マイ・フェア・ソード!   作:鳩と飲むコーラ

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初めまして、鳩と飲むコーラと申します。
オリジナルを書いてみたくなり、こちらに投稿させていただきました。
よろしくお願いします。
小説家になろうにもマルチ投稿しています。


第一章
1.何だこの剣


『うわああああああああああああああああああん! うおああああああああああああああえええええええええええん! うぐああああああああああああああああああ!』

 

 目覚めた第一声は、何かの泣き声だった。

 絶叫じみて悲鳴のような癇癪にも聞こえるわめき声。ただ感情を絞りだすことに特化した声というには指向性の定まらない叫び。

 薄ぼんやりとした目に色が集まり、徐々に世界を取り戻す。

 体はどうやら横になっているようで、寝入ったように天を見上げていた。

 背中に当たる感触から、柔らかい草の上に居るようである。

 しかも直越しってことは服を着ていないらしい。……一部がすーすーしないから、下はセーフだった。良かった、ホント良かった。

 少し首を動かして見た先の光景を見て……見て……

 

「あー?」

 

 呆けたように声が出た。

 目の前にあったのは、柄から何か液体を滴らせる……剣? だったのだ。

 剣の影が顔に差し、傾くようになっているのを見ると横になった俺の頭上の地面に刺さっているのだろう。

 聞き違えがなければ声は目の前の剣から発され、柄やら鍔やら色んな場所から滴る涙? のようなものを俺に垂らしているという異様すぎる光景である。

 おかしい。

 俺は涙月《るいげつ》との決戦に赴くべく動いていたはずだ。

 月から溢れた涙が大地に落ちたその時、世界を混乱に陥れた涙月と呼ばれた災厄。

 俺はその一大決戦に参加していただったはずだ。

 決してこんな草の上という、自然のある環境で寝ているべきではない。

 いや、戦いはどうなった?

 仮に俺が涙月に倒されたとしても、こんな空気の穏やかな場所なんて涙月に侵された大地にあったか……?

 

「どうなってんだ……」

 

 現状を把握出来ず、そうつぶやく他ない。

 しかもよくよく聞いてみれば、自分の声にしては少し音が高い気がする。

 まるで故郷を出た頃の、十代の少年時代に戻ったような……

 

 わからない。どうしてこんなことになっているのか、まるでわからない。

 

(なんだこれ……なんだこれ……どうするこれ……どうしようこれ……)

 

 頭が現状を認めない。認めたくないのか、何の行動を起こすこともなく俺は剣からの落涙を受け続ける。

 無視することは俺の顔面体その他もろもろへの被害拡大に繋がる。ややあって意を決し、目の前の剣に話しかけた。

 

「えーっと、もしもし?」

 

 状況がさっぱり理解出来ないものの、当然の行動として目の前の剣に話しかける。返事が来るとは期待していなかったが、そうせざるを得ない現状だ。

 最初の声に無反応だったので、二、三続けて話しかける。何度目かでようやく声に反応したのか、滝のような涙は溢れたままだが剣からあふれる声が止まった。

 

『あうあうあう……う……んぐああああああああああああああああああああああ!』

 

 けれど声にならない声を上げ、カタカタと刀身を震わせたかと思えば再び泣き始めた。 

 滂沱の涙を流す剣という存在に理解が追いつかず、どうしたものかと考える。

 目覚めて見れば剣が縋って泣いていた、と言葉にすれば簡単だが流れと内容が全くの意味不明である。

 体を動かそうとするが、痺れのような感覚が体に走り上手く力が入らない。時間が経てば元に戻るだろうが、今は無理だった。

 辛うじて動かせた首を回すと、周囲に花が咲いている、くらいにしか見渡すことが出来なかった。

 

『わあああああああああああああああああああああああああああああああん!』

「ある意味で泣きたいのはこっち…………ん?」

 

 そんな俺の顔に影が差さる。

 目を向けると、そこに居たのは手の平大程度の大きさを持った人形が宙に浮かんでいる。ますます意味がわからないと眉間に皺を刻む俺に驚くように、その人形が表情を変えた。

 

(人形じゃない?)

 

 じっと人形? を観察してみると、それは女性に見える。人間が小さくなって人形サイズにまで縮んだ小人、と言えばいいか。

 海色の髪と同色の瞳。

 身につけた羽衣のような長い布は、薄い生地の衣を大きく押し上げる胸元を隠し、足首まで覆われたロングスカートという衣装だ。

 女としての魅力に溢れるスタイルに反して、間の抜けた表情から感じるあどけなさが服装に反して大人びた少女、あるいは童顔の大人という印象を他者に与える。

 

(本の中で見た天女みたいだ……)

 

 空に浮く人形、いや彼女がその小さな小さな手で頬をつついてくる。

 肌越しの感触が、彼女の体が人形のそれではなく柔らかな肌を持つ存在だということを教えてくれた。

 

「君は?」

「――――――――」

「え?」

「――――――――」

 

 声を発しているのだが、どうも言葉が通じない。

 言語の違いなのか、それとも小さすぎて聞き取れないのか。どちらにせよ、彼女と言葉を交わすことができないということがわかった。

 小首を傾げる彼女を観察していると、加工によって穴抜きされて二の腕部分から除く肌に紋様のようなものが刻まれていた。

 紋様は腕だけでなく体にもあるのか、服の中からうっすらと淡い光が漏れて不思議と目を引き寄せられる。

 自然、彼女の豊満な肢体が目に入るがそもそも人間サイズではないことと、彼女の放つ子供のような雰囲気が下世話な感情を湧かせない。

 言葉がわからない以上、俺のするべきことは一つ。

なのだが。

 

「……おーい、そろそろ泣き止んでくれないか? 聞いてて気分良いものじゃないし」

 

 全てが意味不明な場を動かすには、会話が出来そうな剣にかかっていた。しかし話しかけても泣き声がそれをかき消し、言葉が届いているかも怪しい。

 さてどうするか、と悩む俺と宙に浮く小さい彼女の目線が合う。

 願掛けるように頭上の剣を顎で指し、それを二、三回繰り返す。

 どうにかしてくれというジェスチャーだったのだが、幸いにも彼女は俺の意図を汲みとってくれたようでふわふわと空を飛びながら剣の柄を揺らした。

 懸命そうな表情の彼女の様子を見ると、柄だけといえ体格的に全身で抱きつくようにしないといけないので、結構な労働なのだろう。少し申し訳なく思う。

 

『ぷぎゅ……うあ?』

「えーっと、会話出来る? っていうか、言葉わかる?」

『あ、あ、う……ん。わかる、言葉、わかる』

 

 彼女が頑張った甲斐もあり、剣はようやく呼びかけに気づく。

 片言ではあるが、ちゃんと意思疎通は出来そうだ。そのことに顔を綻ばせると、釣られたのか柄頭に腰を下ろした彼女も口元を緩めた。

 そんな彼女はドレスのポケットから小さな白い布を取り出した。汚れ一つない清潔な布である。

 それを俺にあてがい、剣の涙で濡れた体を拭き始めた。……感謝すべきなのだが、突然でびっくりする。あと小さすぎてあんまり効果がない、というのは言わない優しさだ。

 見知らぬ俺にそんなことが出来る世話焼きな彼女に礼を言いながらここでようやく、俺は剣の姿をしっかりと認める。

……ん? こいつ、どこかで見たことあるような……?

 

「それで、お前は一体何なんだ?」

『え…………?』

 

 浮かんだ疑問をひとまず置いておき、至極真っ当な質問への答えは絶句と言わんばかりの悲しみ。

 

『嘘、よね? 私のことわからないの?』

「いや、そんなこと言われても……」

『なんで、どうして!?』

「知らん! そもそも、俺がここに居るのはお前のせいじゃないのか? 俺はこんな平穏な所で倒れているはずないんだよ! 早く涙月のところに行かないと……」

 

 立ち上がろうとするが、体に力が入らず倒れ込んでしまう。

 小さな小さな少女は咄嗟に避けてくれたので押しつぶすことがなかったのは幸いだ。

 なんだか、頭が妙に重い。

 首を動かそうとしてみると、はらりと流れるように髪がかかる。……髪?

 はっとして、その髪を持ち上げる。

 王侯貴族や商人御用達の銀糸のように、艶やかな輝きを持つ髪が手に乗る。

 かきあげて見れば、それは紛れもなく俺の頭から生えて背中に流れていた。

 ……待て、俺の髪は黒髪でそこまで長くなかったはずだ。

 なのに、どうしてこんなに伸びている上に変色しているんだ――!?

 心なし視界も低くなっているような……子供というほどではないが、大人にもなっていない少年の時期の肉体のような気がする。

 

「一体全体どうなってるんだ! 俺の体はどうなっちまった!?」

 

 思わず叫んでしまうのを止められない。

 現状、一番怪しい剣に目を向けてみれば、そいつはさっきからカタカタ震えて俺には聞き取れない小さな言葉を発し続けていた。

 手を伸ばそうとするが、思うように力が入らない。くそっ、脱力極まってる。

 時間をかけて這いずるように剣に近寄り、やっとその柄を掴む。

 剣はひときわびくりと震え、発言もなくなっていた。

 

「おい、俺はどうしてここにいる。お前は何か知っているのか?」

『……? 記憶が混濁してるの?』

「やっぱり何か知ってるのか? だったら教えてくれ、俺は一刻も早く戻って涙月を倒しに行かないと――」

『待って、待って! 置いてかないで!』

「置いてくも何も俺はお前のことなんて」

『私を置いていくっていうなら、貴方を刺して縫い付けてでも止める。大丈夫、血は出ないようにするから』

「剣が刺さって血が出ないわけあるかぁ!」

 

 ぐあっ、叫んだせいでバランス崩した!

 べしゃりと仰向けで倒れ込む俺の額に、小さな少女がそっと乗ってくる。

 悪戯っ子をたしなめるように頭を撫でてくる彼女に、妙な気恥ずかしさが湧いてきた。

 

『ちょっとそこまでよ。土地の主だからってそれ以上のおさわりは禁止だからね』

「土地の主?」

『この場所を使う時に邪魔だったからどいてもらった後に、せっかくだから力も分けてもらったのよ。そのせいか体も小さくなったけど、無害になったからいいことよ』

「力を分けてもらうってそれ、絶対無理やりってつくだろ!」

 

 この剣の言うことが事実なら、この草原っぽい場所に住んでいた彼女は無法者……無法剣に乱入されたあげくに力を奪われ、こんな姿になってしまったということになる。

 まるで通り魔の如き所業に同情を禁じ得ない。

 当の本人はきょとんとした顔で俺を見下ろしている辺り、本当に不憫な子である。

 

『だって、そうしないと貴方を呼べなかったんだもん』

「………俺を、呼ぶ?」

 

 ここに来て、ようやく核心とも言える情報が出た。

 俺が涙月の所でなく、こんな場所に居るのにこいつが関わっていることは間違いない。

 

「っ。俺は一刻も早く涙月倒して、国に帰りたいんだよ! さっさと元の場所に戻せ!」

『…………無理よ』

「なんでだ!」

『――この世界に涙月はもういないの』

「…………………は?」

 

 いま、なんて?

 

『五百年』

「…………え?」

『貴方(・・)|が(・)涙月(・・)|を(・)討伐(・・)|してから(・・・・)、世界は五百年の時間が流れている。もう貴方が帰りたかった国は存在していないし、仲間もいない。場所はあるけど、場所しか残っていないの』

 

 俺が、倒した? 涙月を?

 

「待て、俺はそんな覚え全くない」

『真実はともかく、事実として涙月は五百年前に消えた。同時に、貴方も。世界はこれを、貴方が命と引き換えに涙月を打ち倒したと認識している』

「……さっきから一方的になんだよ! そんな覚えないって言ってるだろ!」

 

 喚き散らすように癇癪を起こす。

 目が覚めてからわけがわからないことだらけで、自分の体すら変化している状況。

 本当に自分は自分なのかとすら疑ってしまう現状で、ただ感情のままに喚くしかなかった。

 

「誰かと勘違いしてるんじゃないのか? 俺は元々黒髪だし、髪は銀でもこんな長くもない。加えて大人だ。年齢も違う」

『そうね。私も再会してからびっくりしたけど、魂は他ならぬ貴方だった。外見なんて、私にとって何ら意味ないことだわ』

「お前は一体なんなんだ! 俺のことを知らないくせに、何を語っている!

『貴方のことはよく知ってる。流石に生まれた頃から一緒ではないけど、獣に食べられた私を取り出してくれた後のことはよぉく知ってるわ』

「は? 獣?」

『獣から助けてもらって、そのまま武器にしてもらったことはよく覚えてる。その後に仲間となる彼女を加えて都へ行くために船に乗った矢先、謎の嵐に遭遇して未開の土地へと流れ着いた。そこで仲間を作って国を興したことも、昨日のように覚えてる』

 

 その台詞に、俺は言葉を失った。

 それは紛れもない俺の半生。

 故郷を飛び出した先で起きた行動の全てが、この剣によって語られている。

 震える声で、俺は剣に向かってつぶやいた。

 

「お前は、一体、誰だ?」

『…………ここまで言ってもわからな――あ、ああ、そっか。今の外見じゃわからないか』

「どういうことだ?」

『何度も言うけど、私と貴方は知り合いなのよ。ううん知り合い以上で、唯一無二のパートナーを努めていたの』

「お前みたいに印象の強い相手は、そうそう忘れないものだが…………」

 

 言われて、記憶を探る。

 そう長く生きてきたわけではないが、初見でこんな奇抜なことをされたら記憶喪失にでもならない限り忘れることはないはずだ。

喋る剣が珍しいかもしれないが、俺は一応他にも喋る剣というものを知っている。が、流石に涙を流す剣は例外とさせて欲しい。

 でもいきなり自分が相棒だと言われても疑問と警戒しか浮かばない。そもそも俺が使っていた武器は目の前の剣ではない。

そのことは相手も察したのか、首を横に振るう。

 

『ええ、私と会うのは初めて。けど――』

 

 剣が彼女と同じく宙に浮き、俺の手に収まる。

 途端、剣から光が灯る。

 粒子状の光が剣から溢れる光景に何事だ、と傍にいた彼女と一緒に目を見開く俺の手に、急に心地よい重さが加わった。

 そこにあったのは、刀身が半分近く折れた剣だった。元はもっと長さがあったはずのそれを、俺は見たことがある。いや、覚えがありすぎた。

 何せ握り慣れたそれは――

 

「お前まさか……ひょっとしてサウザナ、なのか?」

『……! そう、サウザナ! 貴方のサウザナよ!』

 

 俺がかつて愛用していた、剣の姿であったのだから。

 




8/26 最初に投稿したのを改稿しました。
   少しは読みやすくなってるかと……

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