ファイナルファンタジーXV ―真の王の簒奪者― 作:右に倣え
「シドニーってさ、良いよね……」
それはキャンプでの夕食中、プロンプトが唐突に呟いた言葉だった。
いきなりどうしたのだと三人の視線が集まると、プロンプトは自身の発言に気づいたのか慌てて夕食の大粒豆の旅立ちスープを口に運ぶ。
ルシストマトをベースにした甘酸っぱい濃厚なトマトスープに、はるか昔から食べられていると伝わっているクエクエ豆という大粒の豆をふんだんに入れ、ハンマーヘッドなどがあるリード地方に生えるリードペッパーで全体の味を引き締める辛味を追加する。
野菜と豆がこれでもかと言うほど入った暖かなスープを口に運ぶ。ともすれば具材が多すぎてとっちらかった味になりかねないところを、トマトスープの優しい味わいが包み込むように受け止め、よく煮えた野菜が口の中で崩れてほろほろと柔らかい食感と旨味を与えてくれる。
他にも多くの野菜が入り、旅立ちの日にはピッタリの暖かくて栄養の豊富なプロンプトの大好物である。
「なんだ、シドニーに惚れたのか?」
ノクティスとイグニス、グラディオラスの三人はプロンプトの言葉に誰がツッコむかをアイコンタクトで話し合い、代表となったグラディオラスが話しかける。
指摘されたプロンプトは勢い良く立ち上がってそれを否定する。
「ち、違うって! ただ、こう……なんていうの? リスペクト?」
「あの若さでハンマーヘッドの経営はほとんど一手に任されていると聞く。確かな手腕はあるのだろうな」
「そうそう、それ! イグニス良いこと言った! ほら、オレらとあんまり歳も変わらないのに、すごいなあって」
「ん? 彼女の年齢は確か――」
「あんまり変わらないなあって!!」
イグニスが言ってはならないことを言おうとしたため、プロンプトがゴリ押しで話を進める。
言ってはいけない空気を察したイグニスもこれ以上何かを言うことなく、彼の話は進んでいった。
「オレも趣味で機械いじりとかやるけどさ、やっぱああいう風に仕事にするってなると色々と大変だと思うんだよ」
「まあ、趣味は仕事にするな、とはよく聞くよな」
ノクティスもプロンプトの話に入っていく。すくったスープの中に人参が入っていることに気づき、嫌そうに口に運びながらではあるが。
「機械いじりの仲間としてもさ、立派に仕事してるって点も含めてさ、ホントリスペクト! 彼女を育ててくれたハンマーヘッドを拝んじゃう勢いだね!」
「相当な入れ込みようだな」
「惚れた云々ってより、人として上に見てる感じだな」
「……や、でも仲良くなれるならなりたいです」
「やっぱ下心あるんじゃねーか!」
本当に尊敬しているんだな、とイグニスとグラディオラスが感心したらこれである。
人間として敬意を持っているのも確かだろうし、先達として敬っているのも本当だろう。
ただそれはそれとして魅力的な女性であるとも思っているだけで。
「ま、いーんじゃね? プロンプトにも春が来たってことだろ」
「冬になるかもしれねえけどな」
「ちょっとグラディオ!?」
「そうならねえよう気をつけろってことだ」
ハハッ、とグラディオラスは笑うと食事を終えてテントの方に戻っていく。
「おら、食ったら休もうぜ。明日も早い」
「そうだな。プロンプトもあまり興奮すると眠れなくなるぞ」
「そんな子供じゃないから!?」
プロンプトは否定するものの、ノクティス含めて誰も反応はしなかった。
イグニスとグラディオラスはテントに戻り、未だに食事を続けているのは嫌いなものがちょっと、いやかなり多いノクティスと喋っていて食べるのが遅くなったプロンプトの二人だけになる。
冷めないうちに、とプロンプトは急いで好物のスープを食べ終わると、まだ悪戦苦闘しているノクティスに生暖かい視線を送る。
「……好き嫌い、今のうちに直しておかないと結婚してから後悔するんじゃない?」
「余計なお世話だ。ったく、イグニスのやつ……」
「……食べてあげよっか?」
「マジか、助かる」
「おっと、交換条件」
早速プロンプトに押し付けようとしてくるノクティスを制止し、プロンプトは条件を突きつけてくる。
「明日の朝さ、ちょっと付き合ってよ」
「朝ぁ? 早起きか……」
嫌いなものを食べるか、早く起きるか。どちらもノクティスの苦手分野である。
しかしプロンプトの頼み事というのも気になったため、ノクティスは無言でスープをプロンプトに渡すことにしたのであった。
「で、何すりゃいいんだよ」
翌朝、ノクティスとプロンプトは日が昇り始めた早朝にテントを抜け出していた。
まだ眠気が残っているのかノクティスはしきりにあくびをしていたが、プロンプトは朝から元気なようだ。
「ちょっと写真が撮りたくてさ」
「何の」
「オレの超尊敬するメカニック」
「……昨日話してたシドニーか?」
「そう! シドニーに関するものが撮りたい! ――あ、違うよ? ストーカーとかじゃないよ?」
率直に言ってストーカーでは? というノクティスの疑問が顔に出ていたのだろう。プロンプトが慌てて訂正を求めてくる。
しかしいくら尊敬する人だからと言って、彼女の周りの写真を撮りたいというのは控えめに言って変態の所業ではないだろうか。
「まずはハンマーヘッドに行って、シドニーを育んでくれたハンマーヘッドに一礼」
ちなみにこの標、ハンマーヘッドからそこまで離れた場所ではない。ないが、ハンマーヘッドに行くのであればレガリアを使った方が良い場所である。
しかもシドニーに関する写真であるのに、まずそこから行くことにノクティスは驚愕が隠せない。これは昨日、我慢して嫌いなものでも食べておけばよかったかもしれない。
「遠っ!? ってか直接シドニーに言えば良いだろ。断るようには見えねえし」
「こんなキモいこと本人に言えるわけないでしょうが!」
自覚はあったんだな、とノクティスは朝からドッと疲れた気分になりながら肩を落とす。
後悔の念がふつふつと湧いてくるが、今さらどうしようもない。ノクティスは半ば諦めた心境で空を仰ぐのであった。
「もういい、好きにしてくれ」
「んじゃ遠慮なく。ということでノクト、ハンマーヘッドが見える丘に行くよ!」
「はいはい」
急かしてくるプロンプトに押され、ノクティスたちはハンマーヘッドが一望できる小高い丘に行く。
ハンマーヘッドという名前の由来はとあるサメにあるらしく、サメの看板が特徴として挙げられる。
長年の風雨に晒され、黄ばんだサメの看板がなんとも古めかしく趣がある。
「着いたぞ。……さすがにハンマーヘッドに興奮し始めたら殴ってでも止めるからな?」
「しないってば!? どんだけ人を変態扱いしてんのさ!?」
昨日から今日にかけての態度を見ていて、警戒するなという方が難しい。
とはいえプロンプトの方は本当に純粋な尊敬があるらしい。ここまで行くと一種の信仰にすら見えるが、本人は幸せで彼女に迷惑も行ってないのなら良いのだろう、多分。
「と、とにかく……シドニーを育んでくれたハンマーヘッドよ、ありがと――」
「あれ、王子? こんな早朝から何してるの?」
「シッ、シドニー!?」
いきなり後ろから話しかけてきたのは先ほどまで話題の中心だったシドニーだ。
プロンプトの声が芸術的に裏返るが、シドニーは気にせずノクティスに話しかけてくる。
「そっちこそどうして」
「徹夜明けの朝とかに、この辺りを散歩して気分転換してるの。ここは眺めもいいしね、お気に入り。王子たちはお目が高いよ」
「ふーん」
なんだかんだプロンプトの見立ては確かなもののようだ。今現在のテンパりまくっている彼に言っても意味はないが。
「そっちはどうしてここに?」
「え? あ、えーっと……」
そして想定外の事態に焦っているプロンプトと、ここに来た目的を率直に行ったら笑われること間違いなしである。
プロンプトの未来もそうだが、一緒にいる自分まで同じ目で見られたらたまらない。
上手く耳打ちしてやって、彼を誘導してやる必要がある。当然ながら、素直に来た目的は話せないのでそれ以外を――
「オレたちも散歩に来たんだ!」
「へえ、朝早いんだ」
「ま、まあね! あっ、オレ写真撮るのが好きでさ! 色んなとこ散歩してよく撮影とかしてるんだよね!」
「そうなんだ。じゃあ今日は何を撮りに来たの?」
上手い対応だとプロンプトを内心で褒めたのも一瞬、言葉に詰まる二人。
今回はシドニーに関わるものを撮りに来ました、とは言えない二人だった。
ノクティスはなんでこんなことしてるんだろう、という疑問を心の奥底に封じ込めて頭を回転させる。
君の寝顔を撮りに来た――変態確定である。ボツ。
ハンマーヘッドを撮りに来た――無難だが、プロンプトの本心であるシドニーとの写真は難しくなるだろう。
他にノクティスが知りうる情報でシドニーが面白がりそうなものは――一つしかない。
「キミのお爺さんの、滅多に見れない寝顔――なんてね」
「じいじの? あはは、面白い! うん、それ確かにみたいかも!」
よし大絶賛、とノクティスは自分の言葉選びに自画自賛しつつ内心でガッツポーズする。
仕掛けるならここしかない、とノクティスは自らの勘を信じて口を開く。
「ここで会ったのも何かの縁だ。記念にハンマーヘッドをバックに写真でも撮ったらどうだ?」
「へっ?」
「お、いいね。誰が撮るの?」
「オレがやるわ」
すかさずプロンプトのカメラを取って、二人がハンマーヘッドを背景に並ぶのを待つ。
肝心のプロンプトがこれ現実? 夢じゃない? みたいな顔で反応が悪かったので少々時間がかかったが、上手く写真を撮ることができた。
ハンマーヘッドに戻っていくシドニーに手を振り、プロンプトはしみじみとつぶやいた。
「シドニーってさ。ホント、尊いよね」
「よくわからんけど、お前がそれでいいならいいや」
きっと悪い方向にはいかないだろう、多分。
ノクティスは朝からドッと疲れが溜まるのを感じて、プロンプトの将来について考えることは放棄するのであった。
「くぁ、ねむ……」
「早朝から付き合わせて悪いな」
ある日、ノクティスはイグニスの朝食作りに誘われていた。
たまたま気が向いたというのもあるし、何より運転手やら食事係やらで旅の負担でも結構大きい部分をイグニスが担っているのだ。
その彼がしてくる頼みごとぐらい、聞いてもバチは当たらない。
「で、何を手伝ってほしいって?」
「鍋のスープをかき混ぜて欲しい。焦がさないようにな」
「了解」
朝食用の皿をイグニスが並べていくのを横目に、ノクティスはお玉で鍋をかき混ぜていく。
仕込みは昨日の時点でしてあったのだろう。野菜と肉がふんだんに使われた、すでに美味しそうな匂いを発しているスープだ。
「料理をするのは何年ぶりだ?」
「んー? 高校の頃にやったきりだし……二年ぶりくらいか?」
「バイトもしていたからな。喫茶店のバイトなんかもあったか」
「あったあった。兄貴がしょっちゅう来てたな」
場末の小さな喫茶店で、仏頂面でバイトしている弟の顔を見るために、アクトゥスは王都にいる時はその店でコーヒーを飲むのが習慣になっていた。
「アクトゥス様か。あの人はお前のことを可愛がっていたな」
「オレにコーヒー淹れてくれって言うくせ、淹れると口うるせーんだけどな」
香りが立ってないだの淹れ方がなってないだの、文句ばかりでうるさかった記憶しかない。
じゃあ飲むなと取り上げようとすると全部飲み干すのだから、彼もよくわからない。
「そうだったのか。それは知らなかった」
「猫被ってんだよ兄貴は。まあ、外の土産とかは嬉しかったけど」
外の世界で用いられている釣具などを買ってきてくれるのは素直に嬉しかった。
他にも珍妙な置物などもあったのが疵だが、概ねアクトゥスはノクティスを弟として面倒を見ていたのだ。
「で、なんで急に手伝ってくれなんて言ったんだよ」
「なに、こうやって面と向かって話す機会が減ったと思ってな」
高校の頃はノクティスが一人暮らしをしているマンションを訪ねて、散らかり放題の部屋を片付けたり食事の世話をしていたものだ。
こうして旅に出てからは四人で行動することがほとんどで、二人というのは意識しなければ難しい。
「何か抱え込んではいないか?」
「お前、昔っからオレのことばっか気にすんのな」
笑ってしまう。過保護なのはずっと変わらない。
ああしろこうしろと口うるさい時もあるが、イグニスはずっとノクティスのことを気にかけているのだと思うと鬱陶しく感じることはあっても、嫌いにはなれなかった。
「陛下に任されているからな」
「兄貴にはないのにな」
「アクトゥス様は……そうだな、どうしてなんだ?」
「あれ、イグニスも知らねーのか」
ちょっとした軽口のつもりだったのだが、意外なことにイグニスも知らなかったらしい。
ノクティスには幼少の頃からグラディオラスやイグニスがついていたが、アクトゥスにはそれがない。
「単に王位継承権がないから、ではないだろう」
「そりゃないだろ。国のためってんなら、オレより兄貴の方がよっぽど頑張ってる。オヤジもその辺で区別はしなかったはずだぜ」
「外交官という役職上、外に出ることも増えるから護衛がいてもおかしくはないはずだが……」
「ま、いいや。それよりスープ、もう良いんじゃねえの?」
「ああ――よし、よく煮えているな。少し味見をしても良いぞ」
んじゃ遠慮なく、とノクティスは小皿にスープを少しだけすくって飲んでみる。
焦がさずじっくりと煮込むことで野菜と肉の旨味がスープに溶け出し、なんとも言えないホッとする美味しさを生み出していた。
「ん、美味い」
「自分で作るとひとしおだろう。たまには自分で作る気になったか?」
「いや? お前の作ったメシが一番美味いし」
何を言っているんだ、という顔でノクティスに見られてしまい、イグニスは苦笑するしかなかった。
ここまで無邪気な信頼を寄せてもらえるのであれば、自分が頑張るしかないではないか。
「全く、これで少しは楽ができると思ったが――」
「まだまだ働いてもらうぜ、軍師殿」
「――期待には応えるとしよう」
それはガーディナ渡船場近くの標で、今日も今日とて貧乏王子一行がホテルを眺めながらキャンプをしている時のこと。
グラディオラスが夜間の自主トレを行い、汗を拭いてからテントに戻ろうとした時だった。
ノクティスがぶすっとした仏頂面でテントから逃げるように出てきたのだ。
「っと、ノクトか。どうした、不機嫌そうな顔で」
「ったく、イグニスがうるせえんだよいちいち……」
「はは、また早起きしろって怒られたか」
「うっせえ」
ふてくされるノクティスに困ったものだと眉を寄せるイグニスの顔が目に浮かぶようだ。
しかしノクティスに非があるのは確かだが、小言ばかり言われ続けるのも良くないだろう。
「よし、明日の朝、オレにちょっと付き合えよ」
「はぁ? なんで朝」
「早朝トレーニングってやつだ。ここはちょうど海辺だし、朝やるにはもってこいのやつがある」
「……まあ良いけど」
決まりだな、とグラディオラスがノクティスの肩を叩くとノクティスは鬱陶しそうに振り払うが、その顔にはどこか楽しそうな色が含まれているのであった。
そして翌朝。
水平線の彼方から朝日が水面を照り返して昇り始める頃合いに、二人は砂浜に立っていた。
「で、トレーニングってなにやんだよ」
「せっかくの砂浜だ。――走る!」
そう言ってグラディオラスはガーディナ渡船場近くまで広がる砂浜を指差す。
しかし距離そのものはさほど長いわけではない。普通に走っても大きな消耗はないはずだ。
そんなノクティスの視線に気づいたのだろう。グラディオラスはイタズラを仕掛ける子供のような笑みを浮かべる。
「そんだけ、って顔だな。走ってみたらそうも言ってられないぜ。コンクリや地面と違って踏ん張りも利かない砂浜で走るからこそ、いいトレーニングになるんだ」
「そんなもんか」
「おう、キツくなきゃ鍛えられないしな。早朝にやるには丁度いいだろ。……今回は相手もいるんだ、どうせなら勝負にしてみねえか?」
「勝負?」
「何か懸かってた方が燃えるだろ。そうだな……」
グラディオラスは砂浜の先に視線をやり、手頃な岩を一つ指差した。
「あそこがゴールで、どっちが早くあそこまで行くか。簡単だろ?」
「良いけど、何賭けるんだよ」
「オレが勝ったら、しばらくオレのトレーニングに付き合うってのはどうだ?」
「そりゃ負けらんねーわ。良いぜ、受けて立とうじゃねーか」
「決まりだな。そんじゃ――スタート!!」
グラディオラスの合図とともに二人は同時に砂浜の上を走り出す。
ゴールまでの距離は、全力で走り抜けるのが不可能な程度には長い。なのでお互いにペース配分を行い、ここぞというところで相手を追い抜かす読み合いも必要になってくる。
「くっ!? 走りにくいなこれ!」
「砂浜の恐ろしさがわかったか」
だが、ノクティスはそれ以前の部分で苦戦していた。
それもそのはず。彼には砂浜を走るようなトレーニングを経験した覚えはない。
ルシスの王族として武器召喚とそれに連なる訓練は受けていても、あらゆる環境に適応するような軍人の受ける訓練は受けていないのだ。
「シフト使っちゃダメか!?」
「ダメに決まってんだろ。トレーニングにならねえよ」
「ぐっ、ぉぉぉぉおおおお!!」
前に進むために足にかけている力を、砂浜はほとんど吸収して分散してしまう。
横を走るグラディオラスにはまだ余裕がありそうで、必死になって走っている自分とは大違いだ。
もうノクティスには相手の調子を見る余力など残っていない。とにかく全力で、何としてでもゴールにたどり着くことだけを考えていた。
「おお、やるじゃねえか。よっし、オレも本気出すかな!」
「っ、グラディオのやつ、速え!!」
軽快に速度を上げ、自分の先を走り始めるグラディオラスに食いつくのはもはや意地の領域だった。
向こうの方がトレーニングしている、とかこっちはルシスの王族だ、とかそんな小難しい理屈は頭にも浮かばない。
ただの友人で――友人だからこそ、負けたくないという至極当たり前の男の子の意地。
ノクティスは感覚が消えそうな足にさらに力を込め、力の入らない腿を全力で上げる。
そして――
「――だぁ! 勝ったぁ!!」
「やるじゃねえか、初めての砂走りにしちゃ根性見せたな」
ギリギリ。本当にギリギリでグラディオラスを追い抜き、ゴールすることができた。
ぜえぜえと必死に息を整えるノクティスと、まだ余裕のありそうなグラディオラスの様子を見れば手加減されていたことは明白だが、それでもわざと負けてくれるほどサービス精神には溢れていないだろう。
適度に手加減してノクティスのやる気がなくならないよう発破をかけつつ、最後は自分が勝つ。そのつもりでいたに違いない。
それを覆したのだ。十二分にノクティスの勝ちと言えよう。
「マジでキツイのな。砂浜ナメてたわ」
「トレーニングになるって言った意味がわかっただろ? まあ、そんだけ砂まみれになって帰りゃあ、イグニスも何も言わねえさ」
すげえ特訓しましたって顔しとけよ、とグラディオラスに言われてノクティスは彼の真意に気づく。
「なんで早朝にって思ったら、そういうことかよ。おかげで朝からクタクタだ。――でもまあ、早朝の景色ってのも良いもんだな」
朝焼けに照らされたガーディナと水面がキラキラと輝き、蒼天と薄明の朝焼けが溶け合うように混ざり合い、夕焼けが見せる一日の終わりの切なさとは違う、これから一日が始まるという希望を抱かせる光景だった。
目を細めてそれを見るノクティスを見て、グラディオラスはそれがわかれば十分だと言うようにうなずく。
「たまには早起きも悪くないだろ。じゃ、帰ってメシにしようぜ」
「たまには、な」
「ん?」
それはガーディナでモブハントをしていた時のこと。
高級ホテルとか泊まれなくても死ぬわけじゃないし、と半ば諦め気味だったノクティス一行だったが、やはり一度くらいは柔らかいベッドに包まれて寝てみたい、という全員の暗黙の希望を汲み取り、四人は文句も言わずモブハントに励んでいた。
海岸付近に出て来るモンスターを狩った戻り道のことだった。
ノクティスの足元でみゃぁ、という小さな鳴き声が聞こえたのだ。
見ると、白い猫が桟橋に佇んでいるのがわかった。
膝を折り、猫と視線を合わせるようにするノクティス。
「ん、散歩中か?」
首が振られる。違うらしい。
「仲間とはぐれた――じゃないか。腹が減った、とか?」
腹が減ったのか、という問いかけに猫はその通りだというように鳴き声を上げる。非常に賢い猫のようだ。
立ち上がり、一行の食糧事情を把握しているイグニスの方を見る。
「なんかないか、イグニス?」
「保存食や道中で狩った肉ならあるが、新鮮とは言い難い」
「海辺なんだし、魚でも釣る?」
それだ、とノクティスはプロンプトの何気ない言葉に反応し、手を叩く。
「今良いこと言ったプロンプト。そうだよ、釣ってくればいいじゃねえか」
「お、なになに、やる気?」
「ちょっと待ってろよ。オレがとびっきりの魚釣ってきてやるからな」
何を隠そう。ノクティス・ルシス・チェラム王子は釣りが大好きなのだ。
釣りは良い。水面に釣り竿を垂らし、水と魚と対話をするのに身分の差などない。
老若男女全てが平等。問われるのは自ら会得した魚の知識と積み上げ続けた経験によるロッド捌きのみ。
ノクティスは釣り場として機能している桟橋の前にいそいそとやってくると、武器召喚と同じ要領で愛用のロッドを召喚する。
ルシスの王族にのみ許された力をそんなことに使って良いのかと思うかもしれないが、ノクティスの兄であるアクトゥスも似たようなことに使っているため、この王族は使える力は容赦なく有効活用する方針らしい。
「王都の外での釣りは初めてか」
「てか海釣り自体が初めてだわ。よっし、待ってろよ」
後ろで仲間が見守る中、ノクティスは意気揚々とロッドを振り、ルアーを水の中に投げ入れる。
ポチャン、と水の上を叩くルアーの音が良い。ノクティスは王都にいた頃にそう熱く語ったことがあるのだが、誰の賛同も得られなかったのが不満だった。
「やはり王都の釣り場とは違うものか?」
「ああ、ロッド越しの波の間隔とか全然違う。この辺は結構簡単なんだろうな。目視でも魚が見えるし、逃げる様子もない……っと、来たっ!!」
海水浴場としても機能している場所だ。魚も人間慣れしてしまっているのかもしれない、とノクティスはイグニスの質問に答えながら慣れた手つきでロッドを操り、釣り針に魚を引っ掛ける。
ここからは格闘戦だ。針を外そうともがく魚の体力を奪い、ラインがちぎれぬよう慎重に魚の動きに合わせてやる必要がある。
ここでの鉄則は焦らないこと。焦って体力を奪いに行こうとするとラインに不要な力がかかり、ちぎれてしまう可能性が高まる。
すでに釣り針に引っかかっている時点で魚との勝負は半分以上勝っているも同然なのだ。最後の詰めを誤ることなく、慎重に詰めていけば――
「っし、余裕!!」
見事、ノクティスはジャイアントトレバリーと呼ばれている食用の魚を釣り上げることに成功する。
王都で鍛えた釣りの腕は外の世界でも通用するらしい。これは旅の楽しみが俄然増えるというものだ。
「食用のトレバリーだな。もっと釣ってくれれば、キャンプの食事にも使えそうだ」
「へへっ、魚は任せとけって。今は猫の方が優先だけどな」
「ああ、持っていこう」
本当なら時間の許す限り釣りに没頭したいが、今回はお腹をすかせた猫がいる。
涙をのんでロッドをしまい、ノクティスは猫の元に行く。
「ほら、これでどうだ」
ニャッ、と猫は置かれたトレバリーを見ると驚いた様子で身を跳ねさせる。
そして警戒した様子で魚を睨んでおり、とても食べる空気には見えない。
「魚、嫌いなのか?」
ノクティスの言葉に猫はチラチラとレストランの方を見る。
普段はレストランの方からもらっているのだろうか、などと思って魚を置く方向を変えてみても反応は同じ。
「……調理されてないから食べるに値しない、とかか?」
イグニスのつぶやきに猫は機敏に反応し、レストランの方を見て再び座り込む。
どうやらこの猫にとって生のお魚は食べる価値がないものらしい。
「贅沢な猫だな」
「どうする、ノクト?」
「ここまで来たんだ。厨房の人に頼んでみようぜ」
せっかく釣った魚なのだ。どうせなら美味しく食べてもらいたい。
ノクティスたちはガーディナのレストラン、コーラルワールで働いている女性シェフのもとへ向かう。
カクトーラという名札の貼られた人にノクティスは声をかける。
「あら、いらっしゃい。ご注文は?」
「あー、ここってさ、猫のメシとか作れるか?」
「……それ、新手の冷やかし?」
「えっ!? あ、いや、そうじゃなくてあっちの猫が生の魚食べなくてさ」
しどろもどろにノクティスが答えると、カクトーラは朗らかに笑って冗談であることを教える。
「ふふっ、冗談よ。あなたたちのやり取りは遠目だけど見えていたわ。その魚を調理すれば良いんでしょ?」
「おう、頼む」
「ちょっと待ってて。すぐ作っちゃうから」
カクトーラは熟練の手つきで手際よく魚を捌き、熱したフライパンに切り身を投入して猫の食事を作っていく。
味が濃くならないよう調味料などは使わず、素材の味を十分に活かしたものが作られていく。
それを見ているとノクティスたちも唾液が溜まるのを自覚する。魚と野菜が焼ける匂いというのはどうしてこうも食欲を刺激するのか。
「猫のご飯だけどさ、美味しそうだよね」
「だな。オレらもメシにしたいわ」
グラディオラスとイグニスも同じ気持ちだったのだろう。四人の視線がメニュー表――の隣の値段に吸い寄せられる。
そしてそこに書いてある値段を見て、ノクティスたちは何も見なかったことにしてカクトーラを見ることにした。
「貧乏ってさ、つらいね」
「言うな、プロンプト」
イグニスの作るメニューに文句などあるはずはないが、食べたいものが食べられない辛さというのは存在する。
プロンプトのつぶやきにグラディオラスも同意を示していると、カクトーラが出来上がったねこまんまを持って戻ってきた。
「はい、これ。冷ましてから猫にあげてちょうだい」
「サンキュ」
ノクティスがお礼を言うと、カクトーラは優しい笑みになってノクティスたちの行いに声をかける。
「あなたたち、いい人ね。今までは私がご飯を上げてたけど、あなたたちのような人はいなかったもの」
「そんなもんか」
「でも、気をつけなさいよ? 猫って懐いた相手には執着するし、何より美食家よ?」
「それは実感したわ」
というか多分、自分たちより金のかかっているものを食べている。
「とにかく、ありがとう」
「なんで礼なんて言うんだよ」
「あなたたちみたいな人が見れて、嬉しかっただけ。今度はちゃんとしたご飯も食べてくれると嬉しいわ」
「……もうちょい金が溜まったらで」
「モブハントの情報もお待ちしてます」
「ったく、商売上手だな」
外の世界の女性は皆たくましい。ノクティスは降参だと肩をすくめ、猫の元に戻るのであった。
「ほら、持ってきたぞ」
みゃぁ、と猫は十分に冷まされたねこまんまに夢中でかぶりついていく。
その様子は先ほど生の魚に驚いていた猫とはまるで別物である。
「この贅沢猫。多分、オレらより良いもの食ってんだぞ?」
ノクティスは優しそうに目を細め、猫が食事をする様子を眺める。
やがて食事がすっかりなくなってしまうと、猫はにゃぁ、とノクティスに甘えるように一声鳴く。
「懐かれたかな?」
「どーだろ」
「執着されてしまうかもな」
「猫だぜ? そんな遠くまでこねーだろ」
「わからんぜ? どこかで意外な再会をするかもな」
「ま、そんときゃそんときだ」
ノクティスは三人の言葉に軽く笑い、再び旅を始めていく。
「ほほう、あの小僧……なかなかのロッド捌きだ」
彼の釣りの一部始終を見ていた、ある人物の独り言をその背に受けて。
サブキャラの名前とか結構意図して出しているんで、覚えていただけるとありがたいです。オープンワールド系でされると嬉しい演出のためにやっているので。
次回からは普通にチャプター2が始まります。このストーリー、サブクエやらキャラクエやらオリキャラ混ぜたオリクエとか入れると結構長くなる……?