マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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12.ナヅキとの特訓~ダルメンを添えて~

「おや、どうかしたのかね?」 

「いや、ダルメンって捜し物してるんだろ? そっちに目を向けなくていいのかって」

「ヒントになりそうなものがあってね。あては出来たから、心配せずとも大丈夫さ。その心配りに感謝を」

「ならダルメンも来いよ。俺が渡した〈素材〉の検証も出来るだろ」

「ダルメンさん! 私の代わりにぶっとばして! でも色々とやらしいから気をつけて!」

「好き放題言うな、こんにゃろ」

「うひゃあ」

 

 拘束したナヅキを抱えるようにして肩に担ぐ。両手は無理だが、腰に手を当て落とさぬようしっかり抱える。

 背筋によって脱出を試みるナヅキだが、〈ストレッド〉の糸で俺ごと縛ってしまえば反り返るのは無理だ。

 それでもじたばたと暴れるナヅキをよそに、俺はダルメンへ向き直る。

 

「ほら、ご自慢のツギハギ使ってみろよ。下手すると、ナヅキに当たっちゃうけどな!」

「な、このやろー! 私をどうする気ですかー!」

「ナヅキはナヅキで、今でも抜け出す手段はあるよ。事前に渡したキラビヤカを使うんだ」

 

 くつくつと笑っているのかゆらゆらと樽を揺らすダルメンをよそに、俺はナヅキの腰に付けられたキラビヤカの柄を叩く。

 武器に頼らないとは言ったが、使いこなさなくていい、とは違う。

 頼るべき時に使えるよう訓練する必要もある。その上で使い分けをすればいいのだ。

 ナヅキが求めるのは地力の底上げであるが、昨日のようにそれでは済まない相手だって世界には居る。その相手に打ち勝つないし逃げ延びるために、選択肢は多いほうがいい。

 そしてキラビヤカさえあれば例え相手がどんなツギハギを使ってきても対処は可能、と言って渡したのだが、まだナヅキはその真価を理解していない。

 だから今は、基本の使い方を教えることを優先する。

 

「て、手足縛られてるんですけど?」

「キラビヤカは使い手の意志でどんな形にも変わる側面がある。〈雷道〉を使うのとそんな変わらないよ。ツギハギと同じだ、そのことを念頭に置いて考えてみな。もしくはもっとシンプルに、だ」

 

 すぐ教えても考える力は身につかないので、ヒントを与えて答えを促す。

 そんな風にナヅキへ指導しながら、俺は未だにこちらへ来ないダルメンへタンクル弾を射つ。

 流石に攻撃には反応したのか、一瞬で昨日も見たアクターである樽を模したタンクルの壁が展開する。

 そして三角巾娘のツギハギを尽く防ぎきった防御力を前に、俺のタンクル弾は壁に当たった小石のように弾かれた。

 

「することないなら、特訓に付き合ってくれないか?」

「随分と乱暴なお誘いだ」

「防ぐって確信してたしな」

「どうやらサウザナ様の持ち主は、わりと自由のようだ」

 

 表情はおろか顔の造形すらわからない謎の人物であるダルメンだが、その感情はナヅキのようにわかりやすい。

 加えて初見は不審人物であるのは間違いないが、慣れてしまえばそうは思わない不思議な雰囲気が彼にはあった。

 

「嫌なら俺に止める権利はない。けど、個人的にはダルメンにも参加して欲しいな。ダルメンにとってもナヅキにとっても、何より俺のためにも」

 

 過去から召喚された経緯で何故か肉体が若返り、それによって鍛えた力も劣化している。使える素材やツギハギこそ変わりないのは幸いだが、それでも完全に力を取り戻すためには体とタンクルを鍛えるしかない。

 言ってはあれだがツギハギを使わない近接戦闘ではナヅキ、タンクル量のみならダルメンのほうに分があると俺は判断している。

 だからナヅキの剣もダルメンの圧倒的タンクルも、今の状態で凌ぎ研鑽を積むのが現状では近道になる。

 

「だからダルメンも俺を利用しろよ。サウザナの好感度稼ぎたいなら、まず俺と仲良くしといて損はないぜ」

 

 とは言うが俺自身二人と仲良くしたいというのも本音だ。成長と友好、一石二鳥を求めるのは自然なことであり、当然の意見である。

 

「面倒なこと考えてますねえ。ダルメンさんダルメンさん、ネムレスさんってなんか色々余裕ぶってて実際余裕でムカつくでしょう? 私のことは気にせず、そのもやもやしたの思い切りぶつけちゃってください!」

「おい待て。何を言ってるんだお前」

「何って、一方的にやられるのって悔しいからなんとか出来そうな人になんとかしてもらおうとしてるだけですよ?」

「自分で反撃しようって考えは?」

「ありますけど、何一つやり返せないほうが悔しいです! 私も頑張りますけどね!」

「こいつ前向きたガールすぎる」

 

 それと噛み付きたガール。

 十代前半でその精神を持つナヅキに感心していると、爆発するように膨らむタンクルを感知。即座に横へ飛んだ。

 今しがた占めていた空間を、芳醇な酒の香りを匂わせ……ない、酒精の〈素材〉が抜かれたワイン砲が貫いていく。

 どうやら、タンクル砲に〈色彩〉を使って外見だけを似せているだけのようだ。無駄に凝ってるな。

 

「やる気になったようで何より。ってか俺よりナヅキの言葉に反応するってどうよ。それに、ワインは使わないのか」

「いたいけな少女の願いを聞き届けるのは大人の役目ではないかな? 酒は基本的に人に振る舞うものだ、訓練で使うなんてもったいないじゃないか」

「洞窟を酒浸しにしたのはもったなくないのか」

「敵対相手だし、ワインは自家製だから誰の懐も痛まないよ。それに、今日はナヅキ君が傍にいるしね。子供を無理に酔わせるなんて大人のすることではないだろう? だから、酒精耐性を〈付与〉させる手間はいらない」

「おさけのめますー」

「ちゃんとしたところで飲もうな。酔って動きまくると、女の子がしちゃいけない行動を強制させられるぞ」

「おじいちゃんとの特訓で色んなもの吐いてるし今更……」

「俺が見たくないの」

 

 特訓でそういうことなら俺も文句はない。

 けど、年頃の女の子が酒によって嘔吐というのは色々とよろしくないと思うのだ。

 人ぞれぞれだろうけど、未来ある若い子供が女を捨ててる光景など見たくない。

 

「それには同意しよう。女性には大小あれど夢を持っているのは男の共通だ」

「女性も女性で男に夢持ってないわけじゃないんですけど」

「〈貫く羽〉!」

「流れ無視!?」

 

 食い気味に叫ばれたダルメンのツギハギが地面を抉り、蹂躙せんと吹き荒れる。身動きの取れないナヅキは女の子がしてはいけない顔と声で叫んでいるが、自業自得だ。

 

「それじゃ、俺も遠慮なくやらせてもらおうか」

 

 唸る竜巻の数は四。前後左右、俺を囲うように回る竜巻は徐々に距離を詰めて近寄ってくる。昨日の倍で俺の四倍とかこのやろう使いこなしてくれて嬉しいぞ。

 制御がまだ甘いのか、地面を抉りながら進む風の刃は鉄の甲冑すらボロクズのように容易く引き裂くだろう。

 三角巾娘は〈貫く羽〉に使われたタンクルを吸収することで防いだ。でも俺はタンクル吸収なんて真似は出来ない。

 だから、こうする。

 

「〈プログラムギアス〉」

「それは先程見た!」

 

 あえて事前にツギハギの名前を言うことで行動を宣言する。

 前方の竜巻に近づき、それを支配する。昨日はダルメンが受け入れてくれたので何の問題もなく操作することが出来たが、本来相手のツギハギに干渉しようとすれば相応の抵抗を受ける。

 ダルメンのようにタンクル豊富な相手だと、その抵抗は流れる海の流れを変えようとするかのような難行だ。

 けどそれはあくまでダルメンが全力全開でツギハギを行使すればの話。

 訓練に加えてナヅキに当たるかもしれない、なんて配慮した紳士の構成は俺にとって何ら問題なく支配できる。

 前方の竜巻を右に寄せて、その方向へ作られた竜巻を巻き込み、さらにそれを背後から左の竜巻へ。まるでドミノ倒しのように竜巻同士が巻き込まれ、打ち消され合う光景にダルメンの樽が大きく揺れる。動揺しているようだ。

 続いて撃ち出すのはナヅキに使ったのと同じ分裂したタンクル弾。数にして二十はあるそれを全てダルメンへ放射する。

 だがダルメンは俺のタンクル弾など気に留めず、俺に向かって突っ込んでくる。

 樽で相手を拘束する、なんてバカらしいと感じるかもしれないが、狭い場所に一方的に拘束する武器と考えれば鎮圧用として優秀だと思う。

 タンクル弾の全てがダルメンに着弾するが、彼は微塵も揺るがない。俺のタンクル弾は全てそのアクターの防御を突破することが叶わず、弾かれているのだ。

 

「知ってはいたけどやっぱ硬いな」

「そんな弾では、この身を傷つけ――んっ?」

 

 自信に満ちながら突進してきたダルメンの樽が跳ね上がる。それでも外れないのは、固定化されているせいか。

 痛みはないようだが、一瞬押されたことで足を止めるダルメンに俺はニヤニヤと笑みを向けた。

 

「傷つけ、なんだって?」

 

 返事はない。ただ、油断なく俺を見据えるダルメン。

 

「教えてやるよ、ほれ」

 

 見えないように工夫したツギハギを、ダルメンにもわかりやすいように可視化させ、そのツギハギを見せる。

 そこにはタンクル弾の軌跡を空に描く道が生まれていた。

 

「これは、先程ナヅキ君が使っていた……」

「〈雷道〉。ナヅキより狭めたこれにタンクル弾を乗せてダルメンへ飛ばしたんだよ」

 

 速さとは力でもある。

 〈射程〉〈空間〉〈加速〉の三つしか使っていない単純なものであるが、〈雷道〉と似た効果となる。オリジナルであるナヅキ……いや多分お爺ちゃんとやらのオリジナルには素材も違いさらにいくつか加えられ、こんなものと比較にならないスピードを生み出すだろう。

 けど、模擬戦ならこれで十分。

 分裂のほうは囮で、本命である〈雷道〉のタンクル弾は寸分違わずダルメンの頭へ命中した。欲を言えばその樽を吹き飛ばして仮面に隠された顔も見たかった気がするが、流石にそこまでは至らない。

 俺の目論見に気づいたのか、ダルメンの気配が静かに変わる。

 特訓、ではなく悪戯を仕掛けた俺への制裁、あるいは秘密を暴こうとする輩への怒りか。

 紡がれるのは、ダルメンのアクターとしてのツギハギだった。

 

「〈揺れる空籠(プレヴィス)〉」

 

 十字を切るような光の線が走る。それは一定の距離を進んだ後に止まり、時計回りとその反対に進路を変えて円を、呪紋による陣形である紋陣を描いた。

 紋陣が完成すると同時、何のツギハギも使っていないのに俺の体が空へ浮かぶ。ナヅキはわーわーからおーおーへと悲鳴を切り替えた。

 慌てて〈浮遊〉を用いようとするが、体が異様に鈍く押し潰すかのような重圧を感じる。

 重力を与えているのかとも思ったが、ナヅキが変わらず悲鳴を上げているので重さを変えているわけではないようだ。

 にも関わらずタンクルを行使しようとするたびに体が軋み、ツギハギの構成が崩れそうになっていく。つまり個々のタンクル自体を押し潰すような、精神的な攻撃か?

 

「どちらにしろ、特訓で使う規模じゃないよなこれ」

 

 思考している合間にも俺の体には付加がかかりつづける。ナヅキは軽度のようだが、それでも長時間受けては後遺症が残るかもしれない。

 下へ目を向ければ、アーリィの家やアンネの街を含んだ景色が見える。

まるで世界が切り取られたようなツギハギだ。

 そんな錯覚を覚えるほどに、目の前の光景はあまりにも場違いだった。

 

「俺としては細かな制御力を覚えてもらうためにナヅキを拘束したんだけど、もう意味ないなこれ」

 

 ナヅキに当てないために手加減くらいするだろう。そう思っていたのだが、他ならぬナヅキが手加減という枷を最初から取り外してしまった。

 ならこうなるのは必然だったのかもしれない。

 

「ね、ねえダルメンさん! 遠慮無くとは言ったけどリアクターのこと考えてるのよね!? ここでスピリット・カウンターなんて起こされたら私ら捕まっちゃいますよー!」

「いやー、大丈夫だろ。よくわからんが、本当にやばい事態になったらサウザナかアーリィがすっ飛んでくるよ」

「そ、そうですかぁ? サウザナさんが今何してるのかわかりませんが、アーリィって地震とか来ても無視して本に没頭するタイプのような。というか、随分余裕ですね?」

「もっとやばいの相手にしたことあるからな。そういうナヅキも、悲鳴は上げても怖さから来るものじゃなくて、感心みたいなものだろ?」

 

 そう。ナヅキがさっきから声を上げていてもまるで暴れる様子を見せない。

 つまりそれは、劇やら音楽やら本やら、何らかの感動に対する声なのだろうと当たりをつける。

 

「はい、これくらいなんとか出来そうな人知ってるから……」

「俺もそうだよ」

「でも同じことが出来るとは限らないです。ネムレスさんはなんとか出来るんですか?」

「出来るよ。というか、お前はまず自分の体をなんとかしなさい。このままだと、本当にただの荷物だぞ」

「うぐぐ」

「随分、余裕そうだね」

 

 ナヅキへの指導の傍ら、ダルメンのツギハギの圧力が増す。

 実際余裕だしな、と俺は挑発する。

 

「これだけじゃないんだろう? ナヅキが居るから抑えているんだろうけど、このツギハギはここから二転三転は変わるはずだ」

「…………」

「する気がないなら、破らせてもらうぞ?」

 

 俺の取った行動は簡単だ。

 ナヅキの腰からキラビヤカを取り、構えた。

 こいつの使い方はサウザナから教わっている。その性能通りなら、出来るはずだ。

 

「ついでにナヅキ、答え合わせだ!」

 

 キラビヤカはタンクルを元に自在に形を変える。基本的にそのタンクルは自分のものを流し込み、武器などに変えるわけだ。

 だが、そのタンクルを相手から持ってくればどうだ?

 理屈は三角巾娘が使ったツギハギと同じだ。

 吸収し、取り込む。

 そうすることで〈揺れる空籠〉の能力を持ったキラビヤカが生まれるわけだ。

 キラビヤカの筒口が開く。

 俺からタンクルは送らない。何故なら、周囲には俺が送るまでもなくタンクルに満ちあふれているからだ。

 俺がするのは、刃を構成するタンクルの確保を自分から周囲へ対象を切り替えただけ。キラビヤカは展開する刃の材料を補うするべく〈揺れる空籠〉からタンクルの吸収を開始する。

 

「吸われ……!」

 

 三角巾娘との経験を活かしているのか、ダルメンはキラビヤカの刃を作る構成に抵抗を始めた。良いぞ良いぞ。

 と思ったのもつかの間、その抵抗があまりに力技過ぎてツギハギの構成がごちゃごちゃに崩れていく。

 判りやすく言えば、俺達を浮かせて拘束するツギハギ空間に亀裂が走った。

 硝子の砕けるような音と共に、切り取られた世界が割れていく。

 普通、これほどの規模のツギハギを維持する構成なら多少の介入ではへこたれもしない。だが幸か不幸か、俺にはキラビヤカという十分な制御による介入手段があるわけで。

 結果、俺達を閉じ込める檻はその形を維持することが出来ず、崩壊する。 

 その瞬間を見計らい俺は中途半端に吸ったキラビヤカのタンクルブレードへ素材を送り、解放する。

〈威力〉〈減衰〉〈分離〉〈射程〉そして――〈起爆〉。

 筒口から分離した剣はバネ仕掛けのように切り離されてダルメンへ向かって飛んで行く。

 つまり、ダルメンから吸収したツギハギでダルメンのツギハギを壊し、その上で取り込んだツギハギをダルメンに返したのである。

 それは避けられることなくダルメンのアクターが展開した樽の壁に直撃した。

 

「っとぉ!」

 

 着弾による衝撃の余波を素直に受ける俺ではない。

 吸収したツギハギを切り離した瞬間、元に戻ったキラビヤカに触れてタンクルを送り、俺達を包み込むような球場の盾を貼る。

 元よりキラビヤカは形のない武器だ。だが武器を防御に使えない理屈はなく、加えてこいつはサウザナによれば世界に満ちるタンクルも利用できる。

 どれだけダルメンのタンクルが凄かろうが、世界に比べたら小さいものだ。相手の規模が悪いというか、比べるほうが馬鹿というか。

 とはいえ威力を半減されたはずなのだが、ダルメンのタンクルに応じて重圧を感じさせるだけとは思えない威力を秘めていた。

 具体的には、地形の一部が変わるほどの威力で周囲に穴が空いていた。

 

「〈起爆〉でこれとは恐ろしい。あーでも、これはアーリィに怒られるかな」

 

 キラビヤカの盾を解除しながら、俺は地形を穿つ大穴を見る。

 〈起爆〉とはタンクルを爆発させるための素材の一つだが、より高い威力として放つ素材も俺は持ち合わせている。ただ、それを使うと大穴どころか周囲一体は吹き飛ばす規模になってしまう。

 よって控えめのつもりで使ったのだが、元のタンクルが大きすぎるためか迂闊に利用できそうにないな。

 もくもくと上がる煙の下、底が見えないというほどではないが、ちょっとした家屋程度ならすっぽりと入るくらいに空いている。後でツギハギ使って直せるかな……

 

「ん……ネムレスさん、貴方……」

 

 あ、やべ、気付かれたか。

 キラビヤカをナヅキの腰に戻し、咄嗟に全身へ薄いタンクルの膜を貼る。ごまかせるかな?

 

「おーいダルメン、無事だろ? ちょっと――」

 

 言葉が途切れる。いや、強制的に中断される。

 未だ昇る煙の中、アクターをまとうダルメンが拳を構えて突っ込んできたのだ。樽じゃないところを見ると、結構お冠なのかもしれない。

 俺は木剣で受けるのは不可能と判断し、得物を投げ捨てながら〈耐久〉〈変化〉によって生み出したタンクルブレードを三本生成する。

 人差し指と中指の間に一本。中指と薬指の間に一つ。そして薬指と小指の間の計三本。三本爪のように展開したそれでダルメンの拳を受ける。

 重い。タンクルを使わない一撃でも十分な威力。

 さらにタンクルブレードに亀裂が走る。銃槍自体が紋具なのか、アクターの効果なのか。どっちにしろ受けに回るのはまずい。

 即座にタンクルを送って亀裂を修復。さらに〈雷道〉で距離を離し、後退に使った〈雷道〉を方向転換。ダルメンへ向けての加速空間となったそこへ〈射程〉を付け足したタンクルブレードを放る。

 さっきは足を止める成果を出した、命名〈雷道弾《らいどうだん》〉であったが、ダルメンは揺らぐことなく己のタンクルにものを言わせて弾いた。

 さらに一本立てた指をこちらに向ける。俺は咄嗟に首を横に倒した。

 深緑光のタンクルをまとう光線が通りすぎ、その熱量の余波が体を撫でる。そのせいで少し体勢を崩すが、問題なく立て直す。

 だが、追撃がないのが不思議だった。

 

「ダルメン、タンクル制御のためなんだからタンクルバンバン使っていいんだぞ?」

「使った先から無効化するか壊しまくる君には、あまり効果がないだろうに」

「だってそうしないと痛いし」

 

 飛ばしたタンクルブレードを補充して三本に戻し、ダルメンに反論する。訓練と言っても一方的に俺がなぶられるわけじゃないからな?

 

「ナヅキー、お前のせいだぞー。鬱憤を力に変えろなんて言うから、ダルメンが派手なのしか使わん」

「それ防いだ人の言う台詞ですか?」

「防がなかったらナヅキも巻き込まれてたぞ?」

「そこはお礼を言おうと思ったけど、私をふんじばってるのはネムレスさんだからお礼言っていいのかな……」

 

 そこで悩む辺り良い子である。

 

「ならしょうがない。その樽、暴れん坊になってもらうぞ」

 

 〈雷道〉で瞬時に近寄り、タンクルブレードを振り下ろす。

 それは野生の獣のような反応を見せたダルメンに受けられるが、本命は違う。タンクルブレードの一つに〈付与〉〈支配〉〈振動〉を混ぜ、〈プログラムギアス〉を行使。

 すると、顔を隠す樽がダルメンから離れるように暴れだす。当然ダルメンはそれを止めるために両手で頭を抑え、盛大な隙をさらす。

 でも俺は攻撃しない。何故なら、そいつを抑えこむことこそダルメンにしてもらいたい事なのだから。……頭以外に腰も抑えてるけど、ベルトも効果範囲内だったか? だったら悪いことしたな。

 

「そいつを意図的に抑えてみろよー。多少なりとも制御の特訓になる」

「ぬぅ、なんと性根の悪い……!」

 

 さて、後はナヅキのほうだが……

 

「あの、さっきのどういうことですか?」

「わからなかったのか? 俺がお前を縛ってる〈ストレッド〉を燃料にすれば、ツギハギが解除される上にキラビヤカの刃を作る燃料に」

「それはわかるります。私が聞いてるのは、ダルメンさんのことです」

「ダルメンの?」

「暴れる樽を抑えるのが、どうしてタンクルの制御に繋がるんですか?」

「ああ。あれにはナヅキの木刀を奪ったツギハギを仕込んだんだよ。んで、その支配を解くにはツギハギの細かな構成を編む制御力が必要になる。そこから〈プログラムギアス〉を構成する素材を抜き取っていけば、自然とあれは自壊する。素材を抜き取れるくらい制御力に長ければ、無意識にタンクルを垂れ流すことはないだろ」

「え、ツギハギを壊すのってネムレスさんのオリジナルなんじゃ?」

「違うよ、突き詰めれば誰でも出来ることさ」

 

 ナヅキは誤解しているようだが、ツギハギの構成を崩して壊す、という手段は誰でも出来る。ツギハギを作るのなら、壊すのだって出来るのだから。

 ただ、それを自分ではなく他者のツギハギで行うというのが面倒なところであり、技量の見せ所でもある。

 ダルメンのように強引な力任せで壊す方法が一番手っ取り早いが、今回その対象は己の顔を隠す樽。だから壊すわけには行かず、少しずつその構成を崩して大人しくさせる必要があるのだ。

 そう説明してやると、ナヅキが新たな疑問を発する。

 

「なんで最初からそうしてあげなかったんですか? こんな大規模なツギハギ使われることもなかったし」

「ナヅキと一緒だよ。特訓の一環」

「ネムレスさんも強くなりたいの?」

「サウザナを満足に使ってやりたいからな」

 

 思い出すのは、洞窟で〈幻獣〉を一刀の元に切り伏せた力。

 五百年という時を経て、サウザナは識世としての自分を高め、ツギハギを覚え抜剣という名の換装でさらなる剣の高みに至った。

 武器がそこまで尽くしてくれるなら、応えてやりたいと思うのは担い手として当然のことだ。

 だからこそ、何百年も寂しい想いをさせてしまったのが心残りである。

 

「さっきもキラビヤカで対処したけど、サウザナなら同じことも出来ると思う」

「すごい信頼」

「……一度手放したからな」

「それは、サウザナさんが折れてることと関係が?」

 

 無言で頷く。

 まだ鮮明に残る、サウザナが砕ける瞬間。

 一拍の間を置いて、ナヅキに答える。

 

「これ以上壊れる所を見たくなくて、安全な場所に置いておいたはずなんだけど……あいつ、わざわざ追いかけて来たんだ。しかも、折れた時よりずっと強くなって。折れる心配はもうないからって。笑っちまうだろ? そんなの、今度は手放さないって思っちゃうよ」

「愛されてるってことじゃないですか。羨ましいぞ、このこの」

「そこは否定しないな。俺にはもったいない、なんて言いたくないからこっちも頑張らないと」

「ほむほむ。そういうことなら、このナヅキさんも盛大に協力しましょう!」

「そういう台詞は、まず拘束を解いてから言おうな?」

「……ほどいてください~」

「ヒントも答えも出した、後はナヅキ次第だよ。俺がやった足元からタンクルブレードを生やす手段だってキラビヤカを使いこなせれば出来るようになる。……んじゃ、一足先にアーリィの家に戻ってるから、二人とも事が済んだら戻って来いよ」

「だって吸収とかよくわかんないし……」

「〈ストレッド〉が崩れて、キラビヤカに流れ込むイメージしてみるんだ。それか、タンクルを出すんじゃなくて入れる感覚だ。〈雷道〉を使うのと同じさ。ツギハギが使えるなら、そう難しいことじゃない。後は自分で頑張れ」

 

 ダルメンを前に担架を切ったあの前向きメンタルはどこへやら。

 ある意味、これは年上への甘えというやつか? 心の距離を詰めるのが上手いやつめ。

 ナヅキに声援を送り、俺はその場から去っていく。

 背後から恨めしそうな声が二つ途切れることなく続いていたが、やがてナヅキがダルメンへ応援とアドバイスを求めて話しかけていた。最も、ダルメンはそれに応じる暇もないようだが。

 俺はそれに構うことなくアーリィの家へ戻っていこうとして――暴れタンクルを制御下においていたダルメンが投擲した樽によって、後頭部を痛打するのであった。

 

 

 アーリィの家に戻った俺を待っていたのは、ユカリスからの熱い抱擁だった。

 これが人間サイズなら色々と嬉しいが、あいにく人形サイズの彼女からの抱擁は頬をつままれているような錯覚に陥る。

 出会って間もない俺に懐く理由はよくわからないが、ユカリスはナヅキ達にも良くしてもらっていたし人好きのする性格なのだろうか。それでも出迎えてくれることは嬉しい。

 

「ユカリス、アーリィは?」

 

 問いに答えず、ユカリスはぱっと距離を離した。え、ちょっとショック。

 そう思ったのもつかの間、ユカリスはじっと俺を凝視している。どうした、と声をかけると颯爽とその場から飛び去っていってしまう。

 気にはなったが、それよりまずは着替えだ着替え。

 与えられた自室に戻って、備え付けのベッドに腰を下ろす。

俺はツギハギでまとった薄い膜を外すと、途端に滝のような汗が体中から滴った。

 

「あー、しんど」

 

 うつむいて乱れる息を整える。

 ナヅキやダルメンに色々教える側としては、見栄えのために常に余裕を持った態度で接したい。そうすることであいつらの向上心が上がるなら嬉しいし、俺としてもそう簡単に追いつかれたくない。ようは男のプライドというやつである。

 二人の前では余裕ぶっていたが、割といっぱいいっぱいだ。

特にダルメン。屋敷に戻るまで解除されないと思っていたのに、制御力に関してもかなり高いレベルで焦る。

 昨日はサウザナが居たおかげで心身余裕だったが、さっきは俺単独での修行だ。必死になるのはやむなしである。

 息を荒げていると、頭の上に急に何かが乗ってくる。それが何かを確認するより早く、俺にかけられた声があった。

 

「お疲れ様です。随分と盛り上がっていたようで」

 

 その何かが勝手に動き、やがて視界が開かれる。

 俺に声をかけたのはアーリィで、顔にかかっていたのは白く清潔なタオルだった。

その持ち手はユカリス。その小さな体を全身で使い、どうやら俺の汗を拭ってくれているようだ。なんと甲斐甲斐しい。

 

「おっと、先を越されてしまいましたか。ネムレス殿、上着を脱いでください。体を拭きますので」

「いやいいよ、俺が自分で拭くから」

 

 今の俺はお偉いさんじゃないし、そもそも子供にそんなことさせるほど図太い精神はしていない。それが世話になった相手なら尚更だ。

 だがアーリィは一歩も引いてくれない。

 

「いえいえ、させてください。ネムレス殿達にはここに残っていただきたいので、ちょっと媚を売っておきたいのですよ」

「媚ぃ?」

「ええ。あの資料、私は三年前から目をつけておりました」

「情報源はどこなんだ?」

「とある知り合いから、とだけ。しかし一向にあの隠し部屋へ至ったことがないのはすでにお分かりでしょう? それが、ただ貴方がた……おそらくネムレス殿とサウザナ殿に出会ったことで即座にその悩みが消えてしまったのです」

 

 使われていたのが俺達の国の技術だったからな。まだ現役で残っていたのは驚きだけど。

 でも三年前ってことは、アンネの街に住んでる理由もひょっとして……

 

「そしてあの資料の中身、完全な解読には残念ながら至りません。しかし、私が元々考えていた技術に近いのはわかります。それらを照らし合わせ、ネムレス殿やサウザナ殿に手伝っていただけたら、私の目的にも近づくのではないかと」

「それで媚びねえ。アーリィは紋具職人だろう? そっち方面で……ってこら、服を脱がすな。自分で脱ぐ。タオルもこっちによこ」

「では、拭かせていただきますね」

「んあー……まあいいか、頼んだ」

 

 タオルを取り上げようとするも、軽く避けられて懐へ飛び込まれる。

汗で気持ち悪いぞ、と言っても満面に、嫋やかに微笑むだけで少女達は離れてくれない。

 観念し、アーリィとユカリスに体を拭いてもらうことになった。誰かに見られたらなんて言われるか。

 しかしユカリスはともかく、アーリィは予想以上に体を拭くのが上手い。出会いのやり取りからして、世話を焼くタイプだとは思っていたが技量もそれに相応しいものがあるようだ。

 口笛を拭きながら俺の汗をタオルで拭くアーリィ。ユカリスも真似をして口笛を拭き、ちょっとした音楽会となる。

 少女達の演奏会とされていることへのギャップに瞳を伏せつつ、俺はアーリィを忠告する。

 

「いくら媚びって言ってもこれはないだろ。気軽に体に触れるなんて、俺がそういう趣味の奴だったらどうするんだ」

「それはそれで、そのことをネタに協力してもらおうかと」

「想定済みかよ。思ったより良い性格してんなアーリィは」

「こういうのはお嫌いですか?」

「いーや、わかりやすくていい」

 

 それでもこういうのは勘弁して欲しいけど、とげんなりしながら嘆息する。

 

「媚びを売るなら自分の技術にしたほうがいいんじゃないか? そっちのほうがよっぽど健全だ」

「これも私の技術ですよ。気持ち良くありませんか?」

「言い方言い方」

「ふふ、そう切り返す辺りネムレス殿もそういうことをよぎっておられるようで」

「わざとか」

 

 渋面する俺の顔に、優しくタオルが当てられる。ちょっと慣れてきたユカリスが、俺を心配そうに覗きこんでいた。

 もう俺の癒やしはユカリスだけかもしれない。

 

「紋具職人として媚びたいのは山々でありますが、サウザナ殿という規格外な識世を持っておられるネムレス殿に渡せるようなものなど……」

「ナヅキとダルメンはどうだよ。あいつらだってセンスって意味なら俺より抜群だぞ」

「ネムレス殿を釣ればお二方も共に来られると思いますので」

「まだ出会ってニ日だよ」

「ですが、その二日はただの二日ではないでしょう?」

 

 それにはぐうの音も出なかった。

 初日と昨日、出会いから共に行動をしただけなのにちょっと密度が普通ではない。

 俺なんか目覚めた当日にこれだ。スケジュール調整を申し出たいところである。

 

「それと、渡せるのはあるだろ? 持ち帰った資料から新しい紋具作れるんじゃないのか?」

「あれは紋具とは少々違いまして。とても強力なことに変わりはありませんが。……はい、終わりです」

「ああ、なんだかんだで汗も引いた。ありがとな」

「タオルに〈消臭〉も使っておいたので汗臭さも消えているはずです。あとは――」

「下も、とかそれ以上なんか言ったらアンネから出ていく」

 

 何のことでしょうと上品に笑うアーリィ。絶対すっとぼけてるだろ。下半身は流石に自分でやらないとまずいだろ。

 言わなかったらそのまま続けそうなのが怖い。今時の女の子ってこの年からこういうこと言えるのか? 女の子は早熟とはよく言ったもんだ。

 

「では、次はお風呂に入られますか?」

「魅力的だけど後だな。先にすることがある」

「彼女達ですか」

「ああ。ずっとここに置いておくわけにはいかないだろ?」

「ふむ。ではこれからの話し合い、私も共に参りましょう」

「アーリィも?」

「はい。おそらく本来の目的は私だと思うので。彼女らからすれば、あの隠し部屋はその副産物かと思われます」

「知らないって言ってなかったか?」

「彼女達のことは確かに知りませんでしたが、私を狙う何者かが居るというのは存じておりました」

 

 アーリィ曰く、自分の行動が見張られているような感覚をずっと覚えていたらしい。

 それが始まったのはここ一ヶ月。警戒はしていたがまるで手を出してくる様子はなく、ただ見られていただけのようだ。

 三角巾娘達が町娘のような格好をしていた所から、すでに街に仮住居でも見つけて紛れていたのだろう。

 それにただ、とは言うが一ヶ月近く生活を監視されるって相当危ないぞ。これだけで三角巾娘の襲われたという言い分を封殺出来る。

 どちらにせよ、俺の推測は正解でこっちが謝る理由も消えたわけか。あのひき逃げも子供を監視していた罰ってことにすればいい。

 

「なら、弱味になるかわからんけどアーリィもついて来てくれ。引き出せる情報は多ければ多いほどいい」

「お供致します」

 

 そう告げるアーリィに笑みをこぼすと、重そうにタオルを抱えたユカリスも自分をアピールするように俺の目の前に浮いてくる。

 

「わかった、ユカリスも一緒に来てくれ」

 

 そう言うと、ユカリスは花咲くような笑みを向けてくる。この子もこの子で不思議だが、識世の生態に詳しくないので、これが普通なのかそうでないのかの判断がつかない。

 俺が考える識世は道具が喋ることだと思っていたのだが、ユカリスは花の識世だと言うし機会があれば識世の生態について調べてみるのも面白そうだ。

 でも、そんな中でもわかっていることは一つある。

 ユカリスは、とっても良い子だということだ。

 だからこそ愛剣がやらかした責任は取らなくてはならない。

 

「ああ、俺はとりあえず着替え直すけど風呂自体は用意しておいてくれ。ナヅキ達が入ると思うから」

「承りました。では私は先に……」

 

 一礼し、部屋から退出するアーリィ。

 どこまで本気かはわからないが、彼女が俺達の協力を求めていることに違いはない。アーリィという紋具職人との縁を強められるのなら、多少の手伝いは問題ない。

 思案しながら、俺は〈イメージボイス〉でサウザナに連絡を取る。

 

「……サウザナ、そっちはどうだ?」

『男の子のほうが愚痴多めで、女の子のほうは私の封印解こうと頑張ってるとこ。他の子達は駄弁ってる。のんきなものよ』

「脱出計画とかは立ててないのか?」

「今はその気はないみたい。あと、声に出さないやり取りもいくつか確認済み」

「調べられるか?」

『把握済み。履歴も取ってるから安心して。必要ならすぐ送るけど』

「いや、とりあえず知らないていで行く。サウザナはそのまま監視頼んだ」

『頼まれました』

 

 〈イメージボイス〉越しの念話を終える。

 今サウザナは三角巾娘達の居る牢屋に置かれた甲冑の持つ武器――に模倣して彼らの動向を見守っている。

 サウザナの話を聞く限りでは今は大人しくしているようだが、胸の内ではここから逃げ出す機会を伺っていることだろう。

 条件次第では解放の手も考えながら、俺は服を着替えた。

 


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