マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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26.欠片文字(ピース・サイン)

 ナヅキとの特訓は、体力の続く限り一日中続けられた。結局今後の話が出来ず仕舞いである。

 翌日も元気に朝から俺の部屋に強襲して特訓をせがむナヅキ。この体力お化けめ。

 残念ながら今日は用事があると告げた俺は、サウザナにナヅキへ今後の話をするよう言付けてユカリスと共にダルメンが泊まるエプラッツの宿を訪ねていた。

 サウザナの協力でちょっとしたお土産を用意したので、気に入ってもらえると嬉しい。

 食堂は相変わらず盛況で、エインやその他の従業員の元気な声が木霊する。惜しいが目的はこちらではないので、俺は裏口から宿へ入る。

 他の従業員にダルメンのことを告げて案内してもらい、一室に到着する。

 ごゆっくり、と頭を下げる従業員に礼を言って、俺は部屋の扉をノックした。

 

「ダルメン、俺だ。ネムレス」

「ネムレス君か、今開けるよ」

 

 重低音で張りのある声が扉越しから聞こえてくる。

 ドアを開くと、俺よりも頭一つは高い大男が姿を現した。

 普通ならその体型に驚くところだが、彼の驚く面はそれだけではない、というか圧倒的な一つが全ての興味を集中させている。

 

「ん、少し模様変えたか?」

「化粧というやつさ。エイン君が施してくれた」

「少し書き足しただけっぽいけどな」

 

 それは、樽。

 そう、ダルメンという男は頭に樽を被っているのだ。ツギハギでも使っているのか、言葉は遮られることなくその声を耳に届かせる。

 初見では不審者にしか見えない彼だが、接してみればその実穏やかな性格でジョークも嗜む紳士的な男。第一印象さえ突破してしまえば、比較的良い奴なのである。

 俺は改めて入室して鍵を掛けると、備え付けの椅子に座った。

 

「それで、本日は何用かな?」

「あの子のことが少し気になってな。この宿が悪いってわけじゃないけど、秘密を隠すならアーリィの屋敷に来たらどうだ? あいつなら喜んで部屋貸してくれると思うけど」

 

 俺が部屋を訪ねた理由は、ダルメンが持つ秘密のことだ。

 とある秘密を抱えたダルメンは、その解明のために旅を続けてこのアンネの街へ流れてきた。

 到着と同時に起きたハプニングのせいで色々あったが、それでこうして知り合えたと思えば良縁と言えよう。

 

「言葉はありがたいが、わたしはここで構わないよ。最初に迷惑をかけてしまったのはわたし自身だからね。多少お金を入れてでもお返しはしたい」

「律儀だな。まあこれは建前で、今日は仕事の話と〈理に潜む理〉(ファントム)を教えに来たんだよ。あの子の特性を考えれば、ほぼ一日中でも維持できるだろ?」

「仕事?」

「そそ。でもまずは〈理に潜む理〉だな。ダルメンとしてはそっちのほうが大事だし」

「それはありがたいと言えばありがたいが、いいのかい?」

「俺としても見過ごすわけにはいかないからな」

「そうか、嫁入り前の少女の体を弄んだ罪悪感というわけか」

「そういうこと言うのやめてくれない!?」

 

 嘆きの絶叫を笑いで返すダルメン。こいつ、割と遠慮がなくなってきたな。

 それだけ慣れてきたと思えば嬉しいものだが、こういうからかい方は勘弁して欲しいものだ。

 何せ真実はともかく事実として俺はダルメンの言うことに心当たりがあるのだから。

 

「生きているのか確認しただけだろうが」

「死んでいるのか確認しただけでもある」

 

 そう言って、ダルメンは己の体を割った。

 正確には、上半身と下半身に分かれた。

 切断されたわけでもなく、蓋をするようにダルメンの体は中が空洞となっているのだ。

 なぜなら彼は識世。一般的に無機物が自我を持ち新たな生態として世界に誕生した新種族。人ではなく、樽から人格を得た存在なのだ、

 

「こらこら、あの子を出すなら事前に言ってくれ。びっくりする」

「ネムレス君なら一発で慣れると思ったのだが」

「外見がなまじ人なんだから、人体分離ショーをそう簡単に慣れてたまるか」

 

 軽口を交わしながら、ダルメンが中に入っていたもの――薄紫の髪をした、十代半ばと伺える少女を俺に手渡す。

 風呂場で出会った時と違い、きちんと服を着せられているのは目に優しい。

 両腕の中に抱えた少女の体重はない。

 まるで空気が形を作っているかのような軽さでありながら、確かな人肌の感触が腕を通して伝わってくる。

 これがダルメンの秘密。

 樽時代の時に突如中に入れられたという、正体不明の少女。

 サウザナの推測ではツギハギで作られた、実体のある幻という彼女の正体は未だ明かされていない。

 

「進展はあったのか?」

「報告待ちと言ったところか。闇雲から指向性が定まっただけかなりの前進さ」

 

 俺は少女を横抱きにしたまま、そのか細い右手に触れる。

 これから行う作業は、ツギハギの受け渡し……というより〈付与〉のようなものだ。

 彼女の体がツギハギで構成されているのなら、効果を与えてやれば自然と作用するのではないか。

 実験の意味もあるが、成功すれば彼女の安全性もより高まることだろう。

 

「ちょっとベッド貸してくれ。地面や空とかと違って雑に出来ないからな、集中してやりたい」

 

 言って、少女を抱えてベッドに寝かせる。

 椅子を借りてから彼女の手の平を持ち上げ、指先から発するツギハギの光を這わせていく。

 文字を記すように、〈理に潜む理〉の効果を持つ呪紋を描いているのだ。丸が二重になった簡易なものであるが、その中心に少女を示すマークを記していく。

 

「おお、大した技術だ。そんなものを一体どこで」

「昔、仲間に教えてもらったんだよ。サウザナみたいに凄い奴らばっかでな。俺は教わるばかりで着いていくのに精一杯だったよ」

 

 最終的には追いつけなかったんだけどな、と苦笑しながら少女の手に呪紋を刻んでいく。

 かつては単純に〈強化〉や〈鋭敏〉など五感や肉体の強化に使っていたが、文字を刻むという行動はそれだけで汎用性が高い。

 欠片文字(ピース・サイン)と名付けられたそれを、俺は消耗の問題で最大限に使いこなすことは出来なかったが、この子のタンクルなら問題なく機能するはずだ。

 〈穿つ羽(ツィンケル)〉をダルメンの譲渡するさいはアーリィに介入してもらったが、俺が仲間からツギハギを受け取る時はこの方法が多かった。……自力でツギハギを覚えるのが難しかったとも言うが。

 俺はこれをよく設置罠として使っていたが、ツギハギそのものと言える少女なら消えることなく取得することが出来るだろう。

 

「本当は〈理に潜む理〉みたいな高度なツギハギを一文で描けるほど高性能じゃないんだけど、そこはサウザナが調整してくれてな。その効果を発揮する〈欠片文字〉を開発してくれた」

「わたしは初めてその存在を知ったよ。流石はサウザナ様だ」

(今の時代はあれが基本で俺のやり方はもう使われていないのかもな)

 

 紋具(メダリオン)も発達しているし、もっと簡易で強いツギハギだって開発されているはずだ。いわゆる時代遅れの方法だろう。

 寂寥感を胸に閉じ込めながら、〈欠片文字〉の執筆を終える。

 同じ模様をダルメンの手にも刻み、連動して起動出来るようにしてひとまず作業を終える。

 

「よし、試してみれくれ」

「わかった。〈理に潜む理〉」

 

 ダルメンの右の手の平が淡い光を灯す。

 同時に、ベッドの上で眠る少女の体が徐々に透けていき、やがて完全に見ることができなくなった。

 ふぅ、と長い息をつく。久々だったが、上手くいって安心した。

 効果を確認したのでツギハギを解除し、少女の姿が再び現れる。

 

「凄まじいものだね……」

「これはあくまで使えるようにしただけで完全じゃない。時間が経てば消えるかもしれないから、これから構成として定着させなきゃな」

「紋具のようなものだね。アーリィ君に手伝ってもらえばいいのでは?」

「おっと、そのアーリィ絡みで話がある」

 

 俺は今後の計画をダルメンに打ち明ける。

 自分は裏方として動くので、表向きダルメンやナヅキがアーリィに従って色々動いて欲しい、と。

 するとダルメンは実にあっさりと了承してくれた。

 

「コネを広げるというのは、わたしにとっても無駄ではないからね。探す範囲が広がるなら歓迎こそすれ否定することはないさ」

「なら歓迎するぜ。話を戻すけど、ダルメンはアーリィにこの子のことを話すのは賛成なのか?」

「構わないよ。アーリィ君の〈夢の名残〉と彼女の現状。その元々の使い手の痕跡を探すというのは、わたしにとっても有用かもしれない」

「危ない目に会うかもしれないぞ」

「いざとなったら君達に任せよう」

「おいおい、責任転嫁しないでくれよ」

「いざとなれば、さ。可能な限りわたしは自分でやるが、どうしようも出来ない時は素直に頼らせてもらおう」

「はは、良い性格だ。……それじゃあ最低限、俺に出来る限りの処置をしようかね」

 

 アーリィのような専門家には及ばないが〈欠片文字〉で出来る限りはしておこう。改修を投げっぱなしとも言うが、一度自分がしたのに途中で投げ出すのも彼女に悪い。

 作業を再開しようとすると、ユカリスが興味深そうに少女を眺めていることに気づく。同時に、ユカリスの体に刻まれた紋様にも。

 

(そう言えば、ユカリスのこれも〈欠片文字〉か? 俺以外に使い手がいる……いや待て、この子は識世で、あの山はサウザナが結界を張って人を寄せ付けないと言っていた。……どういうことだ?)

 

 唐突に生まれた疑問に、俺は思わず手を止める。

 そこにダルメンの不思議そうな声がかかった。

 

「どうかしたかい?」

「ユカリスのことを少し考えてた。この子も〈欠片文字〉が刻まれてるんだなって」

 

 きょとんとするユカリスをそっと持ち上げ、白い服の上に透明な衣をまとうユカリスの部分的にはだけた肩から覗く紋様に注目する。

 肩から胸……おそらく腰にまで到達しているであろう模様が不思議と気になる。

 この子の作業が済んだら、調べて見るのも面白いかも。

 

「ネムレス君。良ければ〈クロッシング〉も刻んではもらえないか?」

「と、いうと?」

「いざという時に連絡や視界の共有が出来るというのは、とても頼もしいからね。オンオフはわたしの自由に出来るなら、プライベートも保証される」

「ダルメンの口からプライベートって聞くとなんか不思議だな……」

「わたしにだって個人の時間くらいあるよ?」

「食事だろ」

「食事だね」

 

 美味しいものを食べて心を豊かにするのは良いことだ。

 例えどうやって食べているのかとか気になるが気にしてもいけない。きっと少女のエネルギーとして蓄えられているんだ。

 

「じゃあ一緒に書き込んじまうか。ダルメンはあくまでスイッチの切り替えだけで、ツギハギを刻むのは全部この子にする」

「仮に〈クロッシング〉を彼女に刻んだとして、使えるのかい? わたしの化粧(からだ)で見えなくなるのでは」

「〈クロッシング〉は物理的に防ぐものじゃないから大丈夫。いざとなればサウザナを仲介すれば変なジャミングが入ることもないだろうし」

「それなら安心だ」

 

 その台詞には、サウザナへの絶対的信頼が伺える。

 愛剣が尊敬されているのは気分が良い。

 

「いや少し待って欲しい。仮にわたしがその子を置いたまま別行動を取ったときにも、〈クロッシング〉は起動するのだろうか?」

「……ダルメンのツギハギがこの子のタンクルを使っていたのなら、多分〈穿つ羽〉も合わせてこの子の中に素材が使ってるんだと思う。一応検証してみようか。ついでに〈イメージボイス〉も書き込んでおく」

「よろしく頼む」

 

 そうやって時間をかけて、新たに〈クロッシング〉の〈欠片文字〉を刻んでいく。

 寝入る少女に悪戯をしているような気分になってくるが、妙な気持ちは抑えろ抑えろ。

 

「それじゃあテストしてみるか。ダルメン、使ってくれ」

 

 宣言と同時に、俺の網膜に簡易なデザインとなったダルメンと少女が表示される。

 俺の〈クロッシング〉はサウザナが現代風にアレンジにしたと言っていたから、わかりやすくしたつもりだが、ダルメンはどうだろう?

 

「一旦扉の外へ……声、届いてるか?」

(ああ、問題ない)

 

 無事に〈イメージボイス〉も機能しているようで何よりだ。

 

「よし、それじゃあ適当に外で過ごしてくれ。持続時間や効果範囲が問題ないか調べよう」

(思わぬ時間が生まれてしまったな……それなら、アーリィ君に話を通しにいってくるよ)

「わかった、ダルメンが決めたなら俺も問題ない」

(ではネムレス君、その子を頼む。調べるなら、お手柔らかにね。少なくとも、年頃の少女のようだし)

「さっさと行け」

 

 怒鳴りたかったが、部屋の中で叫ぶと無人のダルメンの部屋に居ることがバレてしまうので声をひそめる。

 ダルメンの奴、良いからかいネタが出来たと思ってないだろうな。

 初対面の印象が強すぎたせいで、異性への気遣いが吹き飛んでしまったのは悪いと思うが、切羽詰まった状況なら男女は関係ないと思って欲しいものだ。

 ため息をつきながら〈クロッシング〉でダルメンの視界情報を共有する。

 今はエインに挨拶を交わし、アーリィの屋敷へと向かっていた。

 そこは街の人々が話しかけてきたので、〈イメージボイス〉を強めて集音機能を高める。

 

『おやダルメンさん、お出かけかい?』

「アーリィ君の屋敷にね。また寄らせてもらうから、その時は美味い野菜を頼むよ」

『こっちもいいお酒入ってるよ。また買いに来てね』

「今度はわたしの友人達も連れて来よう」

『ダルメンさんダルメンさん……』

 

 部屋に引きこもってこの子のことを調べているのかと思ったが、予想以上にダルメンは外に出ていたようだ。

 意外と言ってはなんだが、ダルメンは比較的街の住人に受け入れられていた。

 見た目こそ怪しいが、社交性の高い性格とスピリット・カウンターから街を守った実績が合わさって大体の人と打ち解けているようだ。

 良い意味でも悪い意味でも目立つと思っていたが、街の危機を救った英雄というフィルターが良い意味で作用していて何よりだ。

 やがてアーリィの屋敷にたどり着くダルメンだが、突然その足を止めた。

 

「どうした、何かあったか?」

「知らない相手が屋敷に居る」

 


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