またここにもどってきてしまった。
にいさんとすごしたおもいでのおかげでやっとにんげんになれたのに。
ぼくはまた、ひかりをおそれて、かげでいきなきゃいけないの?
くるしくてつらいおもいをしないといけないの?
そう、おもっていた。
光の中からまっすぐ僕に向かって差し出された手。その手の持ち主は銀髪で碧眼の見知らぬ男の人だったけれど、僕にはすぐ分かったよ。
「……兄さんだって」
「さすが俺の弟だな、ロロ。一緒に行こう。今度は勝手にいなくならないようにしっかりと手を繋いで」
「うん!」
~帝都ローウェンクルス伯爵家別邸の朝~
□ロロ□
帝都にあるローウェンクルス伯爵家の別邸の朝は早い。
僕こと、ロロ・ランペルージは毎朝5時には起きて身支度を済ませると音を立てないように階段を降りて台所へ移動し、兄さんに昨晩の内に送っておいたメールの返信を見ながら朝ごはんの用意をする。目処がついたところで庭先に移動して枯れている花や虫食いの被害にあっているところはないかを確認して、異常があればいつも入ってもらっている業者に来てもらっている。
「……うん。今日は大丈夫みたい」
この別邸に作られた庭は“兄さん”から“姉さん”に向けたひとつの愛のメッセージである。季節によって大々的に変わることは許容できても花を枯らすことによって悲しげな表情を浮かべる姉さんの顔はもう見たくない。
「おっと、早く戻らないと姉さんたちが起きてしまう」
僕は駆け足で別邸の中に戻る。しばらくするとゆったりとした足取りで“アーニャ先輩”に付き添われながら下りてくる姉さんに朝のご挨拶。
「おはようございます、奥さま。本日の朝食は『青のりと白ゴマをまぶしたおにぎり、藤堂のお祖母さまから頂いたカモウリを使ったミソスープ、海藻と大豆の煮物、納豆。デザートにゴッドバルト卿の領地で栽培されているオレンジの中でもとびきり栄養価の高いものを頂きましたのでご用意しました』。奥さまが苦手とおっしゃっていた納豆ですが、兄さんが食べやすいように考えた結果、葉酸がたっぷりと含まれているバジルを混ぜ、オリーブオイルと塩で味を調えることでさっぱりとした清涼感のある洋食テイストに早変わりしています」
「うぅ~……。変なとこ覚えていなくてもいいのに」
「兄さんは奥さまのことなら何でもお見通しだと思いますよ。それとアーニャ先輩、付き添っている貴女が奥さまよりぼんやりしていてどうするんですか。僕たちは兄さんがいない間の奥さまの体調管理のお手伝いや護衛を任された存在だっていうのに」
寝惚けた様子で『じーっ』と僕を見ていたアーニャ先輩がぼそりと呟く。
「ロロ。まるで小姑みたい」
「なんですとー!」
「はいはい、2人とも朝ごはんにしましょう。私、お腹すいちゃった」
アーニャ先輩(記憶なし)と争う姿勢を見せていた僕らにふんわりとした優しい笑みを向けながら姉さんが提案される。僕たちはすぐに戦闘態勢を解くとすぐにダイニングの姉さんの席を用意する。そして、姉さんが食べ始めたのを見て僕らも同じメニューを口にする。
「そう言えば、ロロ。昨夜、会長からメール来てた」
「アッシュフォード先輩からですか?なんて」
「用事があるから明日の朝に直接来るって」
「え?」
直後、呼び出しのベルが鳴ると同時に玄関の扉が開き、金髪の女性が元気よく入ってくる。
「おっはよーう!今日も一日、どっぴーかーんな晴天で洗濯物がよく乾く日だぞ☆」
ミレイ・アッシュフォード(記憶なし)。
帝都に新設されたアッシュフォード学園の理事長の孫娘で、姉さんとは幼い頃からの付き合いがある。
アッシュフォード伯爵家の縁者が姉さんに婿入りする話もなかった訳ではなかったそうなのだが、ふわふわ浮いていた姉さんの心をハートキャッチしたのが兄さんだったみたい。当時はかなり恨まれていたみたいだけれど、現在は手のひらを返して姉さんと友好関係にあるミレイさんを通して、兄さんの機嫌を窺っている。
さすがに本土防衛軍の総司令になった兄さんを敵に回すバカはもうこの世界にはいない。
「あ、そうそう。ロロにお願いがあって早めに来たのよ」
「うえっ?学校行事のことなら登校した日に聞きますから、今日は勘弁してくださいよ、会長。今日は兄さん、ライヴェルトさまがお戻りになられる日なので、奥さまたちと一緒にお待ちしていたいんです」
「うん、知っているよ。ブリタニア帝国本土の防衛を高めるために各基地を転々として指示を出しているローウェンクルス卿が、帝都で今日行われる『グリンダ天空騎士団』の創設記念式典に合わせて戻ってくるんでしょう?もうそろそろテレビでもやっているんじゃないかしら」
ミレイさんの呟きに反応したアーニャ先輩がリビングに設置されている大きな画面のテレビの電源を入れる。民放のテレビ局をいくつか回したアーニャ先輩は演出とコメントが逸脱していて話題に上っている民放のチャンネルに合わせた。
現場を指揮している背の高い男の姿が映ったけど、姉さんをはじめとした全員がその存在を気にしていなかったので、僕も何も言わずに朝ごはんを食べる。
~【どうして】ルルーシュいない【こうなった】~
□スザク□
皇暦2017年8月10日、『悪逆皇帝ルルーシュを討った正義の味方ゼロとして活動していた記憶』を取り戻して、早7年が過ぎた俺は現在、両手で頭を抱える同志である紅月カレンと共にシンジュクゲットーにあるレジスタンス組織『紅月グループ』のアジトで、【どうしてこうなった】と言わんばかりに途方に暮れている。
「俺たちの何がいけなかったんだろう?」
ブリタニア本国で放送されている映像には、かつて悪逆皇帝であったルルーシュの思いに賛同し討たれる道を選んだ『マリーベル・メル・ブリタニア皇女』が前の世界において敵対していた者たちと再び手を取り合い『グリンダ“天空”騎士団』を創設したというニュースが流れている。
そして、マリーベル皇女としっかりと握手をした銀髪碧眼の青年、ライヴェルト・ローウェンクルス卿。神聖ブリタニア帝国本土防衛軍総司令という立場に立っている弱冠23歳の青年がまさか……。
「この世界に転生したルルーシュだなんて、予想付く訳がないよ」
「うん。……ルルーシュ歴史を変え過ぎ」
俺とカレンは再び大きく深いため息を吐いた。
事の発端はやはり『サクラダイト』だったと思う。日本は世界有数のサクラダイト産出国で、当時の政府は調子に乗りすぎてしまった。世界唯一の超大国神聖ブリタニア帝国の皇帝が変わったばかりであることや、サクラダイトを兵器に流用すれば周囲に敵となる存在がいなかったこともあり、あろうことか日本は近隣諸国に対して宣戦布告したのである。
「いや、おかしいから!なんでわざわざこっちから喧嘩を売ったのさ!!」
中国やロシア、フィリピンなどに潤沢なサクラダイトを用いた兵器でブイブイ言わせて侵攻していたら、やはり新体制のブリタニア帝国が立ちはだかり、日本はあっさりと敗北した。『厳島の奇跡』も起きなかったので、日本人が縋れる存在もいない。いないというか、おかしい。
「何で藤堂さんの国籍がブリタニア人になっていて、戦争が始まる直前にブリタニアに移住したんだよ。まるで日本が宣戦布告することが目に見えていたような対応じゃないか……って、ルルーシュが転生していればそのくらいの情報を集めるのも余裕なはずだよっ!」
ともかく、『シャルル・ジ・ブリタニア』前皇帝であれば前の世界と同じような展開に日本も進んだはずなのに、ここにきて『オデュッセウス・ウ・ブリタニア』皇帝、いや『シュナイゼル・エル・ブリタニア』宰相の手腕によってそれも様変わりしてしまった。
租界やゲットー関係なく設置された監視カメラによって行動が常に制限される。顔認証システムと呼ばれる監視プログラムによって犯罪に手を染めたことがある人間は常に居場所を特定されており、変な行動を取ればすぐに拘束されて、太平洋上に浮かぶ監獄塔と呼ばれる脱出不可能な牢獄に連れて行かれるという噂だ。
「日本解放戦線も随分と前に消滅してしまったし。あと、残っている大きなとこってどこかある?」
「ないわ。あとは『ここ』と似た感じの小規模組織しか残ってない」
「俺たちはグラスゴーを改造した無頼をなんとか乗り回しているのに、ブリタニアはフロートシステム当たり前の第7世代が乱立しているんだよ。コーネリア殿下たちも改造したヴィンセントを乗り回しているらしいし、ふふっ。どうしてこうなった……」
「C.C.も居場所特定されて一度ブリタニアに戻ったと思ったらすぐに帰ってきて『私の魔王を見つけたから、私もブリタニアに移住する』って言って出て行ってから音沙汰なしだもんね。記憶がある扇さんがいる現状で、ここから日本を取り戻すなんて無理な話よ。そもそもこのエリア11に正義の味方として処罰できるものは何もないんだもの!むしろゲットーに住む日本人にとって自分たちの生活を脅かすレジスタンスそのものが悪なのよ」
カレンの瞳からはらはらと涙が流れる。彼女は身体をふたつに折って両手の中に顔を埋めて泣く。
俺には彼女を慰めてやることもできない。戦うしか能力の無い俺には。そう考えていた俺だったが、階下が騒がしいなと思ったらアジトの前で顔見知りが数人気絶していた。
そして、だれかが階段を上がってくる音が聞こえ、俺とカレンのいる部屋に白髪で背の高い男が入ってきた。
「やぁ、久しぶりだね、『親殺し』」
「お、お前はっ!?」
~ナイトオブテンの憂鬱~
□ルキアーノ□
「暇だな……」
私はナイトオブラウンズの第10席の立場にいる。戦場で功績を上げたつもりはなかったのだが、部下たちと共に戦場という戦場を渡り歩いて多くの敵を倒してきたことは事実だ。
5年前のエリア11がそうだった。
ブリタニアの兵器であるKMFをコピーした機体が出回っているという噂を聞いて喜んで行ったのに、棒立ちして射撃とか阿呆か。現在は白ロシアで反抵抗勢力の駆逐を行っているが、ここにも私の相手が出来るような気概のある者はおらず、怠惰な毎日を過ごしている。
「ルキアーノさま、皇帝陛下から勅命です」
「何だ?」
私は椅子に深く腰掛けながら、部下の1人であるウェルチ・クーガーの言葉を聞く。
「グリンダ天空騎士団創設記念【第5回神聖ブリタニア帝国本土防衛大決戦!『史上最悪のテロリストに奪われた姫を取り戻せ!』】に参加せよとのお達しが」
思い浮かぶのは死屍累々と化した戦場で高笑いする銀色のフルフェイス型の仮面を被った士官学校時代のルームメイトの姿。彼は今、本土防衛軍の総司令となっているので大事な軍議の際には顔を合わせる事も少なくないが、戦場では敵同士で会いたくない人間ナンバーワンだ。
「ついに私にお鉢が回ってきたか……」
初回は希望制、
2回目からは「あんなトラウマはごめんだ」と拒否するラウンズが続出するため後腐れがないように、『1から12の数字が書かれたルーレット』をオデュッセウス陛下が回し、自分が賜っている席と同じ数字が選ばれると強制参加しなければならない制度が導入された。私のひとつ前のナイトオブテンはこのルーレットが導入された年に選ばれて、心に深い傷を負い辞めて行った。
それに私が選ばれてしまった。ライヴェルトに負けるのは士官学校の候補生時代に何度も味わったからいいかと達観していると、話には続きがあった。
「いえ、皇帝陛下が『もうこの催しも5回目だし、いい加減にブリタニア軍が『ゼロ・シルバー』に勝つ所を見てみたいね』とお話しになられたみたいで」
「おい、まさか……」
「はい。今回は『ナイトオブワンからナイトオブトゥエルブまで全員参加』です」
「正気か!ブリタニア皇帝!!」
私は椅子から立ち上がってクーガーが手に持っていた指令書を分捕って確認する。新しくナイトオブスリーに入ったヴァインヴェルグ卿や『婚活しないといけないんだ』とぼやいていたエルンスト卿がヤバいぞ。
辞める方向でな!
「不敬ですよ、ルキアーノさま。ともかく我々はこの雪や氷が舞うロシアの地にして吉報をお待ちしておりますので、いってらっしゃいませ!」
「ふざけるな、お前たちも全員連れて行くに決まっているだろうがぁ!!」
「いやですぅ!断固拒否します!あんな……自身の無力さに打ちひしがれる思いは二度とごめんですからっ!」
思い返すは士官学校の対抗戦で行われた悪夢の実戦。
1:50に加えて当時ナイトオブワンだったヴァルトシュタイン卿と元ラウンズのマリアンヌ皇妃を下したテロリスト『シルバー』は、この催しが始まって『ゼロ・シルバー』と名を変えて復活した。
第1回の時など、あんな結果になると思っていなかった軍人たちに極大のトラウマを刻みつけやがったライヴェルト。今でもあのフォルムの仮面を被ったライヴェルトがモニター越しに登場するだけでも、世界各地に点在しているブリタニア軍人たちが発狂する騒ぎが今の所、毎年報告されている。
「よーう!ブラッドリー、準備は出来ているか!」
「エニアグラム卿!なんでここに?」
「ライヴェルトたっての願いだったからな!このまま東に行って、ライヴェルトの“右腕”を回収した後、ブリタニア本国に帰る弾丸ツアーだ!」
「その右腕って、機密情報局の局長を務めている奴だったか?機情が動くって事はエリア11で何か不正を働いた阿呆がいたってことだよな」
「その辺りの事は不明だが、何でも今回ライヴェルトは指揮に徹するらしいぞ。代わりに戦うデヴァイサーたちを確保したんだと」
「それでも碌な事にならない気がするのは私だけか?」
「まぁ、我々は全力を賭して戦うだけだろう?今回はコーネリア姫さま率いる親衛隊やマリーベル皇女殿下率いるグリンダ天空騎士団も参加することだし、前回よりもマシな戦いになるだろうよ」
「顔が引き攣っているぞ、ナイトオブナイン」
「お前だって似たようなものだぞ、ナイトオブテン」
ノネット・エニアグラム卿の移動手段である小型高速浮遊航空船に専用機である『パーシヴァル』を積み込んだ私は、薄情な部下たちに見送られながらロシアの地を後にする。まぁ、決戦が終わり次第、戻ってくることになると思うが。
「ん?なんだ、この3体のKMF」
ブリッジに赴いた私が見たのは正面の大型モニターに映し出された“白色”、“黒と金”、“紅色”の3機のKMFがライトをその身に浴びて輝きを放つ姿。
「左から『ランスロット・アルビオン』、『ランスロット・ミラージュ』、『ランスロット・グレン』という名の第9世代KMFだ。今回の大決戦で『ゼロ・シルバー』側が使う機体だな」
「うおいっ!第8世代を飛び越えて、第9世代持ってくるとかおかしいだろっ!」
「いやぁ、この件を頼まれた時にライヴェルトにノリで『戦力を教えてほしい』と伝えたら、これが送られて来てなぁ。絶望を共有してほしかったのだ、ブラッドリーには」
「余計なお世話だぁあああああああ!!」
私は『ナイトオブラウンズを全員招集してでも勝ってほしい』と話したという現在の皇帝陛下の温厚な顔が、『実際は演技なのではないか』と確信を持った瞬間であった。
後日、エリア11で機情のトップである『マオ・リターナー』を拾ったエニアグラム卿の船に一緒に乗り合わせることになったのは、日本人の子供が2名。どうやら、彼らがライヴェルトの用意した凄腕のデヴァイサーらしい。
「私の船じゃないが、くつろぎながら過ごすといい。……なんだ?私の顔に何かついているのか?」
ブリッジに来た茶髪の少年と紅い髪の少女は私を見た瞬間に身体を強張らせた。
私のどこに威圧するようなものがあったかと見渡すが特に何もない。
「いえ、滅相もありません。ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリー卿。『ブリタニアの吸血鬼』と呼ばれる貴「ちょっと、待て」はっ!」
やけにはきはきとした物言いも気になるが、なんだ『ブリタニアの吸血鬼』って。私は一度もそう名乗ったこともなければ、言われたこともない。
「エニアグラム卿、私の二つ名に『吸血鬼』なんてものあったか?」
「いや、はじめて聞いたな。私が知るのは『ラウンズの良心』とか『ブリタニアの常識人』とかだな」
「そのどちらもエニアグラム卿が勝手に言っているだけだろう。なるほど、エリア11などの敵性国家では我々の事をそういう風に指して、士気を上げているということか。不本意だが、納得した」
「いえっ!こちらこそ、不快にさせてしまうような発言をしてしまい申し訳ありませんでした!」
「「…………」」
私は茶髪の少年、そして紅い髪の少女を見る。使いやすいのは前者だな。後者は大人しくしているがエニアグラム卿が好みそうなじゃじゃ馬っぽい。茶髪の少年は恐らく私の部下たちの中に放り込んでも特に問題はなさそうだ。日本人は義理がたい存在だっていうことはライヴェルトの家族を見ていれば分かるし。
「リターナー機密情報局局長。彼らの所属はまだ決まっていないよな?」
「うん、そうだね。一度、ライヴェルトに会ってもらうけど、それ以降のことは未定だよ」
「ならば、少年は私が貰っても問題あるまいな」
「私はこの紅い髪の少女の強い目が気にいった!ローウェンクルス卿が認めるKMF操縦技術もあるならば、貰わない手は無い!」
「「ええっ!?」」
茶髪の少年と紅い髪の少女は顔を見合わせて驚くような声を漏らした。リターナー局長は別にどうでもいいと言わんばかりの態度だったが、我々にひとつだけ探りを入れてくる。
「彼らは国籍が“日本”だけど問題は?」
「ブリタニアにおいて日本人を侮辱する人間はいないだろ。それはローウェンクルス伯爵家、延いてはブリタニア皇族を敵に回すと同義なのだからな」
リターナー局長はならば何も言うことは無いというように正面を向いた。直後、少年少女たちが『やられた』と言わんばかりに顔を顰めていたがどうかしたのだろうか。