「あ、すみませーん開店はもう少し……っ!」
俺を見るなりエインがびくりと体を震わせる。表情こそ客を歓迎するような笑顔ではあるが、肌の一部が赤く染まっていた。
何かしたか、と思い返しほぼ半裸の姿をこの子に見せていたことを思い出し即座に頭を下げた。
「その節はお見苦しいものを……」
「い、い、いいえ。あの時は悲鳴を聞いて駆けつけてくれたのですし、その、えっと」
「お互い気にしないようにしよう」
こくこくと顔を俯かせたまま了承するエイン。
熱気を覚ますためか、一度奥に引っ込み俺とユカリスの水を入れたコップを用意してくれたエインの好意に甘えて、テーブルに座る。
大きさが子供用以下のはずだが、ちゃんとユカリスの小さな小さな口に合わせられたサイズだ。その気配りに感謝しながら、俺はエインへ改めて挨拶を交わす。
「そういえば自己紹介してなかったな。俺はネムレス、よろしくなエインちゃん」
「はい。もっと気軽にエインと呼んでくださって大丈夫ですよ。ネムレスさん、はお食事ですか?」
「いや、ダルメンに会いに来た。あいつはいるか?」
「ダルメンさんならさっき出かけましたよ。アーリィちゃんのお屋敷に行ったのかと思いましたが」
そう、ダルメンはアーリィの屋敷で宿泊しているのではなく、この店に寝床にしていた。
ナヅキの料理は美味かったぞ、と言えばそれに関しては否定せず、どうも民宿という空気が気に入ったとのことだった。
「いや、俺はちょっと役所へ行っててね。そうなるとすれ違いだったか」
「ダルメンさんに何か御用で?」
「直接渡したいものがあってね。ついでに、ちょっと話でもしようと思っただけさ」
「あんなことがあったのに、随分仲良くなったんですね」
くすくすと笑うエイン。人を和ませる柔らかな笑顔は、人好きするような魅力があった。
「エインはもうダルメンのこと平気なんだな」
「はい。なんだかんだでよくお話してます。確かに樽を被ってるなんてちょっとびっくりしましたが……」
「そりゃああれにすぐ慣れろっていうのは難しいだろうな」
苦笑しながら水をあおる。うん、やはり安酒なんかよりずっと美味い。
「ダルメンさんは食事を取ることが多く、うちに泊まってるから閉店後でも会話をする時間を取れるだけですけど。それでも食事時や寝ようとする時までお樽を取らないのはびっくりしましたが」
「よく話を続ける気になったな」
「最初はびっくりしましたけど、接客してると色んな人が来られるので特に気にならなくなってますね。それに私、手が空いた時に色んな人の話を聞くのも趣味なんです。接客の時の話の種にもなりますし」
ちゃっかりしてるな。
でもダルメンのあれを気にしないって、どんだけ変人が来店する店なんだ。それとも俺が知らないだけで、食堂ってのはそういうものなのか?
「あと、ダルメンさんはネムレスさんのことすごい人だとは仰ってましたよ。全力でやって勝てるかわからない相手は初めてだって」
「俺、そんな敵意持たれてた?」
「敵意、ではなく素直な感想かと」
「ダルメンは強いし、ちょっと仲良くしておこうと良心に従って動いたまでなのに」
「下心あるなら、良心じゃなくて利用心ってやつですか?」
上手い事言うなー。
「下心抱えてたら駄目か」
「それを言ったら話の種を増やしたいって私も下心なのかも……」
「はは、理由付けなんていくらでも作れるから、考えるだけ無駄かもな」
そんな風に欠いたを楽しみながら、軽く軽食を注文しておく。エインは別にいいと言ったが、何もしないよりは利益として還元するのが良い。
苦笑しながらサンドイッチを入れたバスケットを用意してくれたエインに改めて礼を言って、俺はアーリィの屋敷へ戻る。
すると、ちょうど帰りがけだったのか屋敷への道からエプラッツの宿へ戻ってくるダルメンと遭遇した。
「あれ、屋敷に行ってたのか」
「ああ。サウザナ様やネムレス君に話したいこともあったからね」
「すれ違いだったか。まあちょうどいい、せっかくだからどうだ」
エインから買い受けたバスケットを掲げると、ダルメンは頷くように樽を揺らした。
どうせなら、ということでダルメンには二度手間だがアーリィの屋敷への道を少し進む。彼女の家はアンネの街を一望出来るような高台の上に存在しているので、食事をするには良い景色が確保できるのだ。
「シート欲しいか?」
「良い具合の石があるから、それでいいだろう」
昼食として買い込んだサンドイッチを広げながら、まずたまごサンドを一口。うまー。
花の識世であるユカリスにもサンドイッチの切れ端を与えたが、問題なく食せるようだ。
「忘れちゃうかもしれないから、今渡しておくな」
言いながら、俺はアーリィから受け取った剣獣を出す。
過去にあった銃に似た外見をしたその武器を見て首を傾げるダルメンに、その意図を説明する。
「これはタンクルを吸収して弾を撃ち出すものみたいなんだが、その吸収量がちょっと桁違いでな。これ持ってツギハギ使おうとしてみてくれ」
剣獣を受取り、素直にツギハギを使おうとするダルメン。
使おうとしたのは〈穿つ羽〉だったようで、一瞬だけ風がそよめき髪を揺らすが……地面を穿つほどの竜巻を発生させることもなく、その構成ごと剣獣に吸い取られていくのが俺には見える。
ダルメンもそれを実感しているのか、樽越しでもわかる困惑の感情を見せていた。
「これは……」
「どうもとんだ腹ペコらしくてな。普通のツギハギ使い……アバターやアクターの何十倍はあるタンクルをぱくりと食ってなお余裕がある。けど、逆に満足させてしまえば強力な武装になる」
アーリィと話し合い、加工して装飾品にしてみてはというアイデアもあったが、この剣獣自体が相当の紋具らしく下手に分解して『機嫌』を損ねたくないと言うアーリィの言葉に従い、素直に渡すという結論に落ち着いた。
「俺にはサウザナがいるから必要ないし、アーリィだってあの洞窟で見つけた技術がある。キラビヤカはナヅキに渡してるし、ダルメンもせっかくだから受け取っておいたらどうだ?」
「これはあの襲撃者からの戦利品なのだろう? 使わないから返してもいいのではないかね」
「監視の対価ってことでアーリィに渡されて、あいつもいらないらしいからお鉢が回ってきたってことさ」
「残飯処理でも、料理が美味ければ構わないさ」
それは何より、とポテトサラダ入りのサンドイッチをひとつまみ。この芋美味しいな。次いで焼いた鶏肉を挟んだものも一緒に喉へ流しこむ。
口がパサパサしてきたので、バスケットの中に一緒に入れてあったマグカップにツギハギで水と氷を入れて自分とダルメンの分を用意し、片方を差し出す。
ユカリスには指の腹に浮かばせた大きめの水滴を寄せると、両手で指ごと抱えられて水をすすっている。なんだか指を舐められているようでこそばい。
しかし昼食はもっと何か買ってくるんだったな。いや、屋敷に戻ればナヅキが居るはずだし、昼食頼めば作ってくれるかな。
「ここは良い街だ」
「どうした、突然」
「ふと、そう思っただけさ」
「ふぅん。まあ風呂とか贅沢に使えるしメシも上手いし、好きになる理由のほうが多いな」
「リアクターもアーリィ君のおかげで問題ないからね。一体、何者なのやら」
「年下の天才なんてのは世の中たくさん居るんじゃないか? ダルメンもナヅキも同じようなタイプだろ」
「では、エイン君は普通かな?」
「あの子は年の割に大人びた、っていうか社交性高そうだ。一日二日でダルメンとまともに話せるのを考えると、普通と言えば普通だけど、一般的な子供とはちょっと違うかも」
「けなされているかな?」
「鏡見ようぜ」
「ユカリス君も識世にしては珍しいタイプで、普通がいないね」
「ん、あー、そうだな」
「普通じゃないと言えば、ネムレス君も男なのに髪が長めだ、珍しい。首が暑そうだ」
何か話したいことでもあるのか?
本命に繋げるために会話を広げようしているのはわかるが、どんどん話題を変えてしまうのは一人喋りと大差ないぞ。
ダルメンは事に対して常に余裕を持っていたので、はぐらかすような会話をしてくるなんて珍しい。
つっつくのは簡単だが、もう少し様子を見よう。
「髪は首元で縛って流してるから思ってるより暑くはない。俺からすればダルメンのほうが暑く見えるぞ」
「そうかい? でもこの街は、一年中涼しそうだ」
「避暑地としても案外外から来る人多いかもな」
そんなことを考えながら、俺達は景色を眺めながら至極どうでもいい話をしていた。
言ってしまえば中身がなく明日の記憶に残らないような会話だ。けど、今はダルメンとそういう話が出来たというだけで十分な成果だろう。
「――良い時間だな。俺は屋敷に戻るけどダルメンはどうする?」
結局本題を切り出してこなかったので、諦めてこっちから話題を振る。
「夕飯はナヅキ君の料理をいただこう。その後に、少し時間をもらっていもいいかな?」
「わかった、何の話かわからないがあけとこう」
先延ばしってことは、よほど大事な要件なのか? なんて思いながら屋敷へ戻る途中、食材の詰まった袋を抱えたナヅキの背中を見つけた。
奇遇だな、と思いながら俺はその背中に声をかける。
「よっ、買い出しの帰りか」
「あ、ネムレスさん。用事はもう終わったんですか?」
「ああ、ダルメンともちょっと話してきた。ついでにそれ持ってやろうか?」
「んー……うん、そう言ってくれるなら断るのも悪いし、お願いします」
「ほいほい」
ナヅキの歩幅に合わせながら、渡された袋を受け取る。昼食か夕食の材料どちらかはわからないが、胃の中に入るなら大事にしないとな。
ちらりと中身に目を向ければ、野菜が多く目立つが魚の姿も見える。昨日作ってくれた揚げた豚肉が美味かったのでそれを期待していたが、毎日そればかりというわけにはいかないのだろう。
そんな風に中身を物色している俺の横で、ナヅキが指を口元に当てて俺を見上げていた。何かおかしなこと言ったかと考えていると、かすかなつぶやきがナヅキの唇から漏れる。
「こういうの、私が女だからしてくれるんですか?」
「何が?」
「袋を持ってあげるーって。おじいちゃんもおばあちゃんと買い物した時に同じことしてたし、男の人ってそういう生き物なんでしょうか」
別に普通だろ、と思うがナヅキはそういう返事を期待しているわけではなさそうだ。ここは少し理由づけて言っておこう。
「んー、そうだなあ。まあ、一言では説明できないけど、やっぱり男だから、ってのが一番かもな」
「下心とかあったりするんです?」
「うっせ、調子のんな。でもまあ、これが夕飯になるって言うからそのお礼代わりとも言えるな」
そこまで言った後、急に会話が途切れる。不自然に空いた間を埋めようと会話を続けようとすると、ナヅキが先にそれをした。
「やっぱり、おばあちゃんの言った通り」
「ナヅキのお婆さんは何か言ったのか?」
「男ってのはいつでも子供で言い訳しながら自分をよく見せるから、それを理解して察してやるのも良い女だよって。人によりけりではあるけど、大半はそうだって」
「そりゃあいいお婆さんだ。若い頃はさぞかしモテたんだろうな」
空気の読める女性は貴重だからな。
基本的に男は我が強いので、わきまえている女性というのは魅力的に映る。エインもその分類に入るだろう。
ナヅキやアーリィを見れば未来は我の強い少女も多そうではあるが。
サウザナ? あれは別枠。
「かもしれません。でもおばあちゃん一途だからおじいちゃん一筋なんです。おじいちゃんにも言えるけど」
「相思相愛ってことか」
「本当、私も憧れます」
「候補が傍にいるぞ?」
「うっせ、調子のんな」
指を立てて自分を指すが、一拍の間を置いて軽やかに流される。
断られるつもりで言ったので当然だが、冗談を交えるやりとりに笑いつつ気持ちが軽くなる。会話が軽妙に進むというのは良い気分だ。さっきのように、いずれ敬語を抜いて接してくれれば嬉しい。
そうやって個人的に楽しみながら帰宅し、台所へ行くナヅキと別れて自室へと戻った所でまどろみを残す声が響く。
『ふあああ……』
「ん、起きたか」
思案する俺の傍に立てかけたサウザナを引き抜く。昼ごろから眠っていたサウザナであったが、早い昼寝から目覚めたようだ。せっかくだし、夕飯まではこいつと何か話しているとしようか。
「おはよう、サウザナ」
『もうお昼過ぎみたいだけど、おはよ。んーよく寝た』
「識世ってのは、外見以外はほとんど人間みたいなものなんだな」
『そりゃねえ。ネムレスと過ごしたり、抜剣《ブレイド》を身につけるに当たって人の中で過ごすことが多いから自然とそういうサイクルになったものだし』
「抜剣(ブレイド)って言えば、お前は誰に手伝ってもらったんだ? 生きてるなら挨拶したいけど」
『はぁー? 私がネムレス以外に使われることなんてそうそうないですぅー。ネムレスが使えっていうならあとでたっぷりお返しを求める代わりに渋々々々やるけど』
「悪い悪い。じゃあ喋って勝手に動く剣として動いてたのか? よく退治されなかったな」
『そこは私の人柄ってやつよ』
「剣だろ」
『いいのいいの、抜剣はおまけなんだもの。一番欲しかったのは貴方を呼び出すための召喚のツギハギが欲しかっただけだし』
召喚、という言葉に俺はふと考える。
過去でも召喚術と呼ばれるツギハギを使う者は存在した。
でも使い手は限られた、というか一人しか知らなかったし、サウザナがこうも習得に苦労したというのなら未来でも難易度は高いままなのだろう。
同時に、そいつはもういないんだなと察する。生きていれば、サウザナは真っ先に教えを請うだろうから。
でも、俺も覚えることが出来たらひょっとして……
『言っとくけど、狙って何かを呼びだそうと考えているなら無理だと思ったほうがいいわ』
内心を射抜かれ、息を止める。
『私がネムレスを呼び出せたのは、それこそ悔しすぎるけどあいつあってこそなのよ。本当、借りるのすら億劫だったけど』
「あいつ……?」
『神剣って呼ばれてた奴』
サウザナの不満そうな声に、思わず心臓が跳ねる。それは、今まさに俺が考えていたことを指摘されたからだ。
内心をおくびにも出さず、努めて平静そのものを装いながらサウザナに尋ねる。
「ん、ちょっと待て。あの剣の力を借りるって、あいつ傍に居るのか?」
『違う違う、
「あ、ああ。る……ゲイズに突き刺したような、気はした。手元にないのはそういうことだろうからな。それに、俺は気づいたらサウザナに呼び出された所だったからな……」
『なら、今も境界領域に漂ってるのかもね』
「………………」
だったら、なんとしても召喚のツギハギは覚えるべきだろう。それは、サウザナにとって絶対に必要なことだと思うから。
だが、そんな俺の決意はほかならぬサウザナによって挫かれる。
『でも、突き刺したまま境界領域に居るなら下手に探すのも厄介かもね。遺骸ごと呼んでしまうかもしれないし、下手をすればあいつが抑えてるだけでまだゲイズは生きてるかもしれない』
「―――――そう、か」
瞳月の明かりが、世界に満ちていく夕闇の空を見下ろす。
瞳のような形をした、太陽の光を受けて輝く瞳月と呼ばれる夜を照らす存在。そこから一滴の雫のように垂れてきた何かが形を成した怪物、今はゲイズと呼ばれるもの。
何の前触れもなく現れたそいつに世界は混乱に陥った。紆余曲折を経て退治へ赴き、今こうしてゲイズの脅威にさらされていない世界を見ればきっと討伐は成功した、と思う。
けどサウザナの言葉が真実なら、あいつは今も境界領域で俺と同じように漂っているのではないか? という疑問が浮かぶ。
『ま、あいつを刺したなら問題ないんじゃないの? スペックだけは認めたくないけど三界一だろうし』
本当に悔しそうな声音を滲ませるサウザナの感情は、俺をやるせない気持ちにさせるのは十分だった。
何故なら俺は、ゲイズ討伐の折にサウザナを置いて神剣を手に取ったのだから。今まで俺の剣として共に居たサウザナからすれば、連れて行って欲しかったに違いない。
けれどその願いは叶わない。
共に行くことを願ったサウザナを、神剣が砕いたからだ。
より正確に言えば神剣の力をサウザナに与えて強くしようとした結果、負担に耐え切れず自壊したというのが真実だ。
彼女からすれば、一合の打ち合わせすらなく敗北したに等しい。そうして折れた彼女を置いて、俺はゲイズの討伐に向かったのだ。
――サウザナを強くしようとした結果、彼女を壊しかけた罪悪感から逃げるように。
『今でこそ整理はついてるけど、当時は悔しかったし嫉妬もしたし、他ならぬ自分を恨んだけどさー。振り返ってみれば当たり前だなって思ったわけよ。私の剣としての性能なんてたかが知れてて、抜剣だってあいつの力あってこそだもん。あ、でも習ったのは基礎だけで発展は私だからね? 勘違いしないように』
「ああ、わかってる。サウザナは強い」
『強くなった、でね』
そこから俺達の会話が途切れる。互いに何を思っているのかはある程度把握出来るが、詳細に読み取れないので迂闊なことが言えなかった。神剣の話題は俺がサウザナを引き離した心の弱さを浮き彫りにさせてしまうから。
彼女は五百年の時をかけてその問題を克服し、俺と再会するべく生きてきたというのに。担い手である俺がサウザナを信頼出来て居なかったのだからお笑い種だ。
それでも、漏れてしまう胸中は吐露されて言葉へと乗せられる。
「俺達には国がある。だから戻って来るまでに運営が出来る奴も必要だ」
『……それで、私は国に残った』
「そうして、俺はお前を置いてった」
『だから私はしばらく国の運営に関わった。護国の鋼、王剣と讃えられてたけど貴方達を直接知る人が少なくなるにつれて、国を任せられないって意見も多かった。国のトップが鉄の塊ってのが、受け入れられなかったんだろうね。当時は識世も道具としての扱いが大半だったもの』
「お前には、そういう苦しみを味あわせちゃったんだよな…………ごめん」
『でも、ネムレスはあの時ゲイズの討伐なんておまけで、あいつらの戻る場所を守らなきゃって』
「あの時は生きて戻る気もあったし、早く帰ってお前を安心させたいって気持ちもあった。でも、そんな耳障りの良い言葉でお前と離れたのは変わらないよ」
結果としてサウザナを五百年も置き去りにしたのだ。その事実は変えられないし、目を背けてはいけない。
『はー、気にしすぎだってば。本人が良いって言ってるのに、それ以上何か言うのは逆に怒るよ?』
「まだ目覚めて一週間経ってないんだ、心の整理つける時間には早いよ」
『んー、そだなー。なら、今後は私を離さないこと! 昨日とかみたいに一時的に離れるのは良いとして、一日も欠かさず私を帯びててね』
「そんな当たり前のことでかー?」
『そんなのでいいんですー。感情を得たと言っても根本は剣だもの、それが一番』
「ずっと私だけ使って、とは言わないんだな」
『ネムレスだって切れ味を足したタンクルブレードとかよく使うでしょ? そこに目くじら立てているみたいでなんか嫌なのよね、その言い方。それに昨日みたいに別行動する時だってあるもの、それくらいで僻んでりしませんよー』
本当に心の余裕が違うな。
大人になるって奴なのか……いや、五百年も過ぎればそりゃ良くも悪くも変化は起きるか。サウザナは良い成長をしてくれたからいいが、これで恨み辛みで生き続けていたら恐ろしいものである。
まあどんなのになってもサウザナなら受け入れるけど。
『そうだ、ダルメンやアーリィはともかく、ナヅキの面倒見るのはなんか理由あるの?』
「あー?」
急な話題転換だが、一区切りもついていたので俺はそれに付き合うことにする。
『ダルメンは豊富なタンクルだけでも他と一線を画しているし、アーリィはあの年で有能な紋具職人。二人と縁を繋ぐのはわかるけど、ナヅキは何かあるの? 言っちゃああれだけど、若くて才能のある子って意味ならミュンって子のほうが上だったじゃない』
「ナヅキの剣技は参考になるからな。純粋な剣の技量なら上だったろ」
『そうだけど、戦いになればそれだけじゃ』
「根本は剣なんだろ? だったら、剣の腕が上がればその分お前を上手く扱える。ナヅキとの特訓はそれを向上させる良い機会なんだよ。そうじゃなくても、仲良くならない理由はないんじゃないか?」
『んー、そういう嬉しいことなら何も言えないわね』
実際あいつの技術をサウザナで活かせばこいつもきっと喜ぶだろう。
戦闘という点で遅れを取る気は毛頭ないが、剣術という面で見れば俺より上に位置していることに違いはない。
離れた時間を埋めるように会話を続けていると、夕焼けの光が目に映る。もう夕飯時のようだ。
ダルメンは来ると言っていたし、アーリィを呼びにでも行くか。