余命数ヶ月。
それが医者に告げられた、彼の命の期限だった。
彼は極平凡な学生だった。
部活にこそ入ってはいなかったものの、友達と色々な事をして笑い、怒り、時にはドギツイ失恋をして泣いたりもした。
当然、休日には友人たちと一緒に派手に遊びまわり、警察の世話になって親にこっ酷く怒られる事もあった。
どこにでもあるような、絵に書いたように平和な日々。
――――しかし、そんな平和な日々は唐突に終わりを告げた。
ある日いきなり吐血し、搬送された病院で、彼は医者から残酷な事実を告げられた。
不治の病に侵され、彼に残された時間は非常に残り少ないという事を。
当然のように彼は取り乱して医者に掴みかかり、再び吐血して意識を失い、そのまま入院となった。
残された時間はごく僅か、その僅かな時間さえベッドで過ごす事になると告げられた時、彼はどれだけ絶望しただろうか。
結果、彼は三日三晩悩み続けた。
両親や友人はおろか医者さえも締め出して、彼は自分に与えられた病室で只管に悩み続けた。
そして、他人を締め出して四日目の朝。
朝日が昇ると同時に部屋から出てきた彼は、今まで見たことのない程に晴れやかな顔をしていたという。
病に侵されてから見せていなかったその笑顔に、友人と両親はただ涙するしかなかった。
――――そして、彼は修羅の道へと足を踏み入れた。
「必中、努力、祝福、ダイナマイトタックル!!」
……と言っても、誰かに暴力を振るい始めたわけでもなければ血眼になって病の治療法を探し始めた訳でもない。
「沈めアーガマッ!! 全滅プレイの礎となれ!!」
「リアル系だと恋人がな……回路つけて初号機を出す……いや、そもそも出撃させなきゃいいか」
「くらえっ!!フル改造気力全開オーラ斬りをッ!!」
彼が選んだ修羅の道、それは幼い頃に挫折したあるゲームを完全に攻略することだった。
膨大な数のシナリオと選択肢、複数の男女からなる主人公とヒロイン、様々な隠し要素等。
クリアすることは誰にでも可能だが、完全にプレイし尽くすには長い時間と根気が必要なその作品。
何故それを選んだかは彼にしか分からないが、自室の押入れにしまってあったゲームと攻略本を病室に運び込んだ彼は無言で攻略へと取り掛かった。
「レイたん……ハアハア」
食事と診察、最低限の睡眠を除き、彼は只管にプレイし続けた。
「馬鹿な!? ザクに俺の零号機が落とされただと!!」
ある時には予想外の事態に驚き、
「トレーズ閣下はオールドタイプ最強、異論は認mグハッ!?」
ある時には敵役を賞賛して吐血し、
「まだだ、まだ終わらんよ! まだ外伝とニルファとサルファ、携帯機シリーズが残っているのだから!!」
また、ある時には成さねばならない道が残っていると己を鼓舞し。
残された命を秒単位で削りに削り、彼は只管にコントローラーを握って攻略本のページをめくり続けた。
そして、そんな彼も遂に終わりを迎える。
「心拍停止! 駄目です! 脈拍戻りません!!」
「投薬の準備、いや電気マッサージを!!」
ピーッ…と彼の生命の強さを表すグラフがフラットを描く。
医者や看護師は必死に延命措置を行っているが、それを受けている張本人は何処か冷めた思考でそれを眺めていた。
彼にとって、今迎えようとしている己の死が他人事のような気がしてならないのだ。
意識が遠のく中、彼はぼんやりと虚空を見詰める。
死を迎えつつある中、彼の頭に残っていた想いはただ一つ。
(……まだ…EXステージが残ってるのに……)
そして、彼はこの世界と今生の全てに別れを告げた。
享年19歳。短すぎる人生だった。
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…………
……
「というわけで、所謂転生ものをやってみようかと思うんだがどうだい?」
「―――――――――」
「まあ、確かに胡散臭いかもしれないけど、君だってまだ消えたくないだろ?」
「―――――――――っ!!」
「一応言っとくけど、君の病気に関しては僕は一切関与してないよ。
僕だって暇じゃないんだ。今回の事だって偶然他の世界を観測してる時に、偶々君の意識を拾っただけだしね」
「―――――――――」
「胡散臭い? お前ほど嘘を言うことに躊躇が無い奴はいない?
おいおい!? 僕ほど正直に生きてる奴はいないんだよ?」
「―――――――――」
「ま、いいや!僕は実験が出来て君は新しい人生を歩める。Win-Winとはまさにこの事だね!」
「―――――――――」
「大丈夫だって! 向こうでもやっていけるようにプレゼントを送ったりはするけど、その後のことはどうでもいいし。
君が次の世界で正義を貫こうが悪を成そうが知った事じゃない、寧ろ好きに生きればいいのさ!」
「―――――――――」
「さて、それじゃあ良い人生を! どうせ無理だろうけど、もし君が次の生でシンカに至り連中と戦おうと思ったその時は一緒に戦おうじゃないか!
ハハハハハハハ! バイバイ■■■■君!」
この世界での彼の物語はこれにてお終い。
しかし、幸か不幸か彼の物語は別の世界へと持ち越される事になる。
それが何を意味するのか、どんな物語を紡ぐのか、それは送り出した者を含め、誰にもわからない――――。
引っ越しやら何やらで疲れてますが投稿。