銀色に憑依した黒の皇子の話(仮)   作:甲斐太郎

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少年期編
01.


身を焦がすような熱気に中てられているような気がして、俺が目をゆっくりと開けるとあたりは一面が火の海と化していた。自分の体ではないような違和感を抱きながらもゆっくりと起きようとすると腕の中で何かが身じろぎするのを感じた。

 

気だるげに視線を下に向けると紫色の大きな瞳と視線が交差した。抱えていたのが黒髪紫瞳の少女だと気付き、俺は声をかけようとしたのだが、

 

「ライ、どこか怪我したの?頭が……血だらけだよ」

 

先に少女の方に心配されてしまった。少女の方は憔悴しきっていているものの、俺の服をぎゅっと握り締めている小さな幼い手からは「死にたくない」という強い意志が感じられる。

 

こんな非日常的な光景に身を置かなければならない状況下でもどこか毅然としているようにも思える。俺は再度、周囲の状況をゆっくりと確認する。

 

床に散乱する衣類の数々と黒ずんだ貴金属類。

 

燃え盛る焔の先に見える壁には何らかの飾りがあったのか焼け方に不自然さがある。

 

それに壁の下の方には意識が無いのか、うずくまっている大人たちの姿があった。

 

状況的にここは服飾関係の商品を専門に扱うブティックだと思われる。倒れている大人が着ている服が店員らしき制服の他にドレスを着ている女性が多いことから、ランクの高い……貴族階級の高い子女たちが訪れる高級ブティック店。

 

確かダモクレスが放ったフレイヤで消滅した王都にも何店かあった気がする、と俺が考え込んでいると視界が揺さぶられる。見れば黒髪の少女が俺を心配そうに見上げたままの状態で胸板を小さな握りこぶしでポカポカと叩いていた。

 

「返事をしてよ、ライ!あっ……えっと大丈夫?」

 

「……ああ。問題ない」

 

しかし、この黒髪の少女が呼ぶ“ライ”とは一体誰のことだ、と血が足りていないのか思考が定まらない状態であるが俺は立ち上がろうとした。

 

その瞬間、背筋を虫が這いずり回るようなおぞましい気配を感じて黒髪の少女を抱きしめながら勢い良く伏せる。床に倒れこんだ拍子に少女がくぐもった悲鳴を上げたが、俺は手で口元を押さえつつ気配の感じた方を見て絶句する。

 

そこにいたのはV.V.だった。

 

“俺”があいつを見間違うはずがない。あいつの所為で俺やナナリーは地獄を見たのだから。

 

抱え込んだ黒髪の少女が腕の中でバタバタと暴れているが、俺はそれを問答無用で押さえ込みつつ、シャルルにコードを奪われたあいつが何故ここにいるのか、必死に考える。

 

だが、世界が暗転するような眩暈によってその思考は中断せざるを得ない状況に追い込まれる。俺とナナリーの母であるマリアンヌを恨んでいるあいつが生きていれば、俺とスザクが文字通り命を賭けて作り上げた『優しい世界』を壊されかねない。

 

【奴は、俺が、ここで、討たなければならない!】

 

闇に飲まれてしまいそうな意識を覚醒させるために、地面に散らばっていた瓦礫を手に取り、左手の甲に叩き付けた。骨が砕ける音が反響し全身に痛みという信号として巡った。

 

そのおかげで半強制的に覚醒できた俺は大人しくなった少女を床に置いて息を潜める。火の海と化した店の床に転がる煤だらけの死体の顔をひとつひとつ確認しているV.V.に俺は一足飛びに近づいて勢いよく、「えっ?」と言いたげな唖然とした表情を浮かべた彼の頭を蹴り飛ばした。

 

日本で言う火事場の馬鹿力というのだろうか、俺が渾身の力を篭めて蹴り抜いたV.V.の頭はその勢いのまま、店外に放物線を描いて飛んでいった。店内に残ったのは首から上のパーツを失った身体のみ。しばらく見ていると、血が噴水のように首の部分から噴き出て、天井というキャンパスに赤い華を咲かせた。

 

「え、脆っ……」

 

あまりの手応えの無さに俺が困惑していると黒い頭巾に黒いフェイスマスクをつけた全身黒ずくめの連中が数人入ってきた。そして、V.V.の肉体を回収しようとする者たちと何の警戒もせずに俺に近寄ってくる者たちに分かれた。

 

状況的にV.V.をギアス饗団の饗主と崇めるギアスユーザーなのだろう。合衆国中華に作られていた饗団の研究施設で殲滅しきったものと思っていたが、残党が居たようだ。

 

俺の前に立った黒尽くめの人間たちが銃を懐から取り出す。そのまま無用心に俺へと照準を向けてきたため、銃を左手で掴んだ俺は思い切り自分の方へ引っ張りつつ大きく振りかぶった右拳で、フェイスマスクで覆われた顔面を殴り飛ばした。

 

フェイスマスクの破片が右拳に突き刺さる感覚があったが、俺は怯むことなく振り抜いた。俺が殴り飛ばした黒尽くめの人間はその場に倒れ、それを近くで目撃した奴も銃を向けてきたが、その前に懐に入り込んだ俺は股間を蹴り上げる。

 

防護するカバーのような感触があり脛に激痛が走ったが、俺は歯を食いしばって足を蹴り抜いた。けたたましい音が鳴り響き、天井からパラパラと破片が降ってくる。

 

俺を襲おうとした奴らの片方は顔面部分にハンマーでもぶつけられたようにフェイスマスクがひしゃげ丘の上に打ち上げられた魚のようにビクンビクンと痙攣している。もう片方は天井に頭部分を突っ込んだ状態で火に焙られ身を捩じらせている。

 

そんな奴らの状態を見届けた俺はV.V.の身体を外へ運び出そうとしているもう片方の人間たちに目を向ける。すると、彼らの心が手に取るように分かった。彼らが俺に抱いているもの、それは【恐怖】。

 

「「……ッ!!」」

 

2人はそれぞれが俺に向かって何らかのポーズを取った。

 

それは指を差すものや、両手で押そうとするようなもの。

 

だが、俺自身に何か変化があるようには感じない。そのことは俺よりも何かをしようとした彼らが一番分かっていたようだ。

 

先ほどまではロボットのような無機質な気配で違和感しかなかったが、今はその逆。人間らしい気配が漂ってくる。はじめて自分では手に負えない化け物に出会ってしまったような恐怖や畏怖といった弱弱しい心の叫びが聞こえてくるようだ。

 

「ライっ、どこに……いるのっ?」

 

その時、必死でありながら迷子が親を探すような不安な様子で俺を呼ぶ声に導かれるように振り向くと、嗚咽を上げながら周囲を手探りしている少女が目に映った。

 

俺がV.V.に襲い掛かる前、急に大人しくなったから状況を理解したものと勝手に思っていたが違ったようだ。彼女は自身を守るように抱いていた俺が“いきなりいなくなってしまった”かのように振舞っている。

 

つまり、今まで彼女は意識があっても心あらずだったということだ。俺は今まで戦っていた黒尽くめの奴らがギアスユーザーだということを思い出す。俺のもう1人の家族であり、大切な弟であった少年のギアスが【体感時間停止】の能力を持っていたことを。

 

「あっ、ライ!見つけたっ!」

 

俺を見つけた黒髪の少女が駆け寄ってくる。

 

V.V.配下のギアスユーザーが残っていて危ないと言おうとしたのだが、少女が俺の胸に飛び込んでくる方が早かった。俺は黒髪の少女を受け止めた後、背後に隠すようにしながら奴らから奪った銃をくるりと回転させるとそのまま甲の潰れた左手で構えた。

 

しかし、火の海と化した店内に奴らの姿は無かった。俺が倒して床に転がっていた奴も天井に突き刺さっていた奴も姿を消していた。当然、首を無くしたV.V.の身体も。

 

周囲を見渡して燃え盛る焔以外の脅威が去ったことを確認した俺は少女の安全を確保するために、奴らが来た方向へ向かって歩き出す。黒髪の少女もまたビクビクしながらだが、俺の服の裾をぎゅっと握った状態でついてくる。

 

ブティック店の裏口から外へ出ると警察は勿論のことだが、ブリタニアの軍服を着た人間が多いことに気付いた。

 

おかしい、俺とスザクが計画した『ゼロレクイエム』によって、世界にある軍隊は黒の騎士団だけになったはずだ。どうして、……ブリタニア軍が存在するんだ。

 

「ッ!?ルルーシェさまぁあああああ!」

 

聞き覚えのある声に、妙に高いテンションの若いブリタニア軍人の男が俺と一緒にいる黒髪の少女を見て大急ぎで近づいてくる。というか、俺の名前の『ルルー“シュ”』ではなく『ルルー“シェ”』って呼んだが、誰の名前だ?

 

「ご無事でしたかっ!ルルーシェ皇女殿下ぁああああ!」

 

俺たちから3mほど離れた位置に急停止し、そのまま膝をついて頭を垂れる若いブリタニア軍人の男……面倒だ。“ジェレミア”は何故だかダクダクと滝のような涙を流しながら生還を喜んでいる様子だ。

 

ただし、視線は俺ではなく、あくまで黒髪の少女に固定されている。

 

ちなみに黒髪の少女の方には面識がないようなのか、目の前にいるジェレミアに対して懐疑的な視線を送っている。俺は少し思案した後、黒髪の少女とジェレミアに聞こえるくらいの大きさで話す。

 

「ゴッドバルト卿の皇族への忠義は本物だ。疑う必要は無い」

 

「……そう……なんだ。…………(くたっ)」

 

俺の言葉を聞いて安心したのか、黒髪の少女はその場に崩れ落ちる。それでも右手で掴んだ俺の服は手離さない。

 

「皇女殿下っ!!」

 

その場に尻餅をついた黒髪の少女を見て、ずいっと近づいてくるジェレミアを俺は留めるように声を掛ける。

 

「ゴッドバルト卿、これは一体どういうことなのですか。気付いたら店の中は火の海で、皇女殿下を狙った刺客が数人店内に現れました」

 

「なっ!?なんだとぉおおおお!!」

 

ジェレミアは目をカッと見開き、黒髪の少女の身体を凝視した。彼女の体の目立った位置に怪我がないこと、隣に立つ俺の頭と両手と右足を見て納得するように頷くと、ジェレミアは無線機を懐から取り出して誰かと会話した後、おもむろに俺の肩の上に手を置いた。

 

何をしているのかを尋ねようとしたのだが、ジェレミアの方が先に口を開いた。

 

「ふむ、血と煤で分かりにくくなっているが紛れも無く銀髪だ。そして、翡翠石のような瞳。君は、ローウェンクルス伯爵家の縁者か?」

 

俺はジェレミアに言われたことが理解できなかった。俺の容姿は黒髪で紫瞳だったはずだ。間違っても銀髪碧眼ではない。しかも、ローウェンクルス伯爵家なんて、聞き覚えが無い。だが、俺と一緒にいた黒髪の少女はジェレミアからルルーシェ皇女殿下と呼ばれている。

 

ここはいったい……俺はいったい誰なんだ……。

 

答えを出せずにいた俺の視界が漆黒に染まっていく、少女が、ジェレミアが、俺の名前ではない名前を呼んでいるが、考えることを止めた俺はそのまま意識を手放すのだった。

 


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