太陽は、いつか―――   作:biwanosin

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何もない、ただ暗いだけの空間。そこにふわふわと漂っている自分がいる。

目的があるわけではない。そもそも、ここがどこなのかすら分かっていない。ただ真っ暗で、何も見えなくて……どこまでが自分なのかすら、はっきりしない。

 

そんな事実を自覚した瞬間、自分と外との区別がさらにつかなくなってくる。大体この辺りが腕だろうと思っていた空間に自分は感じられず。大体この辺りが足だろうと思っていた空間はただぽっかりと闇が広がっているだけ。

どんどん、自分の体が形を失っていくかのように感じる。闇の中に溶け込んで、自分を覆うものと一体になっていくかのような、それに広がっていくかのような、そんな感覚。

 

この正体は一体なんだろうか。こんな状況なのに恐怖を感じることもなく冷静に考えていると、ふと、唐突に。何の前触れもなく、一つの確信を得た。

 

ああ、そっか。闇の中に溶けていったんじゃなくて、元々この闇全てが自分だったのか。

 

 

 

 =☆=

 

 

 

「あ……」

 

目を開く。視界に広がるのは見慣れた天井で、ゆったりと腕を動かすと布団の重みを押しのけて、自分の視界まで上がってくる。そうして自分の体があることを自覚して、同時に先ほどまで見ていたものが夢だったのだと理解した。

 

「なるほど、なぁ……なんで父さんたちが俺に聖杯戦争に出ろだなんていうのかと思ったら、そう言うことかぁ」

 

おそらく、サーヴァントと契約した影響だろう。忘れていたことを思い出して、両親の方針を察する。スイッチ一つで魔術師としての人格と一般人としての人格を切り替えるあの人たちは、昔俺が「魔術師にはならない」といってから、魔術師として関わってくることはなかった。それなのに唐突にこれである。

おそらくは。一般人として生きていくのなら、そのために必要なことだって、そう言うことなんだろうけど……

 

「……ま、どうでもいいか」

 

最悪、これで一般人として生きていく道がふさがれてしまったとしても。俺はマルガとこうして過ごす日々を後悔することはない。そう結論が出たので、父さんたちには悪いけどせっかくのチャンスを棒に振らせてもらおう。

軽く頬を叩き、そう決心したところで目覚ましが鳴りだした。体を起こし、手を伸ばして止める。今日はマルガと朝から一日遊園地だ。それにあたり、年齢をごまかしたり知り合いから気付かれないために軽い変装を施すことになっている。時間はいくらあっても足りない。

 

「っと、その前に朝ご飯準備しないとだった」

 

部屋を出て、寝間着のままリビングへ向かう。後で変装しながら着替えるのだし、まあ別にいいかというずぼらな考えのまま。あとこれから洗濯機に放り込むものならどれだけ汚しても問題ないな、なんて考えで台所に立つ。

 

冷蔵庫を確認。それなりに食材はそろっている。昨日、一昨日と洋食系の朝食だったし、和食で行くのもいいかもしれない。

そうと決めたらすぐに行動に移す。長い一人暮らし歴に沿って身についた調理スキルをもってできる限り効率よく、しかし複数人分準備するというマルガがきて初めての経験にちょっと苦戦しながら。

ごはんは昨日の夜タイマーセットしてある。それに焼き魚と味噌汁、卵焼きなんかを揃えていって、「十人中九人がイメージしそうな和朝食」の出来上がり。

 

「あら、今日の朝ご飯はこれまでのとはちょっと違うわね」

「起きてたの、マルガ?」

「ええ、少し前から。気配遮断はできなくても、これくらいのアサシンらしいことはできるのよ?」

「なるほど納得」

 

起きてきて、俺が作業していたから気付かれないように見ていた、ということだろう。鼻歌とか歌ってた気がするから、ちょっと恥ずかしい。

 

「まあ、せっかくならってことで和食にしてみました。魚とかちょっと食べるのメンドクサイかも」

「骨が多そうよねぇ……取ってくれる?」

「あー……まあ、取り方は知ってるからいいか。あんまりうまくないし、ちょっと残るかもだけど」

「よろしくお願いします」

「頼まれました」

 

頼まれたのでマルガの分と、ついでに自分の魚の骨も前もって取っておく。そうした後にテーブルにいどうして、手を合わせる。

 

「では」

「「いただきます」」

 

手を合わせて、食事を始める。パンはすぐにエネルギーになる代わりになくなるのも早く、ごはんはすぐにはエネルギーにならないものの長続きすると聞いた気がする。これから遊びに行く身としては、こっちの方がよかったのかもしれない。

 

「そういえば、マルガってはしは使えるんだよね」

「そう言えばそうね。不思議よねぇ、聖杯って」

 

箸の使い方って聖杯が必要なものだって判断して渡すものなんだ。正直、その辺りのlineが全くもってわからない。

 

「そう言えば」

「うん?」

「なにか、あった?」

 

ピクリ、と。やっぱり英雄相手に隠しきれなかったかと思いながら、それでも笑顔を装う。だってこんなこと、話したってどうにもならない。もしかすると解決のため聖杯戦争を勝ち抜こうといってくれるかもしれないけど、それじゃだめなのだ。

俺は。マタ・ハリという英霊について知りたいのだ。ただの興味から始まって、今ではそれ以上の感情があって。

だから、このままでいい。このままがいい。たとえその先に待っているのがホルマリン漬けだとしても、構うものか。

 

「大丈夫、なんでもないよ。ちょっと嫌な夢を見ちゃっただけ」

「あら、そう?だったら今日はママが一緒に寝てあげましょうか?」

「……ちょっと引かれる自分がいるので、これ以上の誘惑はやめていただきたく思います」

 

だって、寝心地がいいかはたまたドキドキして眠れないかは分からないけど、どちらにせよプラスが大きいじゃないですか。

歯止めが効かなくなりそうなので、しっかり自制していこう。そしてその上で、マルガにも抑えてもらおう。

 

「じゃあ、別のことで埋めるしかないわね」

「別のこととは?」

「デ・エ・ト、よ。楽しいことをすれば、嫌な夢なんて見る余裕はないわ」

 

そういって、ウインクを一つ。ああ、なるほど。その通りだ。

父さんが封印した記憶が、マルガとの契約で解けて。その結果変な夢を見たのならば。

そんなもの塗りつぶすくらいの一日を過ごすことが出来れば、悪夢なんて見ないに違いない。

 

「じゃあ、食べ終わってから変装の方お願いします。足りないものとかってある?」

「大丈夫よ、カズヤ。カズヤのだけだと確かに難しいけど、お父さんにお兄さんのも使えばなんとでもなるわね」

「さっすが。いい男に仕上げてくださいな」

「素材がいいもの、私も腕の振るいがいがあるわね」

 

そういうことなら、全力でお任せしよう。

 


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