マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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9.理に潜む理(ファントム)

『追撃する?』

「殺す気かよ。あの子が一番情報持ってそうだし、この辺でいいよ」

 

 息をつくと、ナヅキが慌てたように声を荒げた。

 

「倒したのはいいけど、こんな所で派手にツギハギ使って大丈夫だったんでしょうか。遅れてスピリット・カウンターが発生したりしませんかね」

『だいじょぶだいじょぶ。そもそもこっち側(・・・・)でスピリット・カウンターを発生させたいなら、最低でも何百人規模のタンクルが欲しいもの』

「そうなんですか? 一人のツギハギで起きたって話も旅先で聞きますが」

『よほどタンクル濃度が高かったか、使ったツギハギの問題だったんでしょうね。例えばアルフューレラインに穴を空けるような〈召喚〉系の奴とか』

「呪紋世界に穴を開けてあっちの住人を呼び出すっていうツギハギでしたっけ。見たことないけど、存在するんですかね」

 

 生きた証人が目の前に居るんだよ、ナヅキ。俺は呪紋世界にはいなかったらしいけどね。

 しかしさっきのタンクル量で不安になるのか。ナヅキは過去、その事例に遭遇したことがあるのかもしれない。

 

「ダルメン。とりあえず、こいつらどうする?」

 

 腕を組むダルメン。樽の模様の一部が怪しく光り、赤い双眸にも見えるそれはダルメンの視線代わりに怪しく輝く。

 

「どうしてわたしに?」

「襲われたのはダルメンだろう? もっと痛めつけたいとか、自警団か派遣か知らんけど街で警備してる人に押し付けるとか、ここに放置するとか。俺はどっちでもいいし、ダルメンが決めるべきだろ」

「そうだね…………」

 

 押し黙るダルメン。そもそもこの後のことなど考えていなかったのかもしれない。

 ならナヅキはどうだ、と見てみれば彼女は彼女で〈穿つ羽〉によって潰れた跡を見据えている。と言っても破壊による煙で覆われて穴が空いている、くらいにしかわからないが。

 

「あいつが気になるか?」

「はい。ネムレスさんの援護がなきゃやられてたし、悔しいからリベンジはしたいかな」

「色々と上手い奴だったから、剣術で追い詰められただけナヅキはすごいよ」

「むぅ。褒められるのは嬉しいけど悔しさも倍になる」

「難儀なやつだ」

 

 逆に言えば向上心が高いということ。お爺ちゃんとやらに褒めてもらいたいから、というのが一番なのだろうが、本人の気質も高そうだ。

 

「ネムレスさんは明日以降も街にいますか?」

「ああ、今のところまだ居る予定だけど……」

「ちょっと対ツギハギ戦闘の修行をしたいから、付き合ってもらえませんか? もしアンネを出ても、旅先が同じなら一緒にどうかな、と」

「努力家で積極的だな。いいぜ、旅はまだ決めあぐねてるけど、街に居る間は構ってやる」

「言い方言い方」

「違わないだろ?」

 

 からかうと素直に拗ねるナヅキに苦笑する。和やかな雰囲気に包まれる中、俺はダルメンの返事を待とうとした瞬間、サウザナの叫びが洞窟に響いた。

 

『ネムレス!』

「っ!? ダルメン、全力で防御!」

 

 サウザナを通して〈クロッシング〉に正体不明の攻撃が照準される。

 すぐさまダルメンに指示を出し、傍に居たナヅキを突き飛ばす。ナヅキとは反対の方向に飛んだが、間に合わない――が、それをフォローするのが我が剣。

 折れた剣の刀身が我が身を盾にして迫っていた何かを防いでいた。

 だがダルメンの防御が間に合わなかった。いや、防御した上で吹き飛ばされていた。

 強靭の一言に尽きるタンクルで作られた障壁を貫く一撃であったが、それでも威力の減衰は避けられなかったのかダルメンは顔を……樽を振って無事なことをアピールしてくる。

 襲撃者――〈穿つ羽〉によって倒したはずの三角巾娘を睨もうとするが、向けた視線の先に彼女はいなかった。

 無音にして無感。静寂の殺意が俺達を襲う。

 ぞっとする展開にも、俺はサウザナのおかげで平常心を保っていた。

 

「助かったよサウザナ。それより何を撃たれた?」

『強めのタンクル弾。直前まで〈理に潜む理(ファントム)〉で感知を遮断させてた。ついでにあの子、不利を悟って死んだふりしてたみたい』

「〈理に潜む理〉?」

『ある国で開発された、国家技法のツギハギ。その国を象徴するような技術ってやつね。と言っても〈理に潜む理〉はすでに滅んだ国家のツギハギだけど』

 

 サウザナの声が沈んでいる。

 三角巾娘の使うタンクルを取り込んで攻撃するのを逆手に取られたくなかったから、追撃控えたこっちのミスだ。

 おかげでサウザナ本体にダメージを……負ってないな。ダルメンでも無事を免れなかったのに、どんだけ頑丈に鍛えたんだ?

 

『あー、殺すつもりでやったほうが良かったわね』

 

 サウザナの冷静さの下で蠢く怒りの声に、俺の油断だと宥める。

 ダルメンの〈穿つ羽〉の威力から考えて無傷というわけではないだろう。それでいてなお〈理に潜む理〉を駆使し動くことができている。

 国家技法という国の特色を示すツギハギ。その使い手となれば、どこかの軍人や組織という可能性がありそうだ。

 

「ナヅキ、ダルメン。気をつけろ。あいつ、姿だけじゃなくてタンクルも消せるみたいだ」

「なるほど、それでネムレスさん〈マッピング〉越しにも見えなかったんですね」

『さっきの攻撃は内包するタンクルが強すぎるから、撃ったらいかに隠してもその漏れを防げない。私には通じないって理解されただろうから、狙われるとしたら貴方達二人ね』

「一撃もらったのは久しぶりだ、が。次は完璧に防いでみせよう」

「その自信が頼もしい!」

 

 ダルメンの言葉にナヅキが笑う。

 でも、姿とタンクルを消すということは、攻撃に気付くことが出来ないと宣言されたも同然だ。足音といった五感に関する全ても欺けるのだろう。

 加えて不意打ちの確殺であろう一撃を防ぐサウザナを見た以上、次はこれまで以上の慎重さを持たれる。

 必然的に対処法は限られる。〈理に潜む理〉を知るサウザナは別だが、今は省く。

 選択肢は二つ。逃げるか、この広場全てを巻き込むような広範囲のツギハギ。

 前者はアーリィを置いていくわけにはいかないので不可能。後者は同じくアーリィを巻き込む可能性がある上に、下手なものでは三角巾娘のタンクル吸収の餌食。

 となればどうするか。

 

「ダルメンさん、ダルメンさん。ちょっと……」

「……承った。〈穿つ羽〉!」

 

 考えをよそに、ナヅキから何か耳打ちされたダルメンが再び竜巻を繰り出す。

 その範囲は広場全体を覆うような広範囲に迫るものだった。ただしその動きには何らかの規則性があり、一定のルートを辿るように空間内を駆け巡っている。……なるほど、道を制限してあぶり出す作戦か。

 普通なら成功したかもしれないが、相手が悪い。何故なら……

 

「うひゃっ、ダルメンさんちょっと出力上げすぎ!」

「いや、風が飲み込まれている。洞窟の倒壊を狙っているのか?」

「下手にタンクル使わないほうがいいぞ。あの子、相手のタンクルを取り込んで自分のものに出来るみたいだからな」

「知ってたならすぐ教えてくださいよ!」

「倒したと思ってたし起きても俺とサウザナならすぐに対処できるって油断してたんだよ、ごめんなさい!」

「それ言ったらかばわれた私の立つ瀬がないじゃないですか、ごめんなさい!」

「ちなみに追撃するって言ったサウザナの意見断ったの俺だから! サウザナ悪くないから! むしろ感謝するところだから! 俺がごめんだから!」

『うっわーなんかうちの主がごめん、流れ弾ですごい恥ずかしい!』

「……ネムレス君は頼れる男と思っていたが、気のせいかもしれないな」

 

 謝罪会が行われダルメンの一言に一番傷つきながら、俺は三角巾娘が今まで見せたツギハギ、その効果を全て教える。まだ手札を隠し持っている可能性はある、という助言も添えて。

 作戦会議をしているうちに、周囲に赤い煙が押し寄せてくる。だが俺達を包み込もうとはせず、まるで包囲するように一定の位置から動かず鎮座していた。

 俺は念のため、地中へストレッドを伸ばし、一番近くに居たあのうろたえ少年の体をこちらへ引き寄せる。

 妨害してくるかと思ったが、三角巾娘は俺のツギハギには何もしてこない。逆手に取られたことから、位置を知られるのかもと警戒しているのか? それならそれでうろたえ少年をたぐり寄せるとしよう。

 

「ネムレスさん、一体何を?」

「交渉材料になるかなーって」

「ネムレスさん……不利になったからって人質とか……」

「万が一相手が逃げた時の、情報の確保のためだよ」

 

 まあ普通にこいつを利用する予定だけど。

 

「うーん、相手が見えない察知出来ないってなるとジリ貧ですね」

「とりあえず、守りを固めよう」

 

 ダルメンがそう言って樽を俺達に……

 

「いらんいらん。せめてツギハギで守ってくれ」

「守りには定評があるが?」

「動くのに邪魔です」

「残念」

 

 心底残念そうにしながらも、ダルメンは俺達を包み込むようにツギハギによる障壁を張る。形が樽っぽいのはこのさい言及すまい。

 宣言の通り、先程よりもさらなるタンクルが込められている。さっきと同じ一撃ならば防げそうだが……

 

「でもあいつってタンクル吸収するんでしょう? ツギハギで守ったら突破されませんか?」

「吸いきれるものなら吸い取ってみるがいいさ」

「自信たっぷりですね。っても、自信過剰ってわけでもなさそうですが」

 

 吸収したタンクルによる攻撃もかなり強いだろうに、それを物ともしないのはアクターやアバターという枠を超えたツギハギ使いとしての潜在能力の違いか。

 だからと言って油断するつもりはないし、結末をひっくり返すために色々策を練るとしようか。

 

「ナヅキ、こいつ渡しとく。それなら多分、あの三角巾娘にタンクルを吸収されずに戦えるはずだ」

 

 懐から取り出したキラビヤカをナヅキに渡す。

 柄にツギハギを仕込んだことで刃を展開した時に〈相殺〉が〈付与〉されるから、一方的にタンクルを吸収されることなく斬撃を通せるはずだ。

 

「サウザナ。あのツギハギの消耗って多いか?」

『改造されてたらわからないけど、消耗は多い』

「よし、作戦決定。二人とも従う気はあるか?」

「あいつに一発かましたいのですごく聞きます」

「わたしだけの突破は少々難しいかもしれない」

「よく言った。ナヅキ、お前を要にするからな」

 

 口元を歪ませながら、俺はその作戦を伝える。

 ぐったりするうろたえ少年を抱えながら、俺はダルメンへ指示を出した。

 

「熱いワインも乙なもの。〈サンオブザオーラ〉!」

 

 前口上はさておき、ダルメンの使うツギハギが新たに展開される。これまた俺の教えたツギハギだ。

 生み出されたのは赤いタンクル。昨日のダルメンと同じように垂れ流すそれがじわじわと洞窟内へ広がっていく。

 一見して殺傷力はなさそうに見えるが、これはあの赤い煙と同質のもの。つまり触れると危険、それでいて広範囲、である。

 三角巾娘は姿もタンクル感知も隠しているが、これに触れてしまえばダメージは免れない。無傷でいたいならこのツギハギを吸収するほかなく、それを行うということは自分の位置を知らせるということにもなる。

無論そんなのは三角巾娘とてわかっているだろう。だが相手をするのは圧倒的なタンクルを持つダルメン。

〈理に潜む理〉は確かに脅威のツギハギだ。でも、サウザナからの情報が確かなら性能の高さは消費の多さに比例する。常時消費に加え相手のタンクルまで消すとなればその消耗は半端ない。

 その状態が続けば、ほんの一欠片程度の綻びが生まれるだろう。

 俺が狙うのはその一瞬。〈付与〉〈支配〉〈感知〉で〈サンオブザオーラ〉を俺が操作し、ダルメンのタンクルが続く限りその攻防は続く。

 攻撃の察知はサウザナが。加えてダルメンをフォローすればただでさえ高い防御力を突破出来ないはず。

 ならば後は我慢比べ。未だなお猛威を振るう竜巻といい、ダルメンの圧倒的なタンクルによるゴリ押し。それでも押し通せば勝ちだ。

 そして狙い目の時が来る。

 相手がツギハギを吸収した場所を特定し、同時にあるツギハギを使う。

 それを即座に察知し、うろたえ少年を前に付き出したままその場所へ駆けた。

 背後で人質だー! というナヅキの声が聞こえるが無視。

 

「おい、こっちを見ろよ! お前の部下――があっ!」

 

 うろたえ少年を抱えた俺の体が予測した方向とは逆から攻撃が仕掛けられる。当然手を離し、うろたえ少年は何も見えない感じない位置でふよふよと浮くように抱えられていた。

 

「無事か? 全く度し難い連中……いや、厄介者と言ったほうがいいか。これからのことを考えると、面倒極まりない」

「ああ、全くな」

 

 声を返したのはうろたえ少年――の姿をまとった俺だ。

 ダルメンの陽動の中、俺は自分とうろたえ少年の姿をツギハギで変えていたのだ。

つまりぐったりしていたのは俺で、それを抱えていたのはうろたえ少年だったわけだ。タンクルを纏えるのは、アクターだけではないのである。

 俺の姿をしたうろたえ少年の操作もまた、サウザナが担当していた。

 識世かつ武器でありながらもツギハギを覚えた頼もしい愛剣あってのコンビネーションに、流石の三角巾娘も騙される。

 さらに三角巾娘はうろたえ少年に偽装した俺に〈理に潜む理〉を使った。隠せるのは相手からではあるが、その力を共有した相手にはその位置は丸わかりだ。

 部下思いの良い上司だったようだけど、この場合に限っては失敗したな。

 

「……? 貴様は――!?」

「流石。だけど――」

 

 三角巾娘は即座に俺へかけた〈理に潜む理〉を解除し、攻撃のためにツギハギを展開する。用事は済んだ。この先どうなるにせよ、こいつはもう怖くない。

 

「もう遅い」

 

 そのタンクル弾を手元に飛んできたサウザナが受け止め、俺は〈色彩〉を〈付与〉させたタンクル弾を三角巾娘以上の速さで繰り出した。

 こいつはあくまで姿とタンクルを消すだけで、速さそのものが突出しているわけじゃない。

 それでも防御だけなら可能だっただろう。けどタンクル弾は三角巾娘のツギハギに防がれるより早く、その手前で飛散させた。

 狙いは、飛沫による着色だ。

 それは広範囲に渡って中空を光るように白く染める。だが一部分だけが元の空間の色のまま在った。

 つまり〈理に潜む理〉の衣に着弾した証明。

 その空白の場こそ、三角巾娘の居場所。

 〈マッピング〉を欺く〈理に潜む理〉では〈クロッシング〉による指示は不可能。タンクルを使っていた俺やダルメンはともかく、それを使えないナヅキに三角巾娘の位置を教えるためにこんな回りくどいことをしたが、成果はあったようだ。

 特定した三角巾娘に迫るのは、キラビヤカを全力でなぎ払うナヅキ。

 ダルメンと俺によってあらゆる間を外され、硬直したこの一瞬。

 突然目の前に現れたナヅキの一撃は、それでもなお反応する三角巾娘のツギハギとかち合い、それを飲み込み進むという予想通りに三角巾娘を切り裂く。

 一瞬遅れて、中空に線が刻まれる。〈理に潜む理〉の効果も消えたのか、景色という衣が徐々に剥がれていき、やがてその姿を現した。

 そこにナヅキが元々持っていた細身の剣の柄が三角巾娘に頭を痛打する。連続のタンクル消費、ミスの許されない緊張の連続からの不意打ちへの対処。そんな怒涛の勢いに負担がかかっていた頭に物理的な一撃を受けた三角巾娘は、今度こそ完全に気を失った。

 気絶した三角巾娘を抱えて着地し、その様子を確認したナヅキが俺達に向けてピースサインを送る。俺達は勝利したのだと確信し、ナヅキに向けて親指を立てた。

 ――瞬間、世界が揺れる。

 ひゅぅいん、と聞きなれぬ音がした。

 音源へ目を向ければ、かつての仲間が使っていた銃という武器に似た白い何かが宙に浮かび、その小さな発射口からタンクルを撃ち出した。

 洞窟の地面に着弾したそれは、奇しくも俺が三角巾娘に使った〈色彩〉弾のように様々な色と模様を描く。

 それは呪紋だった。タンクルによって描かれた、ツギハギの準備段階を成す構成。

 円形の扉を思わせるそれが、二つに割れる。

 現れ出たのは、爬虫類を思わせる皮膚で覆われた人間の数倍はあろう三本爪の腕。

 咄嗟に攻撃を仕掛けようとした俺の目に、呆然と浮くユカリスの姿を捉えた。

 あの巨腕の射程範囲内。そう察知した俺は攻撃を中断してユカリスの回収を急ぐ。

 すでにナヅキは三角巾娘を、ダルメンは捕獲した敵とうろたえ少年を抱えて離れていた。

 やがて巨腕はその四肢と頭が扉の先から抜けてくる。その腕に等しい体躯を見せつけながら、そいつはこの世界に姿を現した。

 

「ス、スピリット・カウンター……?」

『ううん。こいつはカケラオチじゃなくてあの中に入ってた〈幻獣《スペルゴースト》〉。これが燃料だからタンクル弾があんな強かったのね』

 

 ナヅキの疑問に答えるサウザナの声が遠く聞こえる。

 頭部に刃を象るような角を持つ〈幻獣〉と呼ばれた異形の存在は、世界全てに嫌悪を轟かせるように、絶叫を上げた。

 怯えすくむ二人をよそに、〈幻獣〉は身をかがめて頭にある一刀を突き刺すように突進してくる。

 

「ダルメン、アーリィを! ナヅキはその後ろに隠れてろ!」

 

 咄嗟の指示をしてサウザナを構えたと同時、〈幻獣〉の一刺しが折れた刀身に直撃する。

 鋼と鋼が噛み合う重々しい音が立つ中、俺はどうにもならない重量差を前にサウザナを弾き飛ばされ串刺しになる……はずだった。

 

『抜剣《ブレイド》・ラシン』

 

 〈幻獣〉の角が止まる。止められる。他ならぬ、サウザナによって。

 背後から驚く声がする。

 それもそうだろう。即死しないほうがおかしい突進だった。

 なのに、サウザナは〈幻獣〉からすれば取るに足らない小さな刃を持って巨躯の切っ先を受け止めているのだ。

 その理由は、変化した剣にあった。

 剣が鎧をまとっている、と言えばいいのだろうか。

 分厚い刃というものではなく、紫銀に彩られた装甲のようなものが柄や鍔、刃を覆っている。

 さらに一瞬だけ幻視した、鎧をまとった巨人の騎士。おそらくこの剣自体はそいつを動かす鍵のようなものだと思った。

 〈幻獣〉もサウザナを脅威と認識したのか、一度距離を置いて頭を大きくのけぞらせる。

 ちらりと見える口元からは、溢れ出るタンクルが触れる物全てを融解せんとする熱量を伴ってその口蓋に充填されている。

 それでもなお、サウザナに動揺はない。

 放たれる熱光線。

 洞窟全てを破壊してなお余るそのエネルギーを前に、サウザナを握った俺の右手が勝手に動く。

 下から上への、剣を掲げるかのように軽い動作。

 人と洞窟、果ては周辺の環境を等しく溶かすであろう一撃はただそれだけで上空へと反らされた。

 力を上に逃したことで洞窟が崩れることはなく、収束された一撃は他に亀裂を与えることなく、ぽっかりと巨大な穴が天に作られていた。

差し込んだ光が俺を、サウザナを照らす。

 その光景をナヅキも、ダルメンも、ユカリスも、俺も理解が追いついていない。

 ただの一振り。事はそれで終わった。

その巨体を両断された〈幻獣〉の亡骸が、これ以上ないほど示していた。

 〈幻獣〉の体からぼろぼろと何かが剥がれていく。

 それは呪紋のようにも見えるし、〈素材〉が抜け落ちるツギハギにも思えた。

 やがて〈幻獣〉はその色を空気に溶け込ませて消失する。呪紋の扉も同じく消える中、白い銃身だけがそこに残っている。

 

『これでよしっと。それじゃあアーリィのとこに戻ろっか』

 

 サウザナののんきな声が響く。

突然の遭遇は突如として消え去り、奇妙な後味を残しながら終わりを告げるのだった。

 


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