イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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第三話 宴

 先程までの喝采が嘘のようにしんと静まり返る会場。面倒事に巻き込まれまいと今度こそ帰り支度を整える客が出始めた。

 

(まずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!)

 

 加速度的に速まる鼓動と相反するような脳の空転。ただ「まずい」という思考のみに囚われたハンスはそれでも――

 何故か待ってましたと言わんばかりの笑顔を紳士に向けるリンゴをただ信じて無表情を保った。

 

 序盤にサクラを演じてもらい、途中からは投げ銭を拾い集める作業に従事していたハルをちらと見やると、ハンスの思考をそのまま表情に出しているようだった。……まぁ仕方ない。自分も舞台に立っていなかったら全く同じ表情をしていたはずだ。

 

 

「おじさん、誰?」

 

 何も知らない表情を浮かべるリンゴは、無邪気に目の前の紳士に尋ねる。

 

「知りたいか? 私はこのオーデンセの町長を務めているサヴァフィという。無駄な話は省略したいからさっさと本題に入るが、ここで営業する許可は取ったか?」

 

「なんのこと?」

 

「馬鹿な小娘が。この広場で商売をするならば町に一日につき500クローネの地代を納める規定になっている。無許可で劇団をやっていると聞いて来てみればとんだ茶番ごっこをやっているみたいじゃないか」

 

 ハンスはこっそりと下唇を噛む。このおっさんの言うことは事実だ。規定上はこの広場を使うには地代が必要であり、大方固定の店を構えるところは納めているが、ハンスのようにこの場だけでの儲けを狙う行商人は規模が小さい為に地代を狙うことすらなかったのだ。

 

 だがこの人だかりだ。ハンスの予想ははるかに超え、今は100人に届こうかというほどの人間が焚き火を、ハンスを、リンゴを取り囲んでいる。町の商人の情報を掴んでいる町長がこの違法営業を見逃すはずもなかった。

 

 

 リンゴは一体どうするつもり―――――

 

 

「ええええええうっそぉ! 500クローネってマジ!?」

 

 

 ダメだ。知らなかったようだ。

 

 

「払えないなら即刻止めることだな。そしてここまでの売上高を町に納めたら、今回の違法営業は見逃してやる」

 

「ちょっと誰かァ! 今すぐ500クローネ持ってない!?」

 

 町長からの声を無視するように、リンゴは観衆に呼びかける。すると、

 

「そのシルクハットの中の金を掻き集めたらあるだろう!」

 

 即刻聴取から野次混じりの声が返ってくる。……が、それも無視してあからさまに頭を抱える。

 

 

「いやぁそりゃ持ってないよねぇ! 私も、たぶんハンスも今まで持ったことないくらいの大金だもん。私なんか今全財産掻き集めてこれしか持ってないよ」

 

 

そう言いながらリンゴが懐から出したのは、5クローネ銅貨であり、こんな状況にも関わらず聴衆からは笑いが飛んだ。

 

 

 

 

 

(まさか……!)

 

 

 明らかなリンゴの大根芝居に、ハンスは1つの答えにたどり着く。恐らくそれが正解であり、リンゴはそこに導いたのだと。

 そしてリンゴから、魔法の言葉が紡がれる。

 

 

「ねぇハンスお願い! この5クローネを100倍にして!」

 

 顔の前で手を合わせて頭を下げるリンゴに、ハンスは今度こそ落ち着きを取り戻す。

 

 

 

 ――なるほど。こいつは大したマジシャンだ。

 

 

 観客の笑い声にも一切反応せず言葉を発さずにやれやれというように肩をすくめてリンゴから5クローネ銅貨を受け取ると、右手で強く握った。演出を強めるため、握った右手の上にスカーフも被せる。

 

 リンゴとハンス以外の全員が固唾を飲んで見守る中、ハンスは右手を頭上でくるりと回したかと思うとスカーフを取り払う。親指と人差し指に挟んだそこには青銅色に輝く一枚の紙幣があった。

 

 

 

 

 一斉に湧く会場と固まる町長をこれまた無視し、否――

 

 

 それも舞台の一部と言わんばかりの態度でリンゴは軽やかにハンスとハイタッチを交わす。

 

「よっ! さすがプロマジシャン! ……はいこれね。たぶんちょうど足りると思うんだけど」

 

 固まったままリンゴから紙幣を受け取ったサヴァフィはそれが偽札ではないかとまじまじと見つめる。その姿が滑稽でボルテージが上がった聴衆からはまたもや笑いが飛んだ。

 

 

「後払いになっちゃったからお代はタダで良いよ。あとちょっとだけだけど観ていってね」

 

 

 リンゴに促されるまま一切言葉を発さずに紙幣を握り締め、サヴァフィは客席に座った。

 

 

 大きな拍手がリンゴとハンスに送られ、ハンスの手品は続行されたのだった。

 

 

 

 

「帰るの遅くなったけど、しょうがないよなこりゃ。……10クローネって安すぎだろ」

 

 

二人の華麗な手品っぷりを最前列で見せつけられた最初の客である男は、呆然としながら独り言ちた。

 

 

 

「すごい! すごいですリンゴさん!」

 

「いやぁハルもよくやってくれたよ? あの短時間で両替行ってくれなきゃあのマジックは見事大失敗だったんだからさ」

 

「……ったくマジで肝が冷えたぞ。あれアドリブなのか?」

 

「んー。秘密!」

 

 

 

 お祭りの後の片付け。会場は解散し思い思いに人が帰路に立っている中でハルが我慢できずにリンゴに駆け寄り、口火を切った。ハンスが質問したのは、勿論地代の金額のことである。そもそも行商人スタイルで商売をするならば不要な知識だ。あそこまで人を寄せ付けることは想定されていない。

 

 

 

「秘密ってお前……」

 

「本気で知らなかったらあんな台詞咄嗟に出てこねぇだろ?」

 

「……マジかよ」

 

 

 にぃっと笑いつつ答えたリンゴに対し、一瞬でネタばらしをされたハンスは軽く落ち込む。というかそれを知っているということはあそこまで盛況になることを見越していたということか。一体どちらがマジシャンなんだか……。

 

 

「さて、お勘定の時間だ。ハル、待たせたな。こいつで手頃な食べ物と飲み物を買ってきてくれ。そろそろ閉店だからなるべく急いでな」

 

「はいっ!」

 

 リンゴから何枚かの紙幣を受け取ったハルは大喜びで駆け出していった。そしてハンスの方へ振り向きつつ後ろ手に組み、少しばかりしおらしくリンゴはハンスに聞いた。

 

「それで次は宴会の会場なんだが。 ……ハンス、良かったら家貸してくれない?」

 

「あ、あぁ……。それくらいなら」

 

「話が分かるねぇ! 助かるよ」

 

 直ぐ様快活に笑うリンゴを、ハンスはまじまじと見つめる。この年端もいかない少女は一体どれだけの側面を持っているのかと思ったが、すぐに分かるわけがなかった。

 

 

 

 

 なおも雪が降り続けるこの町の時刻は午後11時25分、幾ばくかの荷物を抱えた一行はお世辞にも綺麗とは言い難いアパートの前にやって来ていた。

 

「……味のあるマンション、だな」

 

「素直にボロアパートって言ってくれよ。逆に辛くなる」

 

「いやいや本心だって!」

 

 おちゃらけたテンションでリンゴは笑い、釣られるようにしてハルにも笑みが浮かぶ。

 

「来客は今まで想定してなかったから、散らかってるし布団も足りないぞ」

 

「それに関しちゃ問題ない。私は」

 

「……雑魚寝、慣れてる」

 

 リンゴとハルは顔を見合わせながら返事をする。さも常識問題を問われたかのような怪訝な顔をしながら。

 

「その歳でなんでだよお前ら……。いいよ俺が床で寝る」

 

「流石男気のある奴だハンス。その判断は後々自分を助けることになるぜ」

 

「なに言ってんだか……。とりあえず入ろう、寒い」

 

 

 

 中に入ると、風をよけられただけでほのかに暖かさを感じる。そこでようやく緊張が解けたのかはたまた空腹からか、ハルは玄関先でへたりこんだ。直ぐ様リンゴがその身体を支える。

 

「大丈夫か?」

 

「す、すみません……」

 

「最初会った時から薄々分かってたがその様子だと数日間何も食べてなかったんだろう。準備が出来たら起こすから、ちょいと寝てな」

 

「…………」

 

 優しく言うリンゴの言葉に安堵を覚えるかのようにして、しばらくするとハルは小さく寝息をたてながら眠ってしまった。

 

 

 

「お姉ちゃん、みたいだな」

 

 見たままの感想を口にする。

 

「やめてくれ」

 

 すると即座にピシャリと返され、ハンスは思わず困惑する。何かいけないことでも言ったか。

 

「……悪い。"姉"って単語はトラウマってか地雷なんだ。知らないよなそんなこと」

 

急いで取り繕うようにしてリンゴが笑顔を向けてくるが、知らないうちに一線を超えていたのかと思うとそう簡単にテンションは戻せないので、とりあえずハンスは謝罪の言葉を口にする。

 

「い、いや……。不快にさせたのなら謝る」

 

「ハンスは悪くないさこっちの問題ってだけで。……さてと、ハルはなに買ってくれたのかなー? おお、これは……」

 

 するとすっかり元に戻ったようにリンゴは無邪気に袋の中身を改め始めた。その様子は正しく正しい少女の姿であり、何とも言えなくなったハンスは黙って宴の準備を整え始めた。

 

 

 

 

「「「乾杯!」」」

 からんとグラスがぶつかる音が鳴り響き、商売の成功を祝う言葉で宴は始まる。ボロアパートとはいえ最低限の暖房器具も家具も揃っていた。ハンスは自分の椅子に、ハルはベッドに腰掛け、リンゴはソファに座りつつ、テーブルを囲う形を取っている。

 そのままグラスの中のワインを半分ほど一気に飲み干したハンスは、上機嫌な声を上げた。

 

「いや、さっきのハルじゃないけど本当お前って凄いなリンゴ」

 

 ハルはハンスの言葉に同意するようにこくこくと頷きつつ、乾杯の一口を終えるとワインを一旦置いてまだ手元の貨幣の計算をしていた。グラスに少し口を付け、ゆっくりとワインを味わうようにしながらリンゴは答える。

 

「んぅ? そうか?」

 

「宿提供するんだ。色々ネタばらしはしてもらうぞ?」

 

「構わんさ答えられることならな」

 

 楽しげに笑って足を組みながらハンスにそう返す。

 

「まず一つ目、今日あの場所で商売をした理由はなんだ?」

 

「二つ理由がある。一つ目は単に広場の外れで周りにやってる奴がいなかったこと。二つ目はあそこが住宅地への出口に一番近い所だったからだ」

 

「それに何か意味でもあるのか?」

 

「あるともさ。買い物を終えた客は、家に帰る上で必ず通る道になる。しかも大きな買い物をした後だ。財布の紐は高確率で緩くなる」

 

「ふむ」

 

「いいか? 大晦日のようにこの町どころか国全体が主導のイベント事じゃ、劇場型商売が最も手っ取り早く、かつ大きく儲けられる。イベントに飲まれないよう強かになることがポイントだ」

 

 そこまで一気に言うとリンゴは、先ほどとは違い大きくグラスを傾けてワインを飲み込んだ。ただ町長に目を付けられないように避けた場所を選んだと思い込んでいたハンスは直ぐに言葉が出てこなかった。

 

「んで次は?」

 

「あ、ああ。なんで俺に一言も喋らせなかったんだ? いつもなら……」

 

「フフフ……。 簡単過ぎるな。ハンスは喋らない方が良い」

 

「なんでだ」

 

「今回は"大人"が相手だと始める前に何回も言ったはずだ。子供向けみたく次何するか紹介しなくても見てりゃ分かるさ」

 

「そ、それはそうだがその……繋ぎの台詞とかさ」

 

「これまで子供相手にやってた言葉で笑いが取れるなら私は止めてなかったがな」

 

満面の笑みを浮かべながらそう言うリンゴに、ハンスは思わず歯噛みする。

 

「くそぅ……」

 

「まぁそこも場数次第だ。ただ、台詞無しの方が一つ前のマジックのタネへの考察回避、次のマジックへの興味の推移、全体のテンポを考えると効率的だし、それを実現できる腕があるからね」

 

 そこに直ぐ様入る自分へのフォローに、いよいよハンスは何も言えなくなった。

 

 

 

「じゃあ次。あの誕生日ネタはどうやったんだ?」

 

「あれか? 私が客引きをやってたのが答えだ」

 

「なに?」

 

「この国の誕生日は祝われる方があれこれ準備するもんだ。だから必然的に買い物の量は増える」

 

「それはそうだが今日は大晦日だ。量だけじゃ判断できないだろ」

 

「そうだ。だから買い物袋にケーキや新品の皿、飾り付けが入ってる人間は大体当たる」

 

「全部見て回ったってのか……?」

 

「精査はしてないけどね。チラッと見えたらすぐに腕組んで場所まで連行してやったよ。あとは予め用意しておいたメッセージ入りマッチを売ればハイ出来上がり」

 

 マジック披露時と同じようにリンゴは両手を広げる。

 

「……時限爆弾式ってわけか」

 

「大晦日はあんまり誕生日の人いないから、今度やる時は七月にしといた方がいいよ」

 

 それを聞いて、ハンスは吹き出した。

 

 

 

「……終わりました! 全部で53,201クローネ50オーレです」

 

 売上からこの飲食費を差し引いた最終利益をハルが通知する声が部屋に響いた。

 

「五万……?」

 

「お疲れハル。……な? 言ったろ? 10クローネどころじゃない売上を約束するって」

 

 

 

ハルの頭を撫でて労いつつ、リンゴはハンスに向かって同業者としての笑みを浮かべた。

 


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