銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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ボワルセル士官学校に通っているギルフォード卿にそれとなく対抗戦の話を振ると案の定、『コーネリア・リ・ブリタニア皇女殿下が旗手となって参加することになっている』と快く教えてくれた。

 

彼は気付いていなかったが、対抗戦における切り札でもあるグラスゴーを専用機に改造する権利6機の内2機はコーネリアとギルフォードが使用すると漏らしていた。『ブリタニアの魔女』として戦場を駆けまわっていた彼女の専用機となるとほぼすべての機体スペックを強化してくるのはまず間違いない。ギルフォード卿も決して弱くない実力と指揮能力を持っている。

 

「……となると、裏を掻く必要があるな」

 

各士官学校に配布された対抗戦のルールに“記載されていない部分”を使って敵方を混乱させることにしよう。

 

 

 

 

ライヴェルトによって講堂に集められた候補生たちの中に私はいる。対抗戦に出場する者もそうだし、対抗戦に用いられるグラスゴーの整備や改造を手に掛けている者もいる。対抗戦に参加しない候補生も中には混じっているようだが、ライヴェルトは一体何を思って集めたんだか。

 

「対抗戦に向けて切磋琢磨している中、急に呼びつけて申し訳ない。だが、それに見合った報告をすることを約束する。モニターを見てほしい」

 

ライヴェルトの指示で講堂に設置されている大型モニターへ視線をずらすと紫色に塗装されたグラスゴーが数機、一糸乱れぬ様子で荒野を移動している。全てがランスを装備しており、時折進路を変えたり、設置してある的に目掛けてランスによる突撃を掛けたりしている。

 

「現在映し出されているのはボワルセル士官学校の実機訓練の様子。今回の対抗戦に参加してくるのはコーネリア・リ・ブリタニア第2皇女殿下率いる、言うならば彼女の親衛隊(仮)って言ったところかな。コーネリア殿下の指揮能力は非常に高度かつ自身も戦闘の矢面に立って敵を倒せるくらいに強い。“両腕を奪われた”程度では止まらないから、確実に仕留めないといけない」

 

『KMFの話だよな?』

 

と講堂に集まっていた全員が同じ意見を抱いたと思われる。

 

士官学校に在籍している間は自分たちと身分は変わらないとはいえ、相手はこの国の皇位継承権を持つ皇女だ。それを仕留めると簡単に言ってのけるライヴェルトに一抹の不安を覚える。

 

「次にアポリプス士官学校の映像だけど、歴史のある学校というのはどこも“似たような問題”を抱えているね。かの士官学校で注意しなければならないのは、モニカ・クルシェフスキーの彼女1人だけだ。残りの39人は気にするまでもない。とある伯爵家の息女一派がアポリプス士官学校を支配しているらしく、クルシェフスキーは改造無しのグラスゴーでシャ―ムファイトの囮として参加させられる」

 

私たちもライヴェルトが飛び級してくるまでグノー侯爵家の奴らに手も足も出なかった。それが例えあいつの功績ではないことが分かっていても『庶民が貴族に逆らうのか』と言われてしまうと大人しく俯く他に方法が無かった。

 

モニターに映し出された憂いを帯びた表情を浮かべる金髪の女性に私は心から冥福を祈る。何だかんだ言ってもコーネリア殿下もアポリプスの貴族連中もクルシェフなんとかも、大観衆の前でライヴェルトの手で確実に完膚無きまでに蹂躙されるのが目に見えている。

 

なにせ各士官学校がひた隠ししていそうなグラスゴーの改造権を得た人物のリストがモニターに映し出されている時点で隔絶たる差が存在している。コーネリア殿下やライヴェルトが交友関係にあると言っていたギルフォードっていう野郎はまだ分かる。皇女殿下とその騎士を差し置いて、その権利を頂ける豪胆な人間はボワルセルにいなさそうだからな。問題はアポリプス士官学校の奴らだ。

 

「何すかね、このゴテゴテした装飾の数々。改造ってそういうものじゃないっすよね?」

 

ルメイヤがぼそりと呟いた言葉に周囲の人間は同意するように何度も頷いている。そうアポリプスの連中の情報はグラスゴーの改造権を手にした人間のリストだけでなく、改造後の機体スペックや外装の映像まで入手しているのである。

 

「何も考えない阿呆の相手は楽でいいよ。グラスゴーのデータはアポリプス士官学校のメインサーバーにパスワードも無しで放置されているし、勉強会のメンバーにそれとなく偵察に行ってもらったら同じ爵位だったこともあってかリッドナーにどういった訓練をしているのか至極丁寧に教えてくれたみたいだ。それに比べ、ボワルセル士官学校を崩すのは容易じゃない。初めに見せたボワルセルの訓練風景は見たよね、上空からの俯瞰だったと思うけどあの後すぐに撃墜されているんだ。カメラを搭載したラジコンのヘリがね」

 

モニターの画面が切り替わって粉々に砕けたラジコンヘリが映し出される。

 

「かつて、とある国の王となった男が残した名言のひとつにこんな言葉がある。『ほとんどの戦いの勝敗は、最初の一発が撃たれる前にすでに決まっている』とな。フッ、すでにとある人物と交渉を終え、協力を取りつけてある。それをお披露目するのが、対抗戦当日だというのが残念で仕方がないよ。フハハハハハハッ!」

 

ライヴェルトが講堂の真ん中で高笑いしている。

 

彼が他校に仕掛けている情報戦の数々が恐ろしすぎて誰も何も言えない。たかが士官学校の対抗戦でまさかコンピューターにハッキングを仕掛けてくる人間がいるなんて思いもよらないだろう。

 

それぞれの所へ勉強会のメンバーを偵察に出している上、交渉って何だ?ライヴェルトは一体何を考えているんだ。そう思っていると周囲の人垣を押しのけて私に抱きついてくる赤い者がいた。

 

「ルキアーノさまぁ!」

 

「クーガー、私は先輩だって言っているだろうが。いい加減にこのやり取りも疲れるのだが?」

 

「だって、ローウェンクルス先輩があんな風に“嗤って”いるところなんて初めて見ました!」

 

「いや、まぁ……な。私も初めて見た」

 

「怖いです!悪魔です!鬼です!魔王です!」

 

「安心しろ、この対抗戦においてライヴェルトは安全な味方で、私たちの頼れる“王”だ」

 

私が暇つぶしに読む本の中に、登場人物たちの行動がまるで自分の掌の上で起きているかのような言動をする悪役が描かれることがあるのだが、ライヴェルトはまさにそれをしている。

 

そうそうはいないだろうよ、皇女殿下や貴族たちを手玉に取ろうとする奴は……いや、すでに取っているか。

 

 

 

 

皇暦2008年10月20日。

 

スプリングス士官学校からグラスゴーと呼ばれる二足歩行ロボット、通称『人型自在戦闘装甲騎ナイトメアフレーム』を搭載した大型トレーラーが列を成して発進した。その内の一台に俺はルキアーノたちと一緒に搭乗し、彼らと会話しながら目的地である対抗戦の会場に向かっている。

 

「しかし、完全勝利は厳しくはないか?どの競技にも各校のエキスパートが出てくるのであろう?」

 

というサブナックの漏らした発言から会話が始まった。

 

「アポリプスの奴らは戦力として数えない方がいいっすね。実際に実機訓練しているところを見て来たけど、見事に機体に振り回されていたっす。あれで格闘だの射撃だのは無理無理。それと兄貴が気にしていたクルシェフスキー卿はヤバいっすね。軽く3kmは彼女のテリトリーっす」

 

「ルメイヤが気にする必要は無い。その女の眼は私が引きつけるのだからな」

 

ルキアーノはそう言ってソファでくつろぎながらクーガーの淹れた紅茶を飲んでいる。ルキアーノは彼女のことを鬱陶しく思っているような発言をしているが、どうにもこうにも見ている感じではそんな風には見えない。何だろう、男女の関係になっているとでもいうのか?俺は気を取り直してサブナックの発言に答えるように言葉を紡ぐ。

 

「ボワルセル士官学校はコーネリア殿下を旗手にしてきている。皇女殿下が参加するシャームファイトに“二軍”の実力を持つ者を出すと思うか?」

 

「ローウェンクルス卿の言う通りであり、かのボワルセル士官学校におけるシャ―ムファイト以外の競技に出てくる者たちは上から数えて良くて5番目、悪ければ10番前後ということも。何せ全科目の主席はコーネリア殿下であり、次席はギルフォード卿ですから」

 

「ウチは四期生の中で各競技が得意なメンバーをバッチリと揃えているから、上位独占は固いっていうことっすか」

 

「その通り。アポリプス士官学校の奴らは自分たちが囲った腕の中しか世界を知らない。少し視線を外に向ければ、磨けば光る原石が無造作にも転がっているというのにね。とはいえ、そんな愚鈍な連中に手を貸してやる義理もないし、僕がしてやれるのは憂いなくこの世界から足を洗えるように引導を渡してやるだけさ」

 

無言。俺の言葉に対する反応はそれだった。あれ、何か失言したかと思い、ルキアーノに視線を送ると彼は非常に面倒くさそうに言う。

 

「クーガー、悪い。やっぱり、ライヴェルトは俺たちの“魔王”だわ」

 

「そうだな」「そうですね」「そっすね」「否定できん」「いいのではなくて魔王でも?」「供物は十二分に用意出来ております」

 

口々に俺の事を魔王と罵る一行に失礼だなと思いつつも、前世と同じ呼称にどこかほっとする自分がいることに気付く。

 

そういえば、魔王の傍に居続けた俺の魔女はいまどこにいるのだろうか。

 

 

 

 

……って、あいつのことをすっかり忘れていた!?

 




誤字報告ありがとうございます。

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