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ライヴェルト・ローウェンクルスの肉体を借り受けて1年が経とうとしている。
彼との契約である『大切なものを全て守る』を履行するために、故郷から遠く離れたスプリングス士官学校へ入った俺は専門的な知識や技術を貪欲に求めた。士官学校は一種の外界から隔絶された雰囲気があるが、この神聖ブリタニア帝国は外国に対し侵略戦争を吹っかけているので、そういった戦争の状況に関してはほぼリアルタイムに近い形で齎される。
その情報を聞き考えて行動しなければならない状態になるので、本来であればジュニアハイスクールにでも通わなければおかしい年齢である俺へ程度の低い悪戯をしてきていた連中も最近では鳴りを潜めて、勉学に勤しんでいるという。
スプリングス士官学校は4年間の教育プログラムで仕官候補生を正規仕官として勤務するのに必要となる能力を育て、リーダーシップを発揮するために求められる知識はどんな相手であっても提供される。卒業後は学位とともに少尉として任官することになる。
が、例外はある。
俺がルルーシュであった時のことであるが、V.V.に暗殺されたマリアンヌがギアスを介して憑依したアーニャ・アールストレイム。彼女は弱冠15歳にして帝国最強騎士であるナイトオブラウンズの第六席になっている。
さすがに士官学校を卒業せず、戦場で何の功績も残していない状態で実力があるからと取り立てることは不可能であるため、彼女もまた俺が現実に経験している飛び級制度を利用したのだろう。
毎度毎度講義の度に教官や現役軍人たちをショックで立ち直ることが出来なくなるまで質問と理論攻めした甲斐があったというものだ。おかげで2期上の候補生たちと肩を並べることになった。
それに伴い寮の部屋も変更となり、4人部屋から2人部屋へと移動することになった。
教官に案内された2人部屋で新しくルームメイトとなったのは俺にとって意外な人物であった。
□
自分に誰にも劣らない強さがあれば、きっと私はここに来るまでに何も失わずに済んだはずだ。私はぼんやりとベッドに仰向けになりながら考える。
外交官であった父は仕事で赴いた地でブリタニア人というだけで殺された。
愛する夫を失った悲しみで母は酒に溺れ、男に溺れた。
私が家に帰る度、違う男に抱かれる母。
父が残してくれた保険金は母が男に見境無く貢いだ所為で瞬く間に溶けていき無くなった。
母は借金をしてでも酒と男に溺れ続け、ある日……呆気なく死んだ。
私は家族を失い、住む家も失った。
両親が生きている頃、私には夢があった。
友達がいた。
憧れを抱いた人もいた。
しかし、私はその全てを奪われた。
これ以上、何も奪わせないために私はここにきた。
奪われる存在ではなく、奪う側に立つため強くなるために。
しかし、未だ私は奪われる側でしかない。
実技において私に敵う者が仕官学校内からいなくなった。
特に主席になるつもりは毛頭なかったのだが、相手が苦手とする部分を淡々と攻撃しているうちにいつの間にかそこに辿り着いてしまっていたのだが、市井出身である私に敗北したことで爵位を持つ親から叱責されたから責任を取って辞めろと、とある貴族のボンボンが徒党を組んで襲撃をかけてきた。
相手をするだけ馬鹿らしいと片手間で阿呆共を返り討ちにした私に待っていたのは1週間の謹慎。
仕官学校内における乱闘の主犯としてだ。それは違うとすぐに訴えたが、貴族のボンボンたちに金で買収された一部の教官たちは私をさっさと締め出した。
まだ力が足りないのかと、寮の部屋でぼんやりと天井を眺めていたら、覚えの無い教官に連れられた新しいルームメイトがやってきた。
まだあどけなさが抜け切らない銀髪碧眼の少年を見て私はすぐにこう思った。
こいつもきっと奪われる側の人間でしかないと。
その認識が間違っていたことを私はすぐに思い知ることになった。
ライヴェルト・ローウェンクルスと名乗った少年は、このスプリングス士官学校で学べる科目のほとんどを履修しており、いくつかの科目は教える側の教官が匙を投げる存在だった。
暇つぶしと称して組み手を行ったら、気を失うことが数度、ナイフを首筋に押しつけられることが数度、ボコボコに伸されることが数度と、結局一度も私は勝つことが出来なかった。
「どうしてそんなに強いのか」
と、問うた。ライヴェルトは数瞬だけ悩む姿を見せ、あっけらかんと言い放った。
「ルキアーノは観察眼というか洞察力がいいから、態と隙を作るとそこを狙ってくるのを利用して攻撃を叩き込んでいるだけさ。ルキアーノに必要なのは同等以上の実力を持つ人との戦闘経験じゃないかな」
ライヴェルトはそう言って、座り込んだままであった私に手を差し伸べる。
これはまた厄介な人間がルームメイトになったものだと、溜息を吐いた私は彼の手を借りることなく立ち上がり、ひらひらと手を振って先に部屋へと戻る。
私はまだ謹慎の身だから、長い間うろついているとライヴェルトまで目を付けられかねない。
それは私の望むところではないのだ。
□
俺は覇気に欠けたルームメイトである『ルキアーノ・ブラッドリー』の背中を静かに見送る。その背中は哀愁すら漂ってきそうな寂しそうなもの。
教官からルームメイトの紹介をされ彼と引き合わされた時、正直な話やっていけるか不安でしかなかったのだが、こうやって共に過ごしてみて分かったことは『ブリタニアの吸血鬼』とまで呼ばれた残虐な性格ではないということ。『殺戮の天才』と自称するような強烈なキャラクター性を感じ取れなかった。
カレンのような猫を被っているわけでもないところを見るに、これから戦場で命を賭けて戦うことであんな風に変わって行ってしまうのだろうか。
「いや、分からないことをうだうだと考える必要はないか」
俺は先に帰ってしまったルキアーノを追う様にして歩き出そうとして呼び止められた。振り返った先にいたのは士官学校の制服を着た数人の男たち。彼らに共通するのは完全に俺を見下した目で見てくる点だ。
「栄えあるスプリングス士官学校で何をしているんだい、僕?」
男たちの一人が俺に目線を合わせるように中腰になって変な口調で話しかけてきた。先ほどまでルキアーノと組み手をしていたため動きやすい格好をしているが、すでに俺が飛び級してカリキュラムを2年飛ばした事実は周知されている。
にも関わらず、このような程度の低い絡み方をしてくるのは果たして友好目的なのか、愉悦に浸りたいからなのか。
「ここは君のようなお子さまが来る場所ではないんだよ。さっさとママのところに帰っておっぱいを吸ってきなよ」
男の挑発なのか微妙な発言を皮切りに周囲にいた男たちが下品な笑い声を上げる。俺はあまりの馬鹿さ加減に落胆するかのように肩を落とした。こういった輩は放っておくと調子に乗っていくだけだ。かといって深く関わろうとする気にはなれないので適当に相手をしよう、そう思って口を開く。
「先輩方、ご忠告痛み入ります。しかし、私も目的があってこの士官学校に在籍している身。先輩方の邪魔はしないので、放っておいてもらえないでしょうか」
と、俺が冷静に落ち着いて言葉を返すと、態度が気に食わなかったのか、俺に話しかけてきた男を押しのけて赤い髪の男が近寄ってきて、偉そうにふんぞり返りながら告げてきた。
「俺はグノー侯爵家の者だぞ!そんな口を利いていいと思っているのか、糞餓鬼!」
「それは貴方のご先祖が賜わって代々継いで来た爵位であって、貴方個人を称えるものではないでしょう?」
「なっ、何だと!」
10歳そこいらの子供の口喧嘩ではないのだから、感情的な言葉ではなく理知的な言葉を発して欲しい。聞くに堪えない罵詈雑言を言うだけ言ったグノー侯爵家の子息はニヤリと口角を吊り上げて、文句を言われ続けて臆したと思っている俺に向けて告げた。
「身の程知らずが。今度俺の前に立つときは跪kぐぶっ!?」
気が付けば俺はグノー侯爵家の子息の腹に拳をめり込ませていた。ぼたぼたと口から大量の唾液が零れ落ち、そいつは前のめりに倒れこんだ。
俺は拳をポキポキと鳴らすと取り巻き連中に目を向ける。俺に睨まれた程度で肩を震わせる男たちに失望の念を抱きながらも、二度とこんな真似が出来ないように分からせるつもりで徹底的に相手をしてやった。
翌日、懲りずに絡んできたと思ったら、明らかにグノー侯爵の子息の肩を持つ教官たちから不条理な処分を受けた。ルームメイトのルキアーノが『気にするだけ無駄だ』とやけに消極的なことを言うなと思ったら、グノー侯爵子息一行は一部の教官を味方につけてやりたい放題やっている連中だということが分かった。
今後の俺のプランに支障が出るのは避けたいと思い、まず腐敗を取り除く必要があると考えた俺は、士官学校のメインコンピューターに潜入して、不正の事実を監視カメラの映像や文書やらを証拠として握った上で、士官学校の校長に直訴した。
俺がどうやって情報を得たのかという問題があったものの、貴族の子息たちに便宜を図っていた教諭たちの不正が山ほど見つかり、このまま放置すれば自らの首も危ういと感じた校長はすぐさま行動を起こした。
暫くして、すっかりと“風通しが良くなった”建物内を歩いていると、同期となったルキアーノが頬を引き攣らせながら俺に言った。
「綺麗な顔して結構えげつないな、お前」
俺は立ち止まって振り返る。見ればルキアーノだけではなく、他にも数人の候補生たちが俺に注目していることが分かる。俺はフッと笑うと、ルキアーノたちに向けて言う。
「何を言っているんだ、ルキアーノ。先に引き金を引いたのは奴らだろ?」
撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだ。
道具であろうが、兵器であろうが、貴族としての権威だろうが、関係ない。
他人を貶めようとした時点で奴らはいずれこうなるということを理解しておかなければならなかったんだ。
力で制しようとすれば、いずれ自分よりも強大な力で制される。
それが自然の摂理なのだから。