「ここが目的地?」
「はい。正確にはこの中にあるもの、ですが」
ナヅキが白い帽子(サウザナ曰くキャスケットと呼ぶそうだ)の位置を調整しながら、アーリィに確認を取っている。
それというのも、アーリィの言う目的地とは一種の洞窟であったからだ。
整備された街道から外れ、それなりに茂みのある森の中を抜けた先にそれはあった。
馬車ごと入れそうな洞窟ではあるが、流石にここまで来てもらうわけにもいかないので外で待機してもらっている。
(ここ、まさか昨日の?)
(馬車の中に居た子供って、今思えばアーリィだったのかもね)
寝入っていたとのことだが、昨日と今日でアーリィがただの子供ではないことは承知している。
そんな子が力尽きて寝てしまほどに、時間や力を費やすものか。
「洞窟探索ってことなら言ってくれればいいのに。何をあてにしているのかわからないけど、リアクターもない所じゃ危ないわよ?」
「いえ、すでに設置されていますのでツギハギを使うのは問題ありません。ほら、中を見てください」
言われて、俺達は洞窟の入口へと寄っていく。
天然のものと思われたそこには、どうやら人の手が入ったもののようで暗闇を照らす明かりがいくつも設置されていた。
「これは、アーリィが?」
「はい。と言っても私は後付ですが」
「後付って?」
「元よりここには、何者かの手が入っているようなのです。私はそれを調べるためにここを度々訪れているのですが………」
「進展はない、と」
「恥ずかしながら。ですがネムレス殿達が共に調べてくれれば、何か新たな発見があるのではと思いお誘いしだ次第です」
ぺこりと頭を下げるアーリィ。別にそこまで畏まらなくてもいいと思う。
「でも、アーリィって小さな賢者なんでしょう? そんな子が調べられない場所を私達が調べても何かあるとは思えないけど」
「多分、期待してるのはサウザナにだろ」
「サウザナさん?」
サウザナの柄を叩き、その存在を強調させる。
かつての俺が生きていた頃よりずっと以前から存在していた剣――識世だ。
知識も豊富で、俺も知らないツギハギの中に探索する上で役に立つものがあるのかもしれないとアーリィは期待しているのだろう。
「サウザナさんってそんなにすごいんですか?」
『ネムレスの前でだけすごいのよ』
「それだけじゃよくわかりません」
ナヅキに同意しながらも、アーリィとしては藁をも掴む思いなのだろう。
逆に彼女がそこまでして入れ込む探しもののほうが俺には気になる。
「とりあえず入ろうか。探しものの詳細は、後で聞けばいい」
頷きあい、俺達は洞窟の中へと入っていく。
薄暗い洞窟と思ったのは最初だけで、アーリィが壁に手をかざせば一定の距離ごとに設置された明かりが点灯し、すぐに外とそう変わらぬ明るさが視界に広がった。
分岐路もあったがアーリィの案内もありすいすい奥へと進んでいく。
特に何の障害もなく移動を続けると、行き止まりへとたどり着いた。
そこはちょっとした広場のように開けた空間ではあるが、それだけだ。奥へ続く道や何らかの部屋、地下へ続く階段といったものは何一つ見当たらない。
「アーリィ、もう行き止まりなんだけど?」
ナヅキによる当然の質問。アーリィも当然言われるだろうと思っていたのだろう、ここからです、と前置きをする。
「はい、通常であればただの洞窟。雨風をしのぐか単に洞窟好きな方しか訪れないような場所です。しかし……」
「ここ蓋されてるな」
「……まさか見ただけで判断出来るとは。このアーリィ、感服する他ありませぬ」
何気ない指摘に、尊敬の眼差しを向けてくるアーリィ。
コレに関しては
『他にもあるわ。幻を見せるタイプに、施錠のタイプ。解錠だけじゃどこに扉があるかわらかず、幻影を解いても扉がわからなくなる。加えて一つだけでも解除されるとこのツギハギの使い手にバレるわね』
「なんと、そこまで把握されるとは。私には最後のことはわかりませんでした」
「もう片方の解除をネムレスさん……ううん、サウザナさんに頼みたいってこと?」
「気にはなっております」
曖昧な答え。どうやら目的はこれ以外にもありそうだ、と予想する。
けど、それ以上に気になるのはどうしてこのツギハギ――正確には一対二つの紋具による鍵がここで使われているのか、だ。
そう、この仕掛けはかつて、俺達の国の保管庫に掛けられていたものと同じなのだ。正確に言えばとある場所から持ち込んだ技術である。
例え第三者が正当でない開け方で解除しても、現れるのは何もない部屋に繋がる扉だけ。
だから仮に二つのツギハギを解除したとしても扉は開かず幻影も晴れず、使い手に俺達の存在を知らせるだけ。
該当する鍵を持ってなくても、俺とサウザナからすればそれすら必要のない。
マスターキーに等しい解除法を知っているので、やろうと思えばこの洞窟に隠されたものを暴くことも出来る。出来るが、今はそれを実行に移せずにいた。
(なんで、俺達の国のものがここに?)
(考えられるのは当時の生き残りかしら。私が国を出る直前に色々あったから、そのどさくさで国の遺産の一つや二つ流出してもおかしくはない、かな? それとも残したあれのせいかなー? 制限かけなかったのかな)
サウザナも正確にはわからないようで、答えられるのはお互いに予想でしかない。
この依頼、アーリィへの恩返しとしか考えてなかったが、放っておけなくなってきた。
ならば、選択は一つしかない。
「じゃあ開けちまうか」
「え?」
俺は紋具の力が作動する起点に向けてサウザナを差す。
同時にツギハギの解除と正当な鍵の上位コマンドが打ち込まれ、だだっ広いだけの空間だった場所の一部が徐々に揺らいでいく。
視覚を誤認させていた幻が晴れた先には、地下への階段が現れていた。
「おお!」
「隠し階段? 盛り上がって来ますね!」
「今のもツギハギ……?」
三者三様に驚く俺の頭の上でユカリスも盛大な拍手を鳴らす。褒められるのはちょっと気分が良い。
「まさか………踏み入れてすぐ悩みが解消されるとは思いませんでした。この縁には感謝せねばなりますまい」
「俺もアーリィみたいな子と知りあえて嬉しいよ」
「ちら、ちら」
「はいはい、ナヅキもそうだよ。言葉に出さなくてもわかってるって」
「ちらちらり」
「ノリ良いなダルメン。はいはい、全員と知り合えて良かったよ」
ナヅキとはまだそう詰めて話してないが、ユカリスが躊躇なく近づいていたり馬車の中で共に遊んでいるのを見れば、悪い奴ではないだろう。
ダルメンは割と真顔でジョークを言うタイプだな。
「それじゃ、行きましょう!」
我先にとナヅキが突貫し、その後をダルメンとアーリィが追いかけていく。自然とアーリィを守るような陣形になっていることを微笑ましく思いながら、俺も最後尾で着いて行く。もちろん、さっき解除したツギハギを再起動させておくことも忘れない。
隠し階段の先に明かりはなかったが、アーリィが手に光球を生み出し、先導するようにナヅキの前に浮かせていく。
俺もそれに習い、アーリィの周辺と背後に光球を飛ばして視覚を確保する。
「うわ、これ明らかに人の手が入ってますよ。ほら、あれ」
偵察も兼ねて少し先を歩いていたナヅキが正面を差す。目を凝らしてみると、そこには明らかに自然の洞窟に似つかわしくない、金属製の扉が道を塞いでいる。
「二重で鍵をかけてるなんて。これを作った奴は、よっぽど中を見られたくないようです」
ナヅキはそう言うが、施錠した側から見れば不法侵入は俺達のほうである。
ただその施錠方法が俺達のものなので、こちらには入る権利がある、と暴論を言いながら進んでいく。
「罠はないようです。それにしてもこれは紋具の一種……? いや、それにしてはタンクルがあまり感じられない。金属のようですが、強度はその辺のものを遥かに凌駕。鍵らしい鍵がない。こんなものが存在するとは、世の中は広い」
アーリィがぶつぶつとひとりごち、軽く撫でたり叩いたりしてその感触を調べている。
学者肌なのか、歳相応とは言えないが常に余裕のある態度しか見ていなかった俺からするとそんなアーリィの姿は貴重だ。
「単に意地悪のつもりで、ただの硬い金属の塊を置いてあるだけ、ってことはないんです? それなら斬っちゃいますが」
「いや、それはないかな。この先に色々なものがあるってのは感知できる。紛れも無く、これは扉としての役割を果たしてる……っていうか斬れるのか?」
「ええ、これくらいなら平気です」
そう言ってナヅキが剣を抜く。
昨日は観察する余裕がなかったが、ナヅキの剣はかつての俺の仲間が持っていた刀という武器に似ている。
それと一般的に普及しているブレードを掛けあわせたような、反りのある細身の刃。グリップ部分の握りが加工されているのを見ると、ただの購入品というわけではなく専用に加工されているように見えた。
図らずとも実感したナヅキの剣技なら、あるいは……?
「ナヅキ、それなら試してみればいい。ただ、念には念を、と」
俺はツギハギをナヅキの剣に与える。薄い膜のようなものが剣を包み、タンクルの光が刃をコーティングして刀身に広がっていく。
構成は〈付与〉〈耐久〉。このニつを合わせることで剣を折れにくくする。後はナヅキの剣技がものをいう。
〈威力〉も付与して剣の切れ味を上げる手もあったが、まずはナヅキの剣技だけ試してもらおう。ツギハギの補強は、ナヅキの技量に剣が負けないための処置に過ぎない。
「わあ…………」
ナヅキが感嘆する。ツギハギによる強化を受けるのは初めてだったか?
剣の放つ光よりも目を輝かせたナヅキが剣を構える。俺達は邪魔にならぬよう、彼女の後ろへ移動した。
俺達が剣の射程外に移動したことを確認したナヅキは、静かに金属製の扉を見ながら目を伏せた。
一瞬の空白。途端、音を立てて扉は両断された。
「――――ほほう?」
ダルメンの感心したつぶやき。
呼応するように、切り裂かれた扉が音を立てて崩れていく。
『おおー。あれ、ギガンティアとまではいかないけど、タンクルプレートくらい硬いはずなんだけどね』
サウザナの賞賛に、ナヅキは得意気にどや顔を作る。鼻も伸びそうな勢いだ。
あれ自体が名剣かはわからないが、ただの鉄ならともかくタンクルプレート――タンクルを含んだ金属のことらしい――の扉をただの切れ味だけで斬れるほどの名剣とは思えない。
つまり両断を可能にしたのは、ナヅキの剣技。より正確には、速さ。うっすらと感じた俺以外のタンクルは、扉から漏れたものだろうか。
厚さ一ビヨンもないが、それがタンクルプレート製であるだけで下手な扉よりもずっと硬度がある。
それを余裕で両断する技量を持っているうえに、彼女は未だ成長を感じさせる十代の少女。末恐ろしい子である。
「剣が折れる心配ないから全力で出来ました。ネムレスさんありがとう」
「いやいや、それをしれっとするナヅキのほうがすげえよ」
「お褒めの言葉は嬉しいですが、私からすると例えこれ使っても貴方を斬れるイメージ湧きませんよ」
「斬ろうとすんな」
物騒なことをほざきながら、へへへと苦笑いするナヅキ。どうやらからかわれたようだ。
アーリィはナヅキの剣に驚きつつも、何か言おうとして口には出さない微妙な表情で両断された扉を見ている。
「中へ入ろう。さて、何が出迎えてくれるかな」