マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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28.ツギハギ少女の異変

「アーリィ、急な話でも対応してくれて助かったよ」

(私は構いませんが……ツォカ殿が何か?)

「あの写真の子、実はダルメンが保護してるんだ」

(なんと……)

「でも、事情があってあいつが敵か味方かを判断する必要があったんだ。ダルメンはこれから直接話して人柄を確かめるって言ってたけど、アーリィも直接顔を合わせた感触としてはどうだ?」

 

 私見も含みますが、とアーリィは前置きする。

 構わないと言ってやれば、彼女はそれではと続けた。 

 

(個人で信頼出来たとしても、もしミュン殿達のように何者かの指示によって動いているのなら厳しいかと思われます。スメイキュードは剣都に次ぐ大国故、そんなところから探されている、など良い考えは浮かびません。国の王族が行方不明なら私の耳にも入るでしょうが、今のスメイキュードでそういったことは聞きませんからね)

「ちなみにスメイキュードってどんな国なんだ? 世界で一番スピリット・カウンターが発生する国ってことだけど……」

(言葉通りです。劣化リアクターを用いて人為的にスピリット・カウンターを引き起こすことを国家運営で行っているのです。何せ鉄海を最初に発見して流用した国ですからね。あの国はスピリット・カウンターによって成り立っていると言っても過言ではありません。そのためカケラオチの駆逐も完全には至らず、逃した者達が独自に縄張りを持っている唯一の国でもあります。批判と恩恵も多い、中々に難儀な国ですよ)

 

 最初に鉄海を発掘してその有用性を示した国、か。

 詳細を聞けば、最初のスピリット・カウンターによって大量のカケラオチが国になだれ込み、鉄で出来た海によって国が沈んだという。

 しかしそんな中でもたくましく復旧した国は、鉄の海から発掘した遺物……鉄海《マシン》が紋具のように機能を持った道具であることに気づいた。

 復旧と同時に鉄海を選別し調べつくしてその技術の一部を再現するなど、その恩恵を大いに活用しているらしい。

 

(剣獣《ゴレム》も元は彼の国が作った兵器の一つ。今では〈幻獣《スペルゴースト》〉やカケラオチのような生物を鉄海によって再現する技術力を有しているとか。鉄海の技術や知識に関しては、剣都を遥かに上回る世界有数の国です。空を飛ぶ船も鉄海から引き取った、とされておりますな)

「ツォカがただの一般人なら何ら問題ない話なんだが……アーリィの目にはどう映った?」

(戦いの訓練を積んだ『騎士』の雰囲気を覚えました。国に仕えているのか、元がつく退役騎士かはわかりませんが、仮に私があそこでツギハギを使ってもすぐに対処出来たでしょう)

「同感。佇まいに隙がなかったしな。少なくともアーリィの屋敷へ行ける時点で、ツギハギに心得はあるってことだ。国の騎士だとしたら……やっぱり上の指示で探してるってことだよなあ。カケラオチが常に徘徊してるなら、強そうなのを国が放っておく理由なんてないし」

(ヴァーナ殿がどういう方なのかは、存じておられるので?)

「いや、ダルメンも拾っただけで正体を探っていたところだ。早速判明するとは思わなかったみたいだけどな」

(彼女がただの一般人で、ツォカ殿もただの騎士であることを期待……というのは夢の見すぎですかな)

「信じたいけど、なあ」

 

 行方不明の親友の姉を探してやってきた、という単純な話なら素直に祝福出来た。

 ヴァーナ自身が普通の少女であったなら、本人の口から直接聞いて俺はツォカに彼女を引き渡すようダルメンに言っただろう。

 だが、違うのだ。

 ヴァーナという少女は『ただの』女の子ではない。

 言葉を発さず静かに眠る、体がツギハギで構成された〈幻獣〉に親しい少女である。

 そんな子を探す大国の人間……考えを巡らせるなというほうが難しい。

 

(ネムレス殿、もし良ければ私に――)

 

 台詞の途中で、アーリィの言葉が途切れる。

 何かあったかと声をかけても、帰ってくる声はなかった。

 どうしたんだと思っていると、頬に何かがぶつかった。ユカリスがいきなり抱きついてきたのだ。

今度は何だと思えば、紡いだ糸が断ち切られるように〈クロッシング〉が解除されていた。

 

「…………え?」

 

 疑念はすぐに晴れる。いや、強制的に晴らされる。

 先程ユカリスが体に乗っていたはずのツギハギの少女、ヴァーナがその双眸を見開き俺を見上げていた。ユカリスは彼女に驚いて俺に助けを求めてきたということか。

 その深淵を直接覗くような虚無の瞳に動揺するが、それ以上に彼女が目を開いたという事実が恐怖を上書きする。

 

「お前……いやヴァーナ。起きた、のか? どうしてこのタイミングで?」

 

 返事はない。

 ただ、開いた目と俺の目が会う。

 繋いだ手を離そうとするが、離れない。

 遮るものなどないというのに、見えない鎖でがんじがらめにされているかのように、俺の手は不動だった。

 

「くっ、なんだこれ……おい、離してくれ!」

 

 力が強いわけではない。ツギハギを使っている様子もない。なのに、振り払うことが出来なかった。

 どうしてこうなった? きっかけがわからない。ヴァーナがこうなる要素なんて覚えがない。

 けれどそれを考えるのは後、今はとにかくこの手を解いてダルメンの元へ行くべきだ。

 ツォカもこの宿へ向かっている。騒ぎを起こせば、確認をする前に見つかってしまう。

 

「痛っ…………っておいおいおいおい!」

 

 痛む場所に目を向けてみると、動揺が最高潮を迎えた。

 握られた手から激痛が走ったかと思えば、彼女と重なっていた手が肌と肌を縫い付けるように俺と一体化を始めているのだ。

 それ以上に暴力的なタンクルが俺の体に入り込んでくる。肉体的な接触ではなく、タンクルからの干渉も合わせて物理と精神二つの要素が絡まった融合とも言える現象。

 しかも、俺がヴァーナと合体するのではなく、ヴァーナに俺が取り込まれるような感覚だ。

 このままでは逆ダルメン現象、ヴァーナの中に俺が居るという結果になってしまうかもしれない。

 それを察したのか、痛がる俺を心配したのかユカリスが接地面をなんとか剥がそうと小さな小さな体に力を込めているが、蟻が巨岩を押しているかの如く当然のようにびくともしない。

 

「ユカリス、やめろ! お前まで巻き込まれる!」

 

 ユカリスや自分のことも心配だが、溢れ出るタンクルがかつてなく街のリアクターを刺激する。

 一週間と経たずに二度目のスピリット・カウンターが発生するなんてごめんだ。

 少し強引だが、力ずくで引き離すしかない。

 だから俺は即座にツギハギでヴァーナと自分を引き剥がそうとして……その絶望的なまでの難易度にほんの少し白目を剥きそうになった。

 例えるなら、海の水をコップで少しずつ出して量を減らすようなもの、と言えばいいか。

 彼女を構成するタンクルの密度に、俺のツギハギ解体の速度が一向に間に合っていない。

 様々な考えが浮かんでは消え、やがて一つの単語だけが浮かんだ。

 俺は躊躇なくその単語――愛剣の名を叫んだ。

 

「サウ、ザナァ!」

『はーい』

 

 〈クロッシング〉もない状況で、ただ感情の赴くままに叫んだ名前は、呑気な声と共に応えられた。

 ユカリスの前に呪紋が浮かび上がり、彼女の姿が消え失せる。入れ替わるようにそこから折れた刃先……サウザナが飛び出し、俺とヴァーナの重なっていた手に突き刺さった。

 折れているといえ剣が刺さったというのに、その箇所には痛みはない。

 むしろ負担が軽くなったように……って、剥がれた!

 その勢いでベッドが軋み、そこに眠っていたヴァーナもころんと床に転がった。

 重さはないので音を響かせることはなかったが、代わりに俺の荒い息遣いが部室中を支配していた。

 

『やっほぅネムレス。なんかおかしなことになってるみたいね』

「あ、ああ……助かったよ、サウザナ。でも、どうしてここに?」

『ネムレスの体にかけてたツギハギが消えたからどうしたものかと思ってたんだけどね。ユカリスが一緒に居るだろうから、彼女を座標の起点にして場所を入れ替えたの。ユカリスのことはナヅキに頼んでるから安心して』

 

 本当に頼りになる愛剣である。

 入れ替えとはいえ空間転移まで可能にする辺り、こいつに出来ないことのほうが少ないな。

 

『あーでも、すぐこの辺のヒビは直しておかないとね。また境界領域に繋がっちゃうわ』

 

 ふわりと浮かび上がったサウザナは、部屋の中空で止まったかと思えば青白い光を発して何やらツギハギを使っている。

 一瞥しただけではわからない、複雑な構成のものだ。ヒビを塞ぐという言葉からして、先程のリアクターの許容量に迫るタンクル漏れを修繕しているのだと察する。

 

『それで、一体何があったの?』

「この子、ヴァーナが目を開けたんだ。そして……俺を、取り込もうとした」

『へえ』

 

 サウザナは簡潔につぶやく。

 空返事のようにも聞こえるその二文字の中に凝縮された感情が詰まっているのを感じながら、サウザナの柄を撫でてやる。

 

「気にするなとは言わんが、抑えてくれ。まだ何もわからない状態だからな。故意だったその時は謝らせればいい」

『今すぐ起こせばいいかしら』

「出来るのか?」

『この子が正常に起きるかは保証しないとけどね』

「ならやめてくれ。あと同じこと起きたら頼んだ」

 

 残念、と本当に惜しそうなサウザナに呆れながら、床に転がったヴァーナをベッドに戻すべく持ち上げる。

 あの一体化現象は起こらない。そのことに安堵し、彼女を再びベッドへと戻した。

 

『ちょっと! 見ててハラハラするんですけど?』

「サウザナならなんとかしてくれるって信頼だよ」

『悔しいわ、怒るべきなのに嬉しくなっちゃう!』

「でも実際、ヴァーナに何が起きているのかは把握しないと駄目だ。特に、今はツォカもいるしな」

 

 原因は不明だが、彼女は俺を取り込もうとしていた。

 食料としてみなしたのか、単純に吸収しようとしていたのか。どちらにせよ、ツォカに渡せない理由が増えた。

 今のままだと、どっちでもろくなことにはならない。

 

『とりあえず原因を探してみましょう』

「心当たりはないんだが……」

「突然ってことは、ヴァーナに何かしたってことよ。ネムレスは今日、この子に何をしたの?」

「……思い返せば、ダルメンを仲介せずに直接〈欠片文字〉で〈理に潜む理〉と〈クロッシング〉を刻んだ」

『思い切り心当たりあるんじゃない』

 

 ぐうの音も出なかった。

 

『まさかツギハギを使うだけで影響を受けるなんてね』

「せっかく〈理に潜む理〉を文字化してもらったのに、悪い」

『いやーこれは予想出来ないって』

「お前にもか?」

『神様じゃないんだから、そりゃ私にだってわからないことはあるわよ。興味ないことは調べなかったもん』

 

 少し意外な気もするが、全能というわけでないことに少しだけ気持ちが楽になる。

 本当に完璧なら、俺が持ってる意味なんて何一つないからな。

 自分が持つなら、何かしらサウザナの助けになりたいというのが持ち手のプライドだ。

 

「アーリィにも意見を求めよう。サウザナ、屋敷までさっきの転移みたいなことできるか?」

『出来なくはないけど、やめたほうがいいんじゃない? 〈欠片文字〉の影響を受けたのなら、ツギハギを使ってこの子を運ぼうとしたら同じことの繰り返しになるかも』

「……担いでいくしかないのか。そうなるとダルメン待ちだな。今にして思えば、あいつが識世化したのって本当にこの子のため、って気がするな」

 

 タンクルの影響を受けずに体を隠し、なおかつ自律的に自分を守る盾にして鎧――壁にして樽かな?――となるダルメンの存在は、彼女の特性を知った今なくてはならないものだ。

 となると、ダルメンを識世にしたのはヴァーナ、ということになるのだろうか?

 

『考えても仕方ないって。今はダルメンを待ちましょう』

「そうだな。ツォカを見定めに行くとは言ってたけど、〈クロッシング〉が切れてるから一度部屋には来るはずだ。それまで見張りを兼ねて部屋で待機だな」

『私も念のためここにいるわね。タンクルを使わずに調べるのは不便だけど、構成の把握くらいはしておきましょう』

「助かる。この子の構成、海みたいにでかいからな」

 

 そうして俺達はヴァーナの監視と調査を行いながらダルメンの帰宅を待ち続けた。

 だが俺達の希望もむなしく、ダルメンは夜になっても部屋に戻ってくることはなかった。

 


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