今日はいつもより忙しかったなぁ。運ぶ魂の数も普段の倍くらいあったし、現し世で何か大きな災害でもあったのかってくらいだよ。
でも、今こうして人里を見る限りでは特に深刻な事態が発生したというわけではなさそうだけどねぇ。時間が時間だけに子供はみんな家の中にいるみたいだけど、まだやってる店は幾つかあるしそいつらはどこもかしこも大盛況。
あたいのところまで美味しそうな匂いがふんわりと漂ってきて、疲れた空きっ腹を優しく妖しく誘惑してくるよ。…くぅっ、これはとても我慢できそうにない。
ここから近いのはうどん屋か、そこで一杯頂いてから地獄に戻って寝るとしよう。
お邪魔するよーっと。さて、席は空いてるかな。…お、一人席が二つ空いてるじゃあないか。あそこに座るとしようかね。
えっと、メニュー表はこれだね。ふむふむ、ぶっかけうどんに天麩羅うどん、月見うどんに梅おろし大根うどん。…なんだいこの選ばせる気ない面々は。どれもこれも美味しそうで一つになんて到底絞れやしないじゃあないか。
持ち合わせはあるけどあんまり使いすぎるのも気が引ける、ここは何とかばしっと一択に絞ってお金の節約をしないとね。結構本格的にお腹空いてるし、今日は量重視のやつが食べたいかな?となると、選ぶべきは月見うどんだねぇ。
よし、決めた。おーい、こっちに月見うどんの冷たいやつを一つおくれ。…注文完了、あとは月見うどんに合うお酒を選ぶだけさね。まぁベタに麦酒で良いかな、主役はあくまでうどんだし。
何杯飲もっかな。…七いっちゃうと、ちょっと翌日に響くかも知れないなぁ。三か四くらいがやっぱり一番丁度良いよ。宵越しに持たぬべきは銭じゃなくて酒、これが今の時代の常識だよねぇ。
おっと、新しい客が入ってきたみたいだ。ゆったりとした羽衣と長めのスカートに身を包んだ長身美女……って、アレ?あの里人らしからぬ服装は何処かで見覚えがあるような、無いような。
あるとしたらどこだっけか。えぇと、そうだ。昼寝してる時に、ふと空を見たら見かけたんだよ。二、三回くらい目撃したっけな。ふわふわと空を漂うように飛ぶ姿を見て、天女みたいだなぁって見惚けてた記憶があるよ。
それにしても、歩く姿だけで高貴な家の生まれだって分かるようなお姉さんがこんな庶民的な店に足を運ぶって、ちょいと意外だね。もっとこう、高級感溢れる料亭とかに足繁く通ってそうな感じがするんだけどねぇ。…や、別に場違いだから帰ってほしいとか思ってるわけではないんだよ?
「これはこれは、死神さん。こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね」
ん?おや、こっちへ来てくれたんだね。
「何度かお見かけしたことのある死神さんが見えましたから。ここで会ったのも何かの縁、ご迷惑でなければ食事の方をご一緒させてほしいのですが、どうでしょうか?」
勿論、喜んで。話し相手がいる方がご飯ってのは美味しくなるものだからねぇ。
「ありがとうございます。…すいません、こちらに肉大盛りうどん一つと大吟醸酒二本をお願いします。あ、純米で」
へぇ。手馴れたもんだ。
「こういったお店には、時折足を運ばせてもらっていますから。貴女ほどではありませんが、私もこの忙しない空気に縁ある女なのですよ」
アレ?どうしてあたいが、騒がしい店によく行ってるって知ってるんだい。そうだと言った覚えはないよ。
「貴女の纏う空気……雰囲気と言った方が良いですね。それを読んだのです」
なるほど、それであたいが場数踏んでるってのを見抜いたわけか。…しかし、まるでそういう系統の能力を持っているみたいな言い方じゃあないか。
「お察しの通り。私は空気を読む力を持っている妖怪です」
ほう。それはまた、喉から手が出るほど欲しい能力だよ。そいつがあればあたいは空気を読んだ行動を取れるようになって、あの方に目をつけられることも無くなるだろうに。
「…苦労しておいでですね」
分かるかい。
「はい。細かく分けていくと限りがありませんが、とにかく疲れたという空気が見えます」
大正解だよ。何たって今日のあたいは、一心に魂を運び続けた挙句、上司恒例のワガママに付き合わされたんだもの。そりゃあどんな体力お化けでもぐったりするだろうさ。
「死神である貴女の上司。…まさか鬼神長クラスとお出かけで?」
いやいや、地位的にはもっと上のお方だよ。
「えっ。鬼神長より上、ですか?」
そうだよ。あんたは閻魔って役職を知ってるかい。
「この世界の法を司り、何者にも干渉されない別次元の存在であると耳にしたことがありますね。まさか、今日貴女を振り回した上司というのは」
んにゃ、閻魔様だよ。
「…驚いた。貴女、高位の死神さんだったんですね」
いや、別段死神の中で優れてるとは思ってないよ。あたいはあくまでもただの一死神だからねぇ。どうしてあたいばっかりあの方のお遊戯に付き合わされるのか、皆目検討もつかないよ。
「理由なき事象はありません。閻魔様が貴女を選ぶ理由が何かあるのでしょう。尤も、それがどのようなものであるかは私には分かりませんが。…おや、少し真面目な話をしていたら月見うどんがこちらに。死神さんが頼んだんですか?」
あぁ、それはあたいのだね。はいはい、貰うよ。…おぉ、あの値段でこの量があるのかい。財布と空きっ腹に優しい一品だなぁ。
「……、……食べないのですか?」
え、うん。あんたの頼んだものがまだ来てないじゃあないか。
「…純粋な、混じり気のない疑問」
ん?どうかしたかい。
「いえ。…ありがとうございます」
ははは、何だいいきなり。天女さん、あんた空気が読めるって割には唐突な物言いをするんだね。
「性分なものでして。…あぁ、あと名前を申していませんでしたね。申し遅れました、私は
竜宮の使い。これはまた、随分と珍しい妖怪だね。普段は雲を泳ぎ悠々と暮らしているから出会えないんだよね。
以前におバカな天人が異変を起こした際にちらりと姿が確認されて以降、やはり何処へ行ったのか分からなくなってたんだったか。大スクープの予感がするって言って、文ちゃんが一時期四方を飛び回って探していたのを覚えてるよ。
「総領娘様の一件では、各方面にご迷惑をおかけしました」
おや、比那名居のお転婆娘を知ってるのかい。
「付き人のような役を務めさせて頂いております。御することができていないのは、お恥ずかしい限りなのですが」
なるほど。閻魔様とあたいみたいな関係があるんだねー……って、ちょいと待った。天子ちゃんは天界に住む天人だ、つまり彼女に付き従うあんたも天人なんじゃあないのかい。
「そうですね。私も天人の枠に当てはまるものです」
何とまぁ。衣玖ちゃんってば、本当に天女さんだったんだねぇ。
「少し頭を捻れば分かることではありますが、一応公言するつもりはないのでどうかご内密に」
それは勿論。しかし、どうしてご内密にしたいことをあたいには教えてくれたんだい。
「何故、ですか。ふむ、簡潔に纏めるなら信用できる気がしたからですね」
ほう、それは嬉しいことだね。
「貴女の周りの空気は澱んでいない。濁りなく、澄み切った雰囲気。…そして、澄んでいてなお底を見せないだけの風格もある。信用するには充分すぎます」
あたいに風格?おいおい、よしておくれよ。虎に空を飛ぶための翼が生えているって大真面目に言ってるようなもんだよ。
「自らをただの一死神と呼ぶような方がこれだけの深みを持っているのです、探せば空を翔る虎も見つかるやも知れません」
そんなのいたら、のんびり空中散歩もできやしないじゃあないか。
「違いありませんね。…ところで死神さん。私は今、秘密を一つ貴女にお教えしたわけですが、平等って大事だと思いませんか?」
生憎、語って聞かせられるような秘密なんてあたいには無いよ。
「それは残念。…でしたら、今日の大変だったお仕事とやらについてお聞かせ願えませんか?勿論、業務上秘匿しておくべき情報については一切求めません」
それが秘密の対価ってわけだね。うん、良いよ。その提案に乗るとしよう。
「ありがとうございます」
あたいも誰かと話をするのは大好きだから、これくらいのことならお安い御用さ。さて、衣玖ちゃんの頼んだ肉大盛りうどんと大吟醸が届くまで暫し今日という一日を振り返っていこうか。
里のうどんは質が良い、多少話が伸びても麺は伸びないだろうから安心だねぇ。
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あれはお天道様がしっかりと姿をお見せになるくらいの時間だったかなぁ。あたいが今日も元気に仕事をしようと気合を入れて、船を泊めてあった場所まで行ったんだ。
そしたら、そこに本来いるはずのない方がいてね。そ、何を隠そう閻魔様だよ。あたいの胸にも届かないくらいちびっこいお方なんだけど、生活習慣はあたいと比べ物にならないくらいしっかりしておられてね。
早寝早起きは当たり前、欠伸しながら閉じられていく目にどうにか喝を入れていたあたいをぱっちりと開いた目で見ておられた。目の色的に、多分ちょいと呆れられてた気がするよ。
「現し世に行きますよ」
それは命令であり、提案に非ず。あたいに拒否権なんてあるはずもなく、あぁまた例の悪癖が出なさっているのかと軽くげんなりしながら閻魔様の後を追うしか選択肢はなかったね。
現し世に降り立って、今日は何処へ向かうのか聞いたら、閻魔様はこう仰った。
「紅魔館近くの、霧が深い湖へ」
それを聞いて、おっと思ったよ。何せ茹だるような暑さが身を熱するこの季節だ、見ているだけで涼しい気分を味わえる水場に行くのは大歓迎さ。
それじゃあ向かいましょうかと空を飛ぶこと数分、道中特筆することもなくあたい達は湖へと到着したよ。
相変わらず、霧が深かった。冷たい湖の水由来なお陰か、霧に包まれてるとひんやりとして気持ちよかったんだけど、視界が大きく制限されるのにはちょいと困ったさ。足元が怖くててってけ歩けたものじゃあない。
「気温の下がり方から見ても、恐らくこの近辺にいるはずなのですが」
確かにあの辺りは、夏真っ盛りだってのにそれを感じさせないような涼しさだったけど、それと閻魔様の探し人に何の関係があるのかねぇと疑問に思ったさ。
そしたら、運の良いことに向こうからこっちに来てくれたんだ。
「あんたたち、サイキョーのあたいが率いる妖精たちの縄張りに入るとは良い度胸じゃない!」
幼い女の子特有の高くてふわふわした声を聞いて、あぁなるほどと合点がいった。彼女は氷の妖精だから、あそこらの気温をある程度下げてても不思議な話じゃあなかったんだよ。
「チルノ、お久しぶりですね。私のことを覚えていますでしょうか」
「んぁ?誰だお前!あたいはお前なんて知らないぞ!」
花が際限なく咲き誇る異変が起こった時、あの子は閻魔様にお説教を受けてたんだよ。だから会うのは少なくとも二度目になるんだけど、当の説教された本人がそれを覚えている様子はなかったね。
…まぁ、言っちゃあ何だけれどあの子のおつむは見た目相応、いや下手すれば見た目よりさらに下か。そのくらいしかないんだから仕方ない。
「それは残念です。…まぁ今は置いておくとしましょうか。チルノ、少々お時間の方を頂きたいのですが」
「あんまり長くならないなら良いぞ。それより、あんた誰?」
「本当に覚えていないのですね。…四季 映姫。閻魔ですよ」
閻魔様に一度説教されて、そのことを忘れられるやつって凄く稀有だと思うんだよ。あんな的確に己の罪を暴かれ責められたら、忘れたくても忘れられないトラウマ的な体験になったって変じゃないってのに。
やっぱり妖精は無為自然に生きる存在なんだなぁと思いながらチルノちゃんの方を見たあたいは、一瞬我が目を疑うことになったのさ。
「あんたが誰だって良いわ。ここはあたいたちの縄張りよ、氷漬けになりたくなかったら今すぐ引き返しなさい!」
元気良く閻魔様に食ってかかったチルノちゃんの肌の色が、あたいの知ってたそれと全く違ったんだ。雪みたいに白かった肌は、薄茶色になってたんだよ。…そう、あたかも日焼けしたかのような色だった。
しかし、氷精であるあの子が日焼けなんてできるとは思えなかったね。その前に登りつつある太陽の熱に溶かされてしまうのがオチなんじゃあないかとも考えた。だけど、どう見たってチルノちゃんは日焼けしてたんだ。
さぁ一体あの子の身に何が起きたのかと好奇心半分不思議半分くらいの気持ちでいたら、閻魔様がチルノちゃんに声をかけなさった。
「チルノ、私達は貴女の縄張りを荒らしに来たわけではないのです。今日は貴女の隠したいことを、遡りに来ました」
妖精ってのは、楽しいことを求めて生きる人外だ。結構本能のままに行動してることが多いから、隠し事なんてする質でもできる質でもない。
ましてやあのチルノちゃんだよ、あの。心の内側で守っておきたい秘め事なんて、あの子に絶対あるわけがない、そう確信してたねぇ。
「隠したいこと?」
「そうです。貴女には今、公にしたくない秘密が一つあるでしょう」
「おおやけって、何か燃やしてるのか?」
「…皆に知られたくないことがあるでしょう」
簡単な言葉で言い直した時の、あの閻魔様の何とも言えない顔といったらもうね。苦虫は噛んでないんだけど、こう、なんというべきか。うーん、そうだねぇ。例えるのがすっごく難しいけど、無理やり例えちまうなら生ぬるい心太を噛んだみたいな顔をしておられたよ。
「…げっ」
分かりやすく言われて、やっとあの子は自分の秘密がバラされようとしてるのに気がついたんだ。隠し事が下手なんだろうね、あからさまに動揺した様子を見せてたよ。
調子を狂わされて何処と無くやり辛そうな閻魔様に、思わぬ展開のせいで焦ってたチルノちゃん。傍から見てたあたいに言わせれば、別段どちらが優位に立っているわけでもないように思えたね。
珍しいことさ。いつもこの手の暇潰しもといお説教をなさる時には主導権を握っておられる閻魔様が、あの時に限っては主導権を自らとチルノちゃんとの間に置いてたんだからね。どちらが取ってこの場を支配するのか、半分傍観者的な立ち位置から見てたからあたいとしてはちょいと面白かったよ。
「そ、そんなものはないぞ。あたいはサイキョーだからな!」
「コホン。残念ですが、証拠があるのです」
近くに置かれた主導権に気がつけなかったチルノちゃんを他所に、咳払い一つでひょいと奪ってみせた閻魔様が場の優位を獲得なされた。惜しかったなぁあの子も、もう少し考えるってことに力を回してれば、もしかしたらもしかして一瞬だけでも閻魔様をたじろがせることができたかも知れないってのに。
え?そりゃあね、散々振り回され続けてきたあたいとしては一度くらい閻魔様がきりきり舞いになってるところを見てみたいさ。何度もなんて贅沢は言わないから、実現してくれないものかねぇ。
「証拠だって!」
「はい。…貴女のその皮膚、随分と健康的な小麦色になっていますね。性質上日焼けなどできない以上、内面に自分とは異なるものを加えることで外見に変化をもたらしたと考えるのが自然になってきます。さて、貴女は何を取り込んだんです?」
「言えるわけないでしょ。さてはこむずかしーことしか言えないバカね、あんた」
「ふむ。否定はしない、つまり何かを取り込んだことは認めると」
「……あっ」
バカはどっちだってんだい。あんな何番煎じかも分からないような誘導尋問に引っかかっちまってさ。いや、下手すりゃ誘導するつもりで聞いたんじゃあないかも知れないね。単に質問のつもりで聞いた可能性も大いにある。
「ぐぬぬ。あたいを騙したわね!」
「世の中には、動かぬ切り株に自ら突っ込んで死んでしまった兎がいたと聞きます」
アレって確か、同じ偶然がもう一度起きるのを待つあまり田畑の手入れを怠った人のことを指した諺だったよね?…うん、やっぱりそうだよね。よもや自分が例えられることになるなんて、兎も草葉の陰で吃驚仰天していることだろうなぁ。
「とまぁ、こうして自ら墓穴を掘って下さったわけですが。…実のところ、貴女のしたことを悪だ罪だと非難するつもりはないのです」
「ほへ?どーゆーことだ」
「そもそも貴女が罪にあたる行為を行っていない。貴女が取り込んだアレは、炎の妖精ですからね」
この時にチルノちゃんが迎え入れたやつの正体が分かったんだよ。でもあたいは妖精が妖精を迎え入れたなんて例を初めて聞いたから、俄には閻魔様の話を信じられなかったねぇ。
衣玖ちゃんに例えて言えば、竜宮の使いが竜宮の使いを自らの一部とするようなもんだからね。どういった原理でそんなことが可能になるのか、全く想像できなかったよ。
「妖精とは大自然が具現化したもの。他のどんな力も働かない、正真正銘の自然現象からは妖精が生まれるのです。…チルノ、だからこそ貴女のしたことは罪に問えない」
「なるほど。そういうことか」
「…本当に私の言わんとすることが分かっていますか?」
「勿論!つまり、あたいは怒られないってことだろ」
「大きく見れば間違ってはいませんが」
閻魔様は複雑そうな表情をしておられたけど、その後ろで控えてたあたいも実は閻魔様の言いたいことが分かんなかった。…あ、今笑ったね!何さ、あたいはそんなできた頭なんて持っちゃあいないんだい。
じゃあ衣玖ちゃんは、閻魔様の言いたかったことが理解できるのかい。…チルノちゃんのしたことは、言ってしまえば氷に火をつけたのと同義だから怒る理由が何処にもない。文句無しの正解だよ、おめでとう。くそぅ、あたいももっと先を読める頭が欲しいものだねぇ。
「ちぇっ。あたいだけが知ってる秘密のすーぱーぱわーあっぷ手段だったのになぁ」
「生と死の境界……いえ、二つの概念そのものが希薄な妖精だからこその特権的な方法ですね。まぁ、貴女が無理やり吸収してしまったわけではありませんし、罪の面からも倫理の面からも貴女を裁くことは不可能です」
無理やりじゃないってことは、炎の妖精とやらの方から合体しようって誘ったってことかな。凄いねぇ妖精って、他の種族だったら怪しげな魔術使わないとできないであろうことなのに。
「ふふん。あたいのぱわーあっぷを見破ったのは褒めてあげるけど、それ以上どうにもできないならあたいの勝ちね!」
「構いませんよ、貴女の勝ちで。私はただ貴女が隠していた強化の方法を暴きに来ただけではありませんから」
おや、と思ったよ。てっきり今ので話は終わりかなと早合点してたもの。
でも、確かに今思えば続きがあって然るべきだね。だって、閻魔様がわざわざチルノちゃんのしたことは悪いことじゃあないよって言うためだけに現し世へ行くなんてこと、ないだろう。
「他にも目的があるの?」
「えぇ。ちょっとだけ、真面目な話をしようかと」
「ゔぇー……。あたい、真面目キライー」
予想できた反応だったよ。流れる水も凍らせちまうお転婆氷娘に真面目なんて似合いやしない。
「まぁそう言わずに聞いてください。今後の貴女に大きく関わってくるであろうことですから」
「仕方ないし、聞いてあげるね」
「では。…チルノ、確かに貴女の力の獲得方法は悪いとは言えません」
さっきと似たようなことを言ったあと、ほんの少し目を細めてチルノちゃんを見据え、閻魔様は続けてこう仰ったのさ。
「ですが、得た力に惑わされ他者を害することは立派な罪となります。…よくあることです。それまで善良な生き方をしていたものが、今まで以上の力を手に入れた瞬間人が変わったかのように悪事に手を染めることなんて、ね」
「そうなの?」
「そうなんです。…生い立ちの異なる妖精を取り込んだということは、それ即ち二つの自然を一つの身に宿したということ。それによって得られる力は単純な足し算に留まりません。これまでおバカ妖精として暮らしていた貴女ですが、今は妖精として破格の力を有しているおバカ妖精なのです」
閻魔様は、チルノちゃんが力に振り回されて暴走してしまうことを危惧しておられるようだったねぇ。
力にせよ金にせよ権力にせよ、求められるものは持ちすぎれば持ち主を毒する。それをよく理解しておられる閻魔様だからこそ、あの子の未来を案じてわざわざこうして話をしたんだろう。
「んー。相変わらずあんたの話は難しくてよく分かんないわね」
尤も、当の本人は全く気にしてないみたいだったけどね。
「要するに、あまり度の過ぎたことばかりしてはいけませんよということです。道行く人間にちょっとした悪戯を仕掛ける程度なら罪ではありませんが、博麗の巫女が動かざるを得なくなるような事態ともなると話は変わってきますからね」
「ふーん。……って、ちょっと待った!今あたいのことおバカよわばりしたでしょ!」
笑ってあげない、衣玖ちゃん。そういう子なんだ、仕方がないんだ。…かく言うあたいも噴き出すのを堪えるのでいっぱいいっぱいだったけどね。卑怯さね、あんなところでぽつっと思い至るなんて。
狙っても狙えないようなところで特大のボケを炸裂させるのは、立派な一つの才能だと思うよ。それなりに厳格に話をしてた閻魔様が肩震わせるなんて、近年稀に見る珍事だったねぇ。
「くくっ。呼ばわり、ですよ」
「その手には引っかからないわ。あたいをバカと言うやつは、漏れなくみーんな凍らせてひえっひえにしてあげる!」
そう言って、氷の弾幕をたくさん出してきたチルノちゃん。直にそれらを降らせてくるってのは容易に想像できたし、季節外れもいいところな霰に降られる前に地獄へ戻りましょうって閻魔様に提案したんだよ。
そうしましょうということになったので、立ってた場所と三途の川の船を泊めてるところとの距離を無くして地獄へと帰ったんだ。
「…この調子だと、大丈夫そうですね」
帰り際に大分呆れ気味な、でもほんの微かにだけ笑っている気配が感じられるような声で閻魔様が仰ったから、きっとチルノちゃんが力の魔力に魅せられ望まぬ未来へ進んじまうことはないんだろうね。なんせ閻魔様は未来を見ることはできないが、予測が殆ど未来予知と言って差し支えない領域にあるからなぁ。あの方が大丈夫って言ったならまぁ大丈夫なのさ。
がんごんがごごん、っていう硬いものが地面にぶつかる音をちょいとだけ耳にしてたら、もう次の瞬間にはぱしゃぱしゃと水の流れる音に変わってたよ。
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とまぁ、こんなところかねぇ。どうだった、話を聞いてみて。…あたいあたいと騒がしそうだなってかい。いや確かに、三分の二があたいと自称する集団がいたらあたいあたいと小粋な一人称が飛び交うだろうさ。
そうじゃなくて、話についての感想をだね。…ふむ、閻魔様に総領娘様のところにも行ってほしいと。なんだい、自分の使える主に説教を受けてもらいたいのかい?まぁ異変を起こすに留まらずあの八雲を本気で怒らせたなんて前代未聞の実績を持つ子だ、きっと一癖も二癖もある性格してるんだろうけど。そうだね、閻魔様もそういった手合は大変好まれてるし一度打診してみようかねぇ。
しかし衣玖ちゃんも人が悪い、あたいの話を聞いて閻魔様けしかけてやろうと思うなんて。我儘な子にはそれはそれは良く効く苦い薬だろうね。
お、肉大盛りうどんが来たね。よし、それじゃあ食べようか。いただきまーす。
お、大吟醸分けてくれるのかい。こいつはどうも、その好意に甘えさせてもらうとしよう。いやー、流石天女様はお優しくていらっしゃるなぁ!
そうなんらよー!閻魔様ってば、あたいを振り回して東奔西走、北邁南進。お陰で最近はいつ現し世に行きますよって言われるか何となく分かるようになっちまってるんだからね。
あぁもう、思い出すだけで疲れが深淵から蘇ってくるようだよ。うぁー、疲れに負けてたまるかってんだい。飲むぞ飲むぞ!酒は百薬の長、飲まねば損して飲めば得する。衣玖ちゃんしっかり飲んでるかい。
大丈夫大丈夫。なんたって