銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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皇暦2008年10月23日、前日の5競技では下馬評をひっくり返すスプリングス士官学校の独壇場に、ボワルセル士官学校とアポリプス士官学校の卒業生たちは後輩でもある候補生たちを罵倒するような野次が聞かれたのだが、表立ってロマーニ伯爵の不正や汚職や背信行為などの問題が明らかとなるにつれて真っ青になり、会場から足早に去って行った貴族もいたようだ。彼らにとっては母校を支配するまでに至っていたロマーニ伯爵令嬢のことなどどうでもよかったのだろう。

 

「ルキアーノさま、見てください!イルカですよ、跳ねています!」

 

「クーガー、私は……いや、もういいか」

 

「身が引き締まっていて美味そうであるな」

 

「「「「え゛っ!?」」」」

 

俺たちは現在、シャームファイトが行われる会場の島へ軍が兵器の輸送に使う大型船で移動している真っ只中である。

 

サブナックの発言に周囲の人間が引く中、俺は欠伸を噛み締める。昨夜は『寝付くまで一緒にいてくれないとやだ』と2人のお姫さまが目尻に涙を浮かべてお願いしてくるため俺は諦めることも処世術のひとつと考え、寝所を共にすることになった。

 

寝静まった2人の手を解き、外に出て部屋の前で静かに佇んでいたビスマルクから栄養ドリンクを受け取った俺は、彼に付き添われ出口へ。門番の軍人から自身の携帯端末を受け取り、スプリングス士官学校の候補生たちが使っている宿舎へ向かった。

 

そのため船に揺られていることもあってか少し眠気に襲われている。

 

「ローウェンクルス卿」

 

海の上を暢気に飛んでいる海鳥を眺めていると誰かに声を掛けられた。視線をそちらに向けると短い金の髪を揺らすアポリプス士官学校の制服に身を包んだ長身の青年が立っていた。

 

「えっと、オーグナーさんでしたっけ。僕に何か用ですか?」

 

「いや、一言だけお礼を伝えたくて」

 

近くにいたルキアーノたちが何事かと視線をこちらに向けているのが分かる。そんな中でオーグナーは懐からハンカチを取り出した。可愛らしい動物の絵が編みこまれた手作りのもの。オーグナーはそのハンカチを、壊れ物を扱うように優しくぎゅっと握り締めると俺に向かって頭を下げた。

 

「ありがとう、ローウェンクルス卿。俺を、家族を、……妹を救ってくれて感謝している。両親から先ほど連絡があって、“妹を受け取った”って。『あの子が私たちの元に帰ってきた』って母さん、泣きながら喜んでいた。ただそれだけを伝えたかった」

 

男泣きしながら感謝の言葉を伝え終えたオーグナーは顔を上げると、もう一度深く頭を下げて俺の前から去って行った。俺は何も言わなかった。ただの伯爵家の次男となった俺にはどうしようも出来ないことであり、俺はこの問題を何とか出来る人間に丸投げしただけだ。

 

ルキアーノたちが何の話なのかを尋ねてくるが俺は言葉を濁し、彼らの前から移動する。誰も見ていないところで、俺は泣きたくなった。

 

 

 

シャームファイトが行われる島へと船が着いた。

 

スタート地点となる拠点は三ヶ所設けられており、これまでの総合成績の下位から地点を選ぶことができる。だが、すでにその選択は済んでおり、我々ボワルセル士官学校の者たちは小高い山を挟んだ先に布陣するスプリングス士官学校の者たちと戦うのを今か今かと待ち構えている。

 

『姫さま、正面の山を越えるのは骨を折りそうです。上っている最中は防御も反撃も難しくなります。ですので、編隊を組んで左右の森のどちらかを抜けようと思います』

 

「指揮官はお前だ、ギルフォード。好きにしろ」

 

『イエスユアハイネス』

 

ギルフォードはそう言うと、ボワルセル士官学校の代表でもある候補生たち全員に通信を繋げて作戦概要を説明している。

 

戦場となるこの島の範囲は約4平方km。起伏の激しい山を中心に木が生い茂る。地形データを見れば地割れを起している箇所もいくつか見られ、上を走行する際には落下に気をつけねばならないだろう。中央の山は我々のスタート地点から見ると切り立っている部分が多く、スラッシュハーケンを打ち込めば崩れ去ってしまいそうな脆い部分も見受けられる。

 

『シャームファイト開始5分前』

 

サイレンと共に発せられたアナウンスを聞き、ここで勝たなければ笑い者だと理解している学友たちの熱意が伝わってくる。

 

出来る事ならば、総合優勝をかけた誇りある戦いをしてみたかったが、今更だろう。己の実力を過信してしまった我々のミスだ。

 

しかし、簡単にお前の思い通りにはさせんぞ、ローウェンクルス。私は今回の対抗戦における最大の強敵である彼のことを思い浮かべた。

 

 

 

ライヴェルト・ローウェンクルス。

 

エニアグラム卿やエルンスト卿を以てしても化け物と評されるKMFの操縦技術を持つ少年。異母妹であるルルーシェの恩人にして想い人。頭の回転が速く、ヴァルトシュタイン卿をも唸らせる体術を扱う天賦の才。

 

神は二物を与えないというらしいが、ローウェンクルスにはえこ贔屓し過ぎではないのか?

 

『姫さま、時間です。北西方向に進み、先にアポリプス士官学校の者たちの数を削ります』

 

「分かった。ギルフォード、後ろは任せるぞ」

 

『心得ております、姫さま!』

 

アナウンスによるシャームファイト開始のサイレンが鳴ると同時に私が操縦するグラスゴーが戦場を駆ける。

 

その後に続くようにギルフォードや学友たちが付いてくる。KMFがギリギリ通れるか通れないか判断が難しい間隔で生い茂る木々を睨み付けた私であったが、装備しているランスで私が行く道を遮るものを払いのけて進んでいるとロックオンされていることを報せるアラートが鳴り響いた。

 

すぐさま回避行動を取った私のグラスゴーがいた位置に銃弾の雨を降らせると同時に降り立ったのは、アサルトライフルを両手に構えたスプリングス士官学校カラーのグラスゴーであった。かのグラスゴーのランドスピナーは片方の車輪だけが回転を強めている。

 

『その場から離れろ!』

 

「ちぃっ!?」

 

我々の進軍を邪魔するタイミングで降り立ったグラスゴーはその場で回転しながらアサルトライフルを乱射する。反撃をしようにもその機体の向こう側には仲間の機体があり、下手すれば同士討ちも考えられる。

 

ただし、それは銃器であった場合に限る。

 

私とギルフォードは示し合わせたわけではなかったが、装備していたランスを構えると、全弾撃ち終えてしまったアサルトライフルを上へ放り捨てたグラスゴーに向かって突撃した。

 

だが、スプリングス士官学校カラーのグラスゴーは地面に向かってハーケンを射出した衝撃を使って空中に飛び上がり、突然飛来したスラッシュハーケンに自機のハーケンを絡ませるように射出するとすぐさま巻き戻し、我々の前からいなくなってしまった。

 

「ギルフォード、被害は?」

 

『ハレス卿とメイカー卿が被弾、撃破判定を受けています』

 

「あれは……ローウェンクルスだったか?」

 

『いえ、ライヴェルト君であれば、あのようなアサルトライフルを宙に投げるような虚をついた行動はしないはずです。別人のh』

 

『はっ!?なんで俺が・・・・・』

 

私とギルフォードの会話を遮るようにして通信に割り込んできたのは、我々と同じように生い茂る木々の中にいたはずのウォルト卿の声だった。

 

彼の機体の頭部は銃弾によって撃ち抜かれて崩れ落ちる瞬間だった。

 

周囲を見渡しても、グラスゴーに搭載されているファクトスフィアで周囲を探っても、彼のグラスゴーの頭部を撃ちぬいた敵影はなかった。

 

 

 

 

コーネリアとギルフォード率いるボワルセル士官学校の部隊の連中の中に、1機だけ木々に隠れることなく機体を晒している馬鹿な奴がいたので、モニカ・クルシェフスキーと1対1の勝負をさせているルキアーノにただ座標を送る。すると今まで避けるだけであったルキアーノが短刀を煌かせた。その直後には黒煙を上げて倒れこむグラスゴーが俺のモニターに映った。

 

「さすがだな、ルキアーノは。クルシェフスキーの狙撃を難なく避けた上に、指定のポイントに短刀の腹で跳弾させることが出来るのはお前くらいだよ」

 

モニターには意識外からの狙撃によって完全に混乱しているボワルセル士官学校の面々が、ギルフォードの指示を聞かずに森の中をバラけて移動している様子が映し出されている。コーネリアやギルフォードのいる場所に無闇に移動せず残っているのは僅かに4機。

 

緊急時にどんな行動が取れるかで軍人としての価値が決まるというのに、学友に恵まれなかったなコーネリア。

 

「サブナック隊はそのまま南下し開けた場所で待機、28秒後にボワルセルのグラスゴーが2機続けて出てくるから銃弾を浴びせてやって。クーガー隊は武器を補充後、山を反時計周りに移動しコーネリア殿下たちの後方から嫌がらせを続行。リッドナー隊はロマーニの取り巻き連中を指定したポイントに追い立てて。ルメイヤ、取り巻き連中が中程まで来たら分かっているね」

 

各自から『了解』の返事が来る。それとは別口の通信が入ったと思ったら相手はルキアーノだった。

 

『おい、ライヴェルト。私にも仕事を寄越せ。いい加減にクルシェフなんとかの相手も飽きてきたぞ』

 

「そう言わないでよ、ルキアーノ。もはや勝負は決したも同然なんだよ。コーネリア殿下たちが率いるボワルセルの戦力は彼女らを含めてグラスゴーが4機だけだし。ロマーニの取り巻き連中も土砂崩れに巻き込まれて戦闘不能。とりあえず、しばらく暗闇に悶えるといいさ。クルシェフスキーとオーグナー、他数人はそもそも“協力者”だしね。戦闘用語でいえばスパイかな」

 

『つーか、やり過ぎなんだよ。戦いらしい戦いが全く出来ていないのだがぁ!!』

 

対抗戦における自分の出番を待っていたルキアーノの咆哮を聞いて確かにやり過ぎたかと反省する。しかし、スプリングス士官学校の戦力は武器の消耗こそあれどほぼ無傷で、対するボワルセルとアポリプスの戦力はあと僅かだ。この状態でルキアーノが楽しめるようにするとなると……。

 

「ああ、そうか。ボワルセル士官学校の生き残りとアポリプス士官学校の生き残りの連合軍を僕が率いて、ルキアーノ率いるスプリングス士官学校軍と戦えばいいのか」

 

『はぁ!?……いや、ちょっと待て、ライヴェルト!早まるな、頼むから早まった判断をしてくれるなっ!』

 

ルキアーノが何やら喚いているが通信状態がよくないなー(棒読み)。

 

俺はビスマルク経由で天覧しているブリタニア皇帝に対し『エキシビジョンを提案する』メールを送る。どう転ぶか待っていると、すぐに島全体に聞こえるサイレンが鳴り響き、直後のアナウンスでシャームファイト終了が知らせられた。

 

 

 

フッ、さすがに“分かっている”じゃないか。

 


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