ファイナルファンタジーXV ―真の王の簒奪者― 作:右に倣え
カーテスの大皿――メテオの眠る地――
滝の洞窟――グレイシャー洞窟にて王の力を得たノクティス一行は、レスタルムでの休憩もそこそこにすぐにカーテスの大皿へ出発していた。
「良いの、もっと休まないで」
「魔法の補充は道中の標でもできる。アイテムも補充を済ませた。レスタルムで休んで良くなる保証もない以上、とにかく動かなければ状況は改善しない」
「ああ……さっきからカーテスの大皿が見える。オレもそっちに行きたい」
王の墓所で見た景色ほどハッキリしたものではないが、それでも断続的にノクティスの視界には巨神タイタンの姿が頭痛とともに映し出されていた。
一枚絵のような絵はまるで連続性がなく、巨神を見ているものもあればカーテスの大皿のくぼみを見ている時もあり、またノクティスにそっくりな顔立ちの青年の姿も映っており――
「兄、貴?」
「え? お兄さんがどうしたの?」
「今、見えたものに兄貴がいた」
なぜ、という思考が一行に流れる。
彼はルナフレーナを伴ってレスタルムに向かっているはずで、カーテスの大皿になど行く理由がないのだ。
なのにどうして。声に出さずとも共通した疑問が脳裏に浮かび――イグニスが断ち切る。
「当人に直接聞けば良い。向こうも全く何の理由もなくカーテスの大皿に行ったわけではないだろう」
「あ、うん……でもさ、イグニスは気にならないの?」
「気にならないと言えば嘘になるが、アクトゥス様にはアクトゥス様なりの考えがあるはずだ。そしてそれは必ずノクトに利を与えるものだ」
迷うことなく言い切ったイグニスに納得の姿勢を示したのは、実弟であるノクティスだった。
「そうだな。あのバカ兄貴は……言いたいことも聞きたいことも山ほどあるけど、それでも味方だ」
「……兄弟の絆ってやつか。妹を持つ身としては、そりゃ賛成するしかねえな」
ノクティス、イグニス、グラディオラスがそれぞれの理由で動きの読めないアクトゥスを信じようとしている。
まだ彼の人となりをよく知らないプロンプトだけが未だ信じ切れないでいるが――それはそれで良いのだと受け入れることにした。
「――ごめん、オレはちょっと疑ってる」
「プロンプト」
「でも信じたいんだ! そして信じるにはカーテスの大皿に行くしかない! だから行こう、オレたちが巻き込まれているのはきっとルシスとニフルハイムの戦争よりもっと大きなものだ!」
決意を固めたプロンプトを見て、ノクティスたちも改めて自分たちが巻き込まれている旅は、ひょっとしたら国と国の戦いなどという枠組みを超えたものであるかもしれないという予感を抱くのであった。
「カーテスの大皿は帝国軍が基地を作っている。ノクト、方針を」
「どうせ魔導兵だろ? 邪魔なやつだけ片付けて奥に行きゃ良い」
「その方針は概ね賛同するが、帰り道はどうする?」
「任せた、軍師サマ」
頭痛に波があるのか、少し楽になったノクティスが体重を柔らかく受け止める椅子に背中を預けると、運転手のイグニスが怪訝そうな声を上げた。
「ん?」
「どうした?」
「あ、大皿前に誰かいるよ」
ほら、と助手席で指差すプロンプトに釣られて視線を向けると、そこには一人の大柄な男性が立っていた。
伊達男のようなコートに洒落た帽子。友好的にも、皮肉げにも――嘲笑っているようにも見える薄笑い。
間違いない――ガーディナでノクティスたちに絡んできた妙な男である。
こちらに手を振っていたため、ノクティスたちは警戒心を隠さないまま近づいていく。
「や、久しぶり。ガーディナ以来かな?」
「そーだな。あんた、帰ったんじゃないのか?」
彼は不思議と他人の気がしない。ノクティスは警戒しつつ、意識して言葉を選びながら会話を始める。
「帰ったよ? でもそこから仕事押し付けられちゃってさ。またルシスに戻ってきたの」
「ふうん。で、なんでこんなとこにいんだよ?」
「調査ってやつ。最近、地震多いでしょ? この辺りじゃ巨神の寝返りって言うんだっけ?」
「ああ」
「最近、頻度が多くてさ。調べてこいって言われたわけ」
嘘くせえ、というのがノクティス含む全員の総意だった。
この男の話す内容に真実など一欠片もない。あるのはノクティスたちを翻弄させたいという稚気のみ。
「君たちもカーテスの大皿に興味があるんでしょ? 話は通してあるからさ、一緒に来ない?」
「はぁ? 見ず知らずの人にはついていかねえってガキでも知ってるだろ」
「アーデン。本名が長いからあだ名みたいなものだけど、これで知り合いだ」
どうやらこの怪しい男改めアーデンは、ノクティスをカーテスの大皿に連れていきたいようだ。
真意はまるで見えない。だが、ノクティスたちはカーテスの大皿にいる巨神タイタンに用があるため、退く道はなかった。
「……良いぜ。あんたと一緒ってのは気に入らねえけど」
「わお、嫌われた。オレ、嫌われるようなことやった?」
「ワリィけど、全っ然信用できねえわ」
ふぅん、とアーデンはノクティスをその瞳で射抜く。
何もかもを見透かすような深い知性と同時、仄暗い悪意の混ざったそれをノクティスは正面から受け止める。
しかし、それはまだ彼の悪意に気づけていないからこそ取れる態度であり――アーデンはそれを見抜いて小さな失望のため息をついた。
「ま、良いや。それじゃあこっち、ついてきて」
アーデンが歩き出すと同時、カーテスの大皿の入り口を塞いでいた門が開いていく。
ノクティスは後ろにいたイグニスに目配せをして、アーデンの背中を追う。
プロンプトもノクティスの後を追いかけて走り、残されたグラディオラスとイグニスは互いに視線を交わす。
「――イグニス」
「ああ、対策は取っておく。だがここは帝国軍の腹の中と言っても良い。彼がオレたちの予想通りの人物なら、どう転ぶかわからん」
「良いさ。打てる手は打っとけ。何かあったら――オレの出番だ」
王の身に何かあったら、その身命を盾とする。
それこそが王の盾であると――グラディオラスは己に言い聞かせるのであった。
当然のように内部にも帝国軍の基地が建造されており、ここを見つからずに通り抜けるのは不可能とも言えるものだった。
癪な話だが、アーデンが口利きしてくれなければ激戦は避けられなかっただろう。
「んじゃ、一旦お別れだ」
「あれ、帰るんですか?」
アーデンにそこまで悪感情を抱いていないプロンプトが不思議そうな声を出すが、ノクティスたちは離れてくれてありがたいと心底から思っていた。
「ちょっと帝国軍の人とお話があるの。ほら、この辺はモンスターも出るしオレ一人じゃ危ないから」
「そうですか。調査、がんばってくださいね」
「ありがと。君たちも神様、会えると良いね」
そう言ってアーデンは悠々と帝国軍の建物に入っていく。
それを見送り、ノクティスは何を言うでもなくプロンプトの頭を軽く叩く。
「おまえな」
「いたっ、どうしたのさ」
「オレたちはタイタンに用があるなど一言も言ってない。つまりあの男はオレたちがここに来た目的など最初から知っていたわけだ」
「その上であの態度だからな。完全におちょくられてやがる」
真意が読めないのが気に入らないが、間違いなく彼は味方ではないだろう。こちらに利する行動の裏に、確実と言っていいほど悪意が介在している。
「……行くぞ。とっとと神様会いに行って、この頭痛をなんとかしてもらわねえと」
「まだ痛むか?」
「かなり。脳に針が刺さってるみてえ」
「うわ重症。じゃあ早く終わらせないとね」
頭痛がひどいのか、時折足がふらつくノクティスを皆が心配そうに見るが、ノクティスがこういった状況で心配されるのを嫌うことは知っていたため、あえていつも通りの態度で先に進んでいく。
「にしてもオレたち、かなり貴重な体験してるよね。カーテスの大皿を見られるなんて、なんか感動する」
「気楽なこと言ってんな。敵地なんだから警戒は忘れんなよ」
「わかってるって! ――あ、あれは何?」
プロンプトが指差した先にはノクティスたちが何度も見たもの――王家の墓があった。
手には大太刀のようなファントムソードが握られており、なぜここにあったのかという理由も含めて、一行の頭に疑問が浮かぶ。
「なんでこんな場所に? ってか野ざらしじゃん」
「帝国軍が何の手出しもしていなかった理由も気になる。ノクト、力を得るのは良いが、慎重に行くんだ」
「わかってる」
頭痛がひどいのだろう。苛立った声をあげるノクティスに一行は肩をすくめ、彼がファントムソードに近づくのを見届ける。
彼が手をかざすと王の一族を象った像に握られている大太刀が浮かび上がり、ノクティスに吸い込まれる。
夜叉王の刀剣。はるか昔、神凪とともに星を護ったと言い伝えられる王の証。
永い永い時を経て王の力がまた一つ、真の王の元に集った。
「どんな感じだ、ノクト?」
「ああ……また新しい力を――なんだ!?」
地面の奥で何かが胎動しているような揺れが響く。
「地震か!?」
「大きいぞ、足元に気をつけろ!」
「気をつけろったって無理!?」
プロンプトの悲鳴の通り、立っているのも難しいほどの揺れが一行を襲う。
「……がァッ!?」
三人が動けずにいると、ノクティスが両手で頭を抱えてその場にうずくまる。
脳に針が刺される痛みとは違う。内側から割り開かれるような痛み。もしこの痛みが物理的なものだったら、頭が裂けていると思ってしまうほどの激痛。
目を開け、呼吸をすることすら苦痛となり、とても周囲の状況を把握するどころではなかった。
しかし地震は未だに続いており、おまけにそれはノクティスにとって悪い方向に進み始める。
「おい、ノクト!?」
「待てイグニス、足場がやべぇ!!」
グラディオラスが咄嗟に言った通り、ノクティスの立っている場所に地割れと思しきヒビが入っていく。
どうやら彼が立っていた場所は崖の突き出した場所のようなものであり、今のような大きな地震に耐えられるものでは到底なかったのだ。
「ノクト、キツイだろうが立って戻ってこい! 足場が崩れるぞ!!」
「へ? ああ、クソッ!」
痛みで霞む視界を上げ、のろのろと今いる場所から離れようと動き出す。
無論、シフトを使う余力すら残っていない動きでは到底間に合わず――伸びたグラディオラスの手も虚しく空を切る。
「やばっ――」
「ノクト!!」
足元が崩れ、斜面に身を投げ出す。
崖でなかったのは幸いだ。ノクティスは頭痛と身体の痛みに耐えながらなんとかバランスを立て直し、斜面の先にある断崖から身を投げ出さないよう、武器を召喚して地面に突き刺そうとして――
「また地震!」
身体が浮き上がる。立ち上がれなかった横の揺れではなく、縦の揺れだ。
地面に突き刺そうとした武器は虚しく空を切り、ノクティスの身体は底の見えない暗闇に放り出され――
「ノクト!」
空中に投げ出された腕が、力強い誰かの腕に掴まれる。
振り返るとノクティスの落ちた斜面を追いかけてきたのだろう。グラディオラスが必死の形相でノクティスの腕を掴んでいた。
「しっかり力入れろよ! 今引っ張り上げる!」
宣言通りグラディオラスは常に大剣を軽々と振るう腕力を存分に活かし、ノクティスの身体を楽々と崖から持ち上げる。
どうにか五体が地面に触れ合う状況になったところで、ノクティスは改めて感じる頭痛にこらえて仰向けに転がる。
「死ぬかと思ったわ」
「こっちもキモ冷やしたぜ。って、おい! あれ見ろ!!」
目をつむり、意識を整えていたノクティスをグラディオラスが焦った様子で揺らす。
何事かと目を開けると、そこには――神話が存在していた。
滑ってだいぶ近づいたのだろう。はるか昔より燃え続けるメテオの熱と威容がここからでも確認できる。
――そしてそれを持ち上げるナニかがいる。
「神話の――巨神」
半ば鉱石と一体化した灰色の肉体。比喩などではなく山の如き巨体。
そして眼には確かな意思の光が宿っており、ノクティスを睨みつけていた。
「まさか……神話の存在をお目にかかれる時が来るなんてな」
平静を装っているようにしながらも、グラディオラスの声は震えている。
無理もない。神話の時代が実在したのは今より二千年近く昔。人間などには想像もつかない時間を生きてきたもの。
古来より神々の御業とされてきた現象の多くは科学によって解明され、魔法の力は未だ強大であれど機械もそれに勝るとも劣らない力をつけている。
だが――神々の圧倒的な姿の前にそれらなど塵芥でしかないと叩きつけられてしまう。
「巨神タイタン。神話から今に至るまでメテオを支え続けてきた――本物の神」
「んで、今はあいつがオレを呼んだってことか……痛っ!」
タイタンの口が何かを発する度にノクティスの頭痛はズキズキと強くなっていく。
「何か言ってんのか?」
「何言ってっかわかんねえよ、クソッ!」
せめて意味さえわかればこの痛みにも理解が示せるが、それもわからない現状ではただ理不尽なだけだ。
帝国の都合に振り回されて、それをどうにかする道筋が見えたと思ったら今度はもっと大きな何かに振り回されている。
「おい、会いに来てやったぞ!! オレを呼んだのはテメーだろ!」
苛立ち混じりのノクティスの叫びに、しかしタイタンからの返答はなかった。
ただ視線を下に向け、話がしたければここまで来いと言っているようにしか見えない。
「無視かよ」
「――ノクト、プロンプトたちと連絡がついた。合流するか?」
「――いや、まだタイタンの話聞けてねえんだ。このまま進む。進んだ先で合流にしてくれ」
「わかった。じゃあ先導はオレがやるからちっと息整えろ。このままじゃ持たねえだろ」
「言われなくてもわかってる」
頭痛がひどい。タイタンに睨まれてから痛みは収まるどころかひどくなるばかりだ。
苛立った様子のノクティスにグラディオラスは何か言いたげな顔になるものの、何も言うことなくどうにか通れそうなルートを探し始める。
「こっちから行けそうだ」
「おう」
「モンスターもいる。巨神が目覚めて驚いてるのはオレらだけじゃねえってことだ」
「めんどくせーな」
「おまけに暑い」
「さっさと行ってさっさと終わらそうぜ」
頭は痛いわ、モンスターはいるわ、極めつけはここからでも感じるメテオの熱気。
およそ人間が長居したくない三拍子が揃っており、ノクティスはうんざりしながらグラディオラスの見つけた道を進む。
「なるべくモンスターの刺激はするなよ。足場が脆い箇所があるかもしんねえ」
「あんま待つのはゴメンだぞ。こっちは早く終わらせてえんだ」
「急がば回れ。余計なバトルで消耗すんのは嫌だろ」
多少待たなければタイタンのもとに行くこともままならないらしい。
ノクティスは多少落ち着いたものの、消えることのない頭痛に舌打ちを隠さず先に進んでいく。
普段の彼は文句こそ人並みに言うが、それでも気配りはしていたし誰かが危ない時には真っ先に動ける優しさを持っている。
今は頭痛でそれが隠れているのだろう。グラディオラスは気を紛らわせようと口を開く。
「ノクト、ちっと顔上げて見てみろよ。すげえ景色だぞ」
「あぁ? 何がすげえって――」
断崖と断崖の間を鳥の魔獣が飛び交い、長い年月を経て自然が作り出した巨岩のアーチをくぐっていく。
外の世界でもこんな場所でなければ見られないであろう光景に、ノクティスは一瞬だけ頭痛も忘れて見とれる。
「巨神に呼ばれてなければ、もうちょい気楽に見て回れたんだがな」
「ったく、頭痛がマジで鬱陶しいわ」
「さっさと終わらせるか。こっち、行けそうだぞ」
グラディオラスが指し示した道は非常に細く、とても普通に歩いて渡れる幅ではなかった。
壁に背をつけて、脆く今にも崩れそうな足場を二人は進んでいく。
「崩れるかもしれねえし、オレが先に行く。良いな?」
「わかった……痛ぅっ!」
タイタンが見えなくなって少し落ち着いたように見えた痛みがまたぶり返してきた。
「また頭痛か。ここだと洒落になんねえぞ」
「わかってる! だから早く行け!」
「落ち着け。落ちたら一巻の終わりだ」
先行して足場の確認をしてくれるグラディオラスの後を、いよいよ強まってきた頭痛とそれに伴う視界の明滅に耐えながらノクティスは進んでいく。
そうして道半ばまで来た頃だろうか。再び地面が揺れ始める。
「地震だ! ノクト、落ちるなよ!」
「くっそ……!」
動こうにも下手に動くと足場の崩落の危険があった。
落ちないよう必死に体重を後ろにかけていると、ふと視界の先にあった岩肌が崩れ始める。
否、崩れているというのは正確ではない。
正しくは――巨神の腕の通り道にあったゴミを払っていただけだ。
タイタンの腕がこちらに伸びてきて、指が触れそうな部分まで近づく。
「っ!?」
「壁に身体くっつけろ! まだ届いてねえ!」
グラディオラスとノクティスは先程以上に壁に体重を預け、ノクティスの身体を掴もうともがく巨神の豪腕を見ながら歩みを再開する。
あの腕に掴まれたら、人間の体などすっぽり手のひらに収まってしまう。
手加減して運んでくれる、と思うのは今までの態度から見て厳しいと言わざるをえなかった。タイタンのもとに行く前に真っ赤なジュースになっているだろう。
「グラディオ、早く!」
「わかってる! あと少しだ!」
遅々として進まない動きに苛立ちが募るものの、彼の言うとおり焦って落ちたら元も子もない。
しかし痛みというのは往々にしてそういった道理を無視してしまう。
焦りはあっただろう。気が急いて普段の注意力など微塵も発揮できていなかったこともあるだろう。
結局のところ――彼は足を踏み外したのだ。
「うわっ――」
「ノクト!!」
だが、王を守るのが王の盾の役目。
グラディオラスがノクティスの腕を掴むと、そのまま力の限り投げ飛ばして安全な場所に放る。
そして自身も飛び移ると、起き上がろうとしているノクティスに手を貸す。
「大丈夫か!?」
「……生きてる」
ふてくされたように起き上がりながら、ノクティスは今なお自分に向かって伸ばされているであろう巨神の手を見る。
「指にもかすったら大怪我だぞ」
「向こうさんもお前に会いたがってるみたいだな」
「だったら道ぐらい用意しとけってんだ」
今にも溶岩の吹き出しそうな悪路を頭痛に苛まれながら歩いて、おまけにタイタンは話がしたいのか試したいのかわからずとにかく邪魔ばかりしてくる。
「ここなら手は届かねえんだ。ちっと休むか?」
「いらねえよ、行くぞ。ああクソッ、頭痛ぇ……!」
「…………」
グラディオラスは何かを言う前に自分の身体が動くのを、どこか他人事のように感じていた。
腕がノクティスの肩を掴み、強引に振り向かせる。
振り返ったノクティスの顔はグラディオラスの行動を全く予期していなかったもので驚愕に歪み――同時に、なぜ止めるという怒りも混ざったものだった。
その顔を見て、グラディオラスはもう我慢しなくていいっすよね、と彼に叱り役を頼んだ存在に内心で確認しながら口を開いた。
「ちったぁ落ち着け!! オレに当たんな!!」
「なんだよ!」
ノクティスが腕を振り払うのは止めない。
彼もグラディオラスが怒る理由に思い当たるところはあったのだろう。罰が悪そうに視線をそらす彼にグラディオラスは言葉を続ける。
「こんな状況で、頭痛もひどいんだろ。それはわかってるつもりだ。けどな、オレだって気を張ってる。あの巨神にお前が襲われないよう、一瞬だって気を緩めちゃいねえ」
「…………」
答えないノクティスに、ちょうどいい機会だから思っていることを全部ぶちまけてやろうという気持ちになっていく。
今後の旅でこんな風に感情をぶつけられる機会があるとも思えないし、何より今はグラディオラスがノクティスに見出した王の資質に陰りが見えていた。
「オレは王の盾だ。身命を捧げて、ルシスの王を守れとガキの頃から教えられてきた」
武門の家でもあるアミティシア家は、代々王の盾と呼ばれる役職を拝命した一族だ。
国という重責を担う王の力になれるよう、肉体は言うに及ばずその心に至るまで、全てを守り抜く盾となる。
王家の一族とも縁が深く、グラディオラスの父親であるクレイラスは先代ルシス王レギスの親友であるとも聞いていた。
「ガキの頃はなんだこの甘ったれたガキは、って思ったさ。レギス陛下にゃ似ても似つかねえお前に仕えたくなんかないって思ってた」
「……おい、今その話が何の関係――」
「けど、違った。イリスを助けてくれた時、お前はイリスをかばってくれただろ」
「はぁ? なんで知ってんだよ!?」
「んなこたぁどうだって良い。オレはそん時決めたんだ。お前があの時のまま成長したんなら――この命をお前のために使ってやるってな」
あの日、グラディオラスは確かに見たのだ。
今はまだ未熟で幼い少年であっても――ルシスの民を導くに相応しいのは彼しかいないと思ったのだ。
そして今なお、グラディオラスは自分の選択が間違っているとは一切感じていなかった。
「グラディオ……」
「盾として王を守れ――この言葉だって、今はオレの誇りだ」
「…………」
「今のお前はどうだ、ノクト。オレらに胸張れってんじゃねえ。――ルシスの王として、レギス陛下に胸を張れるか?」
「……っ!」
違う、とノクティスの内心に言葉が浮かぶ。
レギスも、実兄アクトゥスも、痛み程度で歩みを止めることはないと断言できる存在だ。
いかなる時でも頑然と前を見据え、民を照らし続けたレギスの存在がノクティスには王の姿として色濃く映っていた。
今は無理であっても、いつかはあの場所にたどり着く――否、超えなければならない偉大な存在だ。
今は無理――だから今の姿も甘んじるべき?
――それは違うだろう。
ここでふてくされて、甘えていたらいけない。
何がいけないのかはノクティスにもわからないが、ここでそれをやったら永遠にレギスと同じ場所には至れないという確信があった。
「…………」
「おい、ノクト?」
ノクティスは無言でグラディオラスに背を向けると、つかつかと手頃な岩場に一直線に向かっていく。
そして岩の目の前まで来ると、彼は大きく上体をそらして――
「――アアアアァァァァッ!!」
岩に自らの頭を思いっきりぶつけたのだ。
ガン! とグラディオラスにもハッキリ聞こえる大きな音を発し、ノクティスは動かなくなる。
何事かとグラディオラスが駆け寄るとノクティスの小さな、しかし強い意志のこもった声が耳に届く。
「……ダセェとこ見せちまったな、グラディオ」
その声を聞いて、グラディオラスは自身の口が笑みを作っていくのを止められなかった。
やはり自分の勘は間違ってなどいない。この人間こそ、自分が盾として、親友として誇るべき我らの王だ。
「……もう大丈夫か?」
「ああ。頭痛なんて綺麗サッパリ消えちまった」
額から血が流れているが、振り返ったノクティスの目は苛立ちや怒りのこもったそれではない。
前を見据え、なすべきことをなさんとする瞳だ。
「サンキュな。目ぇ覚めたわ」
「気にすんなよ。それにお前がルシスの王として新米なら、オレも王の盾として新米だからな。お互い、親父の背中ってやつを追いかけてみようぜ」
「……ああ!」
再び歩みを再開した彼らの足取りは、先ほどまでのそれとは確かに違うものになっているのであった。
次回はタイタン戦でチャプター4が終了です。アクト組の描写も少しは出したい(願望)
そして次回はもっと早く更新したい……仕事が忙しくなりつつあるけどネ!