イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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お久しぶりです(土下座)
大変永らくお待たせいたしました(土下座)
次からはもう少し早めに復帰できるように頑張ります(土下座)



第二十八話 夜明け

 まず私が向かった先は、リンゴさんが昨日協業していたビレさんの元でした。

 

 昨日リンゴさんが話してくれた誕生日のお客さんの情報の共有と商売の協同。私には到底思いつかなかったけど、確かに人形と花の相性はデンマークでは顔なじみですね。その二つの組織が結託している姿は少なくとも見たことがなかったのですけれど。

 

 

「おはようございまーす……。順調ですか?」

 

 朝の勢いは何処へやら、ハルはおずおずといった様子でビレに尋ねた。ハルとてリンゴのように色んな仮面を同時に被るような器用な真似は出来ないのだ。

 

「いらっしゃいま……あ? 誰かと思えば朝のガキンチョじゃねぇか。見ろよ。誰一人客なんか来ないさ」

 

 一瞬喜色を浮かべてハルの顔をちらと確認したビレはぶっきらぼうに答え、参ったと言わんばかりに両手を挙げると、ハルに目を合わせる前にやっていた作業に戻る。

 

――なるほど――

 

 しばらくトントントンと金槌が音を奏でた後に

 

「……まぁ、それはそうでしょうねぇ」

 

 暫く店内とビレを見渡してからしっかり息をついたハルはリンゴの真似などせず、ただ単に思っただけの感想を述べる。なんせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。当然、ビレはいきりだつ。

 

「なんだと!? お前みたいなちんちくりんに何が分かるってんだ!?」

 

 ――――嗚呼、成程。

 

 ハルは今までで初めてリンゴに近い感覚を覚える。窮地に陥った商人は当然目の周りが見えなくなる。

 するとどうなるだろうか? 最も確認しておかなければならない顧客のニーズではなく、自分が如何にすれば生き残ることが出来るのか。それこそが本人らにとっての最重要項目であり、他の要素については只の雑音に過ぎなくなるのだ。

 

 

「はいはい。私はちんちくりんですよー!」

「でもぉ……」

 

 困ったようにビレの真似をし、両手を軽く上げてから、今度は少しだけリンゴさんの真似をして鋭い視線をビレに注ごうと努力する。

 

「なんだ?」

 

「ここ、10代以下のお客さんって来たことありますか?」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「無いでしょうね! 思いっ切り人形のパーツがそこら中に散らばっている職場! お会計すらまともに出来ないレジ環境! 挙句の果てには……完璧に完成されたお人形……!?」

 

 ここぞというときに話そうとしたはずが、何かに目を取られたのかハルはある一点を見つめたままその場に固まる。

 

「……最後のはどういう意味だ?」

 

「言ったままですよ! あれを見たら誰でもきっと持って帰りたいって思うに違いありません! 私欲しいのがあるんですよ!」

 

 ビレが気付く頃には、ハルは一つの人形を手に抱えながらビレに相対する。

 

「……早くないすか?」

 

「私の全財産を出しますから、売ってください!」

 

 思わず敬語になるビレにすら気にならないような様子で、同じく敬語で返すハルは手持ちであろう自前のボロボロの財布をひっくり返そうとする。

 

「お、おい! やめとけって! 無いだろうそれはいくら何でも!」

 

「でも! リンゴさんを象っている人形なんて他に見たことがありません! 貴方は一生リンゴ商団にいてくださいね? お願いしますね? 毎回ちょっとずつ違った服装で同じように可愛らしいお人形さんを作ってくださいね?」

 

「わ、分かった! 分かったから一回落ち着いてくれ! 眼が! 眼が怖いってマジで!!」

 

 気が付けばすぐそこまで迫りフー、フーとまだ息の荒いハルを宥めながら、ビレは彼女が言い残したその一言に迫る。

 

「それで? 何だよ挙げ句の果てにはって」

 

「あ、あぁそうでした――」

 

 ハルは持っていた人形をビレとの間に丁寧に置くと、その回答を出す。

 

「ここには夢が無いですよね」

 

 キョトンとした表情でハルは言う。

 先ほどまで夢を見る少女の顔をしていたとは到底思えない。今ガンガン夢見てたじゃねぇか……。

 

「夢だと?」

 

「ごめんなさい。かなり嫌な言い方になっちゃいましたけど、根本的なところでとても大事なんです」

 

「店の散らかりようはよく分かったよ。お前の言うとおりだ」

 

「違います!」

 

 語気を強めてハルは言い切る。

 

「ビレさん! 貴方です! お店もそうですが、それ以上にビレさんに夢が無いんです!」

 

「それは……!」

 

 ビレは言いよどんだ。見透かされていたか……。

 無論、仕事以上に人形を作るのは俺の趣味でもある。だが、最近は良いアイディアも無い。起死回生と思われた昨日アイツからもらったものですら――

 

「ベンクトさんとのお話、上手くいかなかったんですね?」

 

「アイツから聞いたのか?」

 

「いえ、リンゴさんからは協業を持ちかけたというお話だけは聞きましたけど」

 

「……そんなに暗い顔してたかよ」

 

「そうですね。それにお店の中がどんよりしてました」

 

「俺も乗ってくれると確信してたからさ。今どうしたら良いか分からねぇよ」

 

「ベンクトさん、なんで断ったんでしょうかね?」

 

「さぁな……。契約書を見せても駄目だった」

 

「私聞いてきますね」

 

 そう言うと私は素早く踵を返そうとし、そこで居直った。

 

「今月のおこづ……お給料貰ったらさっきのお人形買いますので、取り置きお願いしますねっ!」

 

 

 呆気に取られたビレを振り返ること無く、今度こそ店から出てベンクトの花屋へと向かったのだった。

 

 

 

 

――――――――

 

 コペンハーゲンの片隅、質屋に扮したアジトでレーネは最高幹部である部下からの報告に目を見開いた。

 

「いないの? リンゴちゃん」

 

「いつもであればこの時間は市場に出て回っていますが、まだ確認できていません」

 

「ゲオルグの件で頭を悩ませてるのかしら? それとも何か策を考えているのでしょうかね? いずれにせよ……」

 

 ニヤァと笑う。

 

「この機を逃せません。一気に攻勢をかけましょう。ベンクトの仲間を引き込む為の資金を準備してください」

 

「御意に」

 

「それと海上にデコイをばらまいて」

 

「レーネ様?」

 

「準備には準備を。海上に敵が出来たなら時間稼ぎの敵を配置するまでです」

 

「……自警団のことでしょうか?」

 

「私の見立てでは、アレもリンゴちゃんの手先です」

 

「!? バカな……!」

 

「フフ……。私が信じられませんか?」

 

 獰猛な笑みを向けられて幹部はその場に固まる。

 

「そ、そんなことは……。レーネ様のお見立てであれば間違いないかと……」

 

「外れていても構いません。念には念を入れておきましょう。犯罪を犯さないデコイが取り締まられたらクロです」

 

「すぐに手配を!」

 

 軽く意図を示すと足早に部屋を去る部下を見送ると虚空を見つめ、リンゴへと念を送る。

 

 

 ああ、可愛い可愛い我が妹。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 票さえ取れたら満足と彼女は言った。

 それはこちらとて同じこと。価格競争によるパワーゲームはその内の一つでしかない。

 

 どちらがより、市民の心を得られるか。その為には手段を選ぶつもりは毛頭無かった。

 

 

――――――――

 

 

「ど、どういうことですか……?」

 

 今受けた言葉が信じられない。血の気が引いていくのを自分でも感じる。

 

「俺は鼎商同盟に付いた。……ビレが来る少し前にな」

 

「何故……」

 

 膝を折りそうになるのを懸命に堪えながら問う。

 

「ギリギリ過ぎる。……確かに、あんたらがやってるのは正しいだろう。俺も時間さえあれば寝返ることは無かった」

 

「今は。今はこのやり方に賭ける他無いんです! お願いします! どうか、どうかもう一度……!!」

 

 ハルは思わずすがりつきそうになる。当然だった。師から、リンゴから今日一日を完全に任されているのだ。

 ゲオルグの他に裏切り者を出すわけにはいかなかった。

 

「……本当に、申し訳ない」

 

 が、願い届かず。

 金融を掴んだ後、早速リンゴ商団のメンバーに対して吸収を仕掛けてきていたのだ。鼎商同盟の手の早さに改めて脅威を覚えると同時にやり場の無い怒りを必死で抑える。

 

「……分かりました。お好きにどうぞ」

 

 再度頭を下げるベンクトに、ハルは別れの言葉を告げる。

 

「リンゴさんは一度仲間になった方にはきっと報いてました。ベンクトさん、良い商売を」

 

 それ以上は見ていられず、踵を返すとまずはビレに成果が得られなかった報告と、代替案をすべく元に戻ったのだった。

 

 

 

 

「駄目だったか」

 

「はい、すみません」

 

「良いんだよ。俺だって駄目だったんだからさ」

 

 ビレはハルの顔を見るなり声を掛けてきた。やはり感情は隠せないらしい。

 

「どうしましょう。……このままだとビレさんのお店が……」

 

「とりあえず綺麗にするのはするんだが、それで客が増えてくれる保証は無いなぁ」

 

「ですよね……」

 

 

 その時だった。

 

「順調かい? 今やってるかな?」

 

 店に顔を出したのは、魚屋のカールだった。モーテンと組んで以降は一層忙しくしており、とてもでは無いが街にふらりと現われる余裕は無いと思われていた。

 

「久し振りだなカール。出向いていて大丈夫なのか?」

 

「それがさ、魚の他に客の娘へのプレゼント頼まれちゃって、俺に思い付くのはビレの店しかなかったんだよ」

 

「そいつはありがてぇが、店は?」

 

「ユミルちゃんが暇そうだったからちょっと頼んでる」

 

「あの娘も大変だな……。まぁいいや、さっさと選びな」

 

「ありがとよ。それならここにある可愛いのを……」

 

「あっ……そ、それは……!」

 

 カールが手を伸ばす先を見てハルは驚愕の表情を浮かべる。

 

「あ、悪いカール。そいつだけは先約があってな」

 

「そうなのか。それじゃ仕方ないなぁ」

 

 

 

 

 

「ずっと店に置いておけたらこういう時便利なんだけど」

 

 カールの一言が、ハルの中に響いた。

 

「ビレさん。これです」

 

「どれだよ?」

 

「カールさんにお人形を2割……いや、3割引くらいで売れませんか? 同じ商団のよしみで」

 

「えっ……ええ!?」

 

 今度はビレが驚愕の表情を浮かべる番だった。

 

「そりゃ結構な破格だぜ? そもそも贈答用の店だからなうちは」

 

「カールさん、ビレさんからお人形を買ってそのままのお値段で売るつもりでしたか?」

 

「いやぁ流石にこっちだって商売だからね。多少は値を付けさせて貰うつもりだよ。買いに行く手間もあるしね」

 

「だから少しお安くするんですよビレさん!」

 

「でもよぉ。安くしちまったら今度から俺の店で売れなくなるぜ?」

 

「でしたら、どこで売れますか?」

 

「そりゃカールの店だろう」

 

「では、このまま贈り物の需要が発生する日、場所、天候にお任せするのと、安くても確実にお金が入ってくる状況。どっちを取りますか?」

 

「……」

 

 碧眼をランランと輝かせながらハルは続ける。

 

「単純にお客様と直接接する機会が多いのは、ビレさんとカールさん、どちらですか?」

 

「俺……だよな?」

 

 カールがおずおずと手を挙げる。

 

「そうですねぇ! そして以前のカールさんの短所、そして今となっては長所となっているのは何でしたっけ? ビレさん」

 

「ドが付くほどのお人好し。サービスが良いところだ。じゃなきゃ忙しくてプレゼントなんか買いに来ねぇよ」

 

「正解です。では売れる期待値は……」

 

「分かった。その話に乗ろう。どのみちベンクトは駄目だったんだ。期待させてくれよな。カール」

 

「お、俺はどうすりゃ良いんだ?」

 

 やや混乱気味のカールに、ハルは自身も一度深呼吸をして落ち着き、語る。

 

「カールさんはさっき言ったお人形を少し安くビレさんから仕入れます。それをマージンを取ってお客様に売る。来てくれる人に宣伝するのも自由です」

 

「俺も贈り物需要を探すってことか。ちょっと大変だな」

 

「いえいえ」

 

 ハルは大きく首を振る。

 

「お店のどこかに置いておくだけで良いんですよ。反応を返してくれた方にだけ、お話を聞けば」

 

「労力はそれほど無い!」

 

「そういうことです」

 

 確かこれを代理店販売というのだったか。かつてリンゴさんに習った気がする。

 

 一人でやれることには限りがあるが、仲間を作れば新しい需要も見出せる。

 

「ビレ。今は少し余裕がある。いくつかまとめて売ってくれ!」

 

「良いのかよ?」

 

「すぐ売り切れになっちまうくらいなら、ある程度持っておいた方が良い」

 

「分かった。こいつは先に今の客のプレゼント用だ。作ったは良いがまだ売れてない、新しいやつから集めてあと5体ほど持って行くから先に行っててくれ。忙しいだろう」

 

「助かるよ!」

 

 ハルの目の前で、しっかり6体分の料金が支払われる。もちろんハルの提示した3割引にて。

 

 

 喜び勇んで店を飛び出していったカールを見送り、しばらくビレは呆然としていた。

 

「どうですか? お仕事、楽しくなりそうですか?」

 

「ああ、ああ……! ありがとう! ……ハル」

 

「あっ、えぅ、私の名前覚えててくれたんですか……?」

 

「意地張って悪かったな。そりゃあの大商人の連れだぜ。覚えるだろうよ普通の商人ならさ」

 

 ビレは初めて明るい笑顔を見せると、右手を差し出してきた。

 

「助かった」

 

「……! これからですよ!!」

 

 まだ小さいながらもしっかりとビレの右手を握り返すと、

 

「お取り置き、ありがとうございます! きっと買いに来ます!」

 

「いやいや、持ってってくれ」

 

 そう言うとハルが欲しがっていたリンゴ似の人形を渡してくれる。

 

「良いんですか?」

 

「コンサル料だ。足りないくらいだけどな」

 

「ありがとう、ございます!! 一生大切にします!」

 

「ボロくなったらまた持ってこい。すぐに直してやる」

 

 

 

 

――――――――

 

 その頃エミルの工房のロフト部にて、リンゴは床に伏せていた。

 

「だ、から……。食べ物は持ってこなくて良いって……。うっぷ……」

 

 ここの連中、人を元気付けるのにはボリュームのある飯を食わせるくらいしか思い付かないらしい。大人しく寝たいと何度言い聞かせても他の商人が入れ替わり立ち替わり食べ物を持って見舞いにやって来ていた。

 お陰で先ほどから匂いだけで嘔吐きが止まらず、リンゴは半分涙目になっていた。

 

「悪いなリンゴ。もう持ってこないから大丈夫だ」

 

 エミルが梯子を登ってきてリンゴに告げた。

 

「うぅ……。素早い対応、助かる……」

 

 精一杯の嫌味を放ちながら、必死で口を手で覆う。顔色の悪さを見てもかなりしんどそうであった。

 

「何か欲しいものは無いか?」

 

「安寧」

 

「了解だ。ゆっくり寝てくれ。ここは人払いしておく」

 

「マジで助かるよ……」

 

 梯子を下りたエミルは皆に外に出るよう促し、しばらくすると物音ひとつ立たなくなった。

 

 ようやく眠れると布団を顔までたぐり寄せ、本格的に寝ようとする。が、脳内に自分の身内であり最大の敵でもあるレーネの顔がちらつき、思うように就寝出来なかった。

 

 

 

 奴は次に何を仕掛けてくるか。得意とする買収だろうか。

 ゲオルグは、奴に取られたのか……? そうかもしれないが、逆に早計かもしれない。彼には何か考えがあったはずだ……。

 

 その時、彼との会話をふと思い起こした。

 

 

『だが俺は姉御を裏切らない。瞼を一度閉じたらイエス。素早く二度閉じたらノー。これを暗号に』

 

 

 これを使うべきタイミングということか? いやそれよりも、大事なことが確か……。

 

 

『それがですね、さっき妻とあっしの宝物たる娘がコペンハーゲンに到着したって聞きましたんでこれから迎えに行って来ます!』

 

 

「ああっ!! そうだやべぇ! あいつ奥さんと子供が……」

 

 幸い彼の裏切りは一部にしか伝わっていないようだった。そもそも自分と一緒に来ていた時点で、リンゴすら怪しまれても仕方ないが、そこはこれまでの働きで何とかなっているようだ。

 

 問題は彼が特定され、家族と一緒にいられるところを見られたら――

 

 

「家族ごとリンゴ商団にとっ捕まって目論見失敗……。てかこんな大事なこと、やるタイミング相談しろよなァ……」

 

 

 ズキンズキンと痛む頭は体調不良だけでは無いだろう。しっかりと手で押さえながら、リンゴは次を思案する。

 

「まずは極秘でゲオルグに接近、妻と子供を安全な場所に隔離してからレーネの元へ送り込むしか無い、か」

 

 やれやれ。情報も無いのにどうしろというのだ。商人の情報網というやつを使うほか無いだろう。

 

 起き上がろうとして再び布団に倒れる。身体は絶不調だ。誰かに頼むしか無い。しかし今ほど人払いをしたばかりだ。

 

「あーあ。私にしちゃあタイミングが悪いなぁ」

 

 そう独り言をぼやいた時だった。

 

 得てして運は訪れる。

 

 ギギギと扉が開く音がして誰かが入ってきた。

 

「リンゴさーん。大丈夫ですか?」

 

 ああ、今一番聞きたかった声かもしれない。

 

 トントントンと梯子を登ってくる音がし、ハルがひょっこりと顔を出す。

 

「ハルぅ。……会いたかったよ」

 

「リンゴさん! 私もですよ!」

 

 リンゴの体調を慮ってか、ひしと抱きしめることはしないまでも布団まですり寄り、顔を近付けた。

 

「具合、悪そうですね……」

 

「あぁ、半分はあいつらのせいだが」

 

「……何かやられたんですか? 私が居ない間に」

 

 フッとハルの瞳から光が消え失せる。

 

「い、いやいや大丈夫。要らないって言ってるのに食べ物持ってきただけだ」

 

「そんな、リンゴさんが嫌がることを、わざと……?」

 

「悪気は無かったみたいだから、まぁ許してやろう。な? 私も商団でけが人が出たら嫌だし」

 

「分かりましたリンゴさん。今日はあと私が看病しますね」

 

 再び光が戻ってきたことに安堵しつつ、ハルにはまだやってもらいたいことがあることを告げる。

 

「すまんハル。頼み事がある」

 

「何なりと仰ってください」

 

「ゲオルグの、妻と子供の行方を追ってくれ」

 

「……何故です? 彼は裏切り者ですが」

 

 

 人払いが済んでいる今であれば大丈夫だろう。

 リンゴはゲオルグと二人きりで話していた符帳のこと、裏切らず手段を選ばないという発言があったことをハルに伝えた。

 

「奥さんと子供は、安全な場所に移してやらないとゲオルグも安心出来ないだろう。私が命令したと言えば良い。探してここまで連れてきてくれ」

 

「やりましょう」

 

 ゲオルグを完全に信頼したわけでは無かったが、ハルはリンゴの言うことは信じ切っていた。彼女が言うのであればまず間違いない。

 

 

 

「……頼んだ」

 

 リンゴは伝えきると、電池が切れたようにすやすやと眠ってしまった。

 

 しばらく寝顔を眺めていたかったが、自分を奮起させ再び工房を出る。

 

 

「待っていてくださいね。必ず、必ず私が――」


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