イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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今回5000字チャレンジには失敗しましたが今回も含めて今後ハーメルンから更新していこうと思います!


第九話 信頼

 それからしばらく二人は体力温存の為に揺れる荷台の上で眠りに就いた。この低温の中での歩行は幼い二人にとってやはり重労働だったのに違いない。

 

 昼間に乗ったはずだったのだが、リンゴが気が付くと既に日は沈んでいた。ハルがまだ眠っているのを確認してから、徐にリンゴは寒さを防ぐように外套を締め直しつつ欠伸混じりに運送屋に尋ねた。

 

「んぁ……よく寝た。ヘイ運送屋! 今どの辺りだい?」

 

「ニュボーまであと10キロほどだ。急ぐのか?」

 

「いいやゆっくり行ってくれ。私たちは運送業じゃないからそれほど時間には追われないしね」

 

「そいつは羨ましいな! 着いたら起こしてやるからしばらく寝ててもいいぞ」

 

「今後のことも考えてそうしたいのは山々だが生憎目が覚めちゃってしばらくは眠れそうも無いんだわ。暇つぶしに情報交換にでも洒落こまないかい?」

 

「……ほう、どんな良い情報を提供してくれるのやら」

 

 馬の手綱を引きつつ、運送屋はリンゴの方を振り返って真意を見定めるように見つめる。

 

「その前に聞きたいんだけど、なんで私のこと知ってたの?」

 

 首を傾げつつリンゴは質問する。情報交換の前にはある程度の信頼関係が必要不可欠である。リンゴは自らの正体を大晦日に一発当てた商人であることを自白しつつ、相手の真意を探った。

 

「たった一晩でどこまで噂が広がったと思ってるんだ? 大晦日だからって運送屋は休んだりしない。大晦日にオーデンセにいたラッキーな運送屋はあんたのことを土産話に各地に行ってるってところだ」

 

「私じゃないでしょうよ。凄かったのはハンスで……」

 

「初見じゃそう思うだろうな。……だが色んな人間を見てきた奴からしたらあんたが裏の引き立て役だってのはすぐ分かるぜ。"天才商人が現れた"ってみんな言ってる」

 

「買い被りすぎだ。私はこれでも平凡なマッチ売りだよ」

 

「ああだからこそだ。今日日マッチなんぞ大企業が売ったって売れやしない。それを全く別の物と組み合わせて需要を生み出してるってのはそんじょそこらの商売人じゃ出来ない芸当だろうよ」

 

「褒めてくれるのは嬉しいんだけどなんか裏がありそうで怖いな」

 

「いや本心を言ってるまでだ。たぶんあんたなら色んな商人を引き連れられるだろうよ」

 

「ま、一応お世辞と受け取っておくさ。……んじゃ、本題といこう。こっちからは今後()()()()()()()()()()()()()ってことだ」

 

「トウモロコシ? そりゃまたなんで?」

 

「最近オーデンセの方で新しい菓子が売られ始めたって聞いたぜ。なんでもただのトウモロコシの種が全く別ものに化けるんだと」

 

「ほう……?」

 

「私は実際に買ってないから詳細は分からないけどな。今は仕入れ時かもしれない。実際、私もニュボーに着いたらしこたま買い入れるつもりさ」

 

「その話はどこから?」

 

 直ぐ様運送屋から質問が入る。情報のエビデンスというのはいつの世も高い重要性を持つ。

 

「とある雑貨屋からだ。私はそこが正しくレシピの源と見てるけどね」

 

「それはあるだろうな。……じゃあ俺が次にオーデンセに行くまでにトウモロコシを仕入れてりゃある程度の利益は見込めるってことかな」

 

「トウモロコシの種の安さを考えりゃ悪くはないと思うな」

 

「良い情報だ。それなら次はこっちが話そう」

 

 運送屋の申し出に、リンゴは目を見開き聴覚に神経を集中させる。

 

「カストルプの方じゃ鼎商同盟が全域を支配したって話だ」

 

「最近あちこちで聞く名前だなァ。そんなに凄いのか? 鼎商同盟って」

 

「運送屋の間じゃ知らないもんはないだろうな。近年でいきなり勢力を増して色んな店を巻き込みながらデンマークを支配しようとしてるって」

 

「穏やかじゃないねぇ」

 

 カラカラとリンゴは笑いながら答える。が、次の運送屋の一言でその笑顔も消え失せる。

 

「そりゃそうだ。……奴らは暗黒面すら絡んでるからな」

 

「………………何だと?」

 

「そもそもなんで地域そのものを支配できると思う?」

 

「まず考えられるのは圧倒的な資本とそれが生み出すスケールメリットによる低価格商品だろう」

 

「咄嗟に出てくる辺りやっぱり伊達な商人じゃないな。……だがそれだけじゃない」

 

 勿体ぶる運送屋にやきもきしながらも、リンゴはその答えを待つ。たっぷり数十秒ほど経ってから、彼は口を開いた。

 

「……ここからは俺から聞いたって言わないでくれよ?」

 

 急に小声になった運送屋に、リンゴは黙って頷く。

 

「鼎商同盟が進出する先ではほぼ必ずと言っていいほど自治体のバックが付く」

 

「なるほど」

 

 それだけで全て理解したと言わんばかりに、リンゴは大きく頷く。

 

「持つ者は更に富む。持たざる者は更に困窮する。いつの世も同じだろうな」

 

「あんたの言うとおりだ。……もう言わなくても分かるだろう?」

 

「ああ、確かに()()()()だね。せっかくだから自己紹介でもしておこうか。私の名前はリンゴ。ただのマッチ売りだけどただで死ぬつもりはない」

 

「面白い自己紹介だな。俺はイェンスってんだ。見ての通り運送屋をやってる。なんかあったら手紙でも寄越してくれ。大抵はニュボーのどこかにいるから」

 

「分かったイェンス。良い商売を」

 

 リンゴは荷台から手を伸ばし、イェンスと握手を交わした。

 

 

※メートル法は18世紀末のフランスが起源。マイル、ヤードといった距離の単位は某合衆国様の専売特許であり基本的には世界においてもセンチ、メートル、キロを距離の単位としている。

 

 

 

 

 

 

 リンゴとハルを乗せた荷台はまだ歩き続ける。それは深夜になっても続き、とうとう馬の休憩を取るべき時間にまでなってしまった。

 

「悪いが今日はここまでだ。明日の朝早くには着くはずだ」

 

「いや助かった。歩いたままだったら凍死か餓死してたかもしれない」

 

「まぁこれで20クローネ稼げるならお安い御用さ」

 

「……ところで凍死に関しちゃまだ解決したわけじゃないんだけど、良かったら毛布とか貸してもらえないかな?」

 

「荷台の中にあるだろ。使えよ」

 

「いやぁ乗った時割と序盤に見つけたんだけど、人様の商品を勝手に使うのは良くないと思ってね」

 

「そいつは商品じゃないから安心しろ。いくらでも貸してやるよ」

 

「太っ腹なのは良いことだよ。今後どこかで恩返しがあるかもしれない」

 

「あんたにだったら回収できそうな投資だな、リンゴ」

 

 そう言ってイェンスは不敵に笑った。

 

 

 

 

「トウモロコシをそう使いますか」

 

 夜も更けるかというような時間帯、昼から眠り続けていたハルが覚醒し、うつらうつらしていたリンゴがその様子に起きてからイェンスとの会話を掻い摘んで説明した時、ハルからは感嘆の声しか出てこなかった。

 

「実際は遠い国の文献だが誰もわざわざそれを調べようとはしないさ。それにオーデンセで新しい菓子が出てきたってのは嘘じゃない。……私が広めたとは言っていないけど」

 

「ずるいような凄いような……」

 

「交換として鼎商同盟に関する情報も手に入れられた。私が想定していた以上にでけぇ組織っぽいのが更に面白い。これはもしかしたら私たちだけじゃ太刀打ちできないかも知れない」

 

「でも……」

 

「でも諦めたりはしない。やりようはあるさ。どんな時でもな」

 

 やはり自信満々にリンゴは言うのである。だからこそハルも信じられるのであった。

 

「さぁそうとなったらハルのご両親を返してもらった後のことを考えようぜ! ハルはどうしたい? また両替商を続けるか?」

 

「私……私は……」

 

 ハルは正直、両親が帰ってきたことを想定すら出来ていなかった。それ故にその後のことなど夢のまた夢なのであった。

 

「私は、リンゴさんのような商人になりたいです」

 

 咄嗟に出てきた言葉はハル本人すら意識していない内容だった。それを聞いたリンゴは目を丸くする。

 

「言ったろ? 私は善人じゃないって。それに私みたいになったら苦労するぞ? ……例えば大晦日にマッチだけ持たせてほっぽり出されたりな」

 

 自嘲を含めた笑いを浮かべながら自身を目指すことを否定するリンゴ。しかしハルも何故かそこには固執した。

 

「たとえそうだとしてもリンゴさんは本物の商人です! 私は、あなたみたいになりたい!」

 

 あまりにもストレートな言葉をぶつけられ、リンゴは柄にもなく顔を赤くし、真っ直ぐに自分を見つめてくるハルから視線を逸らす。

 

「よしてくれ。おだてられるのには慣れてないんだ」

 

「お世辞じゃないです! 私は本気で……」

 

「分かった! 分かったからそこまでにしてくれ。これ以上は恥ずかしさで悶え死にそうだ」

 

「だから、これからも色々教えてください!」

 

 そう言ってハルはリンゴに頭を下げた。

 

 

 少しの間そうしていると、頭にぽんと手の平の感触を受けてハルは顔を上げると、優しく微笑んだリンゴの姿がそこにはあった。ハルの頭を撫ぜながらそのまま答える。

 

「当たり前だ。ハルが一端の商人になったら私も嬉しいからな。そうなった後はライバル関係といこうじゃないか」

 

「……っ! 是非お願いします!」

 

 

 

 

「ワインかビールが飲みたいな。今日みたいな晩は」

 

 一面雪だらけ。周りには再び眠りに就いたハルと既に熟睡中のイェンスとその馬たち。昼間から寝ていたことが災いしたのか、それともハルの言葉を受けてある種の動揺を受けたことが影響したのか、リンゴはハルが眠るまで頭を撫ぜてからも眠りに就けないでいた。思わずため息混じりに酒を欲する。

 

「……この子に悪い影響を与えてなきゃいいんだけどなァ……」

 

 やはり一昨日の場面が気になるのか、静かに状況を反芻する。あれほどにまで感情を顕にしたのは久しぶりだった。それこそ母や姉が家を出ていくときか、姉に負け続け必ずや勝利を誓うと涙混じりに宣言した時以来である。

 

「見栄張ったからにゃ、やれるだけやらないとなァ」

 

 そう呟くとリンゴは頭の中で鼎商同盟に関する情報を整理し、いざかち合った時にどう備えるかを考える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さっきのイェンスの話とハルの体験談から言えば鼎商同盟は半ば強制的な合併でこれまで勢力を伸ばしてきている。鼎商全体を統括するには相当のメリットが無いと難しいはず。となるとやはり自治体への賄賂か軽くはない見返りを全員に払っていると見るべきか。資本の強さで勝てないのなら何で勝負すればいい……? そもそも鼎商同盟という組織名ないし企業名は判明しているがその事業内容に関してはどこからも情報が入ってこないのは奇妙だ。それだけの多角化なら一つに業種を絞っていない可能性が高い。活動範囲を広げていることからも言って歩く複業施設といったのが正しい表現だろう。果たして勝負になるかどうかすら疑わしいが最低限部分的に商圏が重なった時に何とか吸収されないように対策を講じれば良いだけの話。そこから相手の出方を見て弱点を突くしかない……が。それで本当に大組織を攻略できるかと問われるとそれにも応えづらい……)

 

 リンゴの夜は、まだまだ続きそうであった。

 


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