四季映姫・サカノボルゥ   作:海のあざらし

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被暴露之壱 霧雨 魔理沙

 ここは、地底よりずっとずっと深いところ。でも、我武者羅に穴開けていくだけじゃあ例え百人がかりで千年頑張ったとしても来れない場所さ。人に妖怪は、ここを『地獄』と呼んで恐れているんだ。

 

 ま、その通りだね。死んだものの魂は必ずここに来ることになっていて、しかも一度生前悪いことをしていたって判断されようものなら問答無用できっつい責め苦を味わうはめになるんだからねぇ。残念ながら、そこは死人に口なしって奴だ。すっぱりと諦めて生きてる内にできるだけ善行を積んでおいておくれ。……なんて、今言ったところで何か変わるわけでもないんだけど。

 

 あたいの名前かい?嫌だね、そんなものはどうだって良いだろう。…代わりにと言ったら何だが、この地獄で魂たちの行く末を決めているお方について教えてあげるから、それでよしなに頼むよ。

 

 淡い緑色の綺麗な髪をした、あたいより頭ふたつ分くらい背丈の小さい女の人だ。あちこちにお出かけになることが多いせいか、多方面に顔の知られた著名な方でね。此岸の奴らはあの方のことを大体閻魔とか閻魔様とか呼んだりするね。あたいとの間柄は、一言で言っちまえば上司と部下かな。勿論だけど閻魔様が上司で、あたいが部下ね。

 

 この方、職務上必要になってくるからって面白い鏡をお持ちでね。何と、生者死者を問わず相手に向けてそれをかざせばそいつが今までどんな行いをしてきたのか一発で、それこそ手に取るように分かっちまうっていうシロモノさ。だから四季様の前じゃあどんなに口の回る奴でも心の中は綺麗すっぱり丸裸ってね。こいつを使って、閻魔様は日々是非曲直庁の裁判室で何百何千もの魂の善悪を裁いておられるってわけ。

 

 ……とまぁ、そんな便利な道具を使って日々業務に勤しんで下さっている四季様なんだけど、実は幼げで可愛い顔してちょっと性格がアレでね。あ、言ってからになったけどこの話は他言無用だから、そこのところ宜しく頼むよ?こんな話が巡り巡った末にあの方の耳に入った日には、あたいの身が一体どうなっちまうか想像もつかないからね。

 

 コホン。簡単に言うと、あの方は少々……それなりに……いや、この際だし取り繕うのはよそう。だいぶ加虐趣味なところがあってね。地上にお眼鏡に適う面白い輩がいると知るや、いつの間にか地獄から忽然と姿を消してそいつの前に現れるんだ。全く、どこからそんな情報を得ているのやら。

 

 そして前触れもない訪問を受けて驚く相手を他所に、こう切り出すんだ。『あなたの隠したいことを、遡りに来ました』ってね。…イイ性格してるだろ、ほんとに?あたいもこの前、偶然その場に居合わせて事の顛末を見守ってたんだけどね、それはもう相手の(標的にされた)女の子が可哀想で可哀想で。

 

 そりゃああんた、頭を働かせて想像してご覧よ。密かにずっと恋焦がれてた男がいるって話を、何の面識も無い赤の他人、もとい垢の他閻魔様があっさりと看破してくるんだ。おぉ、怖い怖い。ぷらいばしぃも何もあったもんじゃないね。

 

 本来の鏡の使い方とはかけ離れてるんだけど、あの方は他人他妖の秘密暴きにすっかり味を占めちまったみたいでねぇ。やめなさる気配は今のところ全く感じられないよ。……え?その女の子の話がもっと詳しく聞きたいって?あんたも負けず劣らず大概だね。乙女の秘め事暴きたがるなんて、このこのー。

 

 うん、動機はさて置くとしてその潔さは気に入ったよ。分かった、ここでこうして話をしているのも何かの縁があるんだろうし、特別に教えてあげるよ。感謝しておくれよ?他人に話すのはこれが初めてなんだからね。

 

 うんうん、良い返事だ。よし、それじゃあ話していくとしようかね。…あれは確か、まだ向こうの方の陽射しが肌を焼くくらいに暑かった頃の話だったかな。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「へぇ。かれこれもう8年もこの男に()()()()なんですね。お熱いことで」

 

「いや待て」

 

 過去を見る時は、決まって四季様はその貧そ……あぁいや、慎ましやかなお胸の前に鏡を掲げるんだ。さっきも言った通り、その鏡に映ったものの過去が哀れにもあの方に悉皆露見するという訳さ。

 

 あの時の被害者は、長めの金髪が綺麗な女の子だったよ。笑えばきっと花が咲いたみたいな快活さが前面に押し出されるんだろうなっていう顔立ちしてたけど、あの時のあの子……マリサって言ったっけな、怒ってんだか恥ずかしがってんだか分かんない表情浮かべて顔真っ赤にしてたね。

 

「恋は隠せば迷います。抜け出せなくなり中で果ててしまう前におーぷんにするのが吉ですよ」

 

「余計なお世話だっ!!」

 

 台詞だけ聞けばわりかし真っ当な助言をあげてるように聞こえるんだけどね。顔がもうほんとに、童女みたいな童顔してる四季様にゃあ似合いようもない下衆な笑みを張り付けてるんだよ。他意があることが一切隠されてない。そりゃあマリサちゃんも声荒らげて抗議するってもんだよね。

 

「しかし相手の朴念仁っぷりも確かに常軌を逸していますね。この前はわざと丈の短い服を着て、布地面積の小さめな下着やお臍を事あるごとにちらちら見せて誘ったにも関わらず、あえなく大した反応も得られず撃沈」

 

「口に出すんじゃねぇ!つーか本当に何で知ってやがるんだ!?」

 

「さらにその前は勇気を出して裸体にリボンを巻いて『……ぷ、プレゼントは私だぜ♪』と、顔上で地獄の烈火の如く燃え盛る火と際どい部分のリボンを必死に抑えつつ自らの体を差し出したものの、ため息交じりに帰ってきた返事は『年頃の少女が自分の体を安売りするものじゃあない』。毛布にくるまれ熱でもあるのかと看病され、目出度くこちらも撃沈大敗ですね」

 

「どこが目出度いのか言ってみろよ閻魔サマ。答えによっちゃ全力のマスタースパークでぶっ飛ばすぜ?」

 

「あぁ、確かに失礼なことを言ってしまいました。ごめんなさい、看病されたのは役得でしたね。私としたことが至りませんでした」

 

「その発言がもう至ってないんだってことに気がつけ」

 

 何処の男か知らないけど、かなり可愛い子にそこまでされて気にも留めないなんてずいぶん無欲なんだなぁと思ったね。きっとそいつ、来世では天道に進めるよ。……振り向いてもらえないからってそんな大胆な手を打ったマリサちゃんも、中々勇気ある女の子だと思うけどね。

 

「ふむ。閻魔として悩める子羊を救うのも仕事のうち。仕方ありません、貴女のその悩みを一瞬のうちに解決してみせましょう」

 

「要らないお世話だからとっとと帰って働け!」

 

「働きますよ、今から」

 

 あたいの知ってる『仕事』じゃなかったなぁ。そんなに楽な仕事が地獄にあるなら、大枚はたいてでも紹介して欲しいくらいさ。

 

「ところで世の男性の中には、身体的若しくは状況的に身動きが取れず窮地に陥っている女性に殊更強く魅力を感じる方もいるそうです。さでぃずむという嗜好だそうですが、ご存知でしたか?」

 

「まったく存じ上げてなかったし、何処からかお前が取り出したなっがい縄はその話と何の関係があるのかも知らん」  

 

「一本あれば十分ですのでご安心を」

 

「違う、私が説明して欲しかったのはそこじゃない」

 

 いやいや、と思ったよ。純粋そうな子に何しようとしてるんですかってツッコもうかなと一瞬迷ったね。…あれだろう、身体的な意味の方を実行しようとしたんだろう。意味がすぐに理解できた辺り、あたいももう純粋無垢とは言い難いような心が形作られているのかも知れないけど。

 

「えっ。…もしかして金属の方が良いんですか?すいません、かちゃりと繋ぐ様式のものは流石に今持ち合わせてなくて」

 

「困ったな、話がルーミアに化かされたかってくらい見えてこない」

 

 あたいの知ってる……というか知ってたはずの、仕事熱心で自分の役目に誇りを持っていらっしゃる閻魔様は、一体いつどこで行方不明になられたのかねぇ。間違ってもあどけない少女に不埒な目的で危ないものを勧める方ではなかったはずなんだけども。

 

 まぁ結局、あたいが心配していた展開にはならなかったんだよ。全く、乙女の柔肌に要らぬ痕が付かずに済んで良かった良かった。女の身体は傷つきやすいんだから。

 

 あぁいう残り痕って、本当に仲間内で温泉行った時とかに見られると大変なことに……コホン。今のは忘れてくれ。ただの失言だから。

 

「ふむ。満ぞ……そういうことでは仕方ありませんね。私では力になれそうにもありません、申し訳ないです」

 

「今なんて言おうとした」

 

 閻魔様はその辺りでマリサちゃん弄りに満足したみたいなんだ。あたいに帰る旨を伝えて、それではわたしはここでってマリサちゃんに挨拶してからふいと踵をお返しなさった。付き人もとい付き死神として着いていかないわけにはいかないから、あたいもそれに付き従ったよ。

 

 あぁ、やっと私はこの地獄から解放されるんだなって感じの安心したようなマリサちゃんの顔がえらく印象的だったね。皮肉なものさ、閻魔様が暇を潰そうとなさっただけで地上に人を辱める地獄ができちまったんだから。これも形はさておくとして神のご威光なのかねぇ。

 

「そうです。私としたことが、大事なことを伝え忘れていました」

 

「まだあるのか。何だよ、言っとくけど私はもう凄く疲れてるからあんたの望んでるような面白い反応なんて返せないぜ」

 

 安心して歩き出すには、少しばかり早かったんだけどね。

 

「半人半妖の殿方は総じて()()()()の者が多いですので、有事の際、お身体には充分お気をつけを。何度も何度もということになりますと貴女の肉体がのちのち悲鳴をあげることになりますから」

 

「……ッ!?」

 

「なんです、返せるじゃありませんか。…次の日の朝に、昨夜の余韻がまだ身体の内外に色濃く残る中で起きて、腰が鈍い痛みを訴えてくる時に食べるべきものでも教えて差し上げましょうか?」

 

「…ぁ、いらないっ」

 

(ねや)では相手に媚びるのです。自分に主導権を引き寄せることを頭から排除して、緊張して落ち着くことのできない小動物のように振る舞えば、きっと殿方は貴女を大切に取り扱ってくれるでしょう。…しっかりと、しっかりとその場面を想像してから事に臨むことをお勧めします」

 

「もうやめろぉっ!!」

 

 顔どころか首まで真っ赤にして、恥ずかしさのあまりしゃがみ込んでいやいやと首を振るマリサちゃんを、閻魔様は暫くにったぁとした邪悪な笑みでもって見ておられた。その時あたいは思ったよ、なるほどこれが弱者を虐げるってことなんだってね。あんた来世で追い詰められてる善人を見たら、助けてあげるんだよ。あたいはあれ以降、小さいことなら助けるようにしてる。

 

 あの後地獄に帰ったあたいはマリサちゃんが意中の男にどんな態度を取ったのか、その結果どうなったのかまでは知らないから話せないね。残念がらないでくれ、あたいだってそんなところまで見ていられるほどあたいは普段暇じゃあないんだ。…じゃあ今こうして話しているのは、暇だからじゃないのかって?

 

 

 

 

 

 ーー 決まってるじゃないか、たまの息抜きだよ。

 

 

 


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