皆が寝静まった夜、俺は家の外に身を隠していた。これから来るであろう来客の様子を伺うためだ。
『ネムレスー、起きてるー? おねむれすになったりしてないー?』
「なんだそれは。一徹くらい余裕だっての」
『牢屋の会話、中継したほうがいい?』
「出来るのか?」
『拾うだけなら。こっちからリアクションしない限り問題ないわ』
「じゃあ頼む」
未だ地下の甲冑騎士の剣になり変わったサウザナを中継点として、俺は三角巾娘達の会話を逃さぬよう耳をすます。
「ミュン、まだ封印は解けないのか?」
「……これほどのものとなると、やはり剣の一族の遺産を用いた可能性は高い。紋具だとしてもこれほどのものならベルソーアにまで使う理由がないし、何らかの素材から得たツギハギ、という可能性が高いと思う」
「僕達はその実験相手かよ」
三角巾娘、名前はミュンと言うらしい。するとベルソーアと呼ばれたのはうろたえ少年のほうか。
「一体どうやってあの洞窟の部屋にたどり着いたのよ。あのアーリィという子が、私達の予想以上の……」
「いや、どっちかと言えばあのネムレスとかっていう奴のほうが可能性高い。僕は気絶していたから知らないけど、かなりのアバターだったんだろう?」
「…………ええ。悔しいけど、すごく余力を残していた。あれは他の二人の援護に徹していただけで、一対一だったとしても勝てるイメージが湧かない。こう、なんというか底は浅いように見えるのに、覗いたら奈落に通じる穴だったというか……」
「あいつ自身、剣の一族って可能性はありそうだな。だって、今回始めて見た奴だし。あの子供が連れてきた途端に進展があったんだ。僕達の話もすっとぼけて聞いていた可能性は高い」
「そうでなくても、あの隠し部屋をすぐに暴けるほどの何かを持っている。正直敵に回したくはない」
押し黙るミュン。
何やら勘違いされてるようだが、剣の一族どころか創始者であるサウザナが居るのであながち間違いではないのが困ったところだ。
しかしベルソーア少年はうるさい子供というイメージしかなかったのだが、あの中で拾える情報から取捨選択して答えを出せる能力は優れている。ミュンと共に居るだけの何かは持っているということか。
「何より、この封印の厄介なところはタンクルを使おうとするたびに強制的に拡散するところ。どこか別の場所へ吸い上げられている気さえする」
「なんだよそれ、まるでリアクターみたいな……」
「そう。これは、ある意味簡易リアクターなのかもしれない」
そういえばリアクターっておおまかには聞いたけど、詳しい説明受けてないな。
「サウザナ、リアクターってなんなんだ?」
(そだね、そろそろ具体的に言っとこうか。リアクターっていうのは、ツギハギを安全に使うための装置。アリュフーレラインが張り巡らされてからは、この世界では迂闊に大きなツギハギが使えなくなったのよ)
「なんだそりゃ?」
(アリュフーレラインは世界融合以降に張られた、世界と世界の間に張られた壁とも言える存在よ。その境界線の向こうに、融合された呪紋世界が存在するの。世界の裏側ってやつね。んで、ツギハギの使用はその壁を刺激する行為。あまり使い過ぎると普段は塞がれてる壁が崩れて、アリュフーレラインの向こう側から一気に世界の一部が流れ込んでくるってわけ)
正確には今立ってるのが現実世界、その間に俺が居たという境界領域、そして呪紋世界と三つに分けられているらしい。
(おっぱいで説明すると、赤ん坊がこの世界。母乳がタンクル。母親が呪紋世界でね。赤ん坊が生きてくために母乳を飲む事は必要だけど、吸い過ぎても受け入れきれず零しちゃうでしょう? その溢れた)
「突然そんな例えで説明されたくなかった」
(なんで? おっぱい好きでしょ?)
「嫌いな奴いるの? でもそれだけじゃ、って違う。真面目な時にそんな会話されても萎えるから。そんな気分じゃないから。それ以前に生命の神秘に下世話な考えを浮かべちゃいけません」
(じゃあもう少し真面目にね)
最初からそうしてくれ。
(世界融合を果たしたと言っても、この世界には異世界を受け入れるだけの余裕はなかった。けど、奇跡的とも言えるバランスで崩壊を免れて世界は均衡を保っている。でもそれが崩れると――世界の一部が流れ込むと、スピリット・カウンターと呼ばれる現象が起きるわ)
「そいつはどういう被害があるんだ?」
(世界融合以降、呪紋世界はほとんどこっちに吸収されて肉体を分解された魂達が漂っているだけの墓場と言い換えていい。でも、過度なツギハギの行使によってこちらの世界と繋がって溢れたそれらは、世界から零れた者達――カケラオチとして、理性のない化物としてただひたすらに世界を蹂躙する。その現象が、スピリット・カウンターと呼ばれているわ)
〈死者の反撃《スピリット・カウンター》〉ってか。
昔も今も、化物に悩まされるのは変わっていないようだ。
(『それが穏やかな眠りを妨げられた怒りなのか、はたまた肉体を求めて彷徨う死者の妄執、生者へと嫉妬なのかはわからない。でも、スピリット・カウンターによって生まれたカケラオチは、己の生命力が尽きるまで世界を破壊する』
「そう考えるとこええなこの世界」
(ここで話が戻って、それをさせないための装置がリアクターってわけ。リアクターはタンクルによる世界の刺激を調律し、緩やかに拡散する効果を持っててね。たとえ大規模なタンクルが発生させたとしても、それをアリュフーレラインへ送って世界中に拡散する)
「あくまで負荷がかかると穴が空いてしまうから、可能な限り負荷を少なくしたのか」
(そうすることで人々は、安全にツギハギや紋具を取り入れた生活を送れるようになったってわけ)
「使わなきゃいいのに」
(ネムレスだってお風呂堪能してたじゃない。それに、なんだかんだ言ってツギハギってのは便利なものなのよ。デメリットを極力抑えて使用したいってのはごく自然に湧き出る意見だわ。それに、リアクターが開発されたおかげで、世界から大規模な戦争もなくなったしね)
「そうか、戦争なんてのはツギハギの大盤振る舞いだもんな」
(歴史にして四百年前、世界融合以降始めて行われた戦争があってね。当然というかなんというか、両国ともにツギハギをふんだんに使用した結果、スピリット・カウンターが発生。お互い国を半分割る大惨事と化したわ)
国の半分以上って、そりゃあ戦争に負けるよかやばいな……
(もちろん人間は馬鹿だから、リアクターが開発されてからも戦争を起こした事はある。スピリット・カウンターが発生するほどの規模はまだないけどね)
「アーリィが言ってた、飛空戦艦隊ってのは?」
(ああ。あれが今のところ歴史上最後の戦争ね。と言ってもあれは――ネムレス、来た)
サウザナに言われ、俺もまたツギハギ――〈理に潜む理〉を使い、その身を隠す。
ミュンが俺にかけた時から構成を探ったのだ。覚えたてのツギハギを使うのに躊躇はあるが、サウザナが補佐をしてくれるので問題なく使う。
そのおかげか、俺の〈理に潜む理〉は自分以外のタンクルの持ち主、つまり侵入者に気付かれることなく我が身を隠した。
〈理に潜む理〉同士でも相手を感知することは出来ない。となると、侵入者達は何らかの方法でお互いを知る方法を持っていると考えたほうがいい。
そも、あちらのほうが原点なのだから覚えたての俺より使い方の幅が拾いのは当然か。
(しかし、待ちぼうけにならずにすんで良かった。来なければ来ないでツギハギの修行してたけど)
早ければ当日と言っていたが本当に即日とは。
侵入者達はまっすぐ地下へ向かっていく。迷いのない動きは、監視する上でアーリィ不在の間に屋敷を調べていたのだと推測する。
まず生死を確認してからあわよくば遺産を狙うと言ったところか。だが年端もいかない少女達の寝室に踏み込む輩であれば容赦なくサウザナで鉄槌を下す。
そうじゃなくても下すのだが。
(サウザナ)
(はーい)
合図と同時に、侵入者達が
先頭の奴は突然の襲撃に〈理に潜む理〉を解除して異常を呼びかけようと思ったが、屋敷に入った時点ですでに詰んでいた。
サウザナが言うには、今使っているツギハギも〈理に潜む理〉の応用だそうだが……正直〈理に潜む理〉を使いこなしていないからか、サウザナの技量が高すぎるのか何らかのツギハギを使われているということしかわからない。
そもそも〈理に潜む理〉は姿とタンクルを消すツギハギだと思っていたのだが、サウザナが嘘をつくとも思えないし俺が思っている効果は副産物という可能性もありそうだ。
姿とタンクルを消すのが副産物って本来の効果はどんなツギハギだよ……
これでもツギハギを見抜く目には自信があったが、サウザナの前ではそんなものないにも等しいようだ。悔しい。
(思ったより抵抗ないわね)
いや、思い切り抵抗してたぞ? 蟻が海に落とされたと言わんばかりの差があるだけで、俺から見てもミュン程ではないがツギハギの制御に長けた連中だ。
同じことを俺がされたら、ツギハギを使われるまで自分が沈んでいることに気づけなかっただろう。
ますます差が広がってる。悲しい。
「俺、居る意味あったか?」
(まあまあいいじゃない。尋問もこっちでやっておくから、ネムレスはもう休んでていいわよ。遠慮する理由もないから、ちゃーんと絞っておくわ)
サウザナに声をかけたのも、俺が今から行くぜ、よろしく頼むぜ、みたいなニュアンスだ。だが真意は届かず彼女一人でなんとかしてしまった。
愛剣が頼もしすぎて俺いらない。
「……もうちょっと特訓してる」
(そお? もう夜遅いし、明日に響かない程度にしときなさいよ?)
まるで母親のような台詞と共に、サウザナの通信が切れる。
おんぶに抱っこというわけにもいかない。あいつを使うのに相応しいよう、せめてゲイズと戦った時の力くらいは取り戻しておかないと。
ひとまずサウザナに頼らなくても安定して〈理に潜む理〉を使いこなせるように、改めて姿とタンクルを消した俺の背後に、急に気配が生まれた。
右手にタンクルブレードを展開しながら振り向きざまに背面斬り。当たらない。
左手から〈ツィンケル〉で周囲に風を吹かすが、もう標的に足を掴まれていた。
〈理に潜む理〉を展開する前に気配は察知できなかった。でもこいつは使ってからも正確に俺の位置を把握している……地面か!
引きずり込まれると理解し〈理に潜む理〉を解除、全身を媒介に俺に干渉するタンクルに介入。〈共有〉の〈素材〉で無理やり割り込み、共に地中の中へと埋もれていく。
足から〈威力〉よりも確実性を重視して〈追尾〉を込めたタンクル弾を放つ。襲撃者は咄嗟に避けたようだが、〈追尾〉による攻撃で敵の位置は把握出来た。
土の海に光はない。
即座に〈マッピング〉で周囲を検索すると、襲撃者はすでに俺に殺到していた。即座に〈土操作〉〈適応〉〈距離〉〈光量〉で体を覆い、地面の中でも動けるように体を馴染ませる。具体的に、俺の動きに合わせて周辺の土を操作して動きを阻害させないツギハギだ。
ある方角に右手を横に振りながら、タンクルブレードを投擲する。土の中にも関わらず、襲撃者は最小限の動きでそれを避けた。
さらにもう一本。距離が近かったからか、威力を察したのか襲撃者は振るった右手でブレードごと俺を両断せんと振り下ろす。
だが二度目のタンクルブレードの後、俺は〈雷道〉で加速していた。作る道は襲撃者の腕。わざわざ動きを指定してくれてるなら、合わせて相殺してやればいい。
思い浮かべるのはナヅキの剣閃。
〈雷道〉による加速が生んだ攻撃力を思い描きながら、俺は襲撃者に合わせるように右手を振るい――瞬時にその手に握られていたサウザナと相手の右手がぶつかり合う。
ガキン、と重々しい音が耳をつく。見れば、襲撃者のへし折れた腕があらぬ方角へと曲がっていた。
「抜剣!」
サウザナの折れた刀身を補うように、タンクルの刃が展開する。
ウインズノアや洞窟で見せたラシンのような強力なものでなく、サウザナを俺のタンクルで補った簡易なもの。
けれど使い慣れた長さとなったそれを、右手が折れてもなお迫る襲撃者の胸元へ押し込む。
鮮血が土の中に染み込む。赤い飛沫が舞ったのは俺の首元だった。
体の鈍りを嘆きつつ即座に〈治癒〉を首に打ち込んで止血しながら、心臓を貫いているサウザナを襲撃者のから引き抜いた。
それでも相手は止まらない。
右手が折れ、心臓を失っても動く存在に顔を訝しめた。
(こいつ、まさか――)
閃きと同時に〈ストレッド〉で相手を拘束。襲撃者はものともせずに引き千切ろうとするが、その一瞬の意識の分散で十分。
〈ストレッド〉が無効化された時には、俺の右手は穿たれた胸元へ侵入していた。
「〈プログラムギアス〉」
それが終わりの合図。
ツギハギが襲撃者に〈付与〉されると、糸の切れた人形のように相手の体が崩れ落ちる。
それなりの構成だったが、特に問題なく支配出来た。
戦闘が終わり、ひとまず地上へ戻る。敵対者は目の前の奴しかないようで、特に妨害されることなく瞳月の光の下へと上がることが出来た。
『ネムレス、首は大丈夫?』
「ああ。サウザナもありがとな、手を出さないでくれて」
『体は出したけどね』
「剣として専念してるだけさ」
にひひ、と嬉しそうに笑うサウザナ。
こちらも嬉しくなってくる、気持ちのよい声だった。
戦闘の途中で右手を振ったのは、すでに介入しようとしていたサウザナに待ての合図だった。頼る前に、自分一人でもやれるというのをこいつに見せてあげたかったからだ。
妥協としてただの剣としてのサウザナは使ったが、それは問題ない。
『念のため~』
サウザナのツギハギで止血した首の傷跡が消えるのを実感しながら、俺は襲撃者――ツギハギ人形を見やる。
使用者のツギハギによる遠隔操作式の人形。このタイプは昔よく見た。
全身を黒衣で覆っているが、剥いで見ると金属製の装甲で覆われている。このタイプはあまり見ない。
『鉄海と合わせたタイプねえ。起動紋は……消失してる。むむ、相手も中々ね』
「ああ。制御が自分の手を離れた瞬間に痕跡が消えた。やり手だよ」
少なくとも直に触れた時に得た情報は微々たるもの。相手を特定するのも難しい。
威力偵察なのか、兵を送ってから本命を後から投入とはやりおる。
『どうする? 〈復元〉してお返しに使う?』
「アーリィに渡すのも面白そうだけど、今はいいや。サウザナが処理してくれ」
『おうぇい』
謎の返事になんとも言えず、代わりにサウザナを鞘に収める。そのまま離れる気がないのはさらなる襲撃を警戒してか。
心配性だなあと思いながらも、俺は当初の予定通りツギハギの訓練を続けるのだった。