四季映姫・サカノボルゥ   作:海のあざらし

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被暴露之拾之弐 稀神 サグメ

 お待たせしました。四季様、こちらミルクココアです。

 

「ありがとうございます。……んっ、今回のものは丁度良い甘さですね」

 

 それなら良かったですよ。…これで、四季様が好きなのはミルクココアじゃなくてただのミルクってことが発覚したね。覚えとこう、今後はこれを基準にして味の調節をしていくと良さそうだし。

 

 一応ココアも一割未満くらいは含まれてるし、騙したわけではないから怒られる心配はしなくても良さげだねぇ。言い訳できるもの、これはれっきとしたミルクココアですって。

 

「ふぅ。一息ついたところで、稀神 サグメの隠し事を遡っていくとしましょうか。心の準備ができ次第頷くなどして私に教えてください、話を始めていきますので」

 

「……」

 

「ふむ、大丈夫なようです。分かりました、それではお話していきますね」

 

 ミルクたっぷりのココアで糖分補給もばっちり、今の頭が冴え渡っておられる四季様はいつもにも増して辣舌を振るわれることだろう。…今更ながら、申し訳ございませんサグメ様。回復させてはならない方を回復してしまいました。

 

「稀神 サグメ。貴女は先の異変の後に幻想郷を訪れるようになりましたね。目的は地上の物見遊山と、月の頭脳とまで謳われた天才・八意 永琳に会って月を出た後の話を聞くこと」

 

「その通りね」

 

「その過程で、随分と幻想郷の民達にイタズラを仕掛けているではありませんか」

 

 イタズラねぇ。月の神霊様がするとなると、そこらの子供がやるものとは一線を画するだろうなぁ。…流石に相手を命の危機まで追い込むようなことはしてないって信じたいけど、どうだろうか。

 

「イタズラか。…ちなみに聞きたいのだけれど、例えばどのようなものがあると?」

 

「里に薬を売りに来ていた鈴仙・優曇華院・イナバに向かって『気をつけて帰りなさい』と声をかけたことがありますね。そしてその言葉は、貴女の能力によって事態を逆転させる劇薬となる。…結果、鈴仙・優曇華院・イナバは安全に永遠亭まで戻るという本来訪れたはずの未来を覆されてしまい、同居兎の掘った落とし穴に嵌るわ蓬莱人同士の喧嘩に巻き込まれてスカートを燃やされるわの踏んだり蹴ったりな帰り道を経験するハメになってしまったのです」

 

 おや。思ったより軽いイタズラだねぇ。運命を捻じ曲げたといえばとんでもない重罪に聞こえるけど、その実うどんげちゃんがちょっとした災難に遭っただけだもの。

 

 いや、当人からすれば不幸な一日となっちまったんだろうけどさ。何せ想像より遥かに規模の小さいイタズラだったから、てんで大したことないようにしか聞こえないや。

 

「まぁ彼女はよく訓練された月兎ですから、あの程度でどうこうはしなかったでしょうがね。元上司に一杯食わされてさぞかし悔しがっていることでしょう」

 

「…驚いた。本当に過去を遡ることができるとは。いや、完全に信じていなかったわけではないのだけれど。何せ時間を越えて情報を得ることができる鏡があると言われても、それをそうですかとすんなり受け入れるのは難しいわ」

 

「道理ですが、未来を変えてしまう力を有している貴女に言われると腑に落ちない気分になりますね」

 

 現在からの向きは真逆だけれど、どちらも今でない時間に干渉できるという点では似てるなぁ。…四季様の能力は、何も過去を見る類のものではないんだけどね。あくまで閻魔として授かっている力をあまり褒められない方向に用いているだけなんだよ、アレってさ。

 

「貴女は寡黙ですが、決して真面目一辺倒というわけではない。いえ、口に出せないから分かり辛いだけであって、実際にはお茶目な神霊であると言った方が正しいかも知れません。私にもまだ測りかねるところがありますが、貴女は所謂『とっつきやすい』部類に入る可能性もあると考えています」

 

「……」

 

 軽いイタズラを仕掛けるなんて、確かに付き合いやすさを感じさせるねぇ。もしかしたら四季様の仰る通り、サグメ様ってば実は第一印象ほど関わり辛くないお方なのかも知れないね。

 

「あら、サグメ。貴女澄ました顔して随分と地上で楽しんでるじゃないのよん。ヤゴコロエイリンを探しに出かけてるっていうのは嘘だったのかしら。いいえ、さっきの映姫ちゃんの話も含めて考えるなら、半分ほんとで半分嘘といったところね」

 

「……あいつがやたらと弄り甲斐のある性格をしているのが悪いのよ。融通の利かない生真面目な子って、何でかは分からないけど揶揄いたくなっちゃうでしょう」

 

 おぉ。サグメ様、あたいもたまに鈴仙ちゃんを弄ることに楽しみを見出してます。……なーんて、言えたもんじゃあないけどね。仮に言ったところで、冷たい横目で一瞥されておしまいだよ。

 

「月の賢者ともあろうものが責任転嫁だなんて、情けないわよぉ」

 

「……くっ。分かった、分かったわ。もう鈴仙に能力でイタズラするのはやめるわよ」

 

「……今、能力使って事態を逆転させたでしょう」

 

「何のことか分からないわね」

 

 本当なら、鈴仙ちゃんをだまくらかすのをやめるという方向に向かうはずだった運命。それが今、おそらく狙って言ったんだろうサグメ様の一言によって、これからもイタズラし続ける未来に向かう流れが出来ちまったってことだよね。

 

 サグメ様が逆転させるのは結果ではなくそこに至るまでの過程だそうだし、確実にそうなるというわけではなさそう。だけど、間違いなく鈴仙ちゃんにとって喜ばしくない未来がやってくる確率は跳ね上がったんだろう。ご愁傷さまとしかあたいには言えないよ。

 

「やれやれ、厄介な力に厄介な気質が交われば手がつけられなくなるものねぇ。それはまるで、底なしの気力を与えられた暴れん坊のよう」

 

「少しくらい良いでしょう。貴女もさっき言っていたじゃない、退屈は神すら殺すって。私だって何の刺激もない平々凡々な日々が続くのは嫌いよ」

 

 四季様も、退屈を厭い現し世へお出向きになる機会が増えた。なるほど、完全無欠に見える四季様の弱点が分かったぞ。全ての娯楽を奪ってしまえば、あの方と雖も衰弱せざるを得ないじゃあないか。…別に反逆を起こそうとかいう気は微塵もないけどね。ただちょっと弱った四季様っていう珍しいもの見たさ故の発案でしかないよ。

 

「サグメって私が思っていたよりずっと己に正直だったのね。欲の赴くままに行動するなんて、月人らしくもないこと」

 

「ある意味月人らしいと言ってほしいわ。彼らはともすれば地上の民を上回るかというほど自分のしたいことをしたがるんだもの。…死神、意外そうね。言葉にせずとも、顔がそう物語っている」

 

 あ、申し訳ございません。あんな綺麗なお月様に住んでいる方々がって思うと、ちょっとすぐには納得できなくて。

 

「まぁ、仕方ないと言えばそうね。殆どのものが月には想像を絶するような美男美女ばかりが住み、極楽もかくやというような生活を毎日のように送っていると思っているもの。でも覚えておくといいわ、月は貴女が思い描いているほど綺麗な場所ではないの」

 

 そうなのですか。…月の貴き方が言うのだから、きっと事実なんだろうねぇ。

 

「穢れたくない、穢れを遠ざけろ。そうして一切の汚れから隔絶された世界に住む私達は、酷く無機質で均一な存在。…貴女、月の空気がどんなものか想像がつくかしら。死んでいるわよ、あそこの空気」

 

 は、はぁ。死んでいるとは?

 

「不純物が無いの。比喩じゃなくて、実際にね」

 

 それは良いことではありませんか。新鮮な空気を肺に目一杯吸い込む機会が常にあるってことですもん。良いなぁ、そんなところで昼寝できたら眠りも目覚めもさぞかし素晴らしいものに……コホン、何でも。

 

「サボることばかり考える頭は取り替えるべきなのかも知れませんね。話の腰を折ってしまい申し訳ありません稀神 サグメ、続けてください」

 

「地上の……いや、正確には地獄のと言うべきかしら。地獄の面々はお気楽で良いわね」

 

 サグメ様は、月の空気がお嫌いなのですか。

 

「えぇ、好きとは言えないわ。今吸って吐いてしているこの空気が生きていることに喜びを覚えてしまうくらいにはね。余計なものだらけで濁ってて、吸い込めば自分が生きているんだって実感できるわ」

 

 あたいにはよく分からない話ですが、ここの空気がお好きなのであれば、月の方で再現したりなどはできないのでしょうか。

 

「それができるならとっくにやってるわよ。…月では穢れを絶対悪とする思想が強く発達しているの。臭いものに蓋をするに留まらず、徹底的に排除し除去することで月は究極の清潔さを保っているのよ」

 

 へぇ。月人は綺麗好きなんですねぇ。

 

「綺麗好きなんて言葉には到底収められないわ。死は穢れを生むって唱えて、じゃあ死なないようにすれば月は永遠に美しいままでいられるという考えに行き着いて、オマケにそれを実現させちゃうクレイジーな奴らが月人よん」

 

「私の尊敬する人を詰るような物言いには不服を覚えるけれど、残念ながらへカーティアの言い分は概ね正しいわね。死を最大の穢れと考え、死なない体を手に入れる薬が製造される。そうしたら次は、死なないことを最たる穢れと見なすものが現れて不死人を殺す兵器が作られる」

 

 うわぁ、そんな規模の大きないたちごっこは聞いたことがありません。

 

「そう、まさに終わりの見えない馬鹿馬鹿しい争いよ。…嫦娥計画(第2の脅威)を前にして、月は結束すらできていないのよ。悲しいかな、均一でも団結はできないなんて」

 

「確か外の世界では、かつてアポロ計画とやらが行われていたのでしたか。それが第1の脅威ということですか?」

 

「閻魔殿は博識でいらっしゃる。そう、人間達が推し進めたアポロ計画は久方ぶりに我々を脅かした。でもアポロは太陽の神、月を暴くには役者不足だった。対して嫦娥とは月に実在する人物だから、危険度は段違い。下手をすれば数年のうちに、私達の存在が全世界的に認知されてしまいかねないというのが今の状況よ」

 

 知られてしまえば人間側からの接触は避けられないだろうね。そうなれば、月人の生活の安全が保証されるとは限らなくなってくる。なるほどね、サグメ様が警戒を強められるわけだよ。

 

 あ、でもでも。こうしてサグメ様が色々お話されたわけですし、事態は逆転してくれるのでは。

 

「あれほど捻れた事態に、どのような形であれ割り込むことはできないわ。私の能力も月の行く末を動かすには力不足なの」

 

 なんと、サグメ様のお力をもってしても及ばないほどに事態は悪化しているのかい。寧ろそんなに段階にまで持っていく方が難しい気がするけどねぇ。

 

 ま、生と死ってのは永遠に背中合わせ続ける運命にあるもんだ。知性ある者達が集団を形成している以上はどっちが正しい、どっちが間違ってるなんて議論は起こって然るべきだよ。…ただし、絶対に議論の枠に収めなきゃいけないけどね。主題の高度化・巨大化は暴発した時の危険度の上重ねと同じことだもの。

 

「まったく、こんなストレスの溜まる状況下に置かれているのだから少しくらい鈴仙で遊んで息抜きしたって怒られないでしょうに」

 

 鈴仙ちゃんで遊ぶなら、是非ともとっ捕まえて耳を触ってあげてほしいねぇ。兎の耳は敏感だから、擽ったさに耐えきれず腕の中から逃げ出そうとするんだ。それを押さえ込んで耳を触り続けるのは、何故か知らないけどとっても楽しいんだよ。二人その場にいるのなら、一人は足の裏でも擽ってやるのが良いかもね。

 

 この前たまたま永遠亭で会ったてゐちゃんと手を組んだ時は、顔を涙で濡らしてぜーぜー言いながら気を失っちゃったから、加減には注意が必要だけどね。引き際さえ分かればきっと面白い遊び方だよ、コレって。…何だか鈴仙ちゃんを虐めているみたいだけど、あくまでただのスキンシップだから問題なし。鈴仙ちゃんもきっと内心では嬉しがっていること請け合いさね。

 

「さてと、閻魔殿。思った以上に話が広がったけれど、私の過去を遡るのはこれでお終いかしら」

 

「まだ幾つか話せそうなものはありますよ。お望みでしたら掘り起こして差し上げますが」

 

「……」

 

 首を横に振って拒否。今喋って否定してたら事態がひっくり返ってたんだろうねぇ。自分にとって不利になると予想できる時は事態を逆転させないなんて、サグメ様ってば抜け目のない方だよ。

 

「そうですか。それでは、次はへカーティア様の過去を遡らせて頂きたく思いますが宜しいでしょうか」

 

「どんとこい、よぉ。私もサグメみたいに映姫ちゃんの正面に立てば良いのかしらん」

 

「はい、そのように。…小町、悪いですがさっきのミルクココアをもう一杯用意しておいてください」

 

 了解です。…四季様がそう仰るってことは、さっきサグメ様の過去を遡った時と同等かそれ以上の負担を頭にかけなさるってことだね。四季様なら大丈夫だろうけど、やっぱり疲労をおしての話し合いは流石に無理みたいだなぁ。

 

 あたいだったら三割も解き明かさないうちに脳の神経焼ききれて事切れるだろうさ。それを考えれば、四季様の凄さがより一層際立つよ。

 

 なんせ何万年と生きてきた方のこれまでの生を一気に振り返るんだから、頭に流れ込む情報量は想像もできないものになるのは明白だ。それらを脳内で処理してなおかつお目当ての情報を探し出すってんだから、これが凄くないわけがないのさ。

 

 …大福も二つほどお付けしておこうかな、糖分のためにも。いや、そうすると客人もとい客神の二柱に出さないわけにはいかなくなるねぇ。えぇと、今大福はいくつあったっけか。……丁度六つだね、良かった良かった。

 

 あたいの分は確保できないけどそれは仕方ないと諦めて、準備に取り掛かるとするかっと。

 

 

 

 

 

 いや、待った。まさかあたいだけが大福を食べられないのは、サグメ様が能力でそうした未来を誘導してきたからじゃないのかい?……なーんて、考えすぎだよ。あたいってば本当におバカだねぇ。


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