……。
「……」
……。
「……」
……あぁぁー。平和だねぇ。
「そりゃあね。月を巡ってのごたごた以降は大きな異変も起きていないもの、今日も幻想郷は平和そのものよ」
無聊を慰められる程度の刺激は欲しくなる時もあるけど、やっぱり何にもない平穏な日常に勝るものはないよねぇ。
お日様がぽかぽかしてて気持ちが良いよ。あぁ、生まれ変わったらこの陽の光を一身に受けれてる木の板になりたいなぁ。
「神社の一部になりたいだなんて、変なの。それより何よ、息せき切って飛び込んできたからすわ揉め事かと思えば、まさか陽向ぼっこをするために来たっていうの」
いやいや、まさか。あたいは恐怖の大魔王から命からがら逃げ出してきたんだよ。ここに来たのはほんとに偶然で、陽向ぼっこは当初の目的ではなかったのさ。
「恐怖の大魔王?誰よ、それ」
あたいの上司。
「…あぁ。あのチビ説教魔ね。というか、あんたがウチにいるって分かったら、あいつここまで乗り込んでくるんじゃないのよ。やめてよね、もうあいつの長ったらしい説教は懲り懲りだってのに」
もう暫くしたら、違うところに身を隠すつもりだよ。それまではゆっくりさせておくれ。…あぁ、疲れた体にあったかい陽の光が染み渡る。
「植物か。…でも、何をやらかしたらあんたが這う這うの体で逃げ出すなんて珍事が起きるのよ。この博麗神社にも今まで色んなやつが来たけれど、脱走死神なんて珍妙なものが来たのは初めてだわ」
そうだねぇ。
「えぇ。幽香とかレミリアとか、強大な妖怪達からその辺の木っ端、果てには一部の人間まで狙われたと聞くわ。何でも隠したいことを暴き出して、そのまま帰ってくとか」
その通り。霊夢のところには閻魔様も行ってなかったと思うんだけど、知ってたんだね。
「それだけ多くの人妖を弄んだともなれば、そりゃあ話も巡り巡って私の耳に入ってくるでしょうよ。それで、近頃の閻魔の奇っ怪な行動とあんたが逃げ出してきたのに何の関係があるのかしら」
いやね、実は最近仕事をサボっ……じゃなくて、お休みを頂いて幻想郷のあちこちを歩いてるんだよ。
「なるほどね。積み重ね続けてきたサボりが遂にバレて大目玉、と」
サボりじゃない、あれらは立派な休憩だよ。きちんと心の中におられる優しい閻魔様が認めてくださってるもの。
ま、それもあるにはあるんだけどねぇ。…あたい、行く先々で閻魔様の余興について語ってたんだよ。丁度良い話のタネにでもなるかなーって思ってさ。それで、皆結構気に入ってくれるもんだから、次もこの話題にしようって感じでずるずる行っちゃうわけじゃん。
「うん」
それもバレたってわけ。
「……えーと。つまり、隠し事を暴いてる閻魔のことをあちこちに言いふらしてるっていう隠し事が本人にバレたってことかしら」
その通り。いやー、まさかあたいの過去まで見てくるとは思わなかったよ。見られてるって分かってから極力すぐに逃げ始めてて正解だった、あと一秒でも遅れてたら捕まってそれはそれは酷い仕打ちを受けたに違いないからねぇ。
「ややこしいんだか単純なんだかよく分かんない話だこと。イマイチどういうことか分かんないし、もう少し詳しく説明してちょうだいな」
おや。他人のことには関心の薄いあんたが、珍しいね。
「気まぐれよ、気まぐれ。私だってたまには人の突っ込んだ話とか聞いてみたくもなるわよ」
そうかい。…でもなぁ、これを喋ったこともバレちまったらさぁ大変。嬉々としてあたいの過去をさらに掘り下げてくるかも知れない。それだけは謹んでご遠慮願いたいんだよねぇ。
「閻魔、そんなに怒ってるの?」
怒ってるっていうか、面白がってる。
「面白がってる?」
そう。今までちょこちょこ文句言いながらもなんだかんだできちんと付き従ってたあたいが、まさか他所で陰口紛いのこと言ってるなんて思いもしなかったみたいでさ。まさしく面白い玩具見つけた童の顔だったねぇ、アレは。
というわけだ。申し訳ないけれど、これ以上あの方の加虐心を擽りたくないし話をするのはちょっと控えておくよ。
「えー。折角私が興味を持ったってのに、それはないんじゃあないかしら。全て吐いてしまった方が私の身のためよ」
あたいが何にも関係ない第三者だったら、手放しであんたを支持してただろうけどねぇ。残念なことに今のあたいはあの方の格好の標的なんだ、そのお願いは聞き入れられないよ。
「むぅ」
また今度、あんたの興味を引けそうな話を一つ持ってくるからそれで許しておくれ。
「私は今起きている楽しそうなことについての詳細を知りたいのよねぇ。この気分にまたなるなんて保証、何処にもないんだもの。…そうだ、良いことを思いついたわ。死神、私と一つ取り引きをしましょう」
…取り引き?
「別に、身構えなくても良いじゃない。あんたにとっても利のある話だと思うわよ」
利ねぇ。一応聞いとこうかな。
「もし私に事の仔細を教えてくれたら、あんたを異世界に逃がしてあげるわ」
…異世界、ねぇ。どんなところなんだい、そこ。
「異空間って私は呼んでるんだけどね。凄いところよ、大きな建物があってきらきらしてるの。しかも、その世界の中でなら何処へだって瞬時に行けるんだって。…あのアンテナ髪は何て言ってたかしら、僅かな隙間が無限の広がりをどーたらこーたらだっけ」
ほぉ、それはまた奇妙な空間があるんだね。八雲のスキマとはまた違うものなのかい?
「
判断基準が見栄えかい。八雲がこの話を聞いたら悲しみそうだ。…しかし、霊夢の話を信じるなら一時的に身を隠すには絶好の場所だね。
「私がこんな与太話するわけないじゃない。私はいつだって困ってる人の味方をする正直者の巫女さんよ」
確かに、霊夢が嘘ついてたらすぐ分かるもんねぇ。判別がつかなかったってことは、信じて良いってことだろう。
「巫女侮辱罪で退治してやりたいけど、そうしたら話聞けなくなっちゃうし我慢しといてあげる」
そうしておくれ、あんたにお祓い棒振り回されたら怪我じゃ済まないこと請け合いだ。
何はともあれ、その取り引きに応じるとしよう。ついさっきまでの出来事、話せる限りで詳しく教えてあげようじゃあないか。
「そうこなくっちゃ!」
利き手の活きが良いってのは、話し手としては嬉しいことだよね。さて、話し始めていこうか。怖い追手があたいの痕跡を嗅ぎつけてここへやってくる前に、異空間とやらへ退避しないといけないもの。迅速に、しかし焦ることなく事を進めていきたいものだ。
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今朝のことさ。いつものように魂を是非曲直庁前まで運び終わったあたいは、次の出航時間までまだ余裕があるのを見つけて少し休憩してたのさ。
欠伸をして伸びをして、眠気があたいの頭を怒涛の勢いで侵略し始めた頃合いだったかな。ふと、背後から視線を感じたんだ。
とは言っても、敵意殺意があったりしたわけじゃあなかった。ただ明確にあたいを捉えているってのが丸分かりだったから、眠いの堪えてひょいっと後ろへ振り向いたのさ。
「……」
そしたら、なんとびっくり。さっきまでいなかったはずの閻魔様が立っておられるじゃあないか。運んできた魂達の裁判はどうしたのかって疑問に思うあたいを他所に、あの方は無言で目線を手元に落としなさった。
「…ふむ」
何か持ってるってのは分かったんだけど、それが何かが分からなくてさ。予定記した手帳でも付け始めたのかなって思いながら見てたら、ふと閻魔様のちっちゃな手から見たことある黒い縁がはみ出て見えたんだ。
「ほほう。これは、予想こそしていましたが何とも面白いではありませんか」
一瞬思い出せなかったんだけど、すぐに手元の物体の正体は分かった。…浄玻璃の鏡だったんだよ。そう、生者死者を問わず全ての命ある者達の過去を覗くことの出来る個人情報完全無視の鏡。
それを持ってあたいの後ろに立っていた。じっと、ただの一言も発することなく。…そう考えた途端、背筋だけが極寒の地に放り込まれたみたいにぞくぞくっと震えたよ。閻魔様、いつからかは正確に分かんないけどそれなりの時間あたいの過去を遡っておられたんだ。
ゆらゆら揺れる水面を見ていたら、いつからか血みたいに真っ赤な目をして口のつり上がった女が映り込んでた。その時に感じるのと同質な怖さがあったよ。あたいもそれなりに歳食ってきたけど、あんな明確な恐怖体験はもしかしたら初めてだったかも知れないねぇ。
これはもしかしたら、いやもしかしなくてもヤバい。頭の中で警告音がけたたましく響き渡ってるような錯覚を覚え始めたあたいの耳に、さらなる衝撃をもたらすお言葉が届いたんだ。
「ある時は死者の魂に。またある時は紅魔館の門番に。へぇ、蓬莱の死ねない炎に語ったこともあるのですか。現し世に広い交流を持っているようで」
美鈴のことを出された時に、あたいもびびっと来たよ。これはもしかして、今まであたいが閻魔様の余興について語ってきた人妖を挙げているんじゃあなかろうかってね。
「最も新しいところですと、非想非非想天の娘の付き人にでしょうか。この時は随分と好き放題言ってくれているようですね、振り回して東奔西走とはなんとまぁ」
酒の勢いで確かにそんなことを言った記憶はちょびっとだけ残ってた。あぁ、酒に呑まれて失態を晒すなんてバカなことをしたと後悔する心を無理やり押さえつけて、あたいは猛然と逃走を開始したよ。
あの場に残って自省してても、状況は絶対に好転しないって直感で分かったもの。隠しておきたいことを暴き出されて顔を赤に青に染めるハメになるのがオチさ。神様相手に自分が有利になるような奇跡を願うだなんて、バカバカしすぎて現実性の欠片もありゃしない。
「業務怠慢、上司の悪口、絡み酒。これは少し、上に立つものとして教育的指導を要するようですね」
ほんの微かにうふふ、と閻魔様が底冷えのする声で笑ったのだけは聞こえたけど、それより後のことは知らない。これまでにない速さで能力を発動して現し世に逃げて、それからもっかい能力使って博麗神社まで来たからねぇ。
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という経緯があって、あたいはここにいるのさ。
「何をどう好意的に解釈しても、あんたが悪いわよね。今回のことって」
否定はしないよ、したいけどさ。
「できない、の間違いでしょう。…ま、良いわ。ここ一週間で聞いた話の中では一番面白かったし、約束通り異空間ってところまで案内してあげる。最後に聞いとくけど、やっぱり閻魔のところに自首しに行こうとかは考えてないかしら」
全く。ほとぼりが冷めるまで逃げ仰せて、そろそろ大丈夫かなってくらいで地獄に戻って何食わぬ顔で魂運びを再開するっていうのがあたいの計画だからねぇ。
「紛うことなき下衆の所業ね」
何とでも言うが良いさ、あたいは今を一番良く生きたいんだ。
「その姿勢には通じるところを感じるんだけど。…ほら、もたもたしてたらあんたの恐れる過去見大明神がここまで来るかも知れないわよ」
おっと、それは一欠片たりとも望んじゃあいない未来だね。神罰があたいに下る前に、可及的速やかに異空間までの道案内を頼むよ。
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「ほら、ここよ。あんたならこの先に違う世界が広がっているってのが分かるんじゃないかしら」
ふむ。確かにこことは相の違う界があるね。これは中々見つけられないだろうし、隠れ蓑にするにはうってつけだ。
「感謝しなさいよね。…あ、そうだ。言うのを忘れてたけど、もし中にクワガタみたいな髪した女とかアホの子とか幽霊女とかがいたら、博麗 霊夢に案内されてここへ来たとでも言っときなさい。きっともてなしてくれるわよ」
ん、先客がいるのかい。
「いるかもね、この世界を創ったやつが」
そうなのかい。それじゃあ、事情だけ説明して隅っこの方を借りるとしよう。
「…あら。いつの間にか太陽がほぼ真上に来てるじゃない。それじゃ、私はお昼ご飯を作らないといけないから神社に戻るわ。何となく私の勘が、あんたは逃げきれないって言ってるけど頑張ってね」
余計な一言がなけりゃ応援の言葉として良いものだったのに。まぁいいや、案内等々ありがとさん。
…さて。それではいざ、謎の異空間とやらへお邪魔するとしようか。いつぞやの茨木の結界と同じで、そのまま先に進めば入れるんだろうね。
それじゃあ、失礼す痛ぁっ!?
い、痛てて……。何だい、境界さえきちんと見えてれば誰でもすんなり入れる類のものじゃあないのかい。見えない壁に思いっきり突っ込んじまったじゃあないか。
この世界にお邪魔するにはただ進むだけじゃダメってことなのかな。…おいおい、この後どうするかなんて霊夢から聞いてないよ。
はてさて、どうやって中へ入ろうか。攻めあぐねた泥棒みたいなこと考えてる気がするのは、きっと気のせいだろうから放置しておくとしよう。
うーん、その辺りに鍵とか落っこちてないかねぇ。…そんなに甘い話はないか。いやしかし、だとすればこの世界には一体どうやったら立ち入ることができるのかな。この先にあたいの安息地があるのはほぼ確かなことなんだけど。
「私を倒せば、その世界に立ち入ることができるようになりますよ」
えぇ。そんな、四季様を倒すなんて大それたことできるはず…が……?
「数時間ぶりの再会ですね。ホラ、折角またこうして出会えたのですから、楽しい顔の一つでもしたらどうなんです。こちらを向きなさい、顔を見せなさい」
あ、あれあれ?今何か、おかしいところがあったような。そして何なんだろうね、体は震えるわ背筋は凍てつくわ歯は噛み合わないわ。
落ち着こうか、あたい。一度目を閉じて深呼吸をするんだ。そーれ、いちにーさん、いちにーさん。ゆっくりと目を開けば、この悪寒は跡形もなく消え去っているだろうさ。
そう。あたいはいつの間にかうたた寝しちまって、夢を見てたんだ。やだねぇあたいったら、最近の寝不足がここにきてしっぺ返しをしてくるだなんて。早いとこ柔らかいお布団に飛び込んでぐっすりと
「ネェ、コマチ?」
ぎゃああああぁぁぁっ!?
「女性がぎゃあぁっなんて叫び声をあげるものではありません。私としては心からの悲鳴を聞くことができて何よりなのですがね」
し、しっ、しっしし四季様。ど、どうしてここが。
「…あぁ、なるほど。貴女、気がついていなかったのですね。だとすれば、その反応にも納得がいく」
気がついてなかったって、何にです。
「干渉されていたことに、です。…貴女を黒、貴女以外の世界を白と設定してから幻想郷全体を俯瞰していました。そうしたら、白い世界の上で
な、何ですかそれ。反則じゃないですかぁ。
「私のすることは全て合法となるのです。貴女もよく分かっていることでしょうに。…さて。
いやぁ、残念ながら。
「そうですか。…業務怠慢、上司の悪口、絡み酒、身長格差などについて教育的指導が必要だと言ったのですが」
増えてますよ、どう考えても余計なのが一個。
「何です。覚えているではありませんか」
……あっ。
「今ので虚偽の発言という罪状が一つ増えましたね。これで私が裁くべき罪は、五つですか。…一人で抱えるには些か多いようにも思えます。貴女って惚けた顔してそこそこの罪人なんですかね」
え、さり気なく紛れ込んだやつを省いて四つでは。いえ、四つになったとしても断固嫌なことには変わりないのですが。
「私の判断に逆らいましたね。上司への反抗と閻魔への反抗も加えて、合計七つ。まさか身内から七つの大罪を背負うものが現れるなんて、非常に悲しいことです」
四季様が異なる教えの中の伝承を用いないで下さいよ。…じゃなくて、そんな下らなくはないけど最重要でないことをのんべんだらりと話してる場合じゃないね。
「おや。また逃げるのですか」
勿論。
「いつまで?」
いつまで、ですか。…四季様がこのことについて忘れてしまうまでくらいですね。
さて、予定は狂いましたがまた調整すれば問題はなし。何処に行ってもバレてしまうのが厄介ではありますが、致命傷にはなりません。さっきはあまりに突然だったからこそ叫び声をあげてしまっただけで、予想さえできていれば二度とあんな失態を犯すことはありません!
それでは、いざさらば!
……。
……?
アレ?おかしいな、立ってる位置も四季様との距離も変わってない。
もう一度使ってみよう。えい。…ど、どうなってるんだい。能力が発動されてない。
「正確には、貴女の能力の使い方に問題があると言った方が良いでしょう。地点甲と地点甲との距離なんて、貴女がどうこう操作するまでもなくゼロですからね」
何を仰って…うん?
「やっと気が付きましたか。遅い、遅いですよ小町。精進が足りていません」
申し訳ございまじゃないや。これは一体どういうことですか四季様。
「一帯全ての地点の情報が持つ違いを、無くしています」
いや、そういうことではなくてですね。この現象は貴女の能力で起こせるものではないでしょう。四季様ができることのまさしく真逆じゃあありませんか、差異の均質化なんて。
「えぇ。確かにそうですね、私にこんな芸当はできません。私の持つ能力は、あらゆるものに区切りをつけるというものですし」
じゃあ、何で。
「私にできないなら、私以外のものに任せてしまえば良いではありませんか。互いの欠点を補いながら、我々は生きているのです。そのことをゆめゆめ忘れてはなりませんよ、小町」
四季様の欠点を補えるような、境目を曖昧にしちまうようなやつ……ま、まさか!
「小町が誰を想像したのかは定かでありませんので、合っているとは言えませんね。…まぁ、貴女に犯人を教えるより先になすべきことがありますし、そちらを優先するとしましょう」
距離操作が使えないんじゃあ、どう足掻いたって四季様からは逃げられっこない。四季様が全力で飛んだ時の速度なんて知らないが、あたいより遅いなんて期待はするだけ無駄だろうねぇ。
うぅっ、隠したいことを明るみに出されるのは嫌だなぁ。いっつも傍から見てて暴かれてるやつらは可哀想だなぁって半ば他人事みたいに考えてた頃に戻りたいよ。
「これ以上無益な抵抗を試みなかったことについては一定の評価をしましょう。ですが、今回は隠し事を遡って貴女に反省を促すつもりはありませんよ」
…えっ?
「もっと言えば、貴女を地に正座させて、足に石が食い込んで痛そうな表情をするのを見て楽しみながらお説教をする気もありません」
となると、地獄へ戻って裁判室で正式な裁断を下すということですか。そんな重罪を犯した罪人みたいな扱いは、どうかご勘弁をば……。
「いいえ。貴女への罰は、この場で執行します。…今にして思えば、小町がこうして現し世へ逃げてくれて良かったのかも知れませんね」
突然、何ですか。あたいが現し世に逃げたことが、四季様にとっては好都合だったんです?
「そうですね。しかもこの周囲からは、人妖の気配が全くしない。これならば、多少過激な罰を与えたところで誰かの目に止まってしまうこともないでしょう」
そういう意味で喜ばしかったんですか。…あまり聞きたくはありませんが、あたいに何をするおつもりで?
「取り敢えず、貴女の罪状を事細かに記してあるこれで頭を叩いて、この件については終わりとしてあげましょうか」
四季様の
「これも、貴女にしっかりと罪を悔いてほしい故の罰です。部下の頭を思い切りよく殴打するなどという蛮行、私も本当はやりたくないのですよ」
嘘ですよね、その言葉。そんな三日月口元にお作りなさって、絶対楽しんでるじゃあありませんか。目も怖い、怖いです。いつもより三割増しくらいでがんと見開かれてると、ぱっちりおめめなんて可愛らしい表現では済まなくなってしまいますよ。
「さぁ、己の罪を心の中で唱えなさい。続いて、自省の言葉を」
それ、そのまま辞世の言葉になっちまいますよね。くっ、何とかしてこの危機的状況を回避する手段を講じないと。
あっ、いつの間にあたいの目の前までお越しに。あたいの頭をぶっ叩くために宙に浮いて、やる気満々ですね。でもできれば、今一度お考え直しになっては頂けないかなーと。
あ、いえ。大きく振りかぶるのではなく、悔悟の棒を置いて再考慮して頂きたく存じます。というより、凄く背中が柔らかいんですね。そんなに上体反らして振りかぶれるやつも、そうはいないことでしょう。流石です、余計な肉を一切付けておられないだけはあ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…過去は」
「過去は、変えられません。それこそ、時間を遡るという常識外れな芸当ができない限りは、絶対に」
「過去を見れば、その時誰が何を考えどのような行動をしたのかが手に取るように分かる」
「
「隠し事をするにも、理由がある。嬉し恥ずかし、単純に恥ずかしい。もう二度と思い出しすらしたくないという理由も、勿論ありますね」
「そう。だからこそ、過去を覗くのはやめられないのです。これに勝る娯楽など、世にあるはずもない」
「…さて。次は、誰の元へと向かいましょうか。何処かに私のお眼鏡にかなうものは、いるのでしょうか」
「おや、彼女なんて随分と面白そうではありませんか。こちらの殿方も中々渋いものをお持ちのようで。まったく、悩ませてくれますねぇ。私の生に刺激を与えてくれるものには感謝感激、雨霰でございます」
「ふむ。今宵はこちらの方の元へ出向くとしましょう。小町、着いてきなさい。
現し世に出向き、隠したいことを、遡りに行きますよ」
これにて、四季様による過去の業暴きは一旦お休みとなります。
しかし、未だに回収されていない線が幾つかあるのを読んで下さっている方なら見つけておられるでしょう。これらにつきましては、勿論回収していく所存でございます。再び四季様が幻想郷に突撃していくその日まで、どうかお待ち下されば幸いです。
それでは、お付き合いを頂いた全ての方に感謝を申し上げまして、締めの挨拶とさせて頂きます。ありがとうございました。