いが来る様に手配してもらった」

 

「知り合いの軍人ですか?」

 

「ああ。彼もライヴェルトに直接礼を述べたいと言っていたから渡りに船だったんだが」

 

「……もしかして、ゴッドバルト辺境伯ですか?」

 

「そのとおりだ。まだ家督を引き継いでいないようだから、『卿』という敬称をつけるといい」

 

そう言ってルドルフは俺の頭を優しくなで上げるのだった。それにしても聞き取りに来るのがジェレミアか……。

 

絶対ろくな事にならないと思ってしまうのは、気のせいなんだろうか。

 

 

 

「オールハイルブリタァニアああああああ!」

 

突如、病院の敷地内に響き渡る野太い男の魂の叫び。しばらくすると建物から看護師や医師たちの慌てふためくような声が何箇所からも聞こえてくる。

 

さて、病院全体を混乱状態に追い込む叫びを上げた男は、今も同じ言葉を連呼しており、上司っぽい人に黙るように叱られている。

 

「ここには絶対安静の患者もいるのだぞ、行動を慎め!ゴッドバルト中尉!!」

 

「ライヴェルトくんの話を聞いて魂が滾らないガイラル調査官の方がおかしいわぁっ!皇女殿下と知らなかったにも関わらず、ルルーシェさまの身を守るために自ら盾となり爆発と焔から守るだけでなく、体格が上の刺客!それも4人もいる相手に挑んでいくことが出来る将来有望な少年の活躍を聞いて貴方は何も思わんのかっ!!」

 

「その店には皇女殿下は“いなかった”。という決定になったのを貴様も知っているだろうがっ!いい加減にしろ!!」

 

「何を言う!例え記録に残らずとも、あの現場を見た我々や助けられたルルーシェさまの記憶には、ばっちりと彼の勇姿が刻まれておるわぁあああああああ!!」

 

「ええい、五月蝿い!だから貴様を連れてきたくなかったのだ!」

 

予想していた通り、無駄に熱血なジェレミアが来た所為でなかなか調書作りが先に進まない。

 

『あの店で母と姉に似合いそうな貴金属を選んでいた』、と言えば「家族思いの良い少年だっ!」と茶々を入れ満足そうに頷く。

 

『店内に何かが投げ込まれるのを見て咄嗟に傍にいた少女を抱きかかえて床に伏せた』と言えば「咄嗟の判断力と機転、さすがだっ!」と言葉に熱が入り始める。

 

『煤だらけの死体の顔を確認する刺客に何とも言えない怒りがこみ上げて来ていつのまにか奇襲していた』と言えば「何たる外道!ライヴェルトくんの行動は正しい」と主張が大きくなり始めた。

 

『刺客のうちの2人を倒したところで奴らは撤退していった』と言い終えた俺の前にガイラル調査官を押しのけてジェレミアが立った。

 

そしておもむろに俺の両手をぎゅっと握り締める。ジェレミアとしては賞賛したい気持ちでいっぱいだったのだろうが、俺の両拳は重傷でまだ完治していない。握られた瞬間、両手に熱された延べ棒を押し付けられるような鈍痛が走った。

 

感極まっていたジェレミアの手を払いのけ、前のめりになったジェレミアを俺は蹴り上げていた。V.V.の顔を文字通り蹴り飛ばした一撃がジェレミアの厚い胸板に直撃する。

 

だが彼の軍人として立派に鍛え上げられた肉体は少し浮かぶだけでそこにあった。

 

やはり、V.V.の取り巻きだったギアスユーザーたちは能力に頼りきりだったか、と包帯の巻かれた両手を擦っているとジェレミアはその場に崩れ落ちた。

 

ガイラル調査官が近づくと、泡を噴いて気絶しているとのこと。

 

ガイラル調査官は報告書を一瞥すると、俺が倒した刺客2人は重傷を負っている可能性があると書き加えるのだった。

 


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