収集癖ヲ級   作:モンペ忍者。

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初投稿です。
テストがてらに不定期でやっていきます。
暇なときにでもどうぞ。


1.彼女は

 

 

 

彼女は満足していた。

 

 

 

特別裕福だったわけではない。

交友関係に富んでいたわけでもない。

まして地位や名誉に恵まれたわけでもない。

 

 

 

彼女は無一文で、孤独で、無名だった。

それでも彼女は幸福だった。

 

 

 

彼女は最初から何も持っていなかった。

あるのは帽子のような何かと黒く不気味な杖。

しかしそれは彼女の一部であり、所有物ではなく己の手足そのものだった。

だからそれらが自身の持ち得るものとは思わなかった。

何も持たず、何も知らず、何も分からぬままに。

ただ自身だけがそこにいると、そう思っただけだった。

 

彼女は運が良かった。

 

彼女が世に産み落とされ、今いる場所にたどり着くまでに一度として誰かに出会うことはなかった。

揺蕩う海で永い時を漠然と漂い続け、ようやくたどり着いた場所で初めて自身から望みが生まれるのを知った。

それは手に入れることが容易く、失う可能性も限りなく低く、そしてなにより尽きるということがなかった。

永住を決意するのに時間はかからなかった。

 

彼女は幸せだった。

 

彼女はその生まれにしては珍しく悪意とは無縁だった。

生まれてから孤独で、敵も味方も知らず、本来知るべき『(ことわり)』を知らなかった。

だからこそ彼女は自分の望むままに生きてこれた。

誰にも知られることもなく、ただ自由に。

 

故に彼女は幸運だった。

 

 

 

白い素肌に白黒基調の衣服。

たなびく暗黒色のマントは威厳を感じさせる。

歪な杖を片手に海を駈け、異形であることを表す巨大な怪物の口をあしらった帽子。

整った顔立ちは魔性の美女そのもの。

 

彼女に名前はない。

だが彼女の姿を知るものならば総称にして通称であるこの名で呼ぶだろう。

 

深海棲艦"空母ヲ級"と。

 

 

 

 

 

彼女の朝は早い。

朝の四時に起床し、まだ外が暗いにも関わらず散策を開始する。

彼女の寝床は森の奥にひっそりと建てられている廃屋だ。

生い茂る草や木々に隠されパッと見ただけでは誰も気づかない。

現に彼女も偶然が味方しなければ見つけることは叶わなかっただろう。

しかし知った今ではどこよりも安全な秘密基地である。

 

話を戻して彼女が散策を始め、森を抜けた先。

船を停められるような場所はなく、せいぜいボートやヨットを打ち上げて置いておくくらいしかできないような一見して何もない砂浜。

 

だがそここそ彼女が日課としている場所。

よくよく見てみれば砂浜のあちこちに鈍く光るものが埋まって顔を出している。

それを確認した彼女は無表情ながら満足そうに頷き、早速いつもの作業に取りかかる。

 

手にはめられた漆黒の手袋を外し、透き通るような白く美しい指で無遠慮に砂を掘る。

さくさくと音を立てて砂が容易く抉れ、埋まっていたそれが姿を現す。

 

それは決して小さくはない薬莢。

未使用のまま、いつでも凶弾として襲いかかることを誇示する鈍色の牙。

通称"弾薬"と呼ばれるそれが、砂浜のあちこちに埋まっていた。

 

彼女は戦ったことがない。

集めることだけを目的とし、それに自分の生涯を懸けている。

本来弾薬は戦争の道具であり手段の一つだ。

手段が目的となる失敗談はよくあるが、しかし彼女にとってはそれ自体が最初から目的だった。

 

故に彼女の生涯は失敗談になり得なかった。

 

一つ、また一つと砂を掘り返し、弾薬を拾い、眺め、そして帽子の大きな口に押し込む。

彼女の日課は、ただただそれだけだった。

 

稀に変わった形の弾薬が埋まっていることもある。

彼女はその変わった形の弾薬を見つけると目を輝かせて喜んだ。

本人は気づいてないが、それらは人から言わせれば三式弾や、九一式徹甲弾と呼ばれる強力な武器である。

もちろんそんなことを知らない彼女にとっては、ガチャでSレアを引くのと何ら変わらないただの収集アイテムにすぎないのだが。

そうして砂浜に埋まっている弾薬を隅から隅まで掘り返した彼女は、今日は豊作だったな、と、ほくほくした無表情で元来た道を帰ってゆく。

時間は五時半を回っており、すっかり明るくなった空が何もない殺風景な砂浜を照らしていた。

 

 

 

森の中に戻った彼女は迷うことなく足を進め、あっさりと廃屋までたどり着く。

 

ボロ小屋は半ば崩れているものの、雨風をしのぐための屋根は機能している。

加えて鬱蒼と繁る森は光だけでなく風を遮る役割も果たしているようだ。

成る程、湿気の強さはともかく吹き飛ばされる心配はなかった。

 

部屋の中へと入り、早速彼女は慣れた手つきで薄暗い部屋の隅から木箱を引きずり出してくる。

これも年期の入ったくたびれっぷりだった。

蓋を開ければ中には山ほどの弾薬、弾薬、弾薬。

彼女の今まで集めてきた努力と愛の結晶。

そこに今日、また新しい仲間が加わる。

 

帽子の中から取り出した弾薬一つ一つを丁寧に納めていき、その全てが収まりきると、彼女は満足そうに鼻息をふんすと鳴らした。

 

その後、彼女は眠るまで山積みの弾薬を眺め続けるのである。

嬉しそうに、楽しそうに。表情一つ変えずに。

ずっと。ずっと。

 

それが彼女の日課だった。

 

 

 

彼女の住む島は誰も知らない小さな無人島。

弾薬が砂浜から生まれる不思議な不思議な宝島。

ただ一人だけの楽園。

ただ一人だけの箱庭。

 

 

 

彼女は無一文で、孤独で、無名で、幸せ者だった。

 

 

 




【理】ことわり
道理。この世の自然な在り方。
曲げたり引っ込んだりできる柔らかいもの。
諦めた者がたまに使う言い訳の言葉。

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