マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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3.丸出し

 名付けた言葉を言おうとするよりも早く、俺の肌に訴えるものがあった。

 肌を冷やす殺気のようなものではなく、上から圧倒的な重量を持って押しつぶしてくるような圧迫感。

同時に、耳に届くものがあった。

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああ!」

「なんだ!?」

 

 この声、従業員の子か?

 民宿のような施設のため声がよく通る。っと、考えてる暇はないな!

 

『うわっ、なんかすごいタンクルの持ち主が宿に居るみたいよ? リアクター大丈夫かなぁ』

「何が起きてるか知らんが、放っておくわけにもいかんだろう。今晩の宿に何かあったら大変だしな。行くぞサウザナ!」

『お、よっしゃあ!』

 

 抜身のままの歓喜の雄叫びを上げるサウザナを抱え、適当なタオルで大事なところを隠しながら部屋の外へ飛び出す。

 風呂あがりのため走る合間に水滴が垂れまくるが、そこは一秒でも早い駆けつけのために従業員には我慢して欲しい。

 そうして走り寄った先。果たして、そいつは居た。

 背丈で言えば俺より頭一つは高い、長身で体格も良い男だ。

 一見では男に見える。先程サウザナが言っていた雨に打たれたのか、息を荒げながら濡れた服を煩わしそうに動かしていた。

 けど従業員の子が悲鳴を上げた理由はまた違うだろう。

 頭に樽を被るという奇妙という他ない外見から荒い息遣いが届き、少女との身長の差を考えれば壁とも言える。

 夜闇の中、雨音に紛れてこれを見てしまえば従業員の子――年若く、茶色い髪をサイドテールに結った十代前半程度の多感な年頃の少女――が驚くのは無理もないだろう。

 先ほど感じた圧こそ残っているが幸いにして、まだ何も起きていない様子。俺は従業員の少女の傍に近づき、いつでも樽男から割り込めるようにしながらゆっくり話しかける。

 

「一体何があった?」

「ええっと、おきゃくさ――ん!?」

 

 少女の視線が俺の顔から徐々に下へ向かっていく。悲鳴こそ押し殺したものの、怪しい男のすぐ後に半裸の男が出て来てしまったことに絶句しているのか。

 俺を突き飛ばそうとして差し出した手を取るが、声がさらに大きくなるだけだ。一旦手を離し、落ち着いてもらうよう呼びかけようとして――背後から感じる気配に、咄嗟に体を横に動かした。

 

「うおっ!?」

 

 回りこむように俺の眼前に現れたのは、鞘に入れた細身の剣を携えた少女だった。

 背中まで伸びる波打つ艶やかな黒髪からは湯気が立ち、動きやすそうな部屋着に身を包んでいる。

おそらく俺と同じ宿に止まっていた宿泊客なのだろうと予測する。しかも同じように風呂まで入っていたようだ。

 少女の目から注がれる熱い視線という名の嫌悪感。

つまり見てしまったのだろう。少女の手を掴み、片手に武器を持った俺の姿を。

 立場が逆なら、俺だってどうしていたか。

 

「ま、待ってくれ。確かに誤解させる構図だったが、俺は――」

 

 返答はすくい上げるような膝よりも下からの一閃。

 予想以上に鋭い攻撃を、俺はサウザナで受けようとして――突如蛇のようにうねり曲がる変化に首を倒した。

 咄嗟の判断によって刃を包んだ鞘が体を打つことがなかったが、細剣少女の攻撃は終わらない。

 剣の軽さを活かした疾風のように迫り来る一撃をサウザナの折れた刃先を突き出して受け止め、柄を離す。

 上方からの衝撃に宙を回転させるサウザナ。

 柄を手放した俺は細剣少女の懐へ飛び込み、回転するサウザナの柄を掴み勢いのままに切り上げる。普通の剣なら弾かれたそれは、サウザナの意志によって宙に留まっていたのだ。

 だが細剣少女もさることながら、その一撃をあえて踏み込むことでこちらに肩を押し付けてくる。空振ったサウザナを反転、刺突に切り替えるもすでに細剣少女はこちらと間合いを空けていた。

 さらにツギハギで追撃しようと左手を上げただけなのに、彼女は野生の獣じみた直感で跳ねて射線から脱出している。

 こちらの攻防と思惑を巧みにすり抜ける技量に、内心で賞賛の声を上げた。

 

(見たところ年下っぽいのにこれか? 未来の子はたまんないな)

 

 周囲のテーブルや椅子を転ばした十合ほどの打ち合いと攻防の後、埒が明かないと判断したのか細剣少女が距離を取る。ちょうど従業員の子とマスクの男に背を向けるような立ち位置だった。

 

「おい、怪しいのはそっちの樽被ってる奴だろ」

 

 言った後で気付く。

 男は圧倒的すぎるタンクルこそ発しているものの、最初に感じた気配を霧散させており、顔を隠しただけの男といったように見えなくもない。

 タンクルを感知できない相手の目にはむしろ俺のほうが不審者に見えるだろう。

 従業員の少女の悲鳴のせいか、それとも俺に驚いているためか。どちらにせよ、乱入した少女の誤解を継続させるには十分な下地が出来上がっていた。

 

「折れた剣なんて使う不審者の癖に意外とや、る……………」

 

 何故か尻窄みになっていく言葉に眉を潜めながら、俺は細剣少女の武器を取り上げんと攻める。こういう話を聞かない手合は、大人しくさせるに限るからだ。

 何より、サウザナのことを侮辱するのは許さない。

 細剣少女も大きく目を見開きながらサウザナを受ける。そのまま力任せに剣を弾いてやろうとする俺だったが、何故かサウザナは俺の意志とは違いそのまま剣戟へと移行した。

 

『はっは! 久々、本当に久々に一緒に戦える! たまらん!』

「たまらんのはこっちだ、喚くな!」

「え、何? 誰? 識世?」

 

 どんだけ気分上がってんだよ! 剣としての仕事は打ち合うことじゃないだろうに……

 再会してから色々変化したサウザナであったが、一番変化した、いやおかしかったのは性格だったようだ。

 

「久々で体も訛ってるし、リハビリ代わりだ。お前は手を出すなよ!」

『合点!』

 

 戦いは続き、俺は次第に細剣少女を追い詰めていく。

 剣技で追い詰めているというより、細剣少女が先程までと比べて明らかに動きの精彩を欠いている気がした。

 何が気になるのか知らないが、それならそれで好都合。一気に攻める!

 

「…………!」

 

 サウザナに混じって繰り出した蹴りが細剣少女の体勢を崩す。

 それを見計らい、俺は細剣少女の剣に向かってサウザナを振り上げる。

 だが彼女もさることながら、咄嗟に剣を離して刃の軌跡から武器を反らした。

 それでもチャンスなのに変わりはない。

 宙に浮かんだ剣に手を伸ばすのだが、それより早く細剣少女の足が仕返しとばかりに伸びてきた。

 細く、しなやかな白い足が腹に向かって放たれるも、サウザナでそれをガード。剣だけでなく体術もいける口か。

 再び距離を取る。

 すでに細剣少女の手には獲物が戻っており、このままではさっきの繰り返しになりそうだ。

 となれば、次の一手はツギハギを――使おうとした所で、展開しようとした規模以上のタンクルが手元に集まってくる。

 違う。タンクルはすでに部屋の中に充満していた。

 発生源はあの樽男。理由はわからないが、その体からタンクルが溢れ出している。

 俺が行った行為はタンクルという名の油の中で火種を作ってしまったかのように、生み出した力が一気にその勢力を増して暴風域となって室内を荒れ狂う。

 渦巻いた食堂はテーブルや椅子など、あらゆる家具などを部屋中に浮かせ粉砕しながらなおもその暴威を増していく。

 

(使おうとしたツギハギが、勝手に変えられた?)

「んなっ! この街リアクター機能してないの?」

(また訳わけらん単語が……)

 

 細剣少女が咄嗟に従業員の少女の盾になるように動く。けど守りのために盾や壁のツギハギを使う様子もなく、己の肉体で庇う状況だろう。

 

『大丈夫、私がなんとかするから。――抜剣《ブレイド》・ウインズノア』

 

 宣言と同時に、サウザナの姿が変化する。

 折れた刃、いや剣身を包み込むようにサウザナがタンクルによる外装をまとっていく。

 灰色の刀身は白と緑を基調とした、どこか儀式剣にも似た優美な装飾が施されたものへと変わっていった。

 口を開けて惚ける俺に、サウザナは優しげな声ですべきことを告げた。

 

『説明は後、あれを抑えるわよ』

「お、おう!」

 

 俺がやったのは単純明快、ウインズノアと呼ばれた剣を樽男に向けて振るだけだ。

 それだけで途端に嵐は止み、宙を舞う家具達は次々と床に落ちてくる。同時にサウザナは元の折れた剣に戻り、樽男も床に倒れ伏した。

 

『ふっふっふ、風を支配下に置く剣の前じゃこんなのそよ風にもならないわ。褒めて褒めて』

 

 表情があればきっとドヤ顔をしているであろう得意気なサウザナ。やり遂げたことに代わりないので、俺はその柄を撫でながらサウザナを労う。

 

「ああ、よくわからんが、お前が頑張ってくれたことは理解したよ。ありがよな」

『んふふー♪』

「収まった、の?」

「う、ううん…………」

『原因はその子だね。ちょっと失礼』

 

 目を回しているのか、意識を朦朧とさせている樽男。その顔を、勝手に動いたサウザナが折れた剣で刺そうとして……

 

「おい、何する気だ」

『え? 迷惑かけたんだしその分のお返しでも……』

「いいから、俺に被害ないから、もっと安全に!」

『はーい』

 

 いちいち注意しないと怖い剣である。周囲全てが敵にでも見えているんだろうか。

 ……いや、なんだかんだ責任感があったサウザナが国を出奔する時点で察せるかもしれない。

改めてサウザナは剣の面で樽男をこつんと叩く。

 そこから樽全身にタンクルの模様、呪紋が広がっていく。

 封印……いや、抑制や制限の効果があるツギハギが叩きこまれるのを見やり、一安心するように息をつく。

 処置を終えたと思いきや、サウザナの刀身にはいまだ呪紋が浮かび、明滅を繰り返している。樽男も同様だった。

 

「―――――」

 

 樽男が何か言った気がした。疑問を口にするより前に、ふと耳が何かを捉える。

 目を向ければユカリスがこちらへ飛び寄ってきた。

 バスタオル姿なのと髪から水滴が垂れていることから、風呂の中に落ちてしまいながらも俺の後を追って来たのか? 悪いことをした。

 慌てて来なくても良かったぞ、と安心させるように笑みを向けながら手を差し出し、彼女の足場を用意してやる。

 

「ね、ねえ………」

「うん?」

 

 ユカリスを手の上から肩に乗せながら、話しかけてきた細剣少女に振り返る。

 何やら彼女はちらちらと目線を上げては落とし、泳ぐように動かしている。ここに来てようやく俺は細剣少女の顔をゆっくり眺めた。

 今の俺よりも少し下と思わしき細剣少女の可愛らしい顔立ちに朱が混じるのを見て、今ならいけるかとサウザナを手放し両手を上げた。

 その行動に、細剣少女だけでなく従業員の子も悲鳴にも似た声を上げた。

 

「ちょ!?」

「な、何を……」

「誤解してると思ったからな。こうすれば話を聞く気は出ただろう?」

「…………」

「俺は悲鳴を聞いて駆けつけて来た。君もそうだと思うんだが、それなら俺達が戦う理由はない。剣を引いてくれないか? アクシデントはあったが、何があったのかを聞くべきはそっちだ」

 

 言いながら従業員の少女に目を向ける。話を振られたことに動揺しているのか、口をまごつかせるだけで説明をしてくれそうにない。やむなく、少し語尾を強めて言う。

 

「従業員の子! どうして悲鳴を上げた?」

「あ、ひゃい! え、と。暗い中から雨に濡れた大きな樽の人と、なんか怖い雰囲気を感じて見てびっくりしちゃっただけです!」

「聞いたな? つまり、俺は不審者なんかじゃ――」

「たった今変質者にランクアップしてるでしょう!」

 

 顔を赤くした細剣少女の剣が示す先は俺の下半身。……どうやらさっきまでの戦闘で腰に巻いていたタオルが落ちてしまったらしい。

 慌てず騒がず、サウザナを引き寄せ見えないように隠す。

 こういう時は慌てて弁明した結果、より被害が大きくなると俺は痛みを伴って知っている。だから逆に堂々と行動したほうがスムーズに行くのだ。

 盛大に尻を晒してはいるが、逆になるよりはマシだ。

 

『待って、私に位置が危ないことになってる。こういうのは人前じゃなくて、二人きりならやぶさかでも……』

「黙ってろ。そういう趣味に思われる」

『私はそういう趣味でも』

「お願いします、沈黙してください」

 

 切実に。

 

「とりあえず、着替えてきていいか?」

「……そうして。今、謝るに謝れない」

 

 いきなり襲いかかってきた割に、案外良識のある子であるようで何より。

 

『あ、もうちょっと待って。まだ――』

 

 背中に突き刺さる視線を無視して踵を返し、割り当てられた部屋に戻ろうとした、その矢先だった。

 サウザナの静止と同時、硝子が砕けるような破砕音が室内に響く。

 音源に目を向けてみると、その眼に映るのはさっきまで倒れていた樽男が宙に浮かぶ姿だった。

 男自身、気を失ったようにぐったりとしている。なのに可視化した紫紺のタンクルが頭を持ち上げるかのように浮かんでいた。

 いや、あれは樽が体を引っ張っているのか? 頭を持ち上げられているようにも、別々に機能しているかのように見える。

 

「ちょっと、一体どうなってるの!?」

「サウザナ、説明!」

『体に悪いタンクルを発散させてるの』

「さっきの封印を打ち破ってるのか!」

「そうなると、どうなっちゃうの!?」

『爆発します』

「え?」

 

 光が食堂内を包み込む。

 直後、店ごと吹き飛ばすかのような熱波と衝撃が周囲一面に広がっていった。

 


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