銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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皇暦2008年10月18日。

 

神聖ブリタニア帝国の第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア陛下より『黄昏の間』に来るように命を受けた私は、王宮内を急いで移動していた。

 

ナイトオブラウンズの第1席として皇帝陛下の身の回りを警護する私の他にも、優秀な軍人たちが22日から23日にかけて行われる士官学校の対抗戦の天覧を恙無く成功させるために準備物に不備は無いか、王宮から出られる皇族の方々を狙う不届きな輩がいないか、最終確認を行っている。

 

私はその最高責任者としての仕事が残っているため、シャルルさまの用件が終わり次第、責任を持って務めなければならない。

 

「来たか、ビスマルクよ」

 

黄昏の間に足を踏み入れた私の気配に気付かれたシャルルさまが声を掛けてこられる。私は幅広の階段を踏みしめるように一歩一歩上がっていき、シャルルさまの背中が見えた辺りで膝をつき頭を垂れる。

 

「ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタイン参上仕りました」

 

「うむ……面を上げよ」

 

シャルルさまの言葉を聞いた私はゆっくりと顔を上げる。

 

後光を受けているため、シャルルさまの表情は分かり難かったが、口元が不敵な笑みを浮かべているのが見えた。政治や世俗のことにほとんど興味を示さないシャルルさまにしては珍しい、と内心で思っていた私の考えを読んだように口を開かれる。

 

「ビスマルクよ。ライラック・ロマーニという男を知っておるか?」

 

「ロマーニ?……いえ、私の交友関係にそのロマーニという姓を持つ者はおりませぬ。その者がどうかされたのですか?」

 

「フッ、知らぬならよい。捨て置け、矮小なる者のことなどな」

 

そう言って私に背を向けられたシャルルさまは黄昏の間に柔らかな光を齎す光源に向かって両手を広げる。

 

そして、

 

「好いた女のために皇帝たるわしをも使うか、小僧!いいだろう、おまえの力をわしに見せつけろ!そして、示せ!自らの有用性を!さすれば、褒美にわしの娘をくれてやらんこともない!そうすれば、おまえはわしの義息となるぞ!」

 

「はぁっ!?」

 

衝撃的な発言がなされ、私は息をする事を忘れた。

 

黄昏の間で上機嫌に高笑いし続けるシャルルさまの背中を思わず凝視する。シャルルさまの偽者のはずがないと分かっていても、あまりに衝撃的過ぎて私は自分の頬を思い切り抓った。

 

無論痛かった。

 

 

 

 

神聖ブリタニア帝国に存在する数ある士官学校の中で優秀な人材を輩出する3つの士官学校による対抗戦は、1日目の最終競技であった『ナイトビジョンコンバット』を終え、残すところは明日の『シャームファイト』のみとなっている。俺が率いるスプリングス士官学校は今日行われた競技のすべてにおいて上位を独占しており、シャームファイトがどんな結果であれ総合優勝は確定となっている。校長も鼻高々だろう。

 

俺は同じ士官学校の者たちの眠りの妨げにならないように、スプリングス士官学校に配備されたグラスゴーが置かれている区画の隅で明日のシャームファイトで取る作戦の最終確認を行っていた。仕込みも万全であり、コーネリアやギルフォードが今の時点で俺がゼロとして対峙した時の様な一騎当千の実力を持っていたとしても圧殺できる。

 

「心配性になったな。“俺”であった時はそうでもなかったのだが……」

 

あの頃は絶対遵守のギアスを持っていたから、こと作戦立案に対しては不安を抱く必要が無かったのかもしれない。

 

しかし、今の俺にギアスは必要ない。ライヴェルト・ローウェンクルスには何の枷も無い。皇族の身分もなければ、悔やむ過去もない。いや、俺が憑依せざるを得なかったあの事件は別だが。貴族としては次男であり、兄や姉もいるから最悪婿入りすることになっても問題ないだろう。

 

何よりも顔を隠す必要が無いっていうのが良い。

 

出自を隠すこともない、身分を偽る必要も無い、大切な者を守りたいという気持ちを隠すことなく、堂々と言っていい立場である。

 

 

 

「さて、これからどうするか……」

 

これからの進路について考えようとした所で、カツッカツッとブーツで床を蹴る音が聞こえてきた。音の発生源に目を向けるとタンクトップ姿のルキアーノが立っていた。手には俺の携帯端末と似たものが握られている。

 

「そんな所にいやがったのか、ライヴェルト」

 

「ルキアーノ、何か用?」

 

「携帯端末、部屋に置き忘れていたぞ。それと、お前に客人だ」

 

「客?」

 

俺は立ち上がるとルキアーノから携帯端末とメモ紙を受け取る。簡単な地図と6桁のパスワードが書かれたそれの差出人の名前は、ビスマルク・ヴァルトシュタイン。俺はすっとルキアーノに視線を向ける。

 

「土産話、期待しているぜ」

 

そう言って彼はひらひらと手を振りながらスプリングス士官学校の宿舎がある方へ向かって行った。俺は床に置いていた上着を持ち上げ軽く払うと、メモに書かれている地点に向かって走った。

 

メモに書かれていた場所には門番を務める軍人が立っていた。ヴァルトシュタイン卿に呼び出されている件を伝えると、彼は無線機で連絡を取った後、俺の身体検査をして携帯端末を預かった。そうしてようやく通された場所にいたビスマルクと合流する。

 

「お久しぶりです、ヴァルトシュタイン卿」

 

「うむ。壮健そうだな、ローウェンクルス」

 

そう言った彼は踵を返し歩き始める。俺は彼の後を追って歩く。

 

ビスマルクと並んで歩いていると、このフロアにいる様々な人物たちから好奇の視線を向けられていることに気付く。見覚えのある姿よりも随分と幼い容姿の皇族であったり、軍の上層部の人間だったり、皇族と懇意にしている貴族の者であったり。

 

ビスマルクが隣にいなければ、どこかで酌をしないといけない展開になっていたかもしれない。

 

「この部屋だ。ローウェンクルスのことだ、心配ないと思うが失礼のないようにな」

 

「はっ、ご案内頂きありがとうございました」

 

「私のことはいい。……早く中に入って、立腹している姫さまたちの機嫌を取るんだ」

 

「え?」

 

額に手をやり、頭を力なく振っているビスマルクが何かを呟いたが聞き取れなかった。

 

まぁいいかと扉をノックし返事を待って中に入ると、腕を組み、ほっぺたを大きく膨らませ、仁王立ちして俺を睨み付けてくるルルーシェとナナリーの姉妹の姿があった。

 

助けを求めるように視線を部屋の中へ向けると、バスローブ姿のマリアンヌ皇妃が大きなソファに座ってくつろいでいた。俺の視線に気付いた彼女はウインクをひとつすると、顔を背けた。助けるつもりは毛頭ないらしい。

 

「遅いよ、ライ!最後の競技が終わって直ぐに呼んで来る様にビスマルクに頼んだのにっ!どこに行っていたの!!」

 

「いっていたの!ぶー!」

 

俺はその場に片膝をつくとルルーシェとナナリーの目をちゃんと見て謝る。

 

「ごめんね、ルル。ナナリー。明日、僕が指揮官として出場する競技のための最終確認をしていたんだよ。相手はコーネリア殿下と友人のギルフォード卿だから、緊張していたみたいなんだ。宿舎に携帯端末を忘れるほどにね」

 

「むぅ……。それなら仕方がないね」

 

「ねー」

 

俺は視線を逸らさずに左手でルルーシェの頭を、右手でナナリーの頭を撫でる。

 

すると、2人の姉妹は揃って目を細め、『うにゃうにゃ』と子猫のような声を上げながらモジモジと身体を動かす。すぐに我慢し切れなくなったのか、まずルルーシェが俺の胸元に飛び込んできて、それを真似するようにナナリーも右腕に抱きついてきた。

 

身動きが完全に取れなくなってしまったと俺が視線を彷徨わせていると、一眼レフカメラのシャッターを連続で切っているマリアンヌと目が合った。

 

……はっ!?

 

俺は思わずあの女は誰だと思った。

 

俺にとってのマリアンヌのイメージはあくまで理想のためならどんな非道な行いもする狂った女だ。俺を自分の駒として使えるか品定めするようなあの視線を、不気味な感じを俺は忘れたことは無い。

 

だから、再度確認する。

 

お前は誰だ!?

 

 

 

一仕事終えたわと言わんばかりの輝かしい笑顔を見せたマリアンヌは、一眼レフカメラを持って別の部屋に行ってしまう。俺はそれを見届けた後でルルーシェとナナリーに疑問をぶつける。

 

「マリアンヌさまって、双子の姉妹とかいない?」

 

「ううん、いないよ。ね、ナナリー」

 

「うん。ママは1人だけだよ!」

 

ルルーシェは俺の胸に顔をすり寄せたまま、ナナリーは俺の腕にしがみついたまま答える。

 

俺は当たり前かと納得しつつ、自分にぴったりとくっついたままの姉妹をどうやったら泣かせずに離す事ができるかを考える。

 

そうこうしている内に夜はどんどんと更けていくのであった。

 




誤字報告ありがとうございます。精進します。

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