あなたの人生お買い上げいたします   作:トマト大帝

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2話:レベル屋

「すまないね、まさかバイトの件で来た子だったとは思わなかったよ」

「い、いえ。先に言わなかった私が悪いだけです」

「いやぁ、最近の子はしっかりしているね。それで、仕事内容を詳しく知りたいんだっけ?」

「はい。私つい最近この街に来たばかりなので、レベル屋のことを知らなくて」

 

 来客用のソファーに座らされ、紅茶とお菓子までご馳走になるエイミィ。

 本人は慣れない場所でまだ固くなっているが、ジャンの方はニコニコと笑って話を続けていく。

 

「レベル屋っていうのはその名の通り、レベルの売り買いをする場所のことさ。でも、厳密には売り買いするのは経験値なんだよ」

「経験値ですか…?」

「そう。レベルを上げるためには魔物を倒して経験値を貯める。これは知っているよね?」

「はい、勿論です」

 

 コクリと頷くエイミィ。経験値の売り買い。

 この言葉だけなら正直そこまで違和感はない、

 しかし、ただ単に敵を倒してレベルを上げてきただけなので、経験値という物質は見たことが無いのだ。存在しないものを売り買いするというのはやはり違和感しかない。

 

「でも、魔物を倒す暇がない人。もしくは面倒な人は一定数いる。そんな人達の中でお金がある人は経験値をお金で買いたいと思ったわけさ。逆にレベルはあるけどお金がない人は経験値を売ってお金が欲しい。こうした人達の仲介役として生まれたのが、レベル屋なんだ」

「なるほど…でも、経験値を売るってどうやって?」

「うん。経験値は物質じゃない。だから僕達レベル屋は特殊なスキルを持っているんだ。詳しく説明すると難しいから、実際に見てもらいたいんだけど……先に話をしてからでいいかな?」

「はい、わかりました」

 

 レベルを上げることによって、スキルを覚えることが出来るのはエイミィも知っている。

 しかし、ジャンの言うようなスキルは知らなかった。

 勉強熱心な彼女は正直かなり興味を持ったが、我が儘を言う程ではなかった。

 

「簡潔に言うと、そのスキルで経験値を物質化させることができる。そして、物質化させたそれを売りに出すのさ。実物を見てみるのが一番だね」

 

 そう言って、ジャンは自分のポケットから小石程の虹色の結晶を取り出して見せる。

 

「うわぁ……綺麗ですね。これが経験値なんですか?」

「うん。これを数字に直すと経験値100ぐらいだね。スライムが1匹で経験値10だから、ちょうど10匹分だね」

「へぇー、因みにこれでいくらになるんですか?」

「売値は1万ゴールドさ」

「え、高くないですか?」

 

 エイミィが驚くのも無理はない。

 スライムは一般人であれば殺されてもおかしくないが、魔法などが使えれば簡単に倒せる。

 それを10匹倒しただけで1万も貰えるというようなものだ。

 少し高くはないかと感じるのも無理はない。

 

「そう、諸々の事情で経験値は高めの値段にされているんだ。ただ、考え方を変えてみると悪くない。レベル10になるには経験値が1万程必要だ。そうなるとスライムを1000匹倒さないといけない。でも、100万ゴールドを払えば一瞬でレベル10だ」

「な、なるほど、確かに時間的な問題で言えば納得できなくもないです」

「まあ、お客のメイン層はお金持ちだからね。普通の人はレベルを上げるためにお金を使おうとはあまり考えない。別にレベル1でも普通に生きていけるからね」

 

 この世界にはレベルという概念があるが、それが全てであるわけでもない。

 レベル1の成人男性でも普通の成人男性と同じ身体能力がある。

 レベルとは基礎能力から付加する形で能力が上がっていくものなのだ。

 

「まあ、これで基本的な考え方は分かってくれたかな?」

「はい。大まかには」

「じゃあ、他に質問はないかい?」

「えっと、お仕事っていうのは経験値の売り買いをするだけなんですか?」

「メインはそれだけど他にもあるよ」

 

 そう言ってジャンは経験値の結晶をポケットにしまい込む。

 

「街の外に出て、魔物から経験値を直接取ってきたりもするんだ」

「え? 売りたい人と買いたい人の仲介をするのが仕事じゃないんですか」

「ごもっともだけど、レベルが下がるのを嫌がる人が多いんだよ。だから、需要と供給を成り立たせるために直接取ることもあるんだ。……ああ、安心して。バイトに戦闘を行わせるなんてことはしないから」

 

 そう言って溜息を吐くジャンに、エイミィは何故バイトを募集していたのか理由を悟る。

 店に人が居ない状態では当然のことながら店は開けない。

 それを防いで、業務時間中でも外に出られるように人手が欲しいのだ。

 

「買いたい人が多くいても、売る人が居ないんじゃどうしようもない。まあ、買う人も表立って買いには来ないんだけどね」

「どうしてですか?」

「金で買った力って言われたら、誰だって胸を張れないだろう?」

 

 余りにもストレートな言葉に、エイミィは黙り込むしかなかった。

 確かにズルい気がする。お金だって楽して稼いだわけではないだろう。

 ひょっとするとレベルを上げる以上に努力しているのかもしれない。

 

 だとしても金で買った力や名誉と言われれば、胸を張れない。

 自分でも心の中ではそんな相手のことを見下してしまう可能性はある。

 なるほど、通りで客で賑わっている店では無いわけだ。

 

「と、ちょっと嫌な話になったかな。とにかく、僕の仕事は経験値の売り買いと魔物との戦闘。そして、もう1つあって―――」

 

 ジャンがそこまで言ったところで、カランカランとベルが鳴り、ドアが開かれる。

 お客だろうかと気になり、エイミィがそちらを眺めてみるとそこには女騎士が居た。

 

 キリッとした風貌に、赤い髪をポニーテールにまとめた青い目の女性であり。

 派手さは無いものの、丁寧に手入れされた質のいい鎧を身にまとい、警備隊の証である獅子の紋章を胸につけている。

 明らかに、客としてここに来るような人物ではない。

 どちらかというと、違法などを犯した店などを取り締まる人間だ。

 

 まさか、この店が何かをしたのかとエイミィはジャンを見るが、彼は彼女がここに来るのは当たり前だと言わんばかりの顔で迎え入れていた。

 

「やあ、いらっしゃい、アイナ隊長」

「アイナで良いと言っているだろう。それと分かっていると思うがこちらの仕事を……む、すまない接客中だったか」

「いや、彼女はバイトの募集で来てくれたエイミィ君だよ」

「え、えっと…エイミィ・クラットです」

「アイナ・ホークだ。警備隊で部隊長を務めさせてもらっている」

 

 警備隊とはそれぞれの都市に在中する警察のようなものだ。

 そのため、エイミィは緊張してしまい硬い表情で挨拶をしてしまう。

 しかし、アイナの方は慣れているのか表情すら変えない。

 人によってはそれが余計にとっつきづらく見せるのだが、彼女は気づかない。

 

「それで仕事の手伝いだね。いいよ、今すぐ行こう」

「助かる。だが、いいのか? 彼女と話しているのでは無かったのか」

「ちょうど僕の仕事について教えていたところだからね。実際に見てもらうのが一番だろう。彼女も連れて行っていいかい?」

「……まあ、こちらが頼んでいる身だ。文句はない」

 

 表情は変えないものの、渋るような仕草を見せるアイナにエイミィは縮こまる。

 そして、一体これからどんな所に連れていかれるのだろうと不安から顔を強張らせる。

 そんな彼女の様子を見て取ったのか、ジャンが落ち着かせるように笑いかける。

 

「大丈夫だよ。アイナが居る限り危険はゼロと言っても過言じゃないよ」

「自慢できる程のものではないが、市民を守るために腕は磨いてある」

「あ、あの……結局危険な所に行くってことじゃないんですか、それって?」

「まあ……犯罪者に会いに行くしね」

「え?」

 

 一体これから何をするつもりだと、今度こそエイミィの表情が凍り付く。

 その顔にジャンは笑い、アイナは無表情ながらも若干すまなそうな空気を漂わせる。

 

 

「僕のスキルの実践には相手が必要だからね。その相手が犯罪者ってわけさ」

 

 

 やっぱりこの仕事はヤバい仕事なのかもしれないと、エイミィは心の中で嘆くのだった。

 


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