人の名前を間違う雪ノ下はまちがっている   作:生物産業

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21話 最終回 前編

「ホント空気読め」

「嫌♪」

 

 秋太の言葉に陽乃は短く拒絶。

 隼人に至っては、陽乃に何かを言う気にもならなかった。

 

「あんたら二人でこんなところで会話なんて珍しいわね」

 

「仲良かったっけ?」と陽乃が笑顔で尋ねる。

 

「イケメンによるイケメン講座を聞いてたんだよ。だから帰れ」

「秋太がイケメンとか身の程知らず♪」

「よし、雪ノ下陽乃変顔展を開催しよう。大学にも画像を送りつけて、魔王の大学での地位を失墜させてやる」

「申し訳ありません、私が調子に乗っていました」

 

 陽乃が頭を下げる。情報社会に生きる現代人にとって、それに強みを持つ秋太に勝てないことは陽乃は理解している。

 理解しているなら、することは簡単だ。

 誠心誠意を見せること。

 

「陽乃さんが頭を?」

「魔王様なんて所詮この程度。ぽっと出の勇者に簡単にやられる、シナリオキャラ」

「くっ、秋太になめられるなんて屈辱だわ」

「ゆっきーもよくそんな顔してるよ。さすがは姉妹」

 

 秋太にとってみれば雪ノ下家はそこまで強大ではないのだ。

 勝てない分野だって当然ある。だが、絶対に負けるような相手ではない。

 そして、それはとても普通のことで、誰だってそうなのだ。

 要はそれを理解するかどうかなのである。

 

「陽乃さんが……ハハ、ハハハハハ! そうか、そんな陽乃さんもいたのか!」

 

 隼人が急に笑い出した。

 突飛な行動に、「ヤバくない?」と秋太と陽乃がアイコンタクトを取る。

 

「長年、魔王に苦労させられた精神がここにきて、崩壊したか。姉乃さん、ほら謝って」

「なんで私が悪いことになってるのよ! これはあれよ、秋太が悪い」

「意味わかんないですけど」

 

 隼人の笑い声が響く中、責任をお互いに押し付けあう。

 犯人は十中八九陽乃なのだが、それを彼女は認めようとしなかった。

 

「ほら、秋太。隼人をなんとかしたら、お姉さんが良いことしてあげる」

「まじで? とりあえず、向こう100年くらい日本から出て行って欲しい」

「こらこらこら」

 

 ぺしっと秋太を叩こうとしたが、無駄に高い身体能力を持つ彼には通じなかった。

 

「私の威厳が失われるでしょ!」

「そもそも尊厳が失われているから、焼け石に水」

「あんたの中で、私はどういう存在なのよ!」

「人の皮を被った悪魔」

「陽乃ちょーぷ!」

 

 当然のようにかわす秋太。

 

「くっくくく。あーお腹痛い」

「姉乃さん、腹痛を起こしたらしいから病院に連れて行ってあげて。なんなら精神科にも」

「それだと私が悪いみたいじゃないの。違うわよね? 隼人。陽乃ちゃんは全然悪くないわよね?」

「ここに来て保身とは……ホント、がっかりです」

「うっ……」

 

 今度は陽乃がしゅんとなった。

 

「はは、違いますよ。陽乃さんが悪いわけじゃない。ただ、俺が勘違いをしていただけです」

 

 ずっと笑っていた隼人が、そう言いだした。

 

「俺は陽乃さんにずっと憧れていました」

「ふふん」

 

 ドヤ顔を秋太に向ける陽乃。だがそこに秋太が待ったをかける。

 

「姉乃さん、気づいて。憧れてたって過去形だから。今は、そんな気なんて全くないアピールだから」

「きーこーえーなーい」

「本当に子どもみたいに見える陽乃さんは久しぶりだな。今までの俺なら、たぶん怖がっていたと思う」

 

 隼人は空を見上げる。

 晴れ晴れとした素晴らしい空だ。

 

「よく言った。姉乃さん、怖いって」

「こ、これはあれよ。私も、ちょっとお姉さんキャラを出してたからで……」

「陰湿で、暴力的で、邪悪。普通に怖い」

「まあ、それにはちょっと同感かな。雪乃ちゃんを苛める時の陽乃さんは特に」

「こら、隼人! あんたはどっちの味方なのよっ」

「普通に姉乃さんの敵」

 

 幻の左ジャブが秋太を襲うが、当然のごとく余裕でかわす。

 

「見方を変えれば、俺ももっと違っていたのかもしれない。陽乃さんに対しても、雪乃ちゃんに対しても」

「悪魔とポンコツ」

「今ちょっと、真面目な話になるところでしょ。空気読みなさいよ」

「ホント、二人は似てるね」

 

 隼人が小さく笑う。

 

「なんて屈辱」

「なんて侮辱」

「ほら」

 

 秋太と陽乃がにらみ合う。それを隼人は楽しそうにみる。

 

「もしかしたら、俺と陽乃さんもそんな関係になっていたのかもしれない」

「ならないわよ。隼人と秋太は別の人間だもの。アンタはアンタ。こいつとは違うわ」

 

「しょうがない子ね」と陽乃が隼人の頭をぽんと軽くなでる。

 

「面白味のない奴だと思ってたんだけどね」

「俺も自分をそう思ってました。だから、陽乃さんに相手にされなかった。そんな俺だから雪乃ちゃんにも……」

「俺、帰った方が良い感じ?」

「アンタの空気の読まなさはホント凄いわ」

「姉乃さん程じゃない」

「陽乃ロックっ!」

 

 ヒールではありえない動き。バックステップしながら、綺麗にターンを決めて秋太の背後を取った。

 さすがの秋太も急激な動きの変化に対応できず、陽乃に捕らえられてしまう。

 

「くっ!」

「ふふーん。お姉さんは偉大なのである」

「俺も、陽乃さんとそんなやり取りをしたかったですよ。普通に」

「葉山。よく見て! これのどこが普通!? 地味に膝とか入れてきてるんだけど!」

 

 楽しそうに笑う隼人。

 

「雪乃ちゃんは陽乃さんが大好きだったから。今は――触れないでおきます」

「ちょっと!」

「陽乃さんに認められれば、雪乃ちゃんに認められる。好きになってもらえる。そう思ってた自分がバカみたいだよ。認められることとその人の真似をすることが全く違うことだってことに気づかなかったんだから」

 

 とりあえず、秋太は思った。

 

「俺、帰っていい?」

「なんであんたはシリアスになれないのよ」

「それをあんたが言うな。それと早く離れろ。バカみたいな胸を擦り付けるな痴女め」

「ふふーん。秋太の秋太が太くなっているのね」

「陽乃さん、それ完全にセクハラです」

 

 結局シリアスにはならない。

 

「葉山、よく言った。やっぱりお前とは仲良くなれそうだ」

「それはどうかな? 今のところ、僕の初恋を打ち砕いた男と仲良くなれる気がしないけど」

「やーい、振られてやんの! ぼっち」

「ぐぬぬぬ」

 

 雪ノ下に関わる人間は総じて、性格アレであると改めて、認識した秋太だった。

 秋太の睨みつけに爽やかに対応した隼人は、晴れやかな気持ちでこの場を去ろうとする。

 

「ね、隼人。アンタはさっき過去形にしたたけど、私たちの関係だってまだまだこれからよ?」

「……陽乃さんはずるいな」

 

 陽乃の言葉に隼人は振り向くことはできなかった。

 

「これから変わっていこうと思います」

「楽しみにしてるわ」

「うわ~。一生姉乃さんに関わるとか、それなんて拷問」

 

 秋太の首が即座に締まる。

 今の体勢をどうやら忘れていたようだ。

 素早く謝罪とタップを入れる。

 

「秋田、たぶん君もそうだと思うよ」

 

 隼人はそれだけ言って帰っていった。

 隼人の言った「そう」というのが何を指しているのか、秋太は考えないようにしていた。

 

 ◆

 

「全く、純真なイケメンをあんだけ狂わせるなんて」

「ふん、違うわよ。あいつが勝手に私を真似てああなったの」

「悪女の思考」

「女の子なんて皆そんなもんよ」

「そんな女の子がたくさんいてたまるか! 全国の女の子に謝れ」

「ごめんね」

「軽」

 

 二人だけになっても、何も変わらない。

 結局、この二人はこういう関係でしかない。

 

「好きよ、秋太」

「お断りだ、姉乃さん」

 

 だから、陽乃の想いは届かない。

 

「はぁ~また振られた。かなりショック」

「タイミングってあるでしょ。なぜ今言ったし。いきなりすぎるでしょ」

「……うるさいわよ」

 

 ばしっと秋太の頭を叩く。

 秋太はそれをかわさなかった。

 

「人を好きになったことってないんだもん」

陽乃(・・)さんに好かれてもね」

 

 名前を呼ばれたことに、陽乃は理解した。

 これが秋太の正直な答えなのだと。

 

「やっぱりアンタは酷い奴よ。私の乙女心は粉々だわ」

「だって最初からそうでしょ? バカやってるのが俺たち」

「ふふ、まあそうね。でも、ショックなのはホント。私は秋太が弟よりかは旦那の方が良い」

「直球すぎるわ。魔王様が奥さんなんて胃に穴が開く」

 

 ちょっと顔を赤くする秋太。

 

「弟になる可能性は?」

「知らん」

「雪乃ちゃんは可愛いから大変よ」

「それくらい知ってる」

「あ、やっぱり雪乃ちゃんなわけ?」

「うるさいよ」

 

 陽乃の方に顔を向けようとしない秋太。

 

「雪乃ちゃんの初恋が隼人って言ったら怒る?」

「別に」

「雪乃ちゃんが非処女って言ったら?」

「別に」

「あれ、ちょっと意外。まあ、雪乃ちゃんのことは嘘だけど」

 

 本当に意外そうに、陽乃はきょとんとする。

 

「好きになるってそういうことでしょ? 相手の過去とか全部をひっくるめて、今のその人が好きなんだ。過去を関係ないとは言わないけど、好きになった方が負けなんだから、しょうがないよ」

「意外の上に意外よ」

「どんだけだよ」

「比企谷君だったら怒ったかなって思う」

「八幡は……どうかな? 独占願望は強そうだけど、なんだかんだで許容するよ」

「ガハマちゃんがビッチだったらどうなるかな?」

「処女宣言してたし、それはないんじゃない。見た目に反してそこらへんはかなりしっかりしてるし、あの子」

「それ、失礼だから」

「姉乃さんも」

 

 二人だけの空気。

 心地が良い。

 それは二人の率直な感想。

 

「秋太が弟か。やっぱり楽しいだろうな」

「まだゆっきーと恋仲になるなんて決まってないんだけど」

「そこはほら、頑張んなさいよ。男の子」

「あの子、ツンデレだから」

「ふふ。確かにね。お姉ちゃん、大好きだから」

「そこは否定してない。まさか、ライバルが姉乃さんとか」

「私を倒して、雪乃ちゃんを手に入れてみなさい♪」

「よし、屋上から――」

「こら、物理的に行うな!」

 

 二人の漫才が終了する。

 

「なら、雪ノ下陽乃を超える姿を見せるしかないか。あの子に」

「私の文化祭は盛り上がったわよ?」

「下をよく見なさい。超盛り上がってるから」

「知ってる。ここに来る前、皆が楽しそうにあんたのゲームをやってたわよ。ガハマちゃんが腕立てしてたのは面白かった」

「やっぱり、ガハマちゃんはそうだよね」

 

「う、腕が~」とか言って、泣きながら課題クリアを目指す、結衣の姿が秋太には容易に想像ができた。

 

「でも、ダメ。まだ負けを認めてあげない」

「姉乃さんじゃなくて、ゆっきーがどう思うかなんだけど」

「私を振ったのよ? しかも2回。ちゃんと認めさせなさい、私を」

「1回目はちょっと違うでしょ」

「照れ隠しよ」

「嘘つけ」

「生意気!」

 

 がばっと秋太に飛び掛かる。

 秋太はそれを華麗に避けた。

 

「そこは最後だからって抱き着かせるところでしょ」

「あ、俺って貞操観念が固いんで」

「今までの自分を顧みなさいよ。私とかめぐりとか」

「男の子ですから」

「こらこら、雪乃ちゃんを泣かせたら、本当に――」

 

 物騒な言葉の先は告げなかった。

 東京湾か、富士の樹海だろうなと、秋太は嫌な想像をする。

 

「見せて頂戴ね」

「了解」

 

 陽乃は、自信たっぷりの秋太の顔を見て、嬉しそうに笑うと屋上から出て行った。

 

「ハア~、どうしようかな」

 

 先ほどまでの顔はどこに行ったのか?

 何も考えていない秋太だった。

 

 ◆

 

 文化祭が佳境を迎えていた。

 

「バンド演奏が終了したら、文化祭もおしまいね」

「そうだね」

 

 最後の段取りに向けて、雪乃と秋太は話し合っていた。

 

「葉山君たちでラストだから、その後少しだけ時間が空いて、もろもろの結果発表の流れで良いかしら?」

「うーん、ちょっと変更」

「え?」

 

 昨日までは、そういう段取りで終わるはずだったのだが、秋太の待ったの一声。

 何を企んでいる、と雪乃は怪訝そうな顔で秋太を見る。

 

「ちょっと男の子になろうかなって」

「……貴方、疲れているのよ」

「その可哀そうな子を見る目はやめれ」

「どうかしたの?」

「小さい子をあやす様に聞くのもやめれ」

 

 とりあえず、雪乃は秋太の額に手を添える。

 自分の額の温度と確かめ合いながら、秋太に熱がないことを確認した。

 

「ゆっきー大胆」

 

 周りから、「あの雪ノ下さんが!」と声があふれる。

 雪乃としては、特に抵抗もなく、自然と行ったことだ。

 だが、周囲はそれを普通だと思わない。

 氷の女王などと噂される彼女が、異性に接触する。これは由々しき事態なのである。

 

「やっぱり委員長に弱みを……」

 

 ただ桃色な展開を予想する人間は誰もいない。

 秋太の素行に問題があることと、雪乃の普段の対応の所為だ。

 

「俺の名誉が傷つけられているんだけど?」

「私の所為じゃないわよ。貴方の所為よ」

「もう人に責任転嫁するところがホント姉妹」

「侮辱だわ」

「返しも一緒。あっぱれ」

 

 ぐぬぬと雪乃が悔しそうな顔をする。

 

「さて、ちょっと時間をもらうよ。見てて」

「何をする気なのかしら?」

「男の子だよ」

 

 何を言っているんだと、雪乃呆れた視線を背中に浴びながら、秋太はステージ中央に向かった。




ちょっと葉山君が危ない人になってしまいましたが、ご容赦を。話が急なのもすみません。次でラストになります。

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