マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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21.スピリット・カウンター

『鉄海は即座に壊しておくべきだったわね。撒き餌の機能でもあったのか、よそに目を向けずにまっすぐアンネに向かってる』

 

 サウザナがアーリィにツギハギを使って強制的に意識を戻した後、彼女の目がもたらした情報に小さな賢者は愕然とした表情を作る。

 腕の中にある小さな肩はかすかな震えを起こしていた。

 

「あの鉄海に、そこまでの機能が……」

 

 ここで初めて、俺はアーリィが狼狽える様を見る。

 今まで超然とした少女の雰囲気を放っていたアーリィは、見た目相応に幼い少女に見える。

 本当に、この事態は彼女の予想外の出来事であるのだろう。

 さしものアーリィも、あの鉄海がスピリット・カウンターを引き起こすものだとまでは予測がつかなかったようだ。

 あの自信っぷりから、自分のリアクターをすり抜けてスピリット・カウンターを発生させたことが悔しいのかもしれない。

 実際、自信はあったのだろう。ただ、運が悪かった。

 俺が過去から召喚された……というのは言ってはいけないとサウザナに釘を押される。 間が悪い、と自分を納得させながら俺はアーリィを落ち着かせる。

 

「俺も多少厄介でも、ただの爆弾と思っていたからな。アーリィが気にすることじゃない」

「で、ですが、私が…………」

「アーリィがしたのは人命救助。それでいいんだよ。俺達がすることは、今後の対策だ。 ってわけでサウザナ、案をくれ」

『うん。幸か不幸か、私が人払いに張った結界が防衛線として機能してて、スピリット・カウンター発生まで猶予がある。そこが勝負どころね。カケラオチは溢れたら一直線にアンネに来るって所もポイント』

「被害予測は?」

『街は消滅、少なくとも生命は完全に。あとはこっちに落ちてきたカケラオチが力尽きるまで被害拡大ってところかな。あの規模だと……五領国に行く可能性高い』

 

 最近少しずつ覚えた拙い現世の知識を照らし合わせる。

 五領国は隣国ということだが、もし発生したスピリット・カウンターによって被害を与えてしまったらアンネの街に五領国の手が伸びる。

 原因の鉄海はすでに爆散して証拠がないが、アーリィのリアクターを調べたらそれが原因だと判明することはずだ。

 だがそれは、あの魂改ざんのツギハギも白日の下へさらされることになる。

 アーリィがいかに自制してモラルに沿った使い方をしたとしても、使い方が広まってしまえばそれ以外の使い方になるのは時間の問題だ。

 だとすれば、一番穏便に済ませる方法はたった一つ。

 

「サウザナ、穴を埋める手段はあるのか?」

『大丈夫。けど、カケラオチの対処はどうする? 作業している間に鎮圧だと穴を塞ぐスピードが落ちるわ』

「ふむ。……アーリィ、リアクターの範囲って広げられるか?」

「え?」

「どこまで伸ばせられる?」

「い、一体何を」

「呪紋世界の落とし子って言っても、カケラオチってのは極論すればタンクルの塊だろ? なら、リアクターで抑えられないわけじゃないはずだ」

「え……えええええっ!?」

 

 さっきからアーリィの初めて見る顔が増えていく。

 余裕の欠片もない少女の絶叫を聞きながら、俺はアーリィを立たせると少し屈んで彼女の双眸を見据える。

 息を飲むアーリィの蒼い瞳に、俺の姿が映る。

 

「スピリット・カウンターは起きる。サウザナが言うなら間違いないだろう。なら、当然止めなきゃならん。それはわかるな?」

「は、はい!」

「でも、俺はスピリット・カウンターを体験するのは初めてだ。だからリアクターにも詳しくはない。概要だけでアイデアが浮かんだだけだ。理屈として正しいかどうかはわからない。……アーリィから見て、俺が言ったカケラオチをリアクターで世界に還元する案は可能か?」

「わ、わかりません。ですが……やってみる価値はあるかと思われます。元々スピリット・カウンターが暴走するのは、タンクルの枯渇からの取り込み……食事のようなものであると言われています。ですがリアクターによって安定したタンクルの供給が行われるのであれば……」

「よし。可能性があるなら善は急げだ。俺はナヅキ達を呼びに行くけど……アーリィ、この街でスピリット・カウンターに対しても動けそうな知り合いはいるか?」

「……アンネは水が名産というくらいで、気風や住む人々も穏やかです。ですので……」

「俺とサウザナにナヅキ、ダルメンとミュン達か。まあいい、ものはやりようだ」

 

 アーリィを腕から離し、その背中を軽く叩く。

 ひゃっ、と可愛らしい声を上げるアーリィに苦笑しつつ、俺は宣言した。

 

「さ、忙しくなるぞ。動け動け! サウザナ、まずは――」

 

 

 アンネの北にある、小さな……小さかった山。

 特に名もない無銘の山であり、俺が最初にこの世界に呼ばれた場所であり、ユカリスの故郷。

 そうであったはずの山は今、剣の群れに囲まれその中におびただしい数の異形――カケラオチ達の住処へと成り代わっていた。

 遠目から見えるだけでも剣獣から解放された〈幻獣〉のような竜種や、人間をゆうに超える翼をはためかせる青い巨鳥といった巨大な獣をはじめ、人間の上半身を持つ蜘蛛や緑黄色に彩られた体躯を持つ一本角の巨人。

 虎の顔と人間の四肢を持ちながら、手足の先は狼のような混じりもの。全身を黒で染める大蛇といったバリエーション豊かな相手が揃っている。

 最早あれは山がある、というよりカケラオチで出来た山のような錯覚すら覚えた。

 それらは皆、体の一部にどこか欠損を抱えていた。あるいはその体躯が溶けるように禿げ上がり、血のように滴るタンクルが大地を汚く染めている。

 

「なんだか不思議な気分です。スピリット・カウンターって発生したら終わりっていうイメージあったんですが」

「今回はサウザナが遅らせたってのもあるけど、ナヅキが知ってるのは、層の薄いところから発生したんだろうな」

 

 その様子を眺めながら、ナヅキ達は山のふもとまでやってきていた。俺はその光景を、ナヅキ達にかけた〈クロッシング〉からの視界共有で会得している。

 現場に向かったのはナヅキとダルメン、そして拘束から解放されたミュンの三人だった。

 リアクターによるカケラオチの鎮魂作業のため、俺は戻ってきたサウザナはアーリィの傍で待機してる。

 アンネの街を守るリアクターは湖の中に存在しており、湖の上で展開された呪紋に乗った俺達は、湖の中の異空間――ツギハギによって作られた部屋――へと訪れている。

 そんなリアクターの形は一見すれば卵のようだった。

 外見を構築する殻には一つ一つに呪紋が書き込まれ、歯車のように回転を繰り返し他のブロックと連結して鳴動している。

 卵と一言で語れば簡単だが、その大きさはアーリィの屋敷にも匹敵する。この大きさの紋具を作るには多大な労力が必要のはずだ。それをアーリィは三年前に作ったという。

 リアクターとは形も効果も作る者によって違うそうだが、アーリィの場合はアンネの名産である水を使い、かつ一望できる距離に作りたかったから、だそうだ。

 リアクターの誕生秘話も気になるが、今はこの窮地をなんとかするほうが先か。

 

「いいか、カケラオチの位置情報は俺が逐一報告する。三人は相手を倒す必要はないが、それなりに重傷を負わせてくれればいい。ナヅキ、キラビヤカの扱いはどうだ?」

「使ってるうちに慣れます」

「良い返事。でも難しそうなら大型はダルメンとミュンに任せて、お前は小型のカケラオチを相手にすればいい。スピードで言えばその中で一番だしな」

「連携、というにはいささか不安もあるが、狙いをつけずに撃てばいいのなら気は楽だね」

「ミュンは二人の撃ち漏らしを担当。ナヅキとダルメンの間の距離の確保大事にな」

「ええ。ベルソーアの鉄海を外してくれたのは礼を言う。だから、その恩返しはさせてもらうわね」

「スピリット・カウンターが発生してるが、塞ぐ手段は用意してあるから、遠慮なく全力でやってくれ」

 

 了解、と静かな意志を込めた言葉が届く。

 町娘のような格好ではなく、パンツルックに黒いジャケット、腕に篭手をつけた装備をしている。

 篭手に何やらギミックが仕込まれているようだが、そこは戦いのさいに明かされるのを期待しておこう。

 

「そう言えば、スピリット・カウンターはタンクルを持った存在に惹かれるってことですが、攻撃のツギハギにもタンクルが使われていては利用されませんか?」

『良い質問ね。けど彼らはあくまで何にも染まっていない、純粋なタンクルを求めてるのよ。攻撃用に変換されたツギハギには〈素材〉が多く使われている。それらはカケラオチにとって不純物のようなもの。ようは喉が渇いてるから水を飲もうとしたのに、その水は泥や石が詰まった、とても飲料水とは呼べない代物になっているってこと。だから遠慮なく攻撃して問題ないわ』

「なるほど、勉強になります」

 

 ほんと勉強になります。

 そんな風に各々が戦闘準備を整える中、サウザナが言う。

 

『それじゃあアーリィ、リアクターをツギハギ化しなさい』

「…………あの、本当に? 失敗すればリアクターが消えてしまう可能性も…………」

「そんな危険なのをベルソーアにやったの!?」

 

 いやほんと、自分のことじゃないけどごめんと謝りたくなる事後報告だった。

 知らなかったんです、ほんと。知ってたらやめるよう言った。

 だからユカリス、そのジト目はやめなさい。人を疑うような子に育てた覚えはないけど信じて欲しい。

 

「だいじょぶだいじょぶ、ネムレスにお任せ。スペック自体の底上げは可能なんでしょう?』

「は、はい。ただ時間の問題が……」

『ネムレスがフォローするから、全面的に任せなさい。でもメインはアーリィだから、アンネが滅ぶかどうかは貴女の手腕にかかってる』

「プレッシャーかけんなかけんな」

『アーリィにはこれくらいのほうがいいでしょう?』

「…………ええ、何の憂いもなく作品に打ち込めるというのは紋具職人にとって是非もない」

 

 冷や汗を垂らしながらも、笑みを作るアーリィの頼もしさよ。

 一応、事前に町長に話を通して街中のタンクルの使用しないで欲しいという通達をしたものの、あの時の焦りようを考えると申し訳なく思う。

 避難先へ向かう住民も多く、旅行者以外はアンネにとどまる者が多かった。

 スピリット・カウンターが発生している以上どうにもならないという考えと、アーリィに託すという考えが半々なのを知ると、本当に彼女は良い管理者なのだと思う。

 国の危機に関しても一方的な非難と悲しみを振りまくでもなく、信じて託してくれるというのは素晴らしいことである。

町長の胃に関しては、後日サウザナから良い薬でも聞いて作ってあげよう。

 俺はユカリスの手足に〈吸着〉を〈付与〉させる。これで俺にしがみついてれば、どんなスピードで動こうが離れないはずだ。

 街のみんなと居るのではなく、ここに残ることを選んだのならきちんと保護しておかないと。

 

「さあ、行くぞアーリィ」

 

 アーリィは頷き、〈夢の名残〉と共にリアクターに触れる。

 途端、その小さな手に触れた外殻が呪紋へと分解されていく。

 連鎖的に崩れていく外殻と同時に、俺はつぶやく。

 

「抜剣。リアクター」

 

 折れた刀身に、呪紋化したリアクターが集っていく。外装としてリアクター自身になることでその改造を手伝わせているのだ。

 あくまで折れた刀身部分の補強なら自分を弄られないし、サウザナも問題ないとしている。

 同時に俺は足元にサウザナを突き刺す。剣先から生まれた紋陣が一重から二重、三重へと次々に波紋のように広がっていく。

 

「準備完了! そっちは――」

「こっちも来た!」

 

 まるで待ち構えていたかのように、カケラオチの軍勢がなだれ込んでくる。

 剣の壁はこれ以上なく有効な足止めをしてくれた。

 そのままスピリット・カウンターを永遠に閉じ込めることが出来れば良かったが、流石にそれは不可能だ。けど、それを補うためにあの三人が居る。

 

「では、盛大な撒き餌になるとしよう!」

 

 先手はダルメン。

 すでに中身のない剣獣を構え、引き金を押し込む。

 通常でれば〈幻獣〉からのエネルギーを撃ち出す機能を持ったそれは、ダルメンの有り余るタンクルを射出する機構と化している。

 〈拡大〉〈距離〉〈威力〉の単純な三構成から生まれたタンクル弾はカケラオチ達に着弾、その勢いを大地ごと削いでいく。

 

「遠慮はしない」

 

 砲撃は終わらない。

 一度目に続き、続けて十連。次々に装填されていくエネルギーから繰り出される一撃はシンプルながら多大な戦果を上げていた。

 津波のような軍勢の勢いに穴が空く。

 けれど数の差は如何ともしがたい。止まることなく、カケラオチ達はアンネに向かって進撃する。

 遠距離砲撃による削りもその速さに対応できず、やがて詰められた距離のアドバンテージはなくなっていた。

 

「おまけだ、〈揺れる空籠(プレヴィス)〉」

 

 使われたのは、ナヅキと特訓していた時に使ったツギハギ。

 呪紋による円陣の範囲内に含まれていたカケラオチ達が強制的に空へ浮かばされたと思えば、その体が螺旋のようにねじ曲がりその体を小さくさせていく。 とどめとばかりに陣ごと爆砕されるおまけつき。

 強制拘束からの空間歪曲と爆砕、殺意に満ち溢れたツギハギ。この過剰すぎる火力を見れば、特訓で使わなかったのはダルメンの理性がうかがえる。

 

「カケラオチがタンクルで出来てるなら、こっちのペース」

 

 どこか楽しげに、ダルメンの後に備えていたミュンは〈連なる雷〉を発動する。

 相手のタンクルを雷へと変化させ、己の力とするこのツギハギはカケラオチ相手に相性がいい。

 しかも俺と違って制御を奪われる心配もなく、いわゆるぶっ放しができるというのは気分が良さげだ。

 生み出された雷球がカケラオチの一体にぶつかると、雷はそのまま周りのタンクルを飲み込んで肥大化していく。

 

「裂っ!」

 

 ぐっと拳を握ったミュンが叫ぶと、文字通り雷球は破裂し被害を拡大させるように拡散していく。

 その合間にミュンは篭手を携えた右手をカケラオチに向ける。

 すると篭手の外装が変化し、腕を覆っていた金属が弓のように展開された。

 そのギミックに目を奪われていると、ミュンは新たなツギハギを駆使していく。

 

「〈輝弓(ライトアタク)〉」

 

 弓となった篭手に、ツギハギの矢が生まれる。

 それはダルメンのタンクル砲に負けない密を秘めており、さらに貫通性を〈付与〉させた構成だった。

 ダルメンに負けじと装填されては発射を繰り返す光の矢雨がカケラオチ達に降り注ぐ。これを洞窟でやられていたら面倒だったな。

 

「みなさん派手だなあっ! 負けるかぁー!」

 

 ついにカケラオチがナヅキ達に迫る。けれど彼女は逃げることなく、真っ先に先陣を切った。

〈雷道〉でゼロからトップスピードに加速したナヅキがカケラオチ達に突っ込んでいく。

 キラビヤカはナヅキの意識に応じてその刃を伸ばし輝かせ、〈雷道〉による移動が大型のカケラオチの両断を可能にしていく。

 けどここで無理はさせず、一撃入れては次の敵へとターゲットを変えていくナヅキ。ヒット・アンド・アウェイながら決して浅くない傷を負わせていくナヅキは流石だ。

 俺が指摘した〈雷道〉の欠点を補うように、直角直線にしか動かないなりに決して止まることなくフェイントを入れ混ぜ、空で絶え間なく使うことで擬似的な飛行も可能にしカケラオチの攻撃を避けている。

 ジグザグな動きではあるが、どちらかと言えば鈍重なカケラオチ相手には無類の強さを発揮していた。あれなら直撃を受けることはないだろう。

 基本的には三人が優勢だ。けれど物量は容易くそれを覆す。

 現に、一番狙われやすいナヅキが大型のカケラオチに囲まれる。すでに〈雷道〉による逃げ場は物理的に塞がれていた。

 もし一人ならば、ナヅキはここでカケラオチに呑まれて終わっていたかもしれない。

 けれど、この場は一人じゃない。

 頼もしい仲間が存在しているのだ。

 

「ダルメン、そこから左、威力より速さで。ナヅキ、右に穴出来るから備えてくれ」

「承知!」

「はい!」

 

 言下、ダルメンのタンクル砲が空を貫く。

 指示通り威力よりも速さを追求したそれは、ナヅキを囲い込むカケラオチの一部に直撃して小さな穴を開ける。

 だが、ナヅキのサイズならばそれで十分。同時に〈雷道〉によってスムーズな脱出を成し遂げていた。

 

「ミュン、地雷型のタンクル弾をナヅキの後ろに設置。〈踊る炎雲(ビートクラウド)〉もおまけしといてくれ」

「効果あるの?」

「今はなくても後々効果があるはずだ。今回は殲滅じゃなくて、あくまでカケラオチが自壊する程度でいいからな」

「そもそもリアクターでカケラオチを抑え込むってのが……」

「力押し以外で他に何かあるか?」

「………………」

「はい、それじゃあこの話は終わりっ」

 

 不安なのはわかるが、すでに作戦は始まっているので異論は受け付けません。

 

「ナヅキ、無事か?」

「はいいいい」

「なんだその間延びした声」

「〈雷道〉でちょっと、加速しすぎたので。んし、今は大丈夫!」

「被弾を真っ先に避けろよ。無理をする必要はないからな」

「でも、もう何匹もそっちに……」

「こっちはこっちで対処する。生き延びることを第一に考えろ! あと、少し目を離すけどピンチになったら誰でもいいから連絡くれ、頼むぞ」

 

 ひとまずの指示を終え、俺はサウザナ達に向き直る。

 分解されたリアクターは光の刀身となり、地面を伝って波紋を広げたままだ。

 リアクターを呪紋化して刀身に取り込んでいる作業をするアーリィの顔からは滝のような汗が流れている。

 ユカリスが懸命にそれを逐一拭き取っているが、一向に手が足りてないように思えた。〈乾燥〉を〈付与〉させたタオルをユカリスに渡しながら、俺もハンカチでさっとアーリィの額の汗を拭った。

 

「あ、すみません……」

「変に喋らなくていい」

「………………………」

 

 頷き、アーリィは無言で作業を繰り返す。

 少し、遅れているか。

 そうと決まれば即行動、俺はアーリィの反対側へと移動しすでに三分の一が呪紋化したリアクターへ触れる。

 俺がすることは簡単だ。アーリィと同じことをする――わけではない。

 一度見ただけで同じことが出来るのは難度低いツギハギや〈素材〉を使ったものだ。

 リアクターのような〈素材〉と技術の塊を一見しただけで模倣出来るのはおそらくサウザナくらいだろう。

 俺が誇れるのはツギハギの速さと制御力。サポートでそれを発揮するのは、アーリィの負担を減らすというただ一点。

 〈支配〉からの〈同調〉、そうしてアーリィのツギハギに介入した俺は、彼女の負担が大きい部分のみを補うのだ。

 ようは作業の分担だ。メインはアーリィ、俺はサポート。

 物質を呪紋化させる作業はアーリィに任せ、それをサウザナへ送り込むのを俺が担当するというだけだ。

 こっちが担当するのは材料を運ぶ道を用意することだけで、荷物自体を作るアーリィの負担が大きいことに変わりはないが、それでも作業スピードに明確な違いはあった。

 分担作業に気づいたのか、アーリィが大きく目を見開いて俺を見ている。

 黙って首を横に振り、俺は作業に集中する。アーリィも意を汲んで、黙々とリアクターの呪紋化を続ける。

 その合間にもナヅキ達の戦いは続いている。

 少し目を離している間に、ダルメンを除く二人は軽傷を負っていた。

 直撃を受けたわけでなく、ツギハギの被害やカケラオチ達の攻撃の余波による切り傷と擦過傷だ。

 それでも動き続ける体と出血が体力を奪っているのか、最初に比べて動きに精細が欠け始めている。

 カケラオチ達は最初よりも目に見えて減っているが、それでも元の数が圧倒的のため終わりが未だに見えていない。

 サウザナの〈目〉が視点を切り替える。

 第一波とも言うべきカケラオチ達がアンネの目と鼻の先に近づいている。

 入口近くの住民はとっくに避難しているが、それでも街の中枢への被害は避けられそうにない。

 作業を中断して飛び出すか――と判断した瞬間、〈目〉が新たな戦力を捉えた。

 

「はっ! 僕らを忘れてたんじゃないだろうな!」

 

 ベルソーアだ。

 未だ体に包帯を巻いており、体もふらふらで顔も青白い。

 目に見えて倒れる寸前だと言うのに、彼は入口に立っていた。――何やら色んな模様が追加された、三つの樽人間を従えて。

 

「ふ、頼るべきは同胞だな」

 

 事前に聞いていたといえ、状況に相応しいとは到底思えない光景だ。

 そんな俺に、ダルメンの得意げな声で返してくる。決して見れないがドヤ顔を作っているのが目に浮かぶ。

 ベルソーアと共に居たのは、ダルメンの樽によって拘束されたはずのミュンの部隊の人間……だったものだ。

 種族的にまだ人間だと思うが、あれからずっと樽を被ったままで意思疎通もダルメンとしかしていなかった。

 人間と見るのを、少し疑わしくなってしまうのもやむなしとして欲しい。

 ともかく彼らは何の感情も浮かばないように直立している。それをベルソーアが率いているのは間違いないの、だが……一体なんだこれは!? どういうことなんだよ!

 

「ってぇー!」

 

 ベルソーアの号令の下、俺が適当にイッタル、ニタル、サンタルと名付けた彼らは、おそらく目に該当するであろう模様が輝きを帯びる。

 何をする気だ、と思った瞬間、彼らの瞳から光線が発射された。

 三対六つの光は真っ直ぐ入口に迫っていたカケラオチへ殺到し、直撃。その動きを止めていた。

 

「よしっ!」

「よしっ! じゃなくて、なんだよあれ!」

「知らん! 僕は知らん! 今は勢いで行動しているだけだ!」

「自分を客観視出来るならもっと落ち着けるだろ!?」

「戦力があるんだ、それでいいだろいいと言ええええええええ!」

 

 どうやらベルソーアもかなりテンションが振り切っているようだ。

 吹っ切ればとも言うべきか。

 よく見れば目がぐるぐると渦巻いているようにも見える。

 

「やはり彼に頼んだのは正解のようだ」

 

 ダルメンさん?

 

「ネムレス君、最終防衛線は無事機能しているとして、君達のほうはどうなんだ?」

「あ。はい」

『もうネムレス、並行作業して苦しいのはわかるけど現実逃避しないでよね?』

 

 何故かサウザナに怒られた。

 戦況と状況を一時忘れて突っ込んでしまった俺は悪くないはず。

 そんな俺の目の端に浮かんだ汗を、アーリィとの間を飛び回るユカリスが優しく拭ってくれる。

 ……ユカリス。俺、頑張るよ。

 極力入口の光景を無視し、作業を優先した結果と言うにはあまり褒められたものではないが、俺達はついにサウザナの抜剣リアクターを完成へと届かせる。

 

『準備、完了!』

「外に出るぞ!」

 

 ふらつくアーリィを抱えながら、俺はサウザナを右手にユカリスを肩に乗せ異空間から湖の上へと跳躍する。

 眼下に見えるのは、アンネの北方の緑を赤黒く染めるカケラオチの軍勢。

 その中で小さな光が幾つかきらめいて見える。いまだ、向こうでの戦闘も終わっていないようだ。

 左手に抱えたアーリィの腰をぐっと強く握る。身じろぎ、呻くような声をあげるアーリィだったがすぐにその声も晴れると信じて湖の上にサウザナを突き立てた。

 

『アーリィ、貴女のリアクターをちゃんと見ときなさい!』

 

 水面が震え、突き刺したサウザナから光が溢れる。

 光の刀身から黄金の粒子が周囲に満ちていく。

 徐々に集束していくそれは一対の翼を想起させる形を作り、舞い散る羽根は街を包み込むように広がっていく。

 

「……………ぁ」

 

 アーリィが小さく言葉にならない声をあげる。

 元が自分の創作物であることへの驚愕か、それともサウザナが見せる抜剣の性能への興味か。

 わかっているのは、この小さな少女の双眸は今、黄金に負けない輝きを帯びているということだった。

 羽化とも言うべき形に展開した黄金は翼をはためかせ、薙いだ。

 身を倒す激しい風ではない。

 頬を撫でるような、そよ風のような息吹だった。

 ただ、優しかった。

 その風にカケラオチが触れる。途端、彼らは絶叫を上げることなく、粛々と静かに朽ちていく。

 風以外の音を許さぬような静寂。

 鎮魂の風は止むことなくナヅキ達の戦場へ吹き結ぶ。

 

「え…………?」

 

 それは誰の声だったか。

 呆然とした声音だけがつぶやきを許された。

 戦場を埋め尽くしていたカケラオチ達が次々と倒れ、土と同化していくように消えていく。

 リアクターによるカケラオチ対策はバッチリ成功したようだ。

 

「ほら、アーリィ」

 

 そろそろ立てるかと思い俺はアーリィの腰から手を離す。

 すると、重力に従ってアーリィは湖の中へと沈んでいった。

 

「っておい、アーリィ!?」

 

 咄嗟に抱え直したおかげで沈むことはなかったが、それでもアーリィの全身は水浸しになってしまった。

 湖の上は特別な紋具か足場を作るツギハギを使用しなければならないと言ってた本人が、それを忘れつほど自失していたようだ。

 

「えほ、ごほ、ごぽ、えぅ」

 

 咳き込むアーリィの肩を叩き、落ち着いたところで改めて少女の手を取ってサウザナの柄を握らせる。

 少しサウザナが震えたが、その辺は大目に見て欲しい。

 

「ほら、アーリィのリアクターが街を救ったんだ。この光景、ちゃんと見とけ」

 

 返事はない。

 ユカリスが心配そうにアーリィに近寄るが、それを制して自由にさせる。

 彼女は今、己の後悔やら成果やらで色々と頭の中がこんがらがっているはずだ。少し、心の整理をする時間も必要だろう。

 そんな気持ちを込めて唇に指を当てると、ユカリスも同じ仕草を取った。意思疎通が出来ていると思いたい。

 さて、アーリィはここに置いてナヅキ達を迎えに行くか……と視線を彼女らに向けたその時だった。

 

(ネムレス。まだ終わってない)

「サウザナ?」

『急いで! ナヅキ達の傍!』

 

 急かすサウザナに応えて向けて目線の先。

 カケラオチ達が消えていく戦場の中で、一つの異物を見つけた。

 まるでリアクターの風から逃れるように、幾つものカケラオチ達が一箇所に集っているのだ。

 本能でもない。反射でもない。何者かに命令を受けているかのような動きだった。それを認め、俺は即座に行動を開始していた。

 

「アーリィ、後は自分で立ってくれ!」

 

 強引にアーリィの手からサウザナを取る。すでにサウザナは行動を終えていた。

 

『抜剣。ウインズノア』

 

 外装をまとうのと同時に跳躍。新緑の剣へと変化したサウザナの刀身が足の裏に置かれる。

 ウインズノアの上に乗った俺は、風と同化するかのような速さで異変の元凶地へと疾駆する。

 ここからでもわかる、あのカケラオチ達に紛れ込む〈素材〉。

 〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉〈威力〉……

 カケラオチ達が自身を攻撃力に変えている。いや、変えられている。

 爆破すれば地図が書き換わるレベルのツギハギ。明らかに第三者の手が入れられたツギハギは、アーリィのリアクターの許容量を超えていた。

 さらに――

 

「何、こいつ!?」

「邪魔者は蹴られろ、とな」

「そんな事言ってる場合ですかあ!」

 

 爆弾と化したカケラオチとは別の、もう一つの集合体。

 それは騎手のいない黒い馬だった。ただし、サイズが山にほど匹敵するかのような巨大さを持ったものである。

 前足を振り抜いてダルメンを蹴り飛ばし、背後の尾の人薙ぎがミュンを地面へ叩きつける。

 そしてその口蓋は、ナヅキの体へと迫っていた。

 

「ぐ、うあああああああああああああああああああ!!!」

 

 逃げ切れないと悟ったナヅキはあえて〈雷道〉で口の中へと侵入し、キラビヤカの刀身を押し込んだ。

 〈雷道〉の加速と刀身を構成するタンクルにできうる限りに強化し最大威力を込めたキラビヤカだったのだろう。それは口の中に針を突き刺したかのような痛みを巨馬のカケラオチに与えていた。

 けれど、それだけ。

 痛みはあっても止まることはない。口内を切り裂くことで咀嚼されること阻止しようとしたナヅキの決死の行動はしかし、死に対しての少しの遅延しか生まなかった。

 

「おじい、ちゃん、なら……!」

 

 想像した末路を切り捨てるように、己を鼓舞するようなナヅキの声。〈雷道〉の加速で真下へ重力を生み出し、噛み千切られることを懸命に阻止している。

 でも現実は残酷で、このままでは間に合ったとしても、ナヅキを救出することは不可能。

 それらを認めてもなお、俺の心は平静だった。

 ナヅキの頑張りは無駄じゃない。何の対策も打てず喰われるのではなく、自分に出来る限りの行動で足掻いてくれている。

 何より、頼れる愛剣がやるべきことをしているからだ。

 

『ネムレス、見える?』

「ああ、ばっちりとな」

 

 肉眼では捉えることの出来ない存在が、この戦場に来ていた。

 ミュンの使う〈理に潜む理〉と同質のものだった。見えないだけで、確実に存在している何者かが俺達を観察している。

 だから、引きずり出して尻ぬぐいしてもらうとしよう。

 

『抜剣――』

 

 到着と同時にサウザナの新たな外装を抜き放たれ、その性能が俺の脳裏に送られてくる。

 空中で体勢を入れ替え、両手で変化したサウザナを握りしめたまま、俺は何もない空間に向かって大上段に振りかぶる。

 

「――天剣ルシフェヴ」

 

 サウザナの言葉を引き継ぎ、抜剣する。

 掲げられた剣は天の頂へと上り詰めるかのように剣身が伸びる。伸びる。伸びる。

 雲を裂き空へ届く先で、青が割れる。

 ルシフェヴが天空に突き刺さったのだ。

 正確には、現世を貫き境界領域へと刀身を届かせた。

 手応えに残る重々しい感触。

 世界を超えたルシフェヴが突き刺さったそれを、俺は思い切り振り下ろす!

 硝子の破砕音にも似た、世界の悲鳴じみた絶叫が鼓膜を震わせる。

 空間の割れ目から引きずり下ろしたのは、白い船のような何かだった。

 先鋭化したフォルムからそれを想像したものの、すぐにどうでもいいと頭の片隅に置いておく。

 どのみち、もう見られないのだから。

  

「弐刃抜剣《セカン・ブレイド》――リ・アルフェヴ!」

 

 天剣ルシフェヴにリアクターの性能を持たせた融合抜剣。

 ルシフェヴが天へ登りつけるほどの射程を持つ剣、ということを理解した俺はすぐに二つの抜剣をかけ合わせた。

 サウザナだけでは無理だが、そこに俺が合わされば話は別。

 ツギハギというのは素材と素材の掛け合わせ。素材をツギハギに置き換えて合体させるのは俺には慣れた作業(・・・・・)だった。

 ただでさえ種類の多いサウザナの抜剣を、さらに昇華させた俺だけの、俺とサウザナだけの力。

 アーリィの手によって自己改造され一時的に性能を伸ばしたリアクターは、謎の船という燃料を手にさらなる拡張を果たす。

 その効果範囲はカケラオチ達が合わさった巨馬と呪紋爆弾の威力を包み込むほどに膨れ上がり――ハンマーのように叩きつけられた船は、カケラオチ達と共に粉微塵となって消失する。

 抜剣をウインズノアへ戻し、空高く浮かび上がっていた俺は食べられずに済んだナヅキを空で抱きとめ、風の力でゆっくりと降下する。

 呆然としながらこちらを見据えるナヅキに、俺は満面の笑みで答えた。

 

「お疲れ、全部終わったぞ」

「……ありがとうございます! そして説明しろぉー!」

 

 直後にナヅキからの熱烈なツッコミを受けながら、締まらないなぁと俺は曖昧に笑うのだった。

 


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