マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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18.ダルメンの秘密

 ナヅキの美味しい夕飯を食べた後、俺はダルメンと共にアーリィから用意された最上階の客室へとやってきていた。

 お偉いさんをもてなす時に使う部屋、とのことで俺が借りている部屋と比べると一段も二段も質が違った。

 スイートルームだねーとサウザナがよくわからないことを言っているが、豪華なことに変わりはないようだ。

 

「それでダルメン、話ってなんだ?」

「かなり大事な話でね。だから――」

 

 ダルメンの提案により、俺達は風呂へと入浴していた。

 露天風呂とも言うべき場所に位置したこの風呂場は、夜なことも合わせて瞳月を見ながら楽しめる風情のあるものとなっている。

 だがダルメンは誰にも秘密にしたい、ということで部屋に備え付けられたスイッチを押して露天風呂にも関わらず屋根を閉じてしまった。

 そのことを残念に思う気持ちをお湯で洗い流しながら、風呂の中でも樽を被るダルメンに改めて向き直る。

 頭は相変わらず樽でわからないが、首から下は鍛えられた肉厚の筋肉に覆われた体だ。

 樽のようだと言うのは簡単だが、その全てが一寸の無駄のないもので覆われているのを見ると、どれだけのパワーがその体躯に込められているのやら。

 俺の体も鍛えてないわけではないので、だらしない体というわけではない。でも、タオルも身につけずに風呂に入る豪快さは同じ男として精神的に負けた気分にはなる。

 性格も悪くなく、人付き合いも良い。顔が樽なのを気にしないなら、さぞかしモテることだろう。

 でもこいつ……とお湯越しにダルメンの下部を見ていると、それを無視して話を切り出してくる。

 

「実は、わたしの秘密を明かしたい」

 

 ……こつん、と風呂桶が当たる。

 それを浴槽とした、頭にタオルを巻いたユカリスが俺を不思議そうな目で見上げている。

 俺は同じくお湯に浸かるサウザナを見る。こちらの話を聞いているのかいないのか、リラックスした雰囲気だけが伝わってきた。

 

「秘密って?」

「簡単だよ、わたしの姿を見てもらいたい」

「――――――」

 

 少しだけ言葉を失うが、遅れて意味を噛みしめる。

 つまり、樽を脱いで顔を見せてくれるってことか。

 

「気になってたから見たいと言えば見たいけど、どうして今になって?」

「捜し物をする上で、ここは色々と多くの縁が集いそうだからさ。これからお世話になる人に、隠し事というのはあまりよくないしね」

「それは間違ってないな。アーリィはこれから手広くやるようだし、剣の一族にも接点作ろうとしてるみたいだ。けど、暫定的だけど剣都を敵に回す可能性もあるぞ?」

「それは問題ない。むしろ、相手が大きければ捜し物も捗る。とはいえわたし一人では難しいだろうから、協力を求めたいんだ」

「……言っちゃあれだが、それを見せるだけで手伝うと思ってるのか? 無償でするなんて思っちゃいないんだろ?」

 

 お互いが相応にメリットを持っていれば、対価が一方的なものにならず気兼ねがなくなるからだ。

 捜し物が何かは知らないが、旅をしていたというダルメンが見つけられないというものを、素顔を見せるだけで手伝ってくれる、なんて思っているわけではないはずだ。

 本当に素顔を見せるだけで手伝ってくれる、と考えているのなら多少話をする必要がある。

 実際は素顔なんて見せなくても、俺のレベルアップのためにツギハギ面での手合わせを了承してくれたら手伝うが、どうしてダルメンがそう思ったのかが気になって尋ねてみる。

 

「ん? 手合わせ以外にも何か必要だったかい。アクターの利用に関しても特に制限する気はないが……わたしの資産も欲しいのかね?」

「ん?」

「ん?」

 

 何か、噛み合っていない気がする。

 

「えーっと、ダルメンに手合わせのことって言ったっけ」

「サウザナ様から聞いたよ。ナヅキ君からは剣術を取り入れ、わたしからはツギハギのリハビリに使いたいんだろう? わたしはそれに了承し、君に付いていく対価とした。素顔を見せるのは、自己紹介を兼ねたまでだよ」

「おい、どういうことだよサウザナ」

『んー?』

 

 ダルメンと話をしていたなんて一言の連絡もなかった我が愛剣は、お湯を裂きながらこちらへ寄ってくる。

 

「お前いつの間にダルメンと話つけてたんだ?」

『ネムレスがレベルアップのためにナヅキ達とつるむって言った時。私は手回ししただけよぅ。だって、別に理由付けなんてしなくても引き受けたでしょう?』

「まあ、そうだけど」

「なんだ、わたしは試されていたのか」

「協力するっていうなら、お互いにメリットあるほうがずっと健全だろ」

 

 違いない、と穏やかに告げるダルメン。 

 会話の先手を取られてしまったのが気恥ずかしくなり、俺は動揺を隠すように催促する。

 

「それより、ダルメンが見せたいものってのを見せてくれよ」

「では、少し失礼させてもらうとしよう」

 

 そう言って、ダルメンは俺の予想通り手を樽に――つけず、何故か腰のほうへ添える。そしておもむろに掴んだ腰ごと、上半身(・・・)を引き抜いた。

 

「おわああああああああああああああああああ!?」

 

 何の前フリだと思って眺めていた俺は、度肝を抜かれて絶叫した。

 目の前で座っていたはずのダルメンの体が、上半身と下半身で分割されたのだ。

まるで、ダルメンそのものが蓋だったかのように――

 

『へえ』

 

 相変わらずのんきなサウザナの声。

 長い髪をタオルで包んだユカリスは、ぼーっとそれを、ダルメンの中身(・・)を見ている。

 

「お、おま、おあ、あ、ああ、あー?」

「人前で見せるのは初めてだが、これがわたしの隠し事だよ」

 

 ダルメンの声は耳に入っていたが、頭に残らない。ただ口を呆けて開閉を繰り返していた。

 それを察したのか察していないのか、上半身だけのダルメンは箱の中身を取り出すかのように、自分の中に入っていたそれを二の句を継げない俺に手渡してくる。

 それは、俺と同年代くらいの女の子だった。

 腰まで届く薄紫の長い髪は手入れが届いているのか、肌の柔らかさと共にサラサラな感触を手の中に残す。

 風呂に入るために着替えさせたのか、透度の低い湯浴み着を着込んだ彼女は瞳を閉じたまま俺の手に抱かれている。

 湯浴み着を押し上げる胸は規則正しく上下……して、いなかった。

 頭はともかく体は落ち着いていたのか、試しに左手で頭を支えようとするが、手に加わるはずの重さを感じない。異様なまでの軽さだ。

 口元に右手を近づける。立てた指を唇に添えてみたものの、人間ならば聞こえてくるはずの息遣いは微塵も感じなかった。

 

「これ、死体、か?」

 

 違う、と口にしておきながら否定する。少しずつ、理性が戻ってきていた。

 重さのない少女の体はお湯の熱さではなく、確かな人の温もりを感じる。

 念のために胸に手を当ててみる。心臓は、動いていなかった。

 最後に使うのは、ツギハギによる〈感知〉。瞳から得る肉体情報からタンクルによる情報の捜査へと切り替えた結果、俺は大きく目を見開いた。

 彼女は、まるでツギハギだった。

 少女を構成全てが、タンクルから出来ている。単純に〈具現化〉の〈素材〉を使ったものではない、もっと細かで微小な、砂粒よりも小さいのではないかと思える情報が詰まった、ツギハギの体。

 それが、俺の手に抱えられた少女だった。

 言葉を失う俺の肩を、ダルメンの大きな手が叩く。

 そこでようやく俺は我に返った。が、三日とない付き合いながら上半身と下半身が別れたダルメンを見るのは視覚的に辛かった。

 

「わたしは元々ただの樽でね。けれど三年ほど前かな、突如その子がわたしに詰められて、海に放出された」

「……色々聞きたいことがあるけど、ダルメンは識世だったのか」

「気づかれていないのなら、わたしも中々人間に慣れたものだね。けれど今、こうしてネムレス君と話しているわたしは、識世として目覚めた自分なのか、その子の性格から来るものなのか、いまいちわからない」

 

 人身売買による密輸……それなら海に流す理由は……事故? 死体遺棄に利用され、海に放流された、という考えもある。

 物騒な考えが多いのは、少女の状態を例えるなら死体が一番近かったからだ。

 けど、この子は生きているわけではないが、死んでもいない。

 その身に宿した膨大なタンクルと、幾つも散りばめられた〈素材〉がそういう『ツギハギ』だと、俺に訴えている。

 

「〈幻獣〉……」

「そうだね、わたしとその子は剣獣のようなものだ。樽の中に封じられた〈幻獣〉がこの子とも言いかえられる」

「じゃあこの子も?」

「わからない。だから、それを求めるためにこの子を知る者を探している」

「確かに、それは難しい」

 

 どう答えたものかと思案していると、上半身だけが湯に浮かぶ、子供が見たら大泣きしそうなダルメンの腕が少女に伸びる。その手には、白く泡立つ何か――液状石鹸を浸したタオルが握られている。

 

「あーダルメン、この子を洗うのか?」

「? そりゃあそうさ。人間ではないかもしれないが、外見が外見だし綺麗にしておくのは紳士の嗜みだろう? 今までだってそうしてきた」

「一人ならともかく、それを客観的に見る俺の気持ちも知って欲しいなあ」

『だからって、手を出す気ならともかくその気のない女の子の裸を見るのは駄目よ』

「そもそも出す気はねえよ!?……サウザナ、ユカリス、お願い出来るか? ダルメン、すまんが二人に洗わせてもらっていいかな」

「わたしは彼女が綺麗になるなら構わないよ。お二人とも、よろしくお願いします」

『おーけいー』

 

 特にユカリスにわかるように、俺はタオルで自分の体を拭く仕草をしてから少女を示す。同じことをして欲しい、というジェスチャーだ。

 風呂桶から立ち上がり、タオルで体を隠すユカリスも任せて! と言わんばかりに胸を軽く叩く。

 元が草花なのに人語を理解するこの子も謎だが、言葉でなく感情で理解してくれていると強引に自分を納得させる。

 サウザナがツギハギで少女の体を固定し、ユカリスが少しずつ体を洗っていく。重さはないに等しいので、小さな小さなユカリスの負担も少ないだろう。 

 

「あとダルメン、悪いけど体を元に戻してくれ。いくら識世と言っても人の外見だから、胴体を両断されてるみたいで気にするなってほうが無理になる」

「心得た。サウザナ様が居るのに、人の識世に出会うのは初めてかい?」

 

 上半身と下半身を元に戻りながら、以外そうな声でダルマンは言う。

 

「ユカリスが人型って言えば人型だろうけど、ダルメンのそれはちょっとインパクトでかすぎる」

「本体が樽だからね、この体は化粧のようなものと思えばいい」

「随分な厚化粧だ」

「一応、彼女を覆い隠せる程度の肉体を選んだつもりだよ」

「頭を樽にしなきゃ駄目なんですかねぇ」

 

 思わず敬語で言ってしまった。

 あの子を隠す収納を目的とした体だけなら、頭をアレにする必要はないだろうに。

 

「識世になる時、外見を選べるのか?」

「そうだね、基本的に人間の外見が生まれで決まるように識世も例に漏れないのだが、わたしはこの少女の影響もあって多少の選択権があったのさ。女性の外見を選ぶことも出来たが、この子を丸ごと覆う肉体なら男性のほうが的確だった」

 

 識世から人型になるさいのプロセスが気にはなるが、ツギハギで変身しているのかな。

 そう言えばサウザナはダルメンが常時アクターを使っていると言っていたが、この外見こそ彼のアクターということだろう。

 とすれば、やはり本体はあの女の子なんだろうか?

 

「っと、話が流れたな。それでダルメンはその子の身元を探す旅をしていたってことだけど……サウザナ、その子に覚えはあるか?」

『んー、流石にないなぁ。ただ、その子の本体はここじゃない別にあるわね。今ネムレス達が見えている女の子は、いわば実体を持つ幻よ』

「実体を持つ……」

「幻?」

 

 サウザナの考察に、その意味を考える。

 この子が幻? どこかから投影されてここに映っているってことか?

 

『ざっくばらんに言っちゃえば、肉体と精神が離れてる状態。この子にとっての肉体と言うべき存在が世界のどこかにいるはずよ。ただ、この子の構成に手が入ってるし、これを弄れるとなるとかなり大きい組織が関わってるわね。ルオ、五領国、レビーハ、スメイキュード。それか剣の一族。あるいはそれ以外』

「疑い出すとキリがないぞ」

「いえ、助かりました。そういう権力に関係する場所であるのなら、まだ探りようはあります。……残念ながらスピリット・カウンターという脅威があってもなお、ツギハギによる人体実験は多い。だが実体を持った幻、というものなら色々と探れましょう」

『あとで色々追記してまとめて渡すわね』

「助かります」

「じゃあダルメンはそれを探るために、アンネから出ていくのか?」

 

 そう言うと、じっとダルメンが俺を見つめてくる。

 表情なんてわかるはずもないが、どことなく拗ねているような、寂しそうな……俺を非難しているようにも思えた。

 

「そう邪険にしないでくれ、これだけの情報をもらったのならわたしも君についていくよ」

「邪険じゃなくて、優先順位の問題だろ」

「そこは大丈夫、わたしにはツテもあるしね。まずはそちらで探り、見つけるまではネムレス君に協力するつもりだよ」

「ダルメンがいいって言うなら構わないけど。俺も助かるしな。……でもダルメンがサウザナに様をつけたりどこか上の相手に接してるようだったのは、識世だったからなのか」

「ああ。サウザナ様は隠居しているつもりだが、識世の中では彼女は有名だからね。同じ識世なら、すぐわかる」

「そりゃ鼻が高い」

『おう、ずがたかーい』

「はいはい、すごいすごい。話が通っていたのか、そういうことか。いつから事情を聞いててんだ?」

『最初』

「は?」

『最初にダルメンを抑えた時に、全部聞いた。あとはタイミングだけだったってわけ。だってネムレス、あの時はアーリィの件があったし、落ち着いてから言おうと思ってたのよ』

「そのための今というわけさ。しかし、こんなにすぐ進展があるとは思わなかった。彼女がツギハギのようなもの、ということはわたしもわかったのだが、それがどういうものなのかがさっぱりでね」

「進展があったなら何よりだ」

 

 洗浄が終わったらしく、ユカリスが頭に手を置きながら息をつぐ。

 お疲れ様の意味を込めてほっぺを撫でてやりながら、俺は少女の名前を尋ねた。

 

「そういや、その子に名前はあるのか?」

「ないよ。勝手に名付けるのも悪いしね」

「つけてあげたほうがいいと思うけどな」

『うんうん。誰かに呼ばれるのはいい事』

 

 ダルメンは元が樽だったせいか、そこまで名前に拘ってはいないようだ。

 

「でも、樽を樽と表現出来るのは名前あってのことだ。ダルメンもダルメンって名前のおかげで、他と区別が出来てるだろ? だからこの子にもちゃんとした名前があったほうがいいと思う」

「ふーむ、そう言われてみれば。今まで誰にも話したことがなかったし、やはり相談相手が居るというのは恵まれたことだ」

 

 改めて考えてみるよ、と綺麗になった少女を担ぎ、再び分割した自分の中に入れるダルメン。

 中身はちょっと子供には見せられない光景が詰まっているのではと思ったが、彼の体の中は白だった。本来見えるべきはずの臓器や骨もなく、本当にただ人間の外見を取っているだけなのだとよくわかる。

 聞くべきことも聞いた俺達は、そのままアンネのお湯を堪能する。

 酒は流石に持ち込まなかったが、隠す必要がなくなったことで開かれた露天風呂から見える絶景にしばし心身ともに清められていく。

 十分に体も温まり、風呂から出た先で着替えながら、俺は先に出ていくダルメンの背中に声をかけた。

 

「ダルメン、今後誰かと風呂に入るなら、下をもう少し凝っておいたほうがいいぞ」

 

 人間の見かけを模倣して作った故に、ダルメンのダルメンが白い(・・)ことをぼかして伝える。

 健全な大人か青少年でもあの白さは流石にね。

 首を傾げるダルメンとユカリスをよそに、サウザナから頭を剣の腹で叩かれる。

 だってタオル巻かないならその辺の配慮も痛ぁい!連続は痛い!

 


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