少女の苦悶の声が荒々しい息遣いと共に吐き出される。
汗塗れの体が地に沈むことで恵体が土に染まり、その白く綺麗な肌が汚されていく。
それらを冷たく見据えながら、俺は右指を立てた。
習うように少女、ナヅキの体が上空へと引っ張り上げられる。誰かの手を借りることなく空へ舞い上がるナヅキの可愛らしい顔は、悔しさを堪えきれない渋面に満ちていた。
〈
そうすることで強制的に彼女は空へ飛ばされる。道は何も左右や東西南北だけでなく、上下にだって対応される。
急激な重力と方向転換に三半規管を揺らされるナヅキの目は、それでも意志を損なわない。どうにか一矢……いや打倒さんとする意気込みが伺えた。
けど、それだけじゃ俺には届かない。
「ほい、十本目。今日のメインはツギハギな」
「んあああああああああああああああああ!」
べしゃりと急降下。
大の字に倒れるナヅキは〈雷道〉がもたらす下方の圧力から立ち上がることができず、うめき声をあげるだけ。
「キラビヤカ使えよ。それでツギハギを斬るか無効かするんだって」
「そ、そんなこと言われましても……」
「剣の性能にこだわらないって考えがまだ残ってるのか? 悪いことじゃないし、心意気は買うけどこないだみたいなことが起きたら、ただの剣じゃ対処できないだろ? その時のための訓練なんだよ、これは。相手によって変えればいい」
今後の計画を話し合い、ナヅキにも協力してもらおうと部屋を訪ねた結果、彼女と特訓を再開することになった。
先日から打ち上げられた魚のように体を跳ねて無力感アピールをしていたナヅキ。息抜きをしてから話したほうがいいと判断したのだ。
あの時のナヅキに足りなかった攻撃力と移動手段を徹底して欲しい、という縋り付きを快く請け負い、今に至るのだが……
「ツギハギが苦手だからってしない理由にはならんぞ。今みたいに拘束された時の手段に弱い。〈雷道〉はそれなりに使いこなしてるのに、どうして他が駄目なんだか」
「普通、拘束されたら動けません……」
「それをなんとかするのがアバターやアクターさ。第一、剣がないからって戦力にならないじゃお話にならないだろ」
自分が望むルートのまま強くなれるなんてそうそうない。
むしろ、ナヅキはキラビヤカという手段を得たことが幸運なことなのだが、それを理解していないほど抜けてるとは思えない。
だからナヅキと十本勝負して、勝ったら剣術とツギハギ、どちらを重視した訓練かにするという賭けをしたのだが、結果はこの通りだ。
「むー、体術だってネムレスさんに負けてないのに」
「それは認める。おおよそ接近戦でツギハギなしなら俺は負けるしな。でも、俺だって負けっぱなしじゃいられない、ぜ!」
「ほっと」
不意をつくように木剣で突くが、先程まで打ちのめされていたと思えない俊敏な反応でナヅキが反撃してくる。
先日よりもキレがかかった防御をかいくぐる斬撃によって、木刀が俺の体を打ちのめす。痛みに歯を鳴らしながらも、咄嗟に顔を狙う刺突を木剣でそらす。
「上手くい――」
「残念、囮です」
木剣の持ち手にナヅキの手が添えられる。
まずい、と思った瞬間腹部に鈍痛。木剣の柄が腹にめりこんでいた。
されたのは単純、持っている木剣をナヅキに押されただけだ。ただ、絶妙な間合いによって行われたそれに、一瞬だけ動きを止めてしまった。
その躊躇の間に、ナヅキの木刀が首に添えられる。勝負、ありだ。
「くっはー、俺だけの技量じゃまだ遠いな」
「エインのとこだと、サウザナさんの助けがあったんですか?」
「剣戟したかったらしい。主導は俺だけど、補助にサウザナの動きがあったのは否定しない」
「確かに、こんなあっさり一本取れるくらいですしね。ちょっと胸がすきました。それでも、ツギハギ合わせると逆転されるんですけどね」
「試合とかならともかく、ナヅキは実戦でそれを貫けるほど強いわけじゃないしな」
「うぬぅ、否定したいのにできない」
木刀を俺の首から離し、苦虫を噛み潰すような表情を作るナヅキ。理解しているが、納得はしたくないといった具合か。
そういうのが許されるのは、サウザナのように理不尽とも言える強さを持った奴らだ。
あいつ、いくつ抜剣出来るか知らないけど大抵の奴なら一撃で倒せそうだし。
頼もしい反面、持ち手の俺がいらない子にならないために、こうしてナヅキとの特訓で剣技を磨かないと。
俺がツギハギで一本、ナヅキが剣技で一本と最近の勝負は交互に勝利を重ねている。数えてはいないが、大体勝率は五分五分だ。
ナヅキから言わせれば俺が縛りを設けているから全敗だそうだが、向上心が高いのは何よりである。
「よし、それじゃあ前のおさらいな。とりあえず適当にツギハギを作ってみろ」
「はーい」
以前馬車の中で説明したこともあり、基本骨子となるタンクルの円がナヅキの掌の上に浮かぶ。
ここまではタンクルを扱えるなら誰でも出来ること。ここから素材の組み合わせが十人十色のツギハギとして作られていくのだ。
適当というだけあって、ナヅキのツギハギはすぐにできた。
「ネムレスさんネムレスさん、こんな感じ?」
「どれどれ、見てやろう」
子犬のようにこちらへ寄ってくるナヅキが作ったツギハギの詳細を調べて、俺は絶句する。
二の句が継げない俺の目に浮かんだナヅキの構成は、そのすごく彼女らしかったのだ。
〈すごいパワー〉〈まあまあ伸びる〉〈どかーん!〉という三つによるツギハギで、遠距離攻撃を可能とするタンクル弾でも作ろうとしたのだろうが、素材にどう突っ込めばいいのか悩む。
〈威力〉〈射程〉……〈爆発〉ないし〈起爆〉だろうか。とにかく吹っ飛ぶことをイメージして作られているようだ。
自分と他人じゃ作り方も感じ方も違うといえ、ツギハギに関しては語彙力がぐんと下がっている。
「ナヅキってこんな緩い子だったのか」
「ネムレスさーん、どうなんですか?」
「あー、まあうん。個性的で良い具合」
「ホント? へへ、褒められちゃった」
嬉しそうに笑うナヅキになんとも言えず、俺は笑顔で彼女のツギハギを褒め称えた。
何かを教える時には褒めることはとっても大事なのだ。
「とりあえずそれを俺に撃ってみてくれ」
「はーい」
言われて、生み出したタンクル弾が俺に放たれた……のだが、一部がにょいーんと棒のように細長く伸びて迫ってきた。
速度もそんなに早くないし、ゆっくりと向かってくるさまはいっそ笑いすら浮かぶ。
おそらく〈まあまあ伸びる〉が文字通り伸びてしまっているのだ。
今の感情を努めて顔に出さないようにしながら、俺は〈威力〉〈爆発〉〈相殺〉のタンクル弾を伸びる棒に投げた。
ぱんっと泡が破裂するような音を立ててタンクル弾が互いを消していく。一応、〈すごいパワー〉と〈どかーん!〉の素材は当たっていたようだ。
確認を終え、ナヅキのツギハギを評価する。
「〈まあまあ伸びる〉が文字通り伸びてくるとは思わなかったけど、他は及第点だな。いや、発想力って点ではいいセンスだ」
「ほんとですか? お爺ちゃんは笑うだけで具体的なこと言ってもらえなかったので、褒めてもらえて嬉しいです!」
お爺ちゃん……〈雷道〉教えるのも苦労したんだろうな。
「でも〈距離〉……つまりツギハギの射程範囲に関しては基本的なことも覚えような。せめて〈速度〉を入れておかないと、あんなの避けるまでもない」
「確かにあれは遅かったですね。歩くほうが、とまでは行きませんが普通に斬りかかったほうがずっと早いです」
「〈雷道〉はちゃんと〈距離〉が使われているはずだろ? どうしてタンクル弾だけこんな風になってるんだ」
「〈雷道〉はなんというか、自分の足で動いてるってイメージ強いので、駆け抜ける! って気持ちでやってるんですよ」
「ツギハギに関しては極度に感覚派なんだな。剣術は割と技巧派なのに」
「アリュフーレラインから素材を自分に落とし込む、ってのがすでに感覚的なんですけど……」
「そうか?」
「ネムレスさんのやり方は媒介を全く必要としてません。むしろよくそのやり方であんなたくさんのツギハギ覚えられましたね……」
まだ過去と未来という感覚のズレが残っているようで、俺のツギハギ習得法にナヅキは感心と興味を抱いていた。
ナヅキの興味に関してはいつもの言い訳を使う。
「サウザナからそう教わったからな。ナヅキは違うのか?」
「はい。お爺ちゃんが〈雷道〉の構成を教えてくれたので素材とかそういうのはあんまり意識してませんでした」
ダルメンに〈
便利になった反面、今のナヅキのように独自に覚える場合は苦労しそうだな。
〈まあまあ伸びる〉は俺からすれば〈伸縮〉になるのだが、タンクル弾に棒をつけるようなナヅキのあれは、鈍器として使えなくもない。
「でも可能な限りパワーを入れ込んだはずなのに、あっさり消されちゃいました」
「タンクル量はナヅキより俺のほうが多いからな。コップと樽なら、どっちがより多く入るかなんて聞かなくてもわかるだろ?」
よほどタンクルと技量に差がなければ相手の攻撃は〈相殺〉の単一で効果を打ち消す事はできない。
そのため普通にツギハギを使うアバターからすれば、相手の構成を把握するのは非常に重要なことと言える。
何せ一つでも見落としていれば、〈相殺〉出来ずに自身を襲ってくるのだから。
ただ、ツギハギの暴発を起こすという点なら〈相殺〉で構成を見出して自壊させればいいので、戦闘において〈相殺〉の使い勝手は良い。
「そ、そんなに私とネムレスさんのタンクルに差があるんですか……」
「今のは例えであってナヅキのタンクルはコップほど小さくはないさ。一般的なツギハギ使いの相場は知らんけど、〈雷道〉を連発出来てるんだし思っているほど少ないない」
ナヅキとて〈雷道〉を使いこなしているのだから、ツギハギが苦手ということは決して無い。
感覚派ということも合わせると、単に他に興味がないだけかお爺ちゃん直伝の〈雷道〉に特別なこだわりがある、ということだ。
「さっきのタンクル弾作りもだけど、ツギハギの構成を勉強するってことは応用に繋げるための基本だ。さっきのタンクル弾を〈雷道〉で加速させてやれば十分凶悪だしな。ってか『速さ』を得るってのは限りない万能だぞ。今のナヅキは剣だけを〈雷道〉で加速させてるけど、腕や腰、足捌きなんかにも細かく使えばもっともっと強くなる」
「う、腕とかもですか?」
「関節部分から噴射させるようなイメージだな。その状態で〈雷道〉の突きをしたらどうなる?」
「元々の速さに加えて、ツギハギとしての効果が加わる……」
「その通り。そういった細かな制御力の特訓でもあるんだよ、こういう基礎的なやつは」
「はー、そう言われるとツギハギって大事ですね」
どこか他人事のようだが、納得してくれるならまあいいか。
その後も基本を重点的に置きながらツギハギの解説と実践を行い、ナヅキのタンクルが尽きた所で休憩となった。
息を荒らげるナヅキにタオルを渡しながら、一緒に持ってきた水を渡す。
アンネの良質な水は疲れた喉を潤し、普段よりも旨味を感じて胃に送られた。
「はあ、これじゃお爺ちゃんに届くのはいつになるか」
「そう言えば、ナヅキがこうして特訓してるのって、そのお爺ちゃんを超えたいから、ってことか?」
「はい。あの人の剣に魅せられたってこともありますが……そうですね、ただの『私』として、お爺ちゃんに並びたいんです」
「その『私』ってのが、キラビヤカを使わない理由か?」
「うっ…………」
「どーせ自分の力じゃないから追いついたと思えないとか、そんなこと考えてるんだな」
押し黙るナヅキ。どうやら図星のようだ。
キラビヤカを手に入れた時から言っているが、こいつの考えは合っているけど見当違いでもある。
「そもそも相手は何十年も自分を磨いて強くなってるんだろ? そんな相手に並びたいとナヅキは思うわけだ」
「はい。私の人生の目標と言ってもいいです」
「まだ十年ちょっとしか生きてないナヅキが普通は追いつけるはずがない。ならその経験値を埋めるために、色んな手段を試すのは悪くないぞ。持っているのに使わない、なんて贅沢出来るほど恵まれているのか?」
「それは、わかっています。キラビヤカを使えば私の力になるというのはわかっています。おざなりにはしていません。ただ、私は……」
「お前の考えは立派だよ。けど現実は理想通りにはいかないんだから、色んな手を使って目的にたどり着くんだ。それは別に恥ずかしいことじゃない。それを卑劣とか言う奴がいたら俺がぶっ飛ばしてやる」
口を開閉させるナヅキだが、続く言葉は出てこない。
ナヅキ本人はその理屈がわからないわけじゃないだろう。何やら込み入った事情がありそうだ。
「依存してしまうか、不安なのか?」
「その辺の割り切りはできます」
「じゃあどうして」
ナヅキはたっぷりと時間をかけて、爆弾発言を落とした。
「だって、キラビヤカを選んだら恋人として見なきゃいけないじゃないですか」
「………………は?」
「私には目標があるし、そういうのはまだいいかなって」
「待った待って待とう」
衝撃発言に動揺しながら、俺はひとまずナヅキの両肩を掴んでじっと目を見つめる。
ナヅキの黒い瞳は、俺の行動に驚いたように丸くしている。驚くのはこっちだよ。
「なんで、キラビヤカを使うことが恋人に繋がる」
「剣には愛情を持って接するものでしょう? キラビヤカみたいな武器はいずれ識世になると思いますし、そういう接し方しないと力を発揮しないのでは? 現にネムレスさんとの特訓やカケラオチ相手ではタンクルブレードとしての性能しか発揮出来ませんでした」
「俺に分かる言葉で話してくれない?」
「共通語喋ってますよ」
「そうじゃなくて、どうしてその理屈でキラビヤカを使うんだ!」
「お爺ちゃんが……」
「その先はいい、察した」
俺の中のナヅキのお爺ちゃんが、古強者で貫禄のある老人からボケ老人になってしまう。
ナヅキはまだ子供だし、お爺ちゃんお婆ちゃんっ子でもある。
尊敬する人物からの教えに一切の疑いを持っていないのは、これまでのことでよくわかっている。
「武器に愛情を持って使うというのはよくわかる。俺だってサウザナを大事にしているしな」
でも、そういう見方はまた違う。ナヅキが今までキラビヤカを使った時、恋人に触れるような大事さで使っていたのかと聞かれたら首を傾げる。
「いえ、あれは友人と遊ぶようなもので。本格的に付き合うとなるとまた違うじゃないですか」
「言い方はあれだが、ナヅキにとって剣術ってのは遊びなのか?」
「そうですね。コミュニケーションの一種、みたいなものだと思ってます。ネムレスさんとの
…………つまり、ナヅキは武器の一つ一つを生物、いや存在として認知して接しているということか。
世界融合による識世の台頭が生んだ考えなのか、お爺ちゃんとやらの教育の賜物なのかは不明だが、ナヅキが武器に対してそういう考えで接しているということはわかった。
「ちなみにキラビヤカはどういう感じだ?」
「誰とでも合わせられて、広く浅くの付き合いをしている剣ですね。まだお互いに深く触れ合ったことがないのではないでしょうか」
「その細剣や木刀は?」
「共に育った家族のような存在です。細剣は傍にいて一緒に安心できる剣で、木刀は私の無茶を引き受ける頼もしい剣です」
剣を使った人格占いみたいなことを言い出すナヅキ。
まだ識世にも至っていない武器に対して恐ろしい予測である。
……上昇志向は強いが、掃除洗濯などの家事万能でどこへ行っても安心できるまともな少女だと思っていたナヅキはもうそこにいなかった。
キラビヤカを使えばそれは自分の力ではない、というのは本心だと思う。
でもキラビヤカを手に入れた時の言葉は建前で、本当は自分が使い込むに相応しい武器ではないと思っていたから、中々使おうとしなかったというのは真実だろう。
逆に言えば、ナヅキは識世でなくとも意志を持った存在として武器に接している。
道具を大事に使うという意味では間違っていないはずなのに、どこか違うと言いたくなる。
「つまり、お爺ちゃんに追いつくためには自分だけの武器、共に連れ添い信頼できるパートナーじゃなければ一緒に強くなれないってことか?」
「すごい! この話をしてきちんと理解してくれたの、ネムレスさんが初めてです! やっぱり識世を相棒にする人は視点が違うんですね!」
なんか理想が高くて行き遅れになりそうな思考だな、とは言わない。
子供だからこそ見れるものだってあるだろうと、悟りの笑みでナヅキの肩を叩いた。
怪訝そうな顔をするナヅキだが、何も言わないで欲しい。
「空を飛ぶ相手と並びたいからって、自分が空を飛ぶ必要はないさ。空を飛べる手段を用意してやれば自然と同じ結果になる」
「空を飛ぶんじゃなくて、飛ぶ手段?」
「人間には鳥みたいな翼がないから空は飛べないけど、ツギハギとか紋具とかを使えば空を飛ぶことも出来る。だからナヅキの考えは、人間が鳥になりたいって言うようなものなんだ。コミュニケーションっていうなら、やり方に固執しちゃ伝わらないぞ?」
「…………お爺ちゃんは、どう思うかな。違う手段で私が近づいたら」
「ナヅキの大好きなお爺ちゃんは、自分を慕う孫が一生懸命頑張った結果を拒否したり一蹴して無意味とかって言う性格か? 同じことをして、同じ結果を出さないと認めないほど狭量なのか?」
「違います!」
「なら後はナヅキの心構え次第さ。えてして理想は届かないから、少しでも現実で頑張って近寄るんだ。だからナヅキは同じやり方じゃなくて、ナヅキ独自のやり方で追っていけばいい。異なる歩みでお爺ちゃんに並べたその時は、二人が納得できる結論に至るって思う」
「ネムレスさん……」
しまった。理想に届かない、とか未来ある若者に言う言葉でもなかった。
少し気恥ずかしくなって手を叩いて気を紛らわせる。
そのことを察したのか、ナヅキは苦笑を浮かべて俺を眺めていた。
ええい話題変更っ!
「ちょっと試したいツギハギがあるんだけど、使っていいか?」
「別に構いませんけど、別に私に許可を取る必要ないのでは?」
「あるんだな、これが。それで、どうだ?」
「別に構いませんが……」
許可は取れたので、俺は早速それを行使する。
素材は〈威力〉〈変化〉〈色彩〉〈支配〉の四つ。
そうして生まれたタンクルは人の形へ変えていき、やがてナヅキと同じ外見を模したツギハギとして生まれ落ちる。
呆然とするナヅキに、俺は胸を張って答えた。
「…………え?」
「ツギハギでナヅキを作って、分身として扱うんだ。動きを覚えさせて影にすれば、成長を実感できるだろう?」
その分精密な操作が要求される。
同じ動きをする分身は簡単で、別々に動く分身を作るのは至難だ。相手の動きを模倣となるとその難度は極難と言える。
制御と速さに自信のある俺でも、手動で動かすのは大変だ。自動かつ学習を促進させる素材があれば別だが、そんなものはそこらに転がってはいないだろう。
(一動作だけを繰り返すだけなら、いけるかな?)
やはり繰り返しによる比較が一番か。
そんな風にナヅキを模したツギハギの利用方法を思案していると、呆けていた彼女は自分そっくりのツギハギを見て己の体を抱きしめて怯えたような声を出す。
「ツ、ツギハギだからって私に何する気ですか!?」
やだ、この子妄想力高すぎる。
わざわざ修行に使おうとしているのに、真っ先に浮かぶのがそっちかよ。
「自意識過剰だろ」
「時折ネムレスさんの視線が怪しいの、気づいてるんですからね!」
自意識過剰とは言ってみたが、ナヅキの体への視線はばっちり気づいていたらしい。最初くらいであれ以来そんなに見つめていた覚えはないが、多感な少女には通じないようだ。
年の割には発育いいなー、という感想を邪と取られてしまえば負けるのは俺なのでなんとも理不尽な世の中である。
女性からすればこっちが言いたいということかもしれないが、難しいものだ。
「わーばれたかーへっへっへどんなかんしょくかおしえてもらおうかー」
「いやああ……」
棒読みでそう言ってみると、意外とノリノリで反応してくれるナヅキ。期待してんの?
本気と冗談の境目でどこまで許されるか試してみようかな、と思いながら手をわきわきさせてナヅキに迫るフリをしていると、ばかっ、と軽く肩をはたかれる。
同時にお互いに軽く笑いあったあと、ナヅキが徐々にそれを潜めて黙り込んだ。一体何事かと聞く前に、彼女は意を決したように真剣な顔で言ってくる。
「ネムレスさん。その分身、剣の形に変えることってできますか?」
「できるぞ。人型に比べりゃ簡単だし」
「では、その剣型にしたそれを、私の技量で振るうというのは」
「俺がナヅキの動きを完璧に再現出来れば、可能だろうな」
「数を増やせますか? もちろん、同じ動きを維持したまま」
「人型に比べればタンクル量の節約になるけど、同時となると制御力の問題になるな。ようは一人で複数の剣を動かすってことだろ?」
「はい。そして出来なくはない、と?」
「ああ。タンクル弾の同時制御をさらに難しくしたようなもんだ」
そう言って、顎に手を当てて黙り込む。
ナヅキが何を思っているのかわからないが、目的を以て尋ねているのは確かだ。
けど複数の剣を動かす、か。
数多くある
融合させることは出来たのだし、並列行動による剣軍……動かせる数に限りがあるから剣隊ってところか。
それを常時起動させて対多数における戦術として考えてみるのもありか。
考えればみれば中々良い案に思えた。
スピリット・カウンターの噂が収まる時間がかかるだろうし、その事前訓練として取り入れてみようかな。
「ネムレスさん」
「なあ、ナヅキ」
同時に言葉が紡がれる。そこに特訓の疲れは微塵も感じさせない。
目が合い、軽く笑いながら俺は先んじて言った。
「試しで一本作ってみよう。それと打ち合ってもらっていいか?」
「打ち合うだけなんて生易しいですね。叩き折ってあげましょう」
ほう、サウザナのことで剣が折れるなんてものを許さないと自負している俺にそんなことを言うとは流石の自信だ。
剣術だけなら圧倒的白旗宣言であるが、ツギハギがありならそう簡単に負けてはやらん。
「でも、ネムレスさんがここまでやってくれるなら私も覚悟を決めないと、ですね」
普段の細剣とは別に腰に帯びたキラビヤカを抜き放つナヅキ。
彼女のタンクルによって作られた刀身が展開され、挑むような目つきで俺を射抜いてくる。
タンクルの扱いに対して意欲的になっているようで何よりだが、あの持論が根底にあると思うと素直に賞賛できなくなるのは気のせいか。
「付き合う覚悟を決めたのか?」
「……少なくとも、私のわがままを聞いてもらっているうちはこちらもそれをするのが礼儀かと」
「広く浅くとは言うけど、逆に言えばそれはナヅキ次第でナヅキだけの武器になる可能性を秘めてるってことだ。簡単なようで割とじゃじゃ馬だと思うから、しっかり付き合っていくといい」
「そうなったら、使わない理由はなさそうです」
ナヅキの分身の形を変えて一本の剣……元のサウザナを想起させるイメージのタンクルブレードを生み出す。
構成は〈威力〉〈変化〉〈耐久〉〈射程〉の四つ。
威力を与え、剣の形に整え、折れぬために補強し遠隔操作のための射程範囲を取り付ける。
細かな補強は打ち合いながらでも追加していけばいい。
「慣れたらすぐに追加していいですから」
「ああ。そうさせてもらう」
「では……ネムレスさん、よろしくお願いします!」
笑みを浮かべていると、ナヅキが笑顔で礼を言い――即座に〈雷道〉による加速の乗った一撃が放たれる。
ナヅキの〈雷道〉に干渉して俺にも視認出来る速さに減速させたキラビヤカをタンクルブレードで迎え討ち、試作の特訓が開始されるのであった。
接し方は人それぞれ。人であっても武器であっても。