四季映姫・サカノボルゥ   作:海のあざらし

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被暴露之弐 レミリア・スカーレット

 おや。…お兄さん、見たとこまだ若いのにもうここに来ちまったのかい。

 

 なになに。……ふむふむ、なるほどね。つまりは里に押し入ってきた妖怪に襲われて殺された、と。こう言ってやるしかできないが、そいつは災難だったね。あっちの里の中も、まだまだ絶対の安全までは確約できないってわけだ。

 

 代わりと言っちゃ何だけど、あたいがあんたを責任をもって四季様……コホン、閻魔様の所まで送り届けてあげるよ。なぁに、そんなに心配しなくても良い。あんたからは罪とか悪とかの匂いが殆どしないんだ。あんたさ、だいぶ真っ当な人生送ってきたんじゃないかい?朝起きて仕事してお金を稼いで、家族がいたならしっかりとその面倒見て。それがなんでもない普通のことだったとでも言わんばかりの善人の気配を、あんたからはひしひしと感じれるよ。

 

 きっと閻魔様も、あんたを地獄に落として責め苦を味わわせるようなことはなさらないだろう……っと、決まったことでもなかったね。こいつは失敬、まぁ一死神の戯言とでも思って聞き流してくれると嬉しいよ。

 

 それじゃあ、他に客も来なさそうだし船を出そうか。乗りな、駄賃は向こうまで届けるのに充分すぎるほどにあるみたいだから、途中で下ろしたりするようなことはしないよ。…ん、乗ったね。それじゃあちょいと寂しい頭数ではあるけどいざ是非曲直庁まで半時くらいの船旅と行こうじゃないか。

 

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 はー、今日も今日とて名前も知らぬ魚がふよふよと泳いでるねぇ。怨霊も、日頃に違わぬ騒ぎっぷりだ。活きの良い魂一つ見つけたくらいで、引き込もうと躍起になるんじゃあないよ。…ん?あぁ、こいつらはこの船に乗っているものに一切手が出せないようになっているんだ。だから、船に乗ってさえいれば安全は保証するよ。そんなに口元を引き攣らせなくても良い。

 

 とは言っても、あたいみたいに慣れてないとこの光景もきっと怖いんだろうねぇ。うーん、なにか気を紛らすことのできるものは……そうだ。良いものが一つあったのを忘れるところだったよ。あんたが落ち着いてこの河を渡れるよう、あたいがちょっとした話をしてあげよう。

 

 さっき閻魔様の名前を出しただろう?そのお方、実は少しなんて言葉じゃ到底済まされないくらいの加虐趣味をお持ちなんだ。あぁいや、裁断の際には凛とした絶対なる判断者なんだよ?所謂『ぷらいべーと』なところで人の隠しておきたいことを暴露して、相手の反応を見て楽しむのがあの方の日課というか暇潰しなのさ。

 

 …誤解しないでおくれよ?ほんとにやらなきゃいけない時は、感情に流されることなく完璧な仕事をなさるお方なんだ。公と私との差が大きいだけで、根が悪人というわけでもないしね。

 

 それで何の話かっていうと、閻魔様がこの前お出かけになったのさ。ほら、里にいたんなら知ってるんじゃないかい?ある日忽然と湖の畔に現れたとかいうでっかくて紅い館だよ。何でも、暫く前にヘンテコな異変を起こしたんだっけかな。……そうそう、それだよ。目に悪そうな霧を起こして太陽を遮ったんだったね。

 

 その館に面白そうな者がいるって言って、閻魔様がお向かいになったのさ。お供も連れずにふらふら出掛けて良いような方では断じてないからね、慌ててあたいも仕事にキリ付けて同行したんだよ。…正直、あたい程度が護衛しなきゃいけないようなお方ではないんだけど、そこは形式上一応ね。

 

 そこにいたのは、閻魔様よりもう少しだけちっこい(なり)した幼子みたいな妖怪だったよ。傍らに銀色の綺麗な髪した女の子が控えてたね。…隣に近しい間柄であろう相手がいるっていうのに一切ご容赦なさらないんだから、閻魔様も本当に意地の悪いお方だよ。

 

 ……え?その子の隠し事を閻魔様が言っちゃったのかって?はは、勘が良いねぇ。まさにその通りさ。何たって、今からする話はその時のことなんだからね ーー 。

 

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「咲夜。何者かしら、この2人は」

 

「……?お嬢様のご友人方と伺いましたのでお通ししたのですが」

 

「騙されてるんじゃないわよ。こんな緑と赤の凸凹コンビなんて私の知り合いにいるわけないじゃない」

 

 あの時は随分な言い草だったねぇ、初対面だってのに。閻魔様相手にそんな横柄な態度取ってたら、後で痛い目に遭うよって言ってあげたかったさ。いや別に、恭しくしていたところでどの道痛い目には遭うんだけどね?だったらまぁ、反抗的な態度を取ってても問題は無いのかも知れない。…だからって、あんたが裁かれる時には間違っても下手な口とか利かないことを強くつよーくお薦めしておくよ。自分の来世を実り多いものにしたいなら、ね。

 

「咲夜、貴女優秀だけれど時偶ふっと抜けた一面を見せるのが玉に瑕よ。常にとは言わないから、少しでも変だと思ったら私に確認をとるなり何なりしなさいな」

 

「大変申し訳ございません。すぐ()()します」

 

「……その早とちり癖も瑕の一つよ」

 

 まぁ少なくとも、そこらの木っ端妖怪ではないみたいだった。自分の前に現れた謎の存在に怯えて、すぐ排除しようとするようなことをしない程度の理性や風格は備えてたね。ありゃあ、妖怪の中でもそこそこ高い位置にいるやつだ。…へぇ、吸血鬼っていうのかい。あの子の種族は。覚えておこうかな、何かと役に立つだろうし。

 

「取り敢えず、貴女達は何者で何処から来て、一体何の目的があるのか教えて貰っても?」

 

「四季 映姫と申します。こっちの大きいのは連れです。地獄から貴女の隠したいことを、遡りに来ました」

 

 あたいのこと、連れの一言で片付けられたんだよ。どう思う?酷くないかい、本業すっぽかしてまで着いてきてるお供のことたった二文字に纏めちまうなんて!…だろう、だろう。まったくあの方は、あたいの気苦労も身体の疲労も一寸たりとも考慮してくださらないんだから……。

 

 おっと、話が横道に逸れたね。…閻魔様のお言葉を聞いた吸血鬼ちゃんは、まぁ当たり前だけど胡乱げな表情をしてたよ。いきなり地獄から来ました、過去のことを暴きますなんて言われて呆気に取られないやつなんているはずがないからね。

 

「確かに今日、運命が何か起きそうな気配を感じさせていたわね。…まさか地獄から客人が来るとは、流石に想定だにしていなかったけれど」

 

 でもすぐに納得して受け入れたのには、驚かされた。それに運命がどうたらとか言ってたけど、もしかしてあの子って運命に関する何らかの力を持ってたのかねぇ。それで朧気に何かが起きるとだけ予見できたとか。…もしそうだとしたら、とんでもない異能だよ。

 

 どうしてって?決まってるよ、サボってから何分後に閻魔様が説教しに来るかとか、全部分かるじゃないか。…サボるべきじゃないと言われてもね。適度に息抜かないとこの世界じゃやってけないのさ。だからサボりが結果としてより長い継続勤務を可能にするってわけ。どうだい、あたいは仕事を長く続けようとする真面目な死神だろ?ふっふっふ、ぐうの音も出ないようだね。

 

 それで、吸血鬼の女の子が何とも愚かに、閻魔様に話を促したんだ。あぁ……って思ったよ。いやだって、予め隠したい過去暴きに来たって言ってる相手に話をするよう頼んだら、そりゃあ話す話題なんか一つしかないだろう。

 

「それでは、貴女の過去の行いを一つ明るみに出します。悔い改めるかどうかは、貴女次第です」

 

「面白いじゃない。この私が過去の行いなんて恥じるわけがないわ。スカーレットデビルは生きて恥を晒すことなど無い、故に悔い改めることも無い。そうでしょう咲夜」

 

「無論」

 

「…というわけなのよ。私の過去をどうやって知るのかは知らないけどそこは面白そうだから問わないし、どうぞ何でも話して頂戴な」

 

「それではお言葉に甘えて。…レミリア・スカーレット。貴女は自室の寝床、その枕元に親しい関係にあるものたち5人の名を付けたぬいぐるみを置いていますね?」

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 ほーら言わんこっちゃない。…閻魔様は相手が恥ずかしさのあまり赤面を禁じ得なくなってしまうようなことしかバラさないんだから、下手すりゃ過去の真面目な過ちを公表されるより大きな傷を負うってことが分からなかったんだろうねぇ。初対面だし、仕方ないっちゃあそうなんだけども。

 

「『ふらん』、『めいりん』、『こあくま』」

 

「待ちなさいと言ってるでしょう!?ちょ、ちょっと咲夜!命令よ、大至急あいつの口を塞ぎなさい!」

 

「御意に。……お嬢様、あの2人の血をご所望でしたら、ある程度残すようにしますが如何致しましょうか」

 

「だから()()()の意味じゃないと何度言わせるのよ!!」

 

 ぬいぐるみに近しい人妖の名前つけてるなんて、ますますツンツンしてる……レミリアちゃん?彼女に似合わぬ年相応な可愛らしさじゃないか。

 

「『さくや』『ぱちぇ』」

 

「咲夜ァ!さっさと止めなさい、私の威厳に大きく響くわ!!」

 

「…お、お嬢様。私の名も付けて下さっていたのですね!この咲夜、感激でございますわ」

 

「え、あ、うん。それは勿論主として当たり前の……じゃなくて!」

 

「……物に名を付けるということは、その物に意味を与えるということです。よくよく考えてから名を付けたのなら良いのですが、もしその場の勢いなどで命名したのでしたら、今一度再検討した上での名付けをお薦めします」

 

「貴女はそろそろその忌々しい言葉しか吐かない口を閉じなさいってば!!」

 

 右に左にツッコミの嵐。あー、口元が忙しそうだなぁと思って見てたよ。哀れ閻魔様に魅入られてしまった者の典型的な末路だったね。…この前は乙女が一人内に秘めたる恋心を暴露されてたから、それに比べればまだマシな方なのかも知れなかったけど。どっちにしても恥ずかしいったらありゃしない。

 

「ふぅ。満足、もとい説教はこのくらいで良いでしょう」

 

「満足って言ったわよね。説教する気、初めから無かったわよね?」

 

「空耳です。…あぁ、そうそう。もう一つ、貴女が絶対に知らないであろうことを教えておいてあげましょう」

 

「話すのは構わないわよ。ただ、これ以上余計なことを一文字でも話したら、蒸発させるけど」

 

 余程これ以上のことが露見するのが嫌だったんだろうね。手元に妖力がバチバチしてる槍みたいなのを作り出して閻魔様を威嚇してきたんだ。幾らあの方に届くわけがないとは言っても黙って見てられる状況でもないし、これは流石に止めようと思ったんだ。そうしたら閻魔様、それより早く話し始めちゃってさ。お陰で間に割って入ってレミリアちゃんを制止するタイミングを逃しちまった。

 

「貴女はこれを聞いておくべきだと思いますが」

 

「ストレートに言わなければ分からないみたいね。…余計なお世話よ、要らないから帰りなさい。これを投げつけられたくなかったらね」

 

 結構な力を込めてたみたいでね、あの槍。部屋全体が軽く震えてたよ。そんな芸当ができる妖怪は久しぶりに見たしなかなか凄いじゃないかと言いたかったけど、言ったら言ったで面倒なことになりそうだったからやめておいた。自分で言うのも何だけど、多分賢明な判断をしたと思うよ、あたいは。

 

「ふむ。…聞きたくないと言うのなら仕方ありませんね。帰りましょうか」

 

 閻魔様がお掛けになっていた椅子から立ち上がったから、あたいもそれに倣って立って、2人で館の外へと出たんだ。あの館かなーり広かったからね、歩きたいとも思えなかったしあの方も同じだったろうから能力使ってひょいっと出てきちゃったよ。今更だけど、あの子達を驚かせていたんなら悪いことをしたねぇ。

 

 それで、他にこちらで済ませておきたい用事が無いか閻魔様に聞いたんだ。無いと仰ったからそれでは地獄に帰りましょうかって言って、こっちと地獄との境目までの距離を無くそうとしたんだよ。そうしたらいきなり呼ばれてね、こう言われた。

 

「私は、彼女が何百年後かに天寿を全うして地獄へとやってきた時にこう言ってあげたいです。『だから言ったのに』って。まぁ職務上そんなことは口が裂けても言えないのですが」

 

 勿論意味なんて分からない。だからどういう事ですかって聞いたら、まーた意地の悪いニヤニヤ笑いを顔にぴったりと貼り付けながら教えてくださったのさ。

 

「さっき、ぬいぐるみの名前の一つに『ぱちぇ』というものがあったと言いましたよね。彼女の本名はパチュリーというそうなのですが。

 

 

 

 

 

 レミリアには大変残念なことに、()()()()()()()()()()()()

 

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 はてさてあの後レミリアちゃんがどうなったことやら。ただ二つだけ言えることは、彼女の秘密を知る者が二人になったということと閻魔様の御機嫌が大変良くなったってことだけだね。もしかしたら2人はレミリアちゃんのことを慮ってぬいぐるみのことを言わなかったかも知れないし、面白がって館中に吹聴して回ったかも知れない。それはあの館の住人のみぞ知るってことさ。

 

 ……おっと。そんなことを話している間に、是非曲直庁に着いたみたいだね。どうだい、道中全く怖くなかっただろう?そうだろうそうだろう、閻魔様の武勇伝にあたいの語りが合わされば泣く子も破顔一笑さ。

 

 ここからは、船を降りて道なりに進んでいけば案内の者がいるから、その指示に従っておけば閻魔様の元に辿り着けるよ。…余計な注意だったら悪いけど、返す返す失礼な態度を取っちゃダメだからね?奔放なお方とはいえ、ここの最高権力者なんだから。

 

 でも、あんたなら大丈夫だと信じてるさ。それじゃあ、何の助けにも足しにもならないけどあんたの来世が素晴らしいものになることを祈っておいてあげるね。こう言うのはおかしいかもだけど、頑張ってきなよ。


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