マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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24.意外と乙女なアーリィ

 美人さんを案内した後、屋敷へ帰ってきた俺はアーリィに今後の計画を話していた。

 境界領域に眠っているかもしれない仲間、あるいは死後の軌跡を探るというものだ。

 前者ならスピリット・カウンターに利用されないため。後者はきちんとした墓参りをしたい、というものである。

 自身が過去の人間であり死人や亡霊みたいなものだ。サウザナが居ればいいと思っていたが、仲間達の足跡を追いかけるために生まれ変わったとも言える。

 そのために必要なのは情報だ。

 アーリィが今後手広く活動を広げていくのなら、俺はそれに協力しつつ隠れ蓑になってもらって自分の目的を成し遂げたい。

 自分が過去の人間ということは隠し、サウザナのかつての仲間に会いに行きたいという設定で俺はアーリィに内容を語る。

 

「隠れ蓑、ですか」

 

 自分で淹れた紅茶を口に含みながら、アーリィはその紫色の瞳を開閉する。

 カップを受け皿に置くと、その水面に少女の銀の髪が写り波紋によって歪む。

 ユカリスは同じ銀髪に興味を持ったのか、俺の長い髪をうなじの辺りで縛る髪留めを解いては結ぶという微妙に気になる遊びを繰り返している。

 

「ああ。名声とかはいらないから、必要な時にアーリィのコネとかを借りれるようになりたい」

『面倒事はアーリィに押し付けて、その権力で自由にやりたいってそれだけ聞くとダメ男だよね』

「だまらっしゃい」

「それは構いませんが、ある程度はネムレス殿にも名声があって損はないかと思われますよ」

「それは理解してるんだけど、足かせになるのはいらないんだ」

『ようは行動を邪魔されない権利が欲しいだけだもの。私がゴリ押ししてもいいけど、メリットよりデメリットのほうが大きいだろうしね。だからアーリィには代わりに出世してもらって、代理者くらいの扱いを求めるのです』

 

 身も蓋もない言い方だが、結論としてはこれに尽きる。

 

「俺達の探し者とアーリィの目的は一致してるんだろ? ならお互いにメリットのあることさ。なんだったら俺のほうでもアーリィの探してる人を……」

「ですが私は――その方の名前が、わからないのです」

 

 目に見えてわかるように、沈んだ表情で目蓋を下げるアーリィ。

 彼女の目的は、言ってしまえば人探しだった。

 ただし、夢の中に出て来る、というロマン溢れるというか乙女らしいというかアーリィの意外なものを見たというか……

 呆ける俺に、アーリィはどこか拗ねるように口を尖らせる。

 

「いえいえ、私でもどうかと思っておりますよ。ネムレス殿がそうお考えになるのも当然でしょう。世の中を知らない小娘と内心であざ笑っているのかもしれませんが、私にはその人がどうしても気になってしまうのです」

「いや、そこまで言ってないから。でもなんで何一つわからない人物なのに、剣の一族を探すって話になったんだ?」

「私の知り合いに、剣の一族の中には夢の内容を読み取り、映像化するといったツギハギの使い手もいるそうです。その使い手はすでに寿命で亡くなったそうですが、あの洞窟にヒントがある、という言葉を信じて探しておりました」

 

 そして三年かけた結果、〈夢の名残(リトルムード)〉を習得した、と。

 そうなると後継者のようなものは存在せず、あの資料だけが残された技術の全てだったということかな。

 ベルソーアの鉄海の除去作業の時はぶっつけ本番であったが、最近は折を見て技術を調整しているらしい。

 サウザナの手助けもあり、今では成功率も七割を超えるそうだ。……三割失敗するというのも怖いが、新技術が一発成功後も延々と続くはずもないから仕方ないことだろう。

 

『〈夢の名残〉は物質をツギハギ化するもの。その実体は〈抽出〉の極み。なるほど、アーリィはあの隠し部屋の持ち主がその人物だって予想してるのね』

「はい。ですので、技術を持ち逃げかつ洞窟ごと部屋を壊してしまった私が言うのもなんですが、まずは自分を売り込めるくらいに価値を高めようと思います」

「そうなると〈夢の名残〉ってむしろ喧嘩売ることにならないか? 盗んだ技術で有名になるってことだし」

「とはいえ、使えるのは実質私しかいない、はずです。なら利用価値も生まれましょう」

「盗っ人猛々しいというべきかふてぶてしいというべきか」

『いんやー、こういう割り切ってる子ほど頼りになるわよ』

「お褒め頂き恐悦至極です」

 

 うーん、褒めてるのかなこれ。褒めてるか。

 

『同じ使い手がいたとしても成長性も合わせてアーリィのほうが有用って示してやれば、血統主義でもなければ認めてもらえるでしょう』

(他人事だな……)

(他人事ですもの)

 

 仮にも剣の一族は俺を探す時の協力者ないしその子孫だというのなら、多少は情があっても良いような気もする。

 少なくとも俺の仲間達に子孫が居れば、よしみで手伝ってやりたくなるのが人情というものではなかろうか。

 本体は剣と言っても識世として自我を得たのだし、その辺を融通してやっても……

 

(仲間だから、で全部許せるのは個人までよ。隠居してたけど少し困ってる、とかなら助けてあげるわ。でも一族とか呼ばれる組織単位まで膨れ上がったのなら、後はそいつらの問題よ。私が面倒見るのはネムレス一人で十分)

 

 手厳しく突き放すようにも聞こえる意見だが、ある意味では正しい。

 俺も代理で国を納めていたが、血の繋がりや情で仕事が出来るほど人間は万能じゃない。

 識世もまた、感情を持てば人間と同じということか。

 

「それじゃあ今後、リアクターの件についても情報全部明かすのか?」

「いえ、そこは慎重に選びましょう。ひとまず五領国から使者が来ると思われますので、その方を見定めて思案すると致します」

「そういやアンネは五領国預かりの街なんだっけ。自治権とか得られないのか?」

「得ても管理出来ません。町長は事なかれ主義で、水の名産と言ってもその活かし方は私が来るまで広がりはなかった。何より、リアクターが設置されておりませんので。おかげで僻地のアンネは、ツギハギもあまり使えない上にカケラオチ一体でもかなり大騒ぎになるほどのものですし」

「一体で大騒ぎって……」

「そこは私がリアクターを設置して以来、カケラオチが近寄ることはなくなりました。仮に出ても私が鎮圧することもありましたので」

 

 わあ、頼もしい。

 アーリィが戦う様子は見たことがないが、カケラオチ相手に街を守れる程度には優秀らしい。

 

「アーリィ自身は五領国から誘いは受けていないのか?」

「お話はありましたが、断っておりました。あの洞窟の件がありましたので。五領国からも懸念をなくそうと人手を出してあの洞窟を調べてくれたこともありましたな」

『結果はお察しね』

「はい。むしろ断るための方便と思われたのか、外見も相まって子供の戯れ言と一蹴されてしまいましたが」

「まあ、あれを見つけるのは中々な」

「ネムレス殿とサウザナ殿には改めて感謝を」

 

 俺達の国の技術が使われたあの部屋の持ち主が剣の一族というのは、奇妙な縁が繋がっているな。

 

「所詮子供と侮った方もおりましたが、色々と話し合いをした結果私を取り込む旨味がないとお伝えして、ようやく引いてくれましたね」

「色々、ねえ」

「ふふ、頼もしい味方がおられたのです。付き合い方に少々難がありますが、それをクリアしてしまえば五領国の中でも極めて優秀かつ話がわかる方です」

 

 アーリィが極めて優秀と評するなら、本当にそうなんだろう。

 今後の足跡探しにおいても頼もしい協力者になってくれるかもしれないし、機会があれば聞いてみるとしよう。

 

「では、ネムレス殿達は私の立ち上げる事業の社員ということで」

「代表が子供なのは侮られるし、ダルメンは樽で顔を隠した不審者だし、ナヅキは交渉にはそこまで向いてないしで大丈夫か?」

「そこを先の頼もしいお方に頼みます。表向きは彼女が代表の商会と言ったところでしょうか。実質名前だけを借りて動こうと思います」

「…………そこまで引き受けてくれるのか?」

「メリットがあるなら、必ず。五領国での発言力をさらに増やせることでしょうし」

『当然のようにナヅキとダルメンを取り込んでるけど、いいの?』

「話せばわかる、はず。駄目なら俺とサウザナにユカリス、アーリィの四人でやっていこう。あ、でも俺達の裏向きは荒事担当、みたいな感じで行きたいんだが」

『ナヅキ達を誘うのも、それが理由だしね。裏でこそこそしたいのよ、私達』

 

 俺の目的は仲間の足跡を見つけることと、スピリット・カウンターとして利用されないことだ。

 墓があればその場所にリアクターを設置する。境界領域に漂っているのなら、サウザナがしてくれたように絶対に見つけてみせる。

 広域に捜査するにも権力は必須だが、有名になりすぎて身動きが取れなくなっても困る。なので、裏方を主に担当して時々の自由行動で目的を果たしてみせる。

 

「それじゃあまず、アーリィがその五領国の使者との話し合いを成功させるのが先か」

「町長によれば、五領国を出発した使者殿が到着するのは三日後とのことです。その時に話す計画を練ると至しましょう」

『プレゼンテーションねー。〈夢の名残〉も惜しみなく説明しちゃうの?』

「それは五領国に赴いてから、と言いたいところですが、使者殿の反応次第ではそれも明かすとしましょう」

『いざとなれば私も手助けするから、ひとまずアーリィが出来る限りやっちゃいなさいな』

「頼もしいお言葉に感謝を」

 

 本当に頼もしいから、詰まった時にでも頼ってやってくれ。

 

「ナヅキとダルメンに話を通しにいかないとな……」

『じゃあ私とアーリィはもう少し話を詰めましょう』

 

 手を首に伸ばして、まだ髪で遊んでいたユカリスを掴む。

 何か言っているようだが、相変わらず俺にはわからない言葉だ。けれど残念、みたいな表情をしているのを見れば遊びの時間は終わりと理解しているのだろう。

 手の平に乗せたユカリスをアーリィに預けて、俺はまずナヅキに話を通すべく彼女の部屋へと向かった。


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