銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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HEルート 竜頭蛇尾③

□オルフェウス□

 

一子相伝の女系貴族である「ジヴォン家」に産まれた俺は前回同様に平民の家に捨てられた後、ギアス饗団に引き取られた。

 

抵抗しようにも幼い自分の身体では限界があった。せめて己よりも幼く心身の弱いエウリアやクララといった家族を救おうと身を盾にしていた俺に差し伸べられた救いの手。

 

ギアス饗団は饗主V.V.の失踪により解体され、実験体となっていた多くの者は皇帝の記憶改変のギアスを受けて、新たな人生を歩むために俺の下から去って行った。

 

何故か俺はエウリアやクララたちのように記憶が書き換えられなかったため、行く宛を無くしたのだが、『僕のところで働かないか』と言ってくれた人がいた。

 

ライヴェルト・ローウェンクルス卿。

 

神聖ブリタニア帝国本土防衛軍統合参謀本部に所属する少佐で、皇帝陛下からも一目を置かれる存在。

 

ギアス饗団で一緒だったロロもすでに彼に引き取られ、新たな姓を与えられていて驚いた。ギアス饗団の施設にいた時、ある日を境に人形のように反応が乏しくなっていた。そんな彼が周囲に対して心からの笑顔を振り撒けるようになるなんて思いもよらなかった。

 

俺は彼の申し出を受け帝都にあるローウェンクルス伯爵家の別邸で住み込みの執事として働きながら、庶民の学校に通っていた。俺はそこで運命の出会いを果たす。

 

「何故、此処にいる」

 

「ふもっも、ひーはん!?」

 

帝都に新設されたアッシュフォード学園の文化祭にて、クラスごとの出し物での当番が終わり校舎内を歩いていたら、両手にフランクフルトを持ったオルドリン・ジヴォンが現れた。口の周りをケチャップやマスタードで彩っている。

 

前の世界では分かり合った兄妹とはいえ、この世界では会ったことのない赤の他人と素通りしようとしたのだが、彼女の目が俺を捉えた瞬間、身体が目に見えて硬直したのである。どういう訳か、彼女も記憶があるようだと声を掛けてみれば、口の中に入っていた細かいフランクフルトが飛び出てくる。

 

「仮にも貴族令嬢ならば、それ相応の慎みを持ったらどうだ?」

 

『もきゅもきゅごっくん』と口の中に入っているものを飲み込んだオルドリンが両手に持っていたフランクフルトを周囲にいた人に預けると同時に俺に向かって飛びついてきた。俺は制服の右ポケットからハンカチを取り出すと拡げて、彼女の顔に押し当てた。『むぎゅう~』という情けない呻き声が聞こえてくるが、オルドリンは俺が言った言葉の意味をこれっぽっちも理解していなかった。

 

「俺は慎みを持った行動をしろと言ったんだがな?」

 

「ぷはっ!兄さん“も”記憶があるのね!」

 

「俺はお前の兄さんじゃない。……そう言うっていうことはお前にもあるんだな」

 

ロロとローウェンクルス卿という前例があったため、俺はそこまで驚かなかったがオルドリンは違うようだ。彼女は俺のハンカチでケチャップやマスタードを拭うとすぐに俺の胸元に縋り付いて来た。傍から見れば顔が良く似た兄妹が熱く抱擁しているように見えるのだろうか。

 

「何故、兄さんもそんなことを言うの?お母さまはともかく叔父さまも何のことか分からないっておっしゃるし、マリーだって私のこと知らないって……兄さんは私が知っている兄さんだよね。そうだって言ってよぉ……」

 

泣きじゃくるオルドリンは、俺の知る強い心を持った彼女の記憶を持ちながらも、肉体や精神が追いついていない歪な状態に見えた。どうフォローすればオルドリンのためになるのかを考えた俺が選んだのは、雇い主でありこの世界において最も影響力のある人に助けを求めることだった。

 

 

 

□マリーベル□

 

勝手知った我が家のように、どこに何が置いてあるのか把握しているようにてきぱきとお茶会の準備をするオルフェウスの背を見ながら、私はルルーシェお姉さまが焼いたクッキーを一枚つまみ上げて口に運ぶ。口の中でほろほろと崩れていく甘美な食感に身悶えしながら、大型モニターとノートパソコンを繋ぐためにあっちこっちにてんやわんやしているオルドリンを見る。

 

「これがこーなって、あそこがあーで、うわわっ、きゃー!?」

 

コードが足に絡まって、ばたんとその場に倒れこむオルドリン。そんな彼女を見兼ねてため息を吐いたオルフェウスが助け舟を出す。そんなジヴォン兄妹の温かなやり取りを見ていると、オルフェウスが用意していた茶器をテーブルに用意する少年がいた。

 

「ありがとうございますわ、ロロくん」

 

「いえ、僕はローウェンクルス家の執事ですから」

 

そう言った茶髪の執事服を着込んだ少年は背筋をピンと伸ばした格好の良い姿勢で台所に戻っていく。その先で眉をハの字にしてこちらの様子を窺っているアールストレイム令嬢と合流した。

 

「準備が終わったよ、マリー!」

 

「ええ。ありがとう、オズ。では、ルルーシェお姉さま。私の大事な騎士たちをお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 

私はリビングのゆったりとした椅子に腰掛けて赤ちゃんの服を編んでいる異母姉に声を掛ける。彼女はアメジストのような瞳を細め、艶やかな黒髪を揺らしながら、にこりと微笑んで頷く。

 

私は携帯端末を操作して、邸宅の前で待機しているグリンダ天空騎士団の主要メンバーに対し『粗相のないように』と厳命した上で入ってくるように促す。

 

帝都でも有名なローウェンクルス伯爵家の別邸へと足を踏み入れたグリンダ天空騎士団の主要メンバーたちはまるで借りてきた猫のようにガチガチに緊張して置物のように固まっている者がほとんどだった。オルフェウスやオズがいなければ、重苦しい空気に耐え切れなくなっていた人物がいただろう。

 

「「わぁ……」」

 

ルルーシェお姉さまの近くに座ったソキアとマリーカが感嘆の声を上げる。彼女が作る赤ちゃんの服を見せてもらってマリーカがちらちらと婚約者であるラインハルトに熱い視線を送っている。

 

肝心の彼はマリーカの視線に気付いたけれど、意図は察していない様子。前の世界では彼らの未来がどうなったのかを知ることが出来なかったから、是非にも今回は彼らの愛の結晶を抱かせてもらいたいものだ。

 

「さて、皆も分かっている通り、明後日の正午。第5回神聖ブリタニア帝国本土防衛大決戦!『史上最悪のテロリストに奪われた姫を取り戻せ!』が行われる手筈になっている。相手は本土防衛軍総司令ライヴェルト・ローウェンクルス卿扮する『ゼロ・シルバー』だ。ローウェンクルス卿は公式、非公式に関わらず記録に残っている戦いにおいて無敗。この神聖ブリタニア帝国において最強の名を冠するに相応しい人物だ。普段は厳格で本国の平和のために尽力をされる彼がこのイベントでは、思う存分にはっちゃけてしまっている。モニターを見てくれ」

 

オルフェウスがパソコンを操作するとモニターに映し出されていたブリタニアの国旗が消えて、去年の大決戦の様子を切り取った映像が流れる。

 

金色のヴィンセント・カスタムが荒野を縦横無尽に掛けて、手に持ったピコピコハンマーで次々とブリタニア軍機を戦闘不能にしていく。そんな中、特機とみられるKMFと対峙したのだが、ほぼ瞬殺だった。多くのブリタニア軍機を戦闘不能にしてきたピコピコハンマーが放り投げられたと思ったら、その一瞬で達磨になって転がされる特機。モニターを見ていた私たちでさえ、目を剥く速さだった。

 

「ナイトオブワンは彼で4人目だったのだが、この戦いがトラウマとなり辞表を提出された。次は誰が生け贄になるのだろうと思っていたのだが、まさかユーフェミアさまがなるとは。ナイトオブファイブにもナナリーさまが就いたし」

 

モニターに映し出されたのはパイロットスーツに身を包んだ異母姉妹たち。搭乗機である複座機で従来のKMFを上回る大きさのガウェインも映り込む。

 

彼女たちに共通するのはローウェンクルス卿の側室の座を狙っているライバルであるということ。他にも数人、側室の座を狙っている女性がいるのだが、庶民であったり貴族の子女であったりとバラエティに富んでいる。

 

「何故、ローウェンクルス卿の住まいである此処がグリンダ天空騎士団の会議の場に選ばれたのかというと、彼の奥さまへの愛がどことなく天元突破してしまっているからだ。奥さまはこういった映像を見ても『ピンとこない』のだが、自分に関する全ての情報を知っていてもらいたいということで、こんな物も送られてきている」

 

次にモニターへ映し出されたのは3機のKMF。ライトアップされた機体はまさに威風堂々とした立ち姿だ。そして、画面の脇に映し出された茶髪の少年と紅い髪の少女の顔写真。

 

少年の方は見覚えがある。前の世界でナイトオブセブンだった枢木スザク卿だ。

 

「今回、ローウェンクルス卿は積極的には戦闘に参加せず、指揮に徹するとお達しが出ている。では誰に指揮を出すのか。それがこの日本人の少年少女だ。現在機密情報局のトップであるリターナー局長がエリア11に迎えに行き、今日か明日の午前中には到着する予定とのこと。皆も分かっていると思うが、ローウェンクルス卿が認めるKMF操縦技術を持つデヴァイサーだ。舐めて掛かると即座に落とされる」

 

モニターの画面が切り替わると枢木卿の顔写真と白いKMFが映し出された。

 

「このKMFの名前はランスロット・アルビオン。少年の名は枢木スザク、日本人だ。ナイトオブセブンの藤堂鏡士朗に話を聞けば、どうやら彼と同門らしく接近戦はかなり上手と見ていいだろう。このランスロット・アルビオンの推進装置は背部に取り付けられたエナジーウィング。フロートシステムでは太刀打ちできないほどの機動性と移動性をものにした技術。早い話、第7世代KMFを操る我々には太刀打ちできない領域にある第9世代KMFだということだ。3年前の大決戦を思い出す。第5世代KMFをずらりと並べたブリタニア軍に対し、ランスロット・トライアルを駆って世界にKMFの革新を突きつけたあの戦いを」

 

遠い目をしながらパソコンを操作するオルフェウス。私は周囲を見渡す。ニコニコしながら赤ちゃんの服を編むルルーシェお姉さま以外のグリンダ天空騎士団のメンバーたちは一概に俯き絶望している。

 

去年まではテレビに映るこの催し物を見て、ブリタニア軍の情けなさを笑っていられたけれど、今年からは参加する側だからそうも言ってはいられない。彼らがそうしている間もオルフェウスによる敵戦力の説明は行われている。

 

どうしたものかしらと私が考えていると、ロロくんが紅茶やお菓子のお替わりを持ってきたのでいただく。

 

「ねぇ、ロロくん。ローウェンクルス卿から大決戦について何か聞いていないかしら、ちょっとしたことでもいいのだけれど」

 

「……兄さんは凄いや。僕に大決戦のことを尋ねてくるのはマリーベルさまだけだろうからって。えっとですね、まず『ランスロット・アルビオン』と『ランスロット・グレン』にはアスプンルド伯爵ら開発チームよりリミッターが掛けられているので、第7世代KMFでも追えないことはない速さだそうです。リミッターが掛けられる理由は簡単、それほどの信頼が開発チームと新しく来るデヴァイサーにないから。次に兄さんは確かに『指揮に徹する』とは言っていますが、『誰を』とは言ってありません」

 

ロロくんはそう言うと台所へ引っ込んで、今度はルルーシェお姉さまの方へ向かって行った。

 

「逆に言えば、ライヴェルトさんの駆る第9世代KMFは性能100%の状態で戦場に出てくるってことよね。……誰の指揮に徹するのかしら?」

 

私は思考を加速させる。

 

相手は悪逆皇帝として一度は世界を支配した最強の頭脳を有する異母兄『ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』の魂を持つ、ハイスペックチートの身体能力を有する『ライヴェルト・ローウェンクルス』。

 

ルルーシュお兄さまの唯一の弱点が無くなった今、彼が取れる手段は私の考えを軽く凌駕してしまう。特に彼が率いることで下手すればナイトオブラウンズでも突破できないのではないかと言われている本土防衛軍の練度は凄まじいことになっている。

 

「……。この大決戦って何でもありですよね、オルフェウス?」

 

「ああ。特に何も明言されていない」

 

態々エリア11から枢木卿たちを引っ張ってきたっていうことは彼らにも前の世界の記憶があると見ていい。特に枢木卿はナイトオブワンのユーフェミアお姉さまの選任騎士だった。彼女の精神を圧し折るような戦い方で最も墜ちるのが早いのは間違いなく彼だ。

 

いや、ルルーシュお兄さまのことだ、きっと枢木卿が裏切るのが前提になっているはず。だとすると……この戦いって……。

 

「今まで以上の混沌とした戦場になること間違いなしね。皆、聞いて。これは私の推測でしかないけれど、今回は戦いの途中で戦力が2つに分けられると思う。ひとつは現ブリタニア軍、そしてもうひとつは新ブリタニア軍」

 

私の発言にローウェンクルス邸にいる人間全てが首を傾げた。この推測が外れれば笑い物よね、と心の中で乾いた笑みを浮かべながら私は紡ぐ。

 

「ソキア、貴女が愛読している少女マンガ雑誌で今人気のマンガってあるでしょう?」

 

「もしかして、『月刊☆少女あすかちゃんニュータイプ』で連載されている『黒の皇女と銀の騎士』のことかな?このソキアさんはもう単行本揃えるだけでなく原作者さん語った裏話まで知っているよ!」

 

「去年の年末くらいに購読者だけでなくブリタニア国民全体に衝撃が走ったイベントが織り込まれていたわね?」

 

「そうなんだよ!この物語にはモデルとなった『皇女殿下と騎士が存在する』って明記されていたから、『皇女殿下の一族が実は皇族じゃなく』て、『辺境の貴族の息子だと思われていた騎士の少年の方が実は由緒正しい自国の皇族の血を受け継いだ方』だったっていう衝撃的な話だったんだ!」

 

「そのモデルがルルーシェお姉さまとライヴェルトさんなんです」

 

「ふおー!?愛読者のソキアさんとしては、サインも貰わずに居られませんっ!って、ほえぇえええええ!?」

 

今の今まで喜怒哀楽を十二分に表現していたソキアが猫のように飛び上がって着地した後、ルルーシェお姉さまを奉る様に祈りのポーズを捧げる。

 

「ライヴェルトさんは次期皇帝の話をお父さまに振られた際に固辞しちゃったけれど、その代わり息子が産まれればオデュッセウスお兄さまの養子に、娘が産まれればシュナイゼルお兄さまの息子と婚約を結ぶ手筈になっているのです」

 

「なるほど……それで、その話が大決戦と何の関わりが?」

 

皆が私の話で混乱の極みにある中、オルフェウスは冷静に切り返してきた。さすがに人生経験が豊富なだけある。

 

「簡単なことよ、オルフェウス。ライヴェルトさんには皇族の血が流れている。固辞したとはいえ、次期皇帝候補として有力視されるほどの才覚を持っている。すなわち、大決戦で“戦力の移動”が認められた瞬間、ライヴェルトさんはブリタニア国民では抗えない一言を言うでしょう。それこそ、『リュグナー・S・ブリタニアが直系の子孫、ライヴェルト・L・ブリタニアが命じる。我に従え!』とね。ラインハルトなら、どうする?」

 

ガチガチと震える手で紅茶のカップを手に取り啜っていた彼に声を掛けるとその全てを正面に座っていたティンクに『ブフーッ』と吹きかける。ティンクはニコニコとした穏やかな笑みを浮かべたまま、その大きな手でラインハルトの頭を鷲掴みにする。

 

彼らには私の言葉は聞こえなくなったみたいなので、視線を周囲に向けたのだが。

 

「ヨハン?ドメニティーノ?マーシル?エリシア?エリス?……もー!皆、何故目を逸らすのですか!」

 

と頬を膨らませながら言いつつ、彼らの気持ちが分からない私ではない。

 

「オズ、貴女の答えは?」

 

「私はマリーの剣だから、マリーに従うよ。でも、正直に言うとローウェンクルス卿の味方をしたいかな。こうやって兄さんやマリーと過ごせるのは、あの人が力を貸してくれたおかげだから。……恩を仇で返したくない」

 

オルドリンの声はどんどん萎んでいくように小さくなっていく。

 

彼女は私よりも少し早いタイミングで記憶を取り戻したらしく、涙を堪えて会いに来たオルドリンに対し“マリーベル・メル・ブリタニア”は冷たく突き放した。母親や叔父にも理解されず、意気消沈してしまったオルドリンは軍学校に進むことなく庶民の学校に通うことに。

 

“私”はその段階になってはじめて、オルドリンが前の世界の記憶を持っていることを知った。しかし、私から接触することは出来ない状態で頭を抱えている時に、オルドリンとオルフェウスの2人を伴ったルルーシュお兄さまが、いやライヴェルトさんが会いに来てくれたのだ。

 

私たちが仲直りする場を彼が設けてくれたからこそ、今のグリンダ天空騎士団があると言っていい。

 

「そうね、オズ。今度の大決戦でそのような事態が起きた場合、私は誰よりも早く決断を下し、即座に答えます。ブリタニア本国からテロの脅威を無くした“英雄皇帝”の味方をすることを!いいわね?」

 

「「「「イエスユアハイネス!!」」」」

 

皆の意思をひとつに出来たことを私が喜んでいると、ロロくんが割って入ってモニターを操作した。するとモニターの画面が変わり、銀色の仮面を被った男の映像に切り替わった。

 

『私の名は『ゼロ・シルバー』。ブリタニア国民よ、私は1年振りに帰ってきたぁあああ!!』

 

「あ、そういえば、もうこの時期でしたね」

 

本土防衛大決戦はどのテレビ局でも生放送をする一大イベント。なので、どの局にもコマーシャルでは割と頻繁に仮面の男が登場することになるのだけれど、ブリタニア軍人にとっては鬼門の時期だ。過去の本土防衛大決戦に参加し、仮面の男に極大のトラウマを刻まれた人間は少なくないというか、今頃各地のブリタニア軍基地で騒ぎが起きていることだろう。

 

 

うふふ、ルルーシュお兄さまったら、ホント……オチャメサンナンダカラ(白目)。

 

 

 

□マオ□

 

『私の名は『ゼロ・シルバー』。ブリタニア国民よ、私は1年振りに帰ってきたぁあああ!!』

 

ボクは左手首につけた腕時計を確認する。彼らしく時間きっかりだ。このブリタニア本国にある全ての映像媒体をジャックして放送されているこれは単なる録画映像に過ぎない。

 

しかし、これまでの大決戦で彼がブリタニア軍人に刻みつけたトラウマは想像以上のものであった。

 

「イヤァアアァアアア!(高周波)」

 

「来るなっ!頼む、来ないでくれっ!うわぁあああああああ!?」

 

「19秒……ふふふっ、俺は19秒……」

 

ナイトオブナイン、ノネット・エニアグラム卿が所有する小型高速航空船のブリッジは阿鼻叫喚の境地に立たされている。操縦こそ自動で何とかなっているが、ほとんどの者が意味不明の叫び声を上げてのた打ち回っている。中には窓にガシガシと頭を打ち付ける者や隅の方で膝を抱えて落ち込んでいる者の姿も。そんな異常地帯でも冷静に対処できているのがエニアグラム卿であり、ナイトオブテンのルキアーノ・ブラッドリー卿だ。

 

「確かにこの時期はどのエリアのブリタニア軍人も現地民が作るコアなテレビ番組しか見ないよな。下手にブリタニア本国が関係すると、遠慮なしに仮面の男が登場するし」

 

「私の部下たちも心構えさえあれば大丈夫なのだが、今回の様に不意打ちされるとどうにもならん。ルキアーノのとこの親衛隊たちが羨ましいよ。見てものほほんとしているのだろう?」

 

「のほほんというか、あいつらは意識を勝手にシャットダウンできるんだよ。で、仮面の男が画面から消えると勝手にログインしてくるんだ」

 

「なんだ、それは!面白い特技じゃないか」

 

ボクは彼らの話を聞いていて平和だなと思った。戦場でそんなことをすれば一瞬で落とされる的になり下がるって言うのに。彼らの話をこのまま聞いていたいっていう気持ちもない訳ではないのだが、残念ながら“時間”だ。

 

「枢木、紅月。荷物の準備は済んでいるよね?迎えが来るよ」

 

「え?迎えって、ここは海の上じゃ……」

 

「これはっ!?」

 

数少ないトラウマを被っていないブリッジクルーの1人が声を荒げた。彼は船の周囲の索敵をする役割を担っている。

 

「本国上空……いえ、大気圏上より接近する熱源を感知しました!」

 

「なにっ!?」

 

大気圏内ならまだしも、宇宙圏からって。ボクが聞いていた機体スペックじゃそんなの無理だったはずだ。というか、もはやそれはKMFの括りに入れていていいのかいっ!

 

「識別信号確認っ!これはブリタニア帝国本土防衛軍の物です」

 

「「「「あっ(察し)」」」」

 

普通ではありえない事態に一生懸命になって状況を報告する軍人の1人を余所にエニアグラム卿もブラッドリー卿も枢木も紅月も、全員が納得し、その直後に納得してしまった自分を自己嫌悪する姿が見られた。

 

「数は1機、あと5秒で成層圏に突入……いや、それよりも早いっ!?この船に向かってまっすぐ……来ます!」

 

「全員、耐ショック姿勢~」

 

ほぼ投げやりな命令を下したエニアグラム卿。

 

この小型高速航空船の進路上に舞い降りる濃い紫色のエナジーウィングを8枚羽ばたかせた、金色の装飾を施された漆黒の装甲が眩しい機体。『ライヴェルト・ローウェンクルス』専用機『ランスロット・ミラージュ』が表舞台に降臨した瞬間だった。

 

意気揚々と近所のお店に晩ご飯の材料を買いに来たように軽い足取りで船の中に入ってきた銀色の仮面の男はボクや枢木たちを担ぎあげると、エニアグラム卿たちに礼を述べると来た道を帰っていく。

 

そして、広々としたランスロット・ミラージュのコックピットにボクたちを放り込む。すると、体勢が整っていないボクらのことなどお構いなしに発進させる。急激な加速による負荷によって早々に気を失ったボクには関係ないことだが、枢木と紅月は半端に耐えられたものだから、基地に着くまでの短い間、地獄の飛行観覧になったと青い顔で話すのだった。

 




誤字報告ありがとうございます。

暗い原作ルートを書いていて、ふと『ライ(ルル)をロスカラに放り込む』のもおもしろいんじゃないかと思ってみたり。

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