マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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第二章開幕です。
またしばらくキリの良いところまで連続投稿しますが、今回は一章ほど書ききってないので数日で済んでしまうかと思うのでご了承ください。


第二章
23.美人さん


「エプラッツのお酒に紅茶、アーリィ特製の胃薬にナヅキのサンドイッチ、あとは……」

 

 メモに記されたものを袋に詰め込みながら、俺は役所への差し入れの食料を準備していた。

 一週間前に起きたスピリット・カウンター。アンネの街が被害なくほぼ無傷で凌いだことは以前逃げ出した旅人や貴族を経由に広まっており、実際に街の入口程度にしか被害のないアンネを見て爆発的にその真実が普及されていた。

 そのため五領国(ごりょうこく)や諸外国からの説明を求める声に応じる対談や、資料作成に死に物狂いで働いている役所の人々への差し入れを持っていこうと考えてのことだ。

 元を辿れば鉄海(マシン)を埋め込んだ剣都(ルオ)が悪いのだが、それを言葉にしても真実が隠蔽されるのは目に見えている。

 かつての仲間達の足跡探しや弔いをするという目標が出来た俺にそちらへ意識を向ける余裕はないので、彼らのためせめてもの慰めを用意するしかない。

 

「これでよし、と」

 

 ツギハギによる空間収納をサウザナから教えてもらったおかげで、よりスムーズかつタンクルの消費を少なく使えるようになった。

 昔のやり方を現代風にアレンジして、より良いものになる、というのはなんだか感慨深い。おかげで役所の人間全員分の差し入れを手軽に持ち運べるようになったのは良いことだ。

 サウザナは余裕でアーリィの屋敷を収納出来るそうだが、比較するのは馬鹿らしいので考えないことにした。

 部屋で日光浴をしていたサウザナとユカリスに役所へ行くことを伝えると、二人共それを止めて着いてくることになった。

 特に止める理由もないので、俺はサウザナを腰にユカリスを肩に置いて早速役所へと向かう。

 アンネの街並みは普段と変わらない……はずもなく、人が前より多くなった気がする。

 スピリット・カウンターを無事にやり過ごした街というだけで、泊というものがつくらしい。

 

『真の立役者がここにいますよー』

「やめろやめろ」

 

 柄を撫でてサウザナをたしなめる。

 本当にその気ならもっと大声、ではなく有無を言わせないやり方で実行するはずなので、冗談のやり取りだ。

 

「サウザナは隠居してるって割に識世界隈では有名らしいからな。しばらく抜剣は控えたほうが……」

『ダルメンに関しては直接干渉したからバレただけよ。抜剣と言っても、あの融合剣を使わなきゃ何ら問題ないでしょうね。他の抜剣なら強力なアクターとしか見られないでしょうね。もちろん、知名度高い剣は省くけど』

「有名すぎるのも考えものだな」

 

 スピリット・カウンターを単独で止める剣、それがサウザナだ。

 今の世の中において、それこそあの遺跡で見つけた〈夢の名残(リトルムード)〉を公表するよりもずっと簡単に、明確に世界を動かしうる可能性を持った存在だろう。

 だからこの力を教えるのは、今はごく少数のほうがいい。

 下手に広告すれば、 その力を求めて有象無象が集まってくるのは目に見えてわかる。だからしばらく、せめてアンネの街の騒ぎが収まるまでは自制したほうが懸命だ。

 

「剣だけにな」

『つまらない』

 

 俺もそう思う。

 言葉に出して見ると一層笑えなくなった気がした。

 

『私はネムレスの剣であるならそれでいいんだけどねー』

「嬉しいことを言ってくれるな、こやつめ」

 

 そう口に出すと、ユカリスがこやつめー、と言うようにサウザナの柄に乗って揺らす。やっぱこの子完全に俺の言葉理解してる気がする。

 普通に話したいものだが、言葉だけがコミュニケーションじゃない。目と目で、雰囲気で察すのもユカリスとの接し方だろう。

 

「抜剣化と普通のツギハギだと、やっぱり性能落ちるのか?」

『そうね、アクターという区分だから同じ過程でも抜剣化して起こした現象のほうが強いわ。器に入れた水と手ですくった水じゃ、汲める量に差があるようなものよ』

「俺もアクター覚えられるかな」

『私がアクターみたいなものよ』

 

 それもそうか、と笑いながら人を避けて歩いていると、急にその流れが途切れた。

 さっきまで手を伸ばせば他の人に当たるくらいに狭まった道は、穴が空いたようにぽっかりと空白が生まれている。

 何事だと思う俺の前に、一人の女性が佇んでいた。

 

(うわっ、すごい美人さん)

 

 サウザナが声に出さずに評価する。ユカリスもほけーっとした表情ながら、女性に目を奪われているようだった。

 陽光を受けてさらに輝く黄金の髪に、琥珀色の双眸。

 貴婦人のような高貴な見た目でありながら、血に濡れた獣のような近寄りがたさも放つ怪しい雰囲気を持った女性だ。

 ひと目見て良い生地を使っているとわかるドレスは舞踏会に着ていくような着飾るものではなく、どこか機能的にも思える動きやすさを備えている。どこかのパーティ会場から抜け出してきた、というわけでもなさそうだ。

 女性が俺に振り返る。

 年の頃は以前の俺と同じか少し下程度か。

 十人に聞けば全員が美人と答えるであろう容姿は、どこか憂いを含んだ感情を帯びている。だが、その嘆きさえも絵になる美貌であった。

 はっきり言って、俺の人生の中でもこれほどの美人はそうお目にかかったことがない。

 アンネに来て接する女性が年下ばかりだったので、どこか新鮮な気分だ。

 周囲に人が少ない原因も察する。

 彼女のあまりの美しさと怪しさに、人々は声をかけることも近寄ることもできず、結果として道が分かれてしまったということに。

 

「お嬢さん、何かお悩みですか?」

 

 まるで女性の通る道を遮ることを許さない、と言わんばかりの現状だが、雰囲気が怪しい美人が居るという理由だけで臆する俺じゃない。

 目の保養も合わせて、美人に優しくするのは男の義務と言えよう。

 

(いやーお手が早い)

(しばらく黙ってな)

「…………」

 

 俺の下心を見抜いたのか、美人さんは目を向けてくるものの言葉を発することはない。

 黄金の瞳が、不躾な男を値踏みするかのように細められる。一種の威嚇にも思えるそれは、飢えた肉食動物の前に立った錯覚さえ覚えた。

 その辺の男ならこれだけで威圧感を覚えて後ずさるか、適当に口を濁して退散しそうな空気を放っている。

 けれども自慢ではないが俺はただの男ではない。強すぎる仲間や現在進行系で頼もしすぎる剣の力を見ているこちらからすれば、そよ風のようなものである。

 美人さんの視線の圧が強まる。訂正、嵐くらいはあった。それでも俺の声は止まらない。

 

「申し訳ない、俺も最近この街に来たものでして。小さな賢者の下でお世話になっている者です。貴女のような方は見慣れず、佇んでいるのはお困りではないかと、外来者のよしみで声をかけさせていただきました」

 

 丁寧に言葉を選びながら女性の不信感を和らげていく。

 実際に不安が解消されるかはさておき、何も知らない相手から有名でるアーリィの異名と最近街に来た者としての自分を紹介した。

 お眼鏡に叶ったのか、それとも気にする必要がないと判断したのか。女性はようやく口を開いた。

 

「そういうことでしたの。警戒して申し訳ありません。お察しの通り、私もつい先程この街へ訪れた者です。ある場所を探しておりますの」

 

 男を、というより性別を問わず人を惑わすような蠱惑的な声音。

 ツギハギを使っている様子もなく、天然でその声帯を持っているのか女性の言葉は脳を痺れさせるような魔性に満ちていた。

 随分とまたすごい人もいるもんだ、と思いながら俺は笑みを浮かべる。

 

「何をお探しでしょう? 良ければ案内しますよ」

「でも、どこかへ行く予定があるのではなくて?」

 

 抱えた袋を指す美人さん。

 差し入れ自体約束や予約を入れているわけではないので、基本的にいつ訪ねても問題ない。なので、こちらの美人さんを案内しても一切の問題はないのだ。

 

(そーですね問題ないですねー)

(うるさいよ、黙っていなさい)

 

 茶々を入れるサウザナに一括して、美人さんに笑みを浮かべる。

 怪しいと思われるかもしれないが、それでも会話に笑顔は欠かせないのだ。

 

「いえ、こちらは差し入れみたいなものなので、特に予定があるってわけじゃないです。だから問題ありませんよ」

「そう……」

 

 美人さんの値踏みは続く。

 断られても残念と思うだけで問題ないが、困っているなら助けてやりたいとは思う。

 数秒、いや数十秒は経っただろうか。視線の圧は嵐に加えて雷まで鳴り響きそうなくらいに成長を遂げている。

 周りに集まった人々は、そんな美人さんの視線に入らぬよう俺達を遠目にひそひそと雑談を交わしている。針の筵とは言わないが変に注目を集めるのもくすぐったい。

 黙っていられても困るので再び話しかけようとする前に、美人さんが口元を怪しく緩めた。

 

「それなら、好意に甘えさせていただきますわ」

「どういたしまして。それで、どこへ行く予定ですか?」

「この街の町長さんの所へ」

「なら俺と行き先が同じですね。改めて案内しますよ」

 

 そう言って、美人さんと並ぶように歩き役所へと向かう。

 移動することで雑踏の中に紛れ込む……ことはできなかった。

 王の通り道だと言わんばかりに、女性が足を向ける先に誰も入って来ない。

 流石に家屋や店など、建物は例外とするが遠巻きに住民達に驚きと好奇の視線が俺達に刺さってくる。

 そこまで不安がるようなものか? と美人さんの横顔を眺める。

 最初に見た時と同じく憂いを帯びた横顔だが、今はどこか口元が緩んでいる気がした。

 その理由は――

 

「ふふ、可愛い子」

 

 それは、美人さんの前にユカリスが浮いているからだった。

 ユカリスは気難しげな美人さんを見るなり、彼女に積極的に話しかけたのだ。やはり言葉を理解することはできなかったようだが、花咲く笑みを向けられている彼女は悪い様子ではない。

 周囲を旋回するユカリスに合わせて美人さんの顔が動くたびに、背中に流れた金髪が合わせるように浮かぶ。

 金糸の束が流れて目に入るたび、その動きに目を奪われる。その動揺を隠しながら、ユカリスのことを紹介した。

 

「ユカリスっていう、草花の識世ですよ。何の花かは知りませんが、ちょっとした出会いがあって、それ以来一緒にいるんです」

「羨ましいわね。こういう子が傍に居れば雰囲気が華やかなものになるでしょう」

「貴女もその華やかな一面では?」

「お上手ね。でも、手に取ったら怪我をしたり目に見えぬ毒で体を壊してしまう花も世の中にありますわ」

 

 暗に自分に踏み込むな、と言っている美人さん。

 一種の警告とも取れる言葉だが、俺には特に気にする理由はなかった。

 なぜなら、白いレースの手袋に包まれた細い指の上にユカリスを乗せて微笑む彼女を、悪い相手だとは思えなかったからだ。

 人によってはその笑みさえも怪しいと感じるかもしれない。でも俺の直感が外れていたとしても、ユカリスが話しかけるというのなら相応に根が善性なのだと信じる。

 

「それは掴み方が下手だっただけでしょう。それに、時に毒は薬にもなる。一件有害そうに見えても、それは活かし方を知らないだけではないですか?」

「若いのに口がお上手いなのね」

「貴女も俺と同じくらいには思えないくらいの風格がありますよ」

 

 っといかん、今の俺は十五歳くらいだった。初対面で自分と同じ子供、という言葉は少し迂闊だった。

 慌てて謝罪しようとするが、その言葉は喉で止まる。止められる。

心まで見通すような錯覚を引き起こす、その黄金の眼が俺を見ていたからだ。

 怒らせてしまったか、と伺ってみるがその瞳に宿す感情は怒りよりも戸惑いが見て取れた。……戸惑い?

 

「私と貴方が同年代、と?」

「申し訳ありません。つい言葉にしてしまいまして……」

「……………いえ、構いません。そう、同年代、ね」

 

 ぷいと横を向いてしまう美人さん。

 怒ってはいないようだが、言った俺としては何の影響を与えてしまったのかと不安になる。

 

「ちなみに貴方はおいくつ?」

「えーっと……十五歳、です」

「そう」

 

 それきり押し黙ってしまう美人さん。

 仕切り直しのための言葉はしかし、役所への到着を持って止められる。

 時間切れか、と無念に思いながら俺は美人さんに目的地へ着いたことを告げる。

 共に入口をくぐれば、目につく役員の全員が忙しなく動いている。アンネは僻地であるにも関わらず、よほどスピリット・カウンターの影響が大きいようだ。

 

「ここが役所です」

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

 優雅に一礼する美人さんに手を振って答え、俺は受付の女性に声をかけた。

 

「すみません、アーリィからの使いですが……これ差し入れです。良ければ皆さんでどうぞ。あと、こちらの方が町長に話があるそうなので対処していただけたら」

 

「いつもありがとうございます、ネムレスく……!?」

 

 目を見開いて美人さんを凝視する受付。人目を引きすぎる容姿ではあるが、そのリアクションは過剰ではなかろうか。

 とりあえず用も済んだので、屋敷に帰るとしよう。残っても邪魔になるだけだしな。

 

「ユカリス、帰るぞ」

 

 美人さんに寄っていたユカリスが俺の肩に止まる。

 名残惜しいが、縁があればまた会えるはずだ。

 そう思って入口へ戻ろうとする俺達の背に、美人さんの声がかけられた。

 

「ネムレスって言うのね」

「ええ、ネムレス・ノーバディって言う――」

 

 振り返った俺は、言葉を失う。

 口元がつり上がったそれは、一般的に笑みと言える形だ。

だが俺には、獲物に目をつけた狩人のそれに感じられた。

 

「私はリザーベル・スロットワーク・クレイドル。また会いましょう」

 

 そう言って踵を返す美人さん――リザーベルの姿が、俺の目に強烈に焼き付いていた。

 


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