マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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8.樽と三角巾にうろたえる

 サウザナを地面に刺す。同時に展開するのは、ダルメンを中心に俺達を包み込むような円形に広がる呪紋。

 それが作られると同時に、ダルメンはどこからともなく彼の腰まである大きな樽を取り出した。いや、ほんとどっから出した?

 蓋のない樽の中から溢れる酸っぱい香り。これ、ワイン?

 

「わたしの武器はこれだ。ほぼ無尽蔵で球切れはないから安心してくれたまえ」

「どこに安心しろと!?」

 

 ナヅキからのツッコミも最も。

 戦場になるかもしれないというのに、一気に気が抜けていく。

 

「アクター使いなんだろ? それのどこがアクターなんだ」

「見ればわかるだろう、樽のアクターだ」

「それのどこが〈幻獣《スペルゴースト》〉!?」

「呪紋世界の力を利用出来るのは、住人だけではない、ということさ。あちらの物からだって力を借りることはできる。逆説的に、あちらの世界にも樽を使うという生活感が伺えるね」

 

 もっともらしいことを言っているが、中身が無茶苦茶すぎる。

 

「ちなみにわたしは自分がマーキングした樽なら、壊れてない限り世界中のどこにあってもマイ樽と繋げて取り出すことが出来る」

「何言ってんの? ねえ何言ってんの?」

 

 ナヅキが狼狽えるのも最も。

 つまり世界中の樽と中身を共有ってことだろ? さらりと言っているが、ダルメンの言うことが真実ならとんでもないことだ。

 こらユカリス、飲もうとしちゃ駄目だぞ。

 

「ああ、もちろん他人の家の樽を勝手にマーキングしたりはしない。きちんと――」

「わかったわかった、お前の力はすごい。狙われる理由、わかりそうなものだな」

 

 いかに樽限定とはいえ、使い道なんて色々とある。

 案外、ダルメンという男は有名な人物なのかもしれないな。

 落ち着いたらサウザナに聞いてみよう。

 

「ユカリス、お前はアーリィと一緒にここに居てくれ。いざとなったら守ってやってくれよ?」

 

 ダルメンのワイン樽? 興味津々なユカリスだったが、俺の言葉にぐっと拳を握りこくこくと首を上下させる。頼もしい限り。

 気を取り直し、先程展開した呪紋は、その範囲内におけるタンクルの感知を無効化させるものだ。

たとえタンクルを探って来ようとも、これで対処できる。

 

「では、先手必勝と行こうか」

 

 ダルメンが腰だめに担いだ樽を構える。

 零れそうで溢れないワインっぽい中身を洞窟の壁に向けて照準を合わせている。

 ……まさか。

 

「ドリンコォ!」

 

 脳裏によぎった予想をなぞるように、謎の掛け声に合わせてダルメンの樽から凄まじい勢いでワインのような何かが射出される。

 鉄砲水を直接ぶつけるかの如き勢いで放たれたそれを調べてみれば、洞窟にワインの香りを充満させながらもきちんと〈射程〉と〈威力〉、加えて〈酒精〉が付与されていた。

 つまりワインにしか見えないそれは紛れもなくワインであり、同時に彼なりのツギハギによる攻撃なわけだ。

 アバターやアクターならば誰しもが使える基本のツギハギ。

 タンクルに〈射程〉と〈威力〉の素材を込めただけのタンクル砲は、ツギハギを使う者からすればスタンダードな攻撃だ。

 ただダルメンの場合タンクルの量が尋常でないほど多い。下手をすればダルメンのタンクルに耐えきれずに構成が自壊してしまうほどに。

 下手に構築されたツギハギよりよほど強力なそれは、ふざけた外見に反して直撃すればこの洞窟程度容易く崩壊させる威力を秘めていた。

 

「これ、お、酒?」

 

 咄嗟に〈クロッシング〉経由でナヅキに〈酒精〉への〈耐性〉を与える。子供相手に酒というのもけしからんし、これで動きが鈍ったら元も子もない。

 目を丸くするするナヅキと同じことをしたいと思いつつ、頭を戦闘へ切り替える。大分遅れたが、まだ間に合う。

 呪紋の規模を縮小し、部屋全体からダルメンが放ったツギハギのみに集中して囲う。そっちの制御はサウザナに任せ、俺自身は遠隔でツギハギを付与させる。

 暴威が通路を塞ぐ隠し扉へと着弾する寸前、俺は叫ぶ。

 

「サウザナ、解除!」

『おーらい!』

 

 サウザナの操作によって隠し扉と呪紋が音もなく消えていく。

 その先に見えるのは〈マッピング〉によって映る襲撃者。それらに向けて撃ち出されたワイン砲が襲いかかる。

 だが相手もさるもの。

 ツギハギでも仕込んでいたのか、当たる直前で隆起した地面によってワイン砲がせき止められている。

 

「なんだこれ、酒!?」

「ワインだ!」

「ワインが飛ぶか、バカ!」

 

 見知らぬ人々よ、悪いがこれ飛ばしてるんだ。――敵は複数、と。

 ふざけた外見に反してワイン砲はただの地面で防げるほど軽くない。

 そこらの奴では防げない威力を持っているはずだが、つまり相手はそこらの奴ではないということだ。少なくとこの状態が続けば反撃を許す可能性がある。

 だが、甘い。

 ここで活きるのは俺が使ったツギハギだ。〈付与〉〈拡散〉〈支配〉〈気絶〉。これら四つの素材を入れたツギハギを付与し、ダルメンのワイン砲のコントロールを俺が行う。

 それにより、放出された巨大なワイン砲の残りが幾重にも枝分かれ壁のように盛り上がる土を避けて敵対者へ殺到する。土煙が上がり、相手の視界を奪うおまけつきだ。

 さらに素材を〈威力〉から〈気絶〉に差し替える事でどんな殺傷力の高いツギハギでも非殺傷となるため、相手を捕縛するにはうってつけだ。

 

「ぶえっ! げほ、口の中に入って、ん?」

「あ、これ美味しい」

「のんき言ってる――がぼぼぼぼぼ」

 

 奇襲を受け混乱する戦場。さらに仕掛けた側であり、相手の情報をリアルタイムで受け取っており、混乱から立ち直ったナヅキがワイン砲の後に駆け抜ける。

 拡散したワイン砲によって守りはすでに崩れ、防御の合間を縫って走るナヅキの攻撃は防げない。

はずだった。

 〈支配〉によってワイン砲の操作をしている俺だからこそ気づいた違和感。拡散し、荒れ狂うワイン砲の一部が消える。いや、消された。

 

(……いや、消えていない。今の感覚は――)

 

 瞬間、ダルメンのワイン砲に混ざってナヅキの背後《・・》から突如発生した別のツギハギに危機感を覚え、叫んだ。

 

「ナヅキ、上に跳べ!」

 

 突然の指示にも素直に従い、ナヅキが跳躍する。

 刹那、今までナヅキが占めていた空間に一筋の光条が走る。その閃きは鋭さを持ち、何らかのツギハギによるものだと察した。

 

「気をつけろ、誰か隠れてる」

 

 アルコールの匂いが洞窟に充満する中、襲撃者の影が見える。俺は何かを確認するように、〈高速化〉の素材を用いたタンクル弾をそいつに放る。

 だが、俺の違和感を確信させるようにそれは容易く防がれた。

 間違いない。感知出来ない襲撃者が存在している。

 

(サウザナ、牽制でいい。相手を炙り出せるか?)

(簡単簡単。私を適当に刺して)

 

 言われるがまま、サウザナを地面に突き立てる。途端、地面に亀裂を入れながら地を走るタンクル弾が展開する。

 何もない場所へ放たれた、途中で軌道を変えたそれが中空で炸裂する。タンクル同士の激突によって生まれた光の波状が周囲に広がる中、そいつはゆっくりと姿を現した。

 

「恥ずかしがり屋さん、お話しようぜ」

「な、な、な、ななななななな」

 

 こちらに有利な状況で仕掛けたにも関わらず、倒すことが出来なかったことに思わず賞賛する。

その向こうでは、全身をワインで濡らし声を上げておののく誰かが居た。

 今の俺と同年代か少し上に見える年若い赤髪の少年の姿が見える。服装にこれといった特徴はなく、武装しているという点を除けばただの少年にも見える。

 もう一人、ナヅキの急襲を見抜き逆撃を仕掛けられる程度の実力者。

 すでに姿を消すと予測されたツギハギは解除され、俺の一挙一動を見逃さないとばかりにこちらへ目を向けている。

 そいつは一見すれば町娘にも見えそうな、今の俺よりも年上の女性だった。

 紺色の長い髪を三角巾の中にまとめた、少年と同じく武器を帯びていなければこの洞窟に居るのは不釣り合いなくらいだ。

 一応、森の中にある洞窟なので森に何かを採集しに来たという理由付けも出来なくはないが、一見何もないはずの洞窟まで入ってきた以上そう考えるのは無理がある。

 けどそう感じたのは外見だけで、不意打ちで恐慌状態に陥っているうろたえ少年が傍に居るのに冷静に観察を怠っていない。明らかに一歩抜きん出た実力者だ。

 ワインの波が引けば、倒れる男達が三人。〈マッピング〉で調べた相手の数が五だったことを考えれば、数は合う。

 ただ、倒れた相手の全てが樽の中に居た。

 樽の中に沈められる者。樽に入れられて転がされる者、立ったまま樽を被せられて気絶する者と色々だが、格好を考えなければ狭さを利用した拘束と考えると意外な優位性が伺えた。

 

「まずいぞ! 位置がバレて……」

「ナヅキ、そっち頼んだ!」

「了解!」

 

 ナヅキが三角巾娘に斬りかかる。外見通りであればそれだけで怖気づく行為であるが、ただの町娘はツギハギを駆使して不意打ちを防いだりはしない。何者かは知らないが、只者ではない。

 三角巾娘へ意識を配りつつ、弱腰のうろたえ少年に向かって疾走する。うろたえ少年はこちらに気づくと、思ったより素早く復帰して俺を迎え撃つ。

 

「そんなくたびれた剣で僕を倒す気か? くそぅ、舐めるなよ!」

 

 牽制の一振りを避けた動きや、腰から抜き放ったナイフの鋭さも中々のもの。どこか規則性のある動きにも見えるが、そんなことより愛剣を馬鹿にされては俺も黙っちゃいられない。

 〈威力〉〈射程〉〈分裂〉の素材を用いたタンクル弾を周囲に配置。拳大の光球をまず相手に殺到させて体勢を……

 

「おわあああああああああああああああああああ!! そ、そんなツギハギを使うなんてちくしょうこの畜生が!」

 

 崩すより先に狼狽するうろたえ少年。俺は無言で動きを制限させるようにタンクル弾を放射してうろたえ少年を混乱させた。

 面白いようにたたらを踏む少年に向けてサウザナを振るう。

 

「おぎゅ!」

 

 当然のように命中。剣の腹で殴ったから斬れていないが、折れているといえ重量のある鉄塊を叩きこまれたうろたえ少年は地面にたたきつけられ、何度も転がってようやく止まる。

 痙攣を起こしているがまだ息はあるのを見計らい、撃たなかった残りのタンクル弾に〈設置〉の素材を追加し、うろたえ少年の周囲に配置させる。

 何かしようとしても、牢獄のように囲う光球の群れの前ではそう安々とは動けない。

 

(念のためもう一つ追加して、と。こいつはこれで問題なし。ナヅキは――)

 

 振り向くより先に飛び込んで来たのは、ナヅキの背後からナイフで強襲を仕掛けている三角巾娘の姿。

 即座に〈付与〉〈強化〉のツギハギをナヅキの髪《・》にかける。同時に首へ迫る三角巾娘の刃。

 ナヅキは咄嗟に首へ剣を掲げて防ぐが、三角巾娘はもう片方の手にナイフと同じ大きさの武器、タンクルブレードを生み出して背中へと切りつけた。実物のナイフを防いだナヅキには、ツギハギのナイフを捌けない。

 だがナヅキの髪は今、俺のツギハギによって鋼以上の強度を誇っている。よってその長く綺麗な髪と体を斬られることはなかったが、衝撃を殺せず俺のほうへ飛ばされるナヅキ。

 咄嗟に受け止める俺に、三角巾娘の追撃がナヅキに迫る。俺はうろたえ少年に使ったものと同様のタンクル弾を展開して発射。追撃を止めこちらから遠ざけるように誘導する。

 三角巾娘は俺を警戒しているのか、タンクル弾の牽制に足を止めて迂闊に近づく様子はなく距離を取っている。

 冷静だな、とこちらも警戒しながら腕の中のナヅキが声を漏らす。

 

「あいたたた」

「ナヅキ、平気か?」

「だいじょぶ、です、ありがとうございます。でも、斬り合いは私が勝ってましたから」

「さっき背中斬りつけられてただろ」

「一応は片手犠牲にして防ごうとしてました。……悔しいなあ」

 

 片腕を犠牲にしなくて何よりだ。

 タンクル砲を止めた動きから、アクターかアバターかはわからないが三角巾娘がツギハギを使うことは察している。うろたえ少年には悪いが、彼がああも見事なツギハギを使えるとは思えないので三角巾娘があれを使ったのだろう。

 さらに近接戦闘における技量はナヅキを押しきれるほど。

 立ち上がるナヅキに〈治癒〉〈威力〉の素材で作られた傷を治すツギハギをかけて怪我の具合を見る。

 ナヅキが負ったのは火傷のようなものと軽い裂傷。裂傷はナイフかタンクルブレードの切り傷だろうが、火傷がどこから来ているのかわからない。少なくとも複数のツギハギ持ちということか。

 俺が考察している間に、三角巾娘に迫る影があった。

 

「隙なしぃ!」

 

 それはアクターを展開したダルメンだった。

 風を切って飛ぶ鳥のように疾駆するダルメンはその手に携えた樽を振りかぶり、加速された一撃を持って三角巾娘へ打ち下ろす。うん、確かに隙はないけど気合の入れようはよくわかる。

 三角巾娘はうろたえ少年のように腰にナイフと柄のある何かを帯びているが、それを使う様子はまるで見せない。ならばツギハギか?

 予想に答えるように、三角巾娘がその手にタンクルを集束させて解き放つ。

 見知らぬ構成から発揮されたのは赤い煙。それがダルメンの一撃を止める。いや、ダルメンが攻撃を止めた?

 ダルメンの服が焼け焦げる様子にナヅキの火傷の理由を察する。同時にあの煙は物理的な干渉が可能ということ。

 赤煙のツギハギを隠れ蓑に少年へ向かおうとする三角巾娘。その姿を認め、俺は叫ぶ。

 

『サウザナ!』

「わかってるって。道は封鎖済み』

「よくやった!」

 

 アーリィが居る隠し部屋への道もすでに塞いだのなら、多少派手にしても問題ない。

 サウザナを煙に向けて突き刺すと、刃と煙を構成するタンクルと干渉し合い、紫電を迸らせて互いの構成をぶつけ合う。

 〈素材〉がなくとも、サウザナ自身が持つツギハギの力によりそれは多数の素材を含むであろう煙のツギハギを切り崩す。

 

「ダルメン風!」

「起こそうっ!」

 

 サウザナの介入によって煙が少しブレる。ツギハギの構成に乱れが生じ、存在を保てなくなっているのだ。むしろ一撃を受けてまだ構成を保っているのは三角巾娘の技量の高さを示している。

 そこへ俺の指示が飛ぶ。従ってくれるか不明だったが、ダルメンは存外素直に風のツギハギを使ってくれた。

 昨夜のあれを思い返すと、ダルメンのアクターは風を操ることに長けているかと思ったが予想通りで何よりだ。

 思惑通り吹き荒ぶ風が不安定な煙を一斉に吹き飛ばす。

 同時に走るナヅキ。お返しとばかりにフェイント混じりの一撃で剣に意識を集中させ、本命の足で三角巾娘を蹴り抜く。今度はあちらを吹っ飛ばすという意趣返しをする辺りナヅキも良い性格をしている。

 意趣返しを優先したため思ったよりダメージはないのか、三角巾娘は即座に起き上がりこちらを睨めつける。

 そこへ攻撃を仕掛けようとするダルメンとナヅキだったが、俺は声をかけて止めた。

 

「二人共、止まれ。そのまま進んだら痛い目に合うぞ」

 

 疑惑の目を向ける二人に見せ付けるように、配置していたタンクル弾をニつ三角巾娘へ放つ。

 するとその途中で地面から壁が隆起し、タンクル弾を受け止めた。もう一つをその直下へ落とすと、隆起した壁ごとその周囲が爆発した。

 二つの煙が晴れた先、そこで初めて三角巾娘は表情を不愉快そうに歪めて俺を睨む。

 

「吹き飛ばされながらも罠を忘れない辺り、良い腕してるな」

「……挑発? 全部見透かされているなら、意味がないのに」

 

 会話に付き合ってくれることに口元を緩める。

 その唇から漏れた声は力強い意志を持ちながら、苛立ちに包まれていた。

 お互い(・・・)相手に探られぬようツギハギを準備しながら、主導権を取るべく舌を滑らせる。

 

「さて、一応聞くがお前らは何者だ? どうしてダルメンを狙う? あ、ダルメンってのはこっちの樽被ってる奴」

「ネムレス君?」

「自己紹介くらいは構わんだろ。情報欲しいし」

 

 疑問を浮かべるダルメンは口で、うずうずするナヅキは直に止めながら俺は三角巾娘の返答を待つ。その間、俺はダルメンにだけ見えるように、指先をぐるぐると回した。

 見せ付けるように三角巾娘が赤い煙を再び発生させる。

だがこれは囮、本命は別にあると予測する。何故なら先ほど防がれたばかりのそれを愚直に繰り返すほど、目の前の相手は下手じゃないと思う。

 つまり別の何かが来るはずであり、それを準備するためには時間が必要。〈マッピング〉にも引っかからないツギハギを使って、不意打ちの可能性だってある。

 なら軽口でもなんでも会話という延長時間に乗ってくるはずだ。

 

「……こちらに敵対の意志はない。襲撃を仕掛けたのはそちらであり、振りかかる火の粉を払っているにすぎない」

「昨日、こいつはお前らに襲われてるんだよ。部下の躾は出来ないのに見捨てられないタイプか? 苦労を一人で背負ってるといずれ倒れるぞ」

「……答えは同じだ。私達は被害を受けた側であり、その襲撃者はお前達に他ならない」

「じゃあ質問を変えようか。わざわざ寄り道しなきゃ来れないここに、なんで来ている? 先に入っていた俺達の後を追うようにやってきたのはどうしてだ? 俺達に復讐したいなら馬車で移動する道中にでも狙えばいい。それをせずにここを調べていたのは何故? 答えは簡単、最初からここに目的があったんだろう? ダルメンの件は多分偶然で、こっちが本命」

「こいつら、あの部屋が目的ってことですか?」

「ナヅキ」

「んう?」

「…………」

 

 三角巾娘に表情などの変化は見受けられない。

 口では咎めたものの、こうなるのを見据えてあえて二人には緘口令を敷かなかったのだが……予想以上に三角巾娘はこういったやりとりの経験が多そうだ。

 うろたえ少年は例外として、彼女自身はおそらく三対一でも切り抜ける、あるいは勝つビジョンがあるのだろう。俺もサウザナを持たず何の考えもなく無策で挑めば遅れを取るかもしれないと感じている。

 ナヅキのつぶやきによって隠し部屋の存在に確信を覚えたのなら、探りあいは終わりだ。

 

「二人共、付き合ってもらって悪かったな。――もう自由に動いていいぞ」

「〈踊る炎雲(ビートクラウド)〉」

 

 ナヅキの肩から手を離すと同時、三角巾娘のツギハギが解き放たれる。

 広がっていく赤い雲は洞窟の広場全てを包むように拡散していく。視界の制限と火傷による小さな傷を負わせていくツギハギは、撹乱のために他ならない。なら本命は――

 

「〈穿つ羽(ツィンケル)〉!」

 

 ダルメンが三角巾娘に手をかざす。その豊満なタンクルから生まれ出た一対の竜巻が赤い煙を押し潰すように空間を蹂躙する。先ほどの指回しの意図、理解してくれたようだ。

 そうして放たれたまともなツギハギは、つい先程ダルメンへ渡した素材から生み出されるツギハギの一つ。

 効果は強烈な風を吹かせるものだったが、ダルメンは初めて使うにも関わらず倍の威力かつ彼なりのアレンジで現代風へと進化させていた。

 その風は、全てを巻き込み吹き飛ばす問答無用の暴風域。多少制御は甘く不規則に動くようだが、俺はそれに当たるほど鈍感ではない。

同様の彼女も身を危ぶむ風の恩恵を受けながら、ナヅキが走る。

 三角巾娘はナイフとタンクルで作ったブレードの二刀流でナヅキの攻撃に対処する。そのナイフ捌きは二刀であるにも関わらず、小器用に使いこなしている。

 しかしナヅキの剣術は俺も太鼓判を押す。小器用程度では対処など無理な話だ。

 俺に使ったのと似たような、防御をすり抜ける謎の剣技や二刀に負けない手数の多さで押し切り、細かな、けれど無視できない傷を三角巾娘につけていく。

徐々にナヅキの剣を捌ききれなくなっている証明だ。剣だけなら三角巾娘を上回るナヅキはその年で末恐ろしい。

 けどおそらくこれはさっきの繰り返し。それだけならナヅキが不覚を取ることはなく、その理由が彼女の傍に這い寄っていた。

 

「ナヅキ君!」

 

 それを察知したのか、ダルメンが二人の戦いに乱入する。それらを横目にしながら、俺は地道にサウザナを適当に地面に刺すことを繰り返していた。

 ダルメンが加わったことで、戦闘に変化が訪れる。

 ナヅキの攻撃を防ぐだけでも重労働だった三角巾娘だったが、ダルメンの攻撃も合わさることで少しずつ均衡を保ち始めた。

 近接戦闘の連携は息を合わせることが重要だが、それでも二人は前後や左右に囲むなど互いの邪魔にならない程度の動きを見せている。しかし全力での攻撃は相手への妨害になると判断したのか、先ほどに比べれば攻撃の手数は増えたが精度が緩い。

 三角巾娘はそんな二人の間に生まれる僅かな隙をかいくぐっている。それでいて俺への警戒も怠っていない。敵ながら天晴だが、今の膠着が続けば徐々に連携の誤差を少なくさせていく二人がやがて押し切るだろう。

 

「〈伝う大地(アムベアー)〉」

 

 ――足元から伸びる、タンクルの影がなければ。

 

「ほほうっ!」

「うえっ!?」

 

 ナヅキとダルメンが同時に三角巾娘へ踏み込んだ瞬間、その足場が崩れた。体勢を崩された二人は、つんのめるように動きを制限される。

 先ほどあった地面を隆起させる現象から察していたが、やはり大地を操作するツギハギを持っているらしい。煙で目を、大地で足を封じる搦め手の多い相手だ。

 そして今までの攻撃を耐えて待ちに待った逆撃の機会。仕掛けて来るならここしかない。

 

「〈連なる雷(リンクビリング)〉」

(来た!)

 

 赤い煙、そして崩れた足場から溢れるタンクルが雷へと変化していく。

 おそらく単独ならば雷を放つツギハギであろうそれは、搦め手だと思っていた二つのツギハギを飲み込んで膨らんでいく。あれら自体が三つ目のツギハギへの燃料というわけか。

 性質の悪いことに、ダルメンの竜巻まで飲み込んでやがる。

 出力自体はダルメンのほうが上のはずだが、それでも取り込めるのは構成とレアな素材、何よりも技量による結果だろう。

 煙はダルメンのツギハギによって大部分が晴れたが、完全に消えたわけではない。そして二人は未だなお離れることなく地に足をつけている。

 結果、注ぎ込まれたタンクルに応じた雷撃がナヅキとダルメンへと襲いかかった。

 このままでは二人とも大やけど、最悪炭になって死んでしまう。当然、それをさせないために俺が居る。――今!

 雷撃が今まさにナヅキとダルメンへその牙を喰らいつこうと瞬間、二人は俺の手の中に収まっていた。

 

「無事か、二人共」

「うひー、危なっ」

「ああ、助かった」

 

 呆然と俺を見上げる二人。三角巾娘もまた目を見開いてこっちを凝視している。

 

「いいのか、よそ見して?」

「こいつ――」

 

 二人を引き寄せたツギハギが三角巾娘の足を止める。

 それは先程うろたえ少年を倒したさいに仕込んだツギハギ〈ストレッド〉により、糸のように伸ばしたタンクルを二人に貼ってこちらに引き寄せたのだ。

 その糸は当然のように三角巾娘の足元を徘徊させていた。地中へ潜ることで相手のツギハギを吸収するあの雷の範囲外に逃れ、使用するタンクルの少なさから相手の感知にも引っかからなかったのだ。

 

「ダルメン、もっかいだ。今度は遠慮すんな、全力で使ってくれ」

「従おう。〈穿つ羽〉!」

「〈連なる雷〉――!」

「甘いよ」

 

 〈ストレッド〉に〈分裂〉〈相殺〉〈拡散〉を追加。糸が蜘蛛の巣を貼るように幾重にも分裂していく。それらに触れるたびに、タンクルを飲み込んで肥大化する雷は俺のストレッドに干渉されて分散し、その範囲を広げる代わりに威力を減衰させていた。

 自分のツギハギを吸収して拡大する雷。逆に言えば、こっちから巻き込んでやることが出来る。洞窟の外に糸を伸ばしてやればタンクルの尽きる限り伸ばすことも可能だ。

 

「私のツギハギを逆手に……!」

「ここから先は制御力勝負だな。俺は割と我慢強いぞ」

 

 加えて、ダルメンが新たに生み出した〈穿つ羽〉にも対応しなければならない。

 徐々に追い詰められる三角巾娘だが、ただではやられない。

 〈ストレッド〉を通じて俺に雷撃を届かせようとしてくるが、雷が糸を伝った端から俺はそれを切り離していた。トカゲの尻尾きりと似たようなものである。

 つまり三角巾娘の雷は無意味であり、弱まったツギハギがダルメンの〈穿つ羽〉を跳ね除ける力はなく――結果、一対の竜巻が三角巾娘の全身を押し潰すように飲み込んだ。

 視界一面を覆う煙に包まれる中、かろうじて見える足元には崩れた地面が見える。

ダルメンの〈穿つ羽〉は洞窟の地面を抉り取る穴を作りだしたのだ。穴の中心で横たわる三角巾娘を予想しながら、崩落しなくて良かったと感じる俺だった。

 


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