マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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11.ナヅキとの特訓

 蛇のようにうねる斬撃が首に迫る。

 何度か受けてわかったが、防御をかいくぐるナヅキの剣技は事前に剣を揺らすフェイントから目に残る残像のようなものだ。

 言葉にすれば単純だが、スピードの乗った剣を残像に残らせるほど切り返すその技量は感嘆の一言に尽きる。

 単純な剣技に優れたナヅキだからこそ可能なものだが、俺は剣技で対抗する気なんてさらさらない。

 ナヅキが使うのは木刀と呼ばれる、彼女の武器に似た片刃を模した剣だ。対して俺は普通の木剣を使用している。どちらもアーリィから借り受けたものだ。

 

「ふっ!」

「ちっ!」

 

 首筋に木刀による擦過傷が刻まれる。防御は上手いほうだと自負していた心が揺らぐなこれ。

 彼女の剣を年齢で見るのはとっくにやめている。

 一秒足りとも同じ場所に居ないほどの高速歩法を駆使し、縦横無尽に全身へ斬りかかるナヅキをそんな目で見るのはむしろ失礼だからだ。

 それでもサウザナを振るってきたり今までの経験がナヅキの木刀を受け続ける。

 時に膝よりも下からの強襲に肝を冷やしたり、ツギハギを解禁していなければ勝負はついていると思う程度に真っ向勝負での武は圧倒的に彼女が上だった。

 けれどそれは剣、ないし接近戦に限った話だ。持ちえる術を使うのならば強さは逆転する。

 ナヅキの木刀を受けに専念して防ぐ。その合間にツギハギによるタンクル弾を仕掛けようとするが、手を向ける先にナヅキはいない。視線だけで俺の手を予想しているのか、凄まじい危機察知能力である。

 ならば、と木剣を受けると同時に〈支配〉を〈付与〉させる。

 ナヅキはツギハギを使わないので、これだけで正直勝てる。何故なら……

 

「んなっ!?」

 

 俺が指を折ると、ナヅキの手に握られていた木刀がこちらへ寄ってくる。正確には手繰り寄せたのだが、ナヅキからすれば武器を奪われたようなものだ。

 〈プログラムギアス〉。

 それがこのツギハギの名であり、無機物を俺の命令に応じて操作することの出来るというものだ。応用として昨日のダルメンのワイン砲を操作したような使い方も出来る優れものである。

 多少躊躇はすると思ったが、ナヅキは構わず突っ込んで来た。木剣が奪われても素手で戦う気のようだ。

 実に勇ましい。実戦でなく修行だから問題ないが、それでは無理だ。

 

「今ナヅキの武器を〈支配〉したから、この一戦じゃもう使えないと思え。こんな風に剣技で負けてても武器を奪ったり、こうしてやれば――」

 

 威力のないタンクルの光球を生み出し、〈分裂〉〈射程〉を与えて周囲に浮かばせる。数を十ほど超えたところでナヅキに発射。

 四つくらいまでは避けて俺に攻撃するまで出来たが、さっきの俺の言葉を反芻しているのか服にさえ当たらぬようにしているその動きは、五つを超えると攻撃の暇はなく回避に専念せざるを得ない。こうなれば後は時間の問題だ。

 俺はおまけとして〈色彩〉のタンクル弾を射出。ナヅキの顔に当てた。

 

「うわぷっ」

 

 妙なうめき声を上げながらナヅキが尻もちをつく。その顔は一部が髪と同じ黒に染まり、白い肌と合わせて白黒の動物を連想させた。

 加えて昨日降った雨の影響で地面がぬかるんでいるため、服が泥まみれになっている。

 運動用に、とアーリィが用意してくれた服に着替えて正解だった。ナヅキは転ばないですよあっはっはなどとほざいていたが、無理やり着替えさせた甲斐があったというものだ。

 三角巾娘達を撃退し、アーリィの家の地下へ放り込んだ翌日。

 彼女らの監視をサウザナに任せた俺達は、ナヅキの申し出により対人戦の訓練を行っていた。

 アーリィの家の周囲にはアンネへと流れる滝と湖、そしてだだっ広い土地がある。

 リアクターとやらもここにあるのでタンクルも存分に使えるし、街とも少し距離が離れているため、派手に動いても誰に迷惑をかけることなく特訓できる。

 そのため、洞窟から持ち帰った資料の解読に没頭するアーリィから許可を得た俺達は家の周囲で訓練を行っているというわけだ。

 顔の汚れを拭っているナヅキに木刀を返しながら、反省点を伝える。

 

「こんな風になるわけだ。武器を奪わなくても、分裂したタンクル弾に〈プログラムギアス〉を〈付与〉させたら、それを木刀で受けたら同じ結果になる。そうでなくても数を増やされた終わる。今のが色付き弾じゃなかったら顔潰れるぞ?」

「ううー。こんなあっさりやられるなんて。自信なくします」

「割と頑張ってたぞ。大抵の奴はうねる剣で倒せるだろうし、実際他のツギハギ使うは問題なく倒してたんだろう?」

「でも倒せなかった。ネムレスさんは上手いのね。私に間合いを取らせてくれない」

「お褒めいただき恐悦至極。ナヅキの剣を受けられるレベルのツギハギ使いだときついな。攻撃手段が今回みたいなのじゃなくても、ツギハギを合わせられたら負ける」

 

 仮に三角巾娘とタイマンしたとしても、ツギハギを使われたら十中八九ナヅキの負けだ。〈理に潜む理〉を使われたり、あの搦め手なツギハギを撃たれたらナヅキには対処する手段がないからだ。

 

「例えば――」

 

 俺は〈射程〉〈変化〉〈浮遊〉を素材にしたタンクル弾を手の中に作り、それを握ったまま空に打ち上げる。

 結果、ナヅキではどうあがいても届かない空中へと浮かんだ。合わせてもう一つツギハギを展開する。

 さらに手に持ったそれを起点に体を反らして回し、〈拡大〉を与えその面積を広げて上に立つ。〈威力〉を素材に入れないタンクル弾に殺傷力はない。そのため単純に足場としたりと、目眩ましにしたりと中々に汎用性が高い。

 

「空を、飛んだ?」

「正確には浮く、だけどな。けど戦場で上を取るってのはかなりのアドバンテージだ」

 

 その言葉に息を呑むナヅキ。不安そうな表情を浮かべたがそれも一瞬のこと、ナヅキは周囲を見渡し、一つ頷いて木刀を構えた。

 俺は次にしようとしていたことを準備だけに留め、ナヅキを観察することにした。

 

(……何をする気だ?)

 

 ナヅキは基本的に諦めの姿勢を見せないが、それでもこれは足掻きというより確かな勝利への道筋があっての行動だろうと予測する。

 予感は正しく、ナヅキの周囲にタンクルが漏れる。それは彼女の前に道を作るように路を作り、まっすぐ一直線に俺へ向かって伸びている。

 

「こいつは――」

 

 刹那、ナヅキの姿がブレる。

 踏み込みの動作すら見せない、空に作られた道が自動でナヅキを動かしているような一瞬の移動。ナヅキは砲弾の如く地面から放たれ、上空の俺に飛来する。

 俺の思考がツギハギの行使を認めた時、眼前に居たのは木刀を突き出すナヅキ。一秒も経てば、木刀は俺を打ち据えることだろう。

 

「だが、甘い」

 

 ナヅキの目論見ではこちらを打ち据えるはずの木刀は、俺の作る〈射程〉〈変化〉の素材によって速度を緩める。正確にはナヅキを加速させている空間の道を継ぎ足し、ナヅキが作った道の終わりから進行方向をずらしたのだ。

 突然変えられた軌道をナヅキは無理矢理修正しようとするが、すでに木刀を振る速度は減衰されている。

 小気味良い音を立ててかち合う木の刀剣。

このように、俺が木剣を掲げて防ぐことは容易いことだった。

 

「うぬぁ……」

 

 よほど自信の一撃たったのか、防がれたナヅキが妙ちきりんなうめき声をあげて顔を歪める。

 空に浮く手段もないナヅキは重力に従って地面へ落ちるが、猫のように身を丸めて軽やかな着地を決めた。足を泥に突っ込んで顔をしかめているのは愛嬌か。

 俺は木剣を首に挟み、賞賛を持って拍手を鳴らす。

 

「単純な身体能力の強化じゃなくて、道自体を加速させるってアイデアはいいと思うぞ」

「おじいちゃんが、まだ成長しきってない体に負担をかけるのはダメだって教えてくれたんですよ」

(まだ成長するのか?)

 

 年齢にしては発育の良いナヅキに思わずそう思ってしまったが、すぐに意識を切り替えるべく木剣を持ち直しアドバイスを続ける。

 

「うん、良い師匠みたいなナヅキのお爺さんは。でも、ただまっすぐ突っ込んでくるだけならいくらでも防げる。限定された道の上なら一瞬でどこでも移動可能、とか緩急つけたほうがいいな」

「そんな複雑なこと無理ですー」

 

 ぬかるんだ足場に何の崩れがないのを見ると、対象との間に特殊な空間を作ってそこを通ったものを加速させるというツギハギだろう。

 今回はナヅキ自身が対象だったが、適当な石をその空間内に入れて相手へ向ければお手軽な高速投石器の完成だ。方向を逆にしてしまえば、遠距離攻撃を遅めて回避を容易くすることもできるし、色々用途は浮かぶ。

 汎用性高そうで良いな、と褒めながら俺はさっき中断した行動――タンクルの分裂弾を周囲に展開。今度は数を増やしたので十以上は作った。その数に圧倒されたのか、ナヅキは大きく目と口を開く。

 

「加速技は通用しない。その上でここから雨みたいに縦横無尽に撃たれたら、どうする?」

「武器投げます!」

「避けられたら?」

「逃げ続けます!」

「体力尽きたら?」

「やられます!!」

 

 うん、素直でよろしい。

 俺はツギハギを解除し、地面へ降りた。

 

「これでも空を自在に動かないだけマシだぞ」

「っていうかネムレスさん手札多すぎるよ……」

「旅の中、そういう奴と戦わなかったのか? アバターって自由度の高さが売りだろ」

「一応アクターやアバターと戦ったこともあるけど、ネムレスみたいに戦いにくくなかったです」

「俺って戦いにくいのか?」

「こっちの攻撃手段全部封殺してくるんだもん。私、さっきの〈雷道(らいどう)〉でおじいちゃん以外に攻撃当てられなかったの初めてなんですよ?」

「雷の道、ねえ」

 

 名前負け、というより目指すべくが雷の速さという意味だろう。

 瞬時に間合いをなくし、ツギハギを使う間を与えずに倒しきる。なるほど、この速さが今までアクターやアバターを倒してきた理由か。

 あの洞窟でタンクルプレートを斬った速さの秘密も、このツギハギにあるのだろうと予想する。

 

「良いツギハギだけど、構成が甘いぞ。だからあんな風に利用されて防がれるんだ」

 

ナヅキはツギハギの制御は剣に比べてそう得意ではないようで、だから俺にあっさり介入されてしまったのだ。

 

「剣術って意味ならナヅキは非凡なものがある。ツギハギはその分不得手かもしれないけど、伸ばさない理由にはならないぞ。さっきの〈雷道〉を剣術くらい鍛えてたら俺だって防げたかわからん」

「うっそだあ、対処すごく早かったじゃないですか。さっきだって、もう当たる直前だったのに。多少鍛えた所でまた同じような気がします」

「俺が誇れるのはツギハギの発動の速さと制御力だからな。火力に恵まれなかったから、そっちを重点的に鍛えたんだよ。でも〈雷道〉は成長性のあるツギハギだと思う。今度ナヅキにもツギハギの事色々教えてやろうか? そうすれば〈雷道〉の使い方も広がる」

「んーツギハギかあ。ネムレスさんの提案は嬉しいけど、私に上手く扱えるかな。〈雷道〉の時も結構時間取られちゃったから……」

 

 ナヅキとしては剣術を鍛えるほうに比重を置いているのか、あまり乗り気ではないようだ。

 

「なら俺が一緒に教えてやるさ。言っておくけど、このツギハギ汎用性高いからな? 移動以外にも剣を振る時に〈雷道〉で補強すれば速さの分だけ威力や高まる。体を動かす感覚で同じように出来れば、単純計算二倍……いや、もっと素早く動けるようになる」

 

 速さは力にもなる。

 すでにタンクルプレートと呼ばれる扉を両断する速さを持ったナヅキ。それはもちろん〈雷道〉を使ったからこそなのだろうが、それを無駄なく全ての動きに与えることが出来ればさらなる強さとなってナヅキの力になるはずだ。

 そして俺は、ダメ押しの一言を放つ。

 

「ナヅキが目指す強さは、選り好みで届くものなのか? だったら強要しないが」

「うぐぐ。い、言ってくれますね。……私、ツギハギ覚える要領悪いんだけど、それでも大丈夫かな……?」

 

 おずおずと、不安を隠しながら尋ねるナヅキに苦笑し、途中で投げ出したりはしないさと言ってやればややあってお手柔らかにね、と前向きに返事をしてくれた。

 

「ちなみにさっきはしなかったけど、本来の戦闘なら木刀を支配した時点でナヅキは武器なしで戦うことになってたぞ。あるいは木刀を返したとしても、当たる直前にすっぽ抜かしたり、ナヅキ自身の体を操作だって出来た」

「うわーやらしいやらしいえげつない。それに抗えない私はしょんぼり、せめて剣の戦いに持ち込めれば……」

「相手の土俵を避けるのは基本だしな。ツギハギ使いを相手にするなら速攻が一番。何されるかわかったもんじゃない」

「今まさに身に染みてる。ええい、もう一戦!」

「よし、胸貸してやるからどんどん来い。俺の挙動に注意してろよ?」

 

 言った瞬間、ナヅキはそれを狙ったかのようにこちらへ疾走する。良い動きだ、と零しながら左手をかざす。

 その手に集うタンクルを見たのか、ナヅキはそこから横っ飛びに跳ねる。

が、無意味だ。そこも射程内なのだから。

 

「んがっ!」

 

 ナヅキは急に何かに躓くように体を倒す。慌てて受け身を取ったことで怪我を負うことはなかったが、そこから先に立ち上がれない。

 何故なら〈ストレッド〉がナヅキの足に絡み、引き倒していたからだ。タンクルの糸は徐々に足以外を縛り、ナヅキの両手を背中へ回して拘束する。ほい、一丁上がり。

 

「い、いつの間に……」

「浮いた時」

「マジかー」

「マジだー」

 

 文句を言わないどころか感心するナヅキに、俺は一つ頷く。

 よほどお爺ちゃんの腕が良いのか、戦闘に対する結果への幼さがなくやられた理由を素直に受け入れる。普通、こういうことをされたら卑怯だーとか言ってくるのが通例だったので、新鮮な気分だ。

 

「いつ使ってたのか全然わかんなかった」

「まあ、バレないようにはしてたからな」

「うーちくしょー、やられっぱなしで悔しい」

「木刀を使わなくても〈ストレッド〉で巻き付いて取ることも出来たぞ。さらに――」

 

 それでも悔しいことには変わりないのか、敬語が少し抜けて素が出ているように見える。アーリィには普通に接していたし、年上相手だからって気にすることはないと思うが……おそらくそういう教育を受けてきたのだろう。

 蓑虫状態のナヅキに見せつけるように、足裏にナイフ程度の刃渡りを持ったタンクルブレードを作り出す。

 

「これでぶすりとされたら、それで終わりだ」

「わー! わー! 刺しちゃ駄目ですって!」

 

うりうりと足裏のタンクルブレードでナヅキの前で地団駄を踏む。と言っても威力の素材は入れてないので、刺さっても痛くはないので安心だ。

 でも――

 

「あぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」

 

 〈振動〉の素材を入れることで、刺されたナヅキが少女としてどうかと思う声を上げながら体が震えだす。頭を揺らされる程度であるが、特訓の痛みとしては軽いほうだろう。

 

「昨日、あの子に蹴り入れただろう? もし俺みたいなことが出来れば、その時点でダメージ与えて、アドバンテージで勝ったナヅキが単独でも勝ち筋が見えたかもしれないぞ」

 

 と言っても、ダルメンのように防御力次第ではこちらの攻撃が通らないので、一概にそうは言えないのだがもちろんそれに対しての抜け道もあるが、今は語るまい。

 これは今後ナヅキが使うための予習の一環だ。教えておいて損はない。

 

「わわわわわわたたたたたたししししししはははははは」

「無理に話さないでいいぞ」

 

 タンクルブレードを解除していると、混乱から回復したナヅキが今のやり取りについての検討を加える。

 

「アバターは威力がアクターに比べて低いからあまり見たことなかったんだけど、対人戦って意味では無類の力を発揮しますね」

「ツギハギ取得の自由性ってやつだな。アクターは固定……って聞く割に、ダルメンにはそんな気がしないけど。少し素材を渡しただけでやることが大幅に増えてる」

「あー、わかります。結構出来ること豊富ですよねあれ」

 

 そう言って、俺達は訓練の場から少し離れた所に座るダルメンへ目を向ける。

 樽のどこかに極小の穴でも空いてるのか、こいつはこいつで本を片手に今までじっと俺達の訓練を眺めていた。

 


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