イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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第二十六話 海賊の本領

 私は焦っていた。どうすれば――――どうすれば、リンゴさんのような商人になれるというのだろうか?

 快晴の市場の中、足早に私は歩きながら考える。

 両替の需要はその時の市場に流通する金銭の総量によって上下する。当然、このコペンハーゲン中を知り尽くすのには短期間でできることではない。

 

 ならば、やることは一つだ。

 

「あの、メアリ……さん? いますかー?」

 

 巨大な船の前で私は両手をメガホンにして何度か呼びかける。すると、その呼び声に応じてなのか、見張りが知らせたのかメアリ本人が登場した。

 

「誰かと思えば……リンゴの弟子じゃあないか」

 

「メアリさん……お願いです。コペンハーゲンを……支配してください!!」

 

「……はぁ?」

 

 怪訝な顔をするメアリさんに、私はただひたすらに頭を下げ続けた。

 

 

 

――――――――――

 

「金融ねぇ……良い判断するじゃねぇか」

 

 フードを目深に被りながら、リンゴは口の端を歪めつつ言う。

 

「そうよ。さっさと諦めたらどう?」

 

「残念ながらそうはいかねぇなァ?」

 

「だったらあなたごと支配するしかないわねぇ……リンゴちゃん?」

 

 久しぶりに宿敵に会ったリンゴは、もう震えていてはいなかった。ただその瞳は自らが被るフードの色よりも紅く、漲る。

 

「ここまではお互いの面子が懸かってるんだろ? 私はそうでもないが」

 

「……フッ。別にコペンハーゲンが無くなったところで、私の活動には支障を来すものではないですが」

 

「だったら……大人しく身を引きやがれ」

 

「残念ながらそうもいかないのよねぇ?」

 

 皮肉交じりにリンゴの言葉にカウンターを仕掛けてくるレーネに、リンゴは一つの提案をする。

 

「掛金追加だ」

 

「……なに?」

 

「私が勝ったら、そっちが持ってる両替商、返してもらおうか?」

 

「フェレナのことであれば……」

 

 そこで喋りすぎたと言わんばかりに、慌てて口を塞ぐレーネを、リンゴは見逃しはしない。

 

「フェレナっていうのかァ? 出来ればファミリーネームの方も教えてもらいたいが」

 

 不敵に笑うリンゴに、今度こそレーネは警戒を露にする。数分ほど前に唐突に部下に連れられ現れた彼女は、座る手間さえ惜しいと言わんばかりにこちら(鼎商同盟)の手を明かす。商人のネットワークを駆使したのか、それとも誰かを強請ったのか。何にせよこれ以上の追求はまずいと判断したレーネは、話題を変える。

 

「コペンハーゲンを支配するのは金融。この国の首都であり中枢よ? 無駄な抵抗だと思うけれど……」

 

「ダンスケ銀行を抑えられたとあっては私でも降参してただろうがなァ……」

 

「は?」

 

「たかが民間金融を手中に収めたからってだけでそこまでマヌケ顔晒せる気には、私にはなれないってことさ」

 

 分かりやすい挑発。この国の中央銀行を一民間企業たる鼎商同盟が支配できる訳もなく、それはリンゴも分かりきっているはずだった。つまり――――

 

「民間金融程度であれば、大した相手じゃないってこと?」

 

「いいやキツいぞ? おめぇの狙いを考えれば」

 

 金融業をまとめ上げることでその先――

 

「リンゴ商団への資金の供給ストップ。よく見破ったわね」

 

――ここまで見越していると見たレーネは、先に解答する。

 

「じわじわ絞め殺すつもりだったんだろうが残念だったなァ? ()()()()()()()()()()()()

 

「新規融資が無くなっても構わないの?」

 

「なんせ商団だ。相互補助の機能は備わっててな。何より票さえ手に入れられれば満足だ」

 

「価格競争で私たちに敵うわけがないでしょう? それよりも掛金追加と言ったわね? この選挙戦で勝つこと以上に、私たちにメリットはあるのかしら?」

 

「私でどうだ?」

 

「……リンゴちゃん?」

 

「我々が負けた時は私がそっちに降ろう。もしくは今後一生商売するなって縛りを付けるのもありだぜ?」

 

「面白い……面白いわリンゴちゃん!!」

 

 金色の瞳を輝かせながら獰猛に笑うと、レーネは賭け(確実な勝利)に乗る。今度こそ完全に屈させることができるのならば、それも完全なる形で。

 それはレーネにとっては願ってもいないことだった。無論鼎商同盟のメンバーとして使い潰すというのも魅力的。乗らない理由がなかった。

 

「決まりだ」

 

 軽く笑うと、リンゴは踵を返す。

 

「全力でかかってきなさい」

 

「こっちは最初から全力だ。安心しろよ。()()()()()()()

 

 レーネの声に、振り返ることもなくリンゴはそう返したのだった。

 

 

 

 

――――――――――

 

「お前の話を総合すると、コペンハーゲン周辺海域の警備を強化しろってことか?」

 

「はい!」

 

 再び船内に案内されたハルは、船長室で一対一で元海賊長のメアリと向かい合っていた。

 

「私たちはニュボーが主戦場だ。基本的にはあっちにいなきゃいけない」

 

「そこを何とか、今の状況に合わせて融通をきかせてくれませんか? この選挙戦ではきっと多くの人たちが集まるはずです。そこには真っ当な商人以外の不届き者も出てくるはずです」

 

 メアリは無言で頷き、続きを促す。

 

「特殊状況下ということであれば、ニュボーからも許可が出るのではないでしょうか? 今はニュボーの市場の浄化作業が忙しいでしょうが……」

 

「……が、実は正式な国の海軍から手紙が届いてな」

 

 続きを言う為にハルの話を遮ったようなメアリに耳を傾ける。

 

「一人の宝石商の不正が暴かれて不正価格競争は一網打尽になりそうだ。後はまだ気付いていない周辺海域の浄化作業のみらしい」

 

「でしたら……!!」

 

「私の優秀な部下をそっちに向ける。私はここに居残ることができるってことだ。……任せとけ。私の、私たちのプライド賭けてここら辺りの不審船は一隻残らずとっちめてやる」

 

 メアリはその申し出に快諾する。が、しかし、改めて何故、彼女だけが船に来たのだろうか。

 

「それにしてもリンゴにお使いでも頼まれたのか? リトルちゃんよ」

 

「いえ……。私は独断で来ました」

 

「え?」

 

 呆けるメアリに、大きく呼吸をしてからハルは答える。不敵な笑みを忘れずに、瞳は真っ直ぐメアリに向ける。

 

 

 

 

「この方が、非論理的(イロジカル)だと思ったからです」

 

 それを聞いたメアリは破顔し大声で笑い始めた。

 

「ハハハハハハ!! お前も面白いんだな!! まるでリンゴと喋っているみたいだったよ!!」

 

「ではよろしくお願いします!!」

 

 大きく頭を下げるハルに、メアリは快諾の返事をする。その後ラム酒を勧められたのだが、一杯で沈んだ経歴のあるハルは丁重にお断りしたのだった。

 

 

 

 

――――――――――

 

「ええっっ!? 鼎商同盟に単身で乗り込んでご自身を賭けたんですか!?」

 

「お前こそ……!! メアリちゃん抱き込んだってホントなのか!?」

 

 本部に戻った二人に待ち受けていたのは、お互いの行動に対する驚愕だった。

 

「そ、それじゃあリンゴさん……負けちゃったら二度と商売が……」

 

「それは大丈夫だよ。勝つから。……それよりもハルがメアリちゃん相手にコペンハーゲンに留まらせておけるとはな……」

 

 あっさり言うリンゴにハルは目を白黒させる。

 

「い、一体何を根拠に……?」

 

「ハル自身が言ったんじゃねぇか。金融に関して特に競合相手がいない。私にとっては天啓だったよ。その視点は無かった」

 

「私、それほど大したことを言っていな……」

 

「違うんだよハル」

 

 自身を否定する言葉を発する前にそれを遮るリンゴ。

 

 

 

「真実ってのは得てして目に見えてるくせに気付かねぇもんなんだ。正しくハルに言われる前の私だったら、あのまま鼎商同盟に飲まれちまってただろうさ」

 

「でも実際、低価格競争に持ち込まれたら私たちは結構厳しいと思いますよ?」

 

「ハル。価格だけが全てならこいつがぶっちぎりさ」

 

 そう言いながらリンゴは自分のマッチをひと箱取り出す。

 

「なんせ、こいつは1クローネかかるかかからねぇかだからなァ!」

 

「そ、それは……」

 

 いくら何でも需要が無い。が、リンゴは手に持ったマッチを弄びながら続ける。

 

「でもハルは学んだはずだ。こいつが一体何に化けてきたか。そしてこれからも何に化け続けていくか」

 

 そんなリンゴの目を真っ直ぐ見ながら、ハルは頷く。

 

「私は金融が全てを握るこの地じゃダンスケ以外の民間金融でも抑えられりゃと思っていたが、それは先に手を打たれた。私が予想していた以上のスピードでな。これがかなりショックではあった」

 

「金融への接触を優先すべきでしたか」

 

「悲観的になることはない。おかげでエミル達と会うことができたしメアリちゃんとの繋がりも生きた。時間さえ資産だろ?」

 

「リンゴさんみたいに考えることができたらと思うことがよくあります」

 

「ハルは十分すぎるくらい受け継いでると思うけど」

 

 そこでリンゴはようやく軽く目を逸らす。

 

「……それでは、全てはこれからというわけですね?」

 

「当然だ。何故か既に勝った気でいる奴らに目に物見せてやろうじゃねぇの!」

 

 

 

 

――――――――――

 

 カールの魚屋とモーテン運送の協業こそは上手くいったものの、その日の売上報告を聞くごとに厳しさを思い知らされる。

 

「私は香料の元を売っているのですが、今日も売上ゼロで……」

 

「石鹸屋のエナとマッチングしよう。ミントはあるか?」

 

「えぇ……」

 

「じゃ、明日の12……いや、13時に直接行く。待っててくれ」

 

「お願い致します!!」

 

 

 

 

「木製の北欧雑貨を売っているんですけど、どうも俺の売り方が悪いみたいで……」

 

「雑貨なんか引く手あまただろ?」

 

「これが、うちの主力です」

 

「……おおう、なるほどな……。陶芸職人のラスムスに話をつけよう。自信は無いがあんたよりも器用なのは認める。形の削り方を直に教えてもらってくれ」

 

「助かります!!」

 

 

 

 

「芋を、何とか主食以外の方法で取れないか探してるんだけどよ!」

 

「……とりあえずブリテン流に魚と合わせてみたらどうだ? カールなら今忙しいから明日の晩に話を持っていくが」

 

「了解した! フィッシュアンドチップスをこの辺りで売ってる店なんか一つたりともありゃしねぇからな! 期待してるぜ!」

 

 

 

 と、こんな具合にリンゴにとっては苦難の日々が始まるのだった。商売およびエントリー団体のアピール期間は本日を第一日目として21日間、そして投票期間がそこから2日間だった。サンビアの指定する投票箱に、コペンハーゲンの住民票を有する有権者の票が投票することによって、その地を治める商売団体が決まる。

 

 

 

 

――――――――――

 

「一日で、キツい!」

 

 翌朝、起きたてにリンゴは叫んだ。昨日は酒すら飲む余裕が無いほどに商人たちの行列が続き、常に誰かしらに助言を送り続ける時間が続いた。

 

「無理しないでくださいね? 私も少しはお手伝いできると思いますし……」

 

 コーヒーを運んでくるハルは心配そうな様子でリンゴを伺う。

 

「どこかで頼むかも知れない。準備しておいてくれたら幸いだ」

 

「……分かりました」

 

 ハルから受け取ったコーヒーをフーフーとよく冷ましてから一口飲むと、リンゴは味の感想を息とともに吐き出す。

 

「また美味くなったな。……会計以前に、感覚で商売をやってる奴らが多すぎる。……ま、そこが強みになっている奴もいるけどな」

 

「どういうことですか?」

 

「売れた時に何がどんな時に売れたか、天候はどうだったか、どのくらい売れたか、市場全体が売れていたのか自分の店だけが売れていたのか、そのレベルすら帳簿につけていない商人は多い」

 

「……なるほど」

 

「だが、そのせいか営業外収益※が見つかる場合も多いんだ。たとえば糸屋のユミルなんかはそれで生計を立ててる」

 

「それってほとんど商売していないじゃないですか」

 

「その通りだ。だが、ユミルが生きるか死ぬかって段階になったらあいつの客はそれは凄まじいリアクションを示すだろうぜ」

 

「商売も色んなやり方があるんですねぇ……」

 

「まぁユミルは美貌を武器にしている面もあるから、一概には言えないけど」

 

 リンゴにとってハルほどではないが、可愛げのある接客と一生懸命さは、その店に入る客誰しもを魅了してしまうほどのものがあった。最早本業が形骸化し、商人そのものが価値を付けうる存在になる。現代のアイドル的存在を想起すると分かりやすいであろう。

 

「それなら、ユミルさんはそのままの方が良いということでしょうか?」

 

「いや、それだったら……もう少し役立てる所があるだろう」

 

「それは……?」

 

 

 

 

――――――――――

 

「……え? 私、ここで歌うの?」

 

「そうだ。なるべく可愛いものを選べ」

 

 突如人通りの多い広場に連れてこられて戸惑うユミルに、リンゴは容赦なく言い放つ。

 

「……それじゃ、靴屋のポルカ※2で」

 

「流石糸屋。そこは計算済みなのか?」

 

「ぐっ偶然だから!!」

 

 顔を真っ赤にするユミルに笑いかけながら、リンゴははやし立てる。

 

「ユーミール! ユーミール!」

 

 まるで賑やかしのように、まるでユミルのファン第一号のように。

 

「いーとーまきまきいーとーまきまき」

 

 ユミルが歌いだしてからはリンゴが騒ぎ立てる必要すらなく、自然と人々が足を止めていった。

 

「あの子、すごく可愛いな……」

 

「こんなところにいたか?」

 

「ユミルちゃんだ!! なんでこんなところに!?」

 

 それはユミルを知る者、知らない者の両者が入り乱れる混乱となった。まるで大晦日の再演とでもいうように、リンゴは集まった民衆に対して同じようにマッチを売って歩いたのだった。

 

 

 

※営業外収益:企業の本業以外で経常的に発生する利益のこと。不動産賃貸収入やら有価証券売却益などが具体的な例

 

※2靴屋のポルカ:原題は靴屋のポルカという「いとまきのうた」。♪いーとーまきまきいーとーまきまきひいてひいてトントントンの原曲です。ここでは邦訳通り歌っています。きっとユミルは可愛い

 

 

――――――――――

 

 そこから三日ほどは、リンゴによる直接介入と現場でのユミルによるゲリラライブ、そしてメアリによる周辺海域への警戒によって辛うじてリンゴ商団は全体で黒字を確保していた。

 

「みんな! よくやってくれてるな」

 

 全員の売上の集計が終わってから、リンゴは皆の前に姿を現す。

 

「でも、やっぱりお客さんは鼎商同盟の方に流れていっちまってますよ、リンゴさん」

 

 団体を代表してエミルが言う。それは帳簿には表れていない肌感覚としての意見。無論、リンゴも真摯に耳を傾ける。

 

「そりゃそうだろうな。奴らがモロに価格競争を仕掛けてきやがった」

 

 市場を見回ってのリンゴの調査とエミルのそれは一致する。

 

「俺らもそれに追随するべきじゃないか……?」

 

「目的を見失うな!!」

 

 動揺するエミルに、リンゴは思わず激高した。

 

「……」

 

「いや、すまない。私たちは票を取得することを目的としていたはずだ。違うか?」

 

「その通りだ」

 

「ならば、"今"一時的に客を取られているからって焦る理由がどこにある?」

 

「そう言えば……無いな。でも客は安い商品を求めるはずだ。違うか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ならそうだろうなァ?」

 

「エミル。明日私と一緒に来てくれ。おめぇに面白いもんを見せてやる」

 

「は、はぁ……」

 

 そう言われてしまってはエミルは引き下がるしかなかった。

 

 

 

 

 翌日の早朝から、リンゴは元気よくエミルの元を訪れた。

 

「おはよう!」

 

「……んっ! え、リンゴ……?」

 

 確認するまもなく、リンゴはエミルの手を引っ張る。

 

「面白いもん見せてやるって言っただろ?」

 

 寝巻きのまま連れて行かれていくのは、早朝の市場であった。そこにはいつもと違いほとんど人通りもなく、ただ漁師だけが忙しく行き交っている。そんな中の一角を、リンゴは指さした。

 

「あれがアホのやることだ」

 

 エミルはそれを見て、夢見が覚めるようだった。

 

 

 

「少なくとも50クローネじゃないと売れない」

 

「そんな! 前は40クローネでも売れないって言ってたじゃないか!!」

 

「状況が変わったんだ。帰ってもらおうか」

 

 ガックリと肩を落とし、家路に着こうとするその人の前にリンゴが颯爽と登場するのだ。

 

「商人ってのはそんなに悪いもんじゃないよ?」

 

「どこがだ? 消耗品に10クローネも上乗せするやつがあるか!」

 

「なら、その内訳を聞けばいい。……お兄さん、10クローネ高くなった理由は?」

 

「……」

 

 その商人は俯いてばかりで何も答えようとはしなかった。

 

「たとえば」

 

 大きく身体をそらし、空を仰ぎ見るような体制を取ってから顔だけは商人に向けつつ、リンゴは笑う。

 

「大きな商団を丸ごと買おうと思えば単純に資金はいるだろうなァ?」

 

「……ッ!?」

 

 答えこそしなかったものの、それの反応は答えを言っているようなものであった。それにはリアクションせずに、客に声を掛ける。

 

「消耗品ならうちのイーレが色々取り扱ってる。案内するから付いて来てよ」

 

「お嬢ちゃん……商売人か?」

 

「うん! リンゴ商団のリンゴ。今後共よろしくね!」

 

 その様子を、エミルはずっと呆気にとられて見ているだけだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「……リンゴ……。ありゃ一体どういうことだ?」

 

「私たち以外の残り2団体、そいつらを買おうとしてるんだろうな」

 

「えっ?」

 

「少なくとも金融機関を抱き込んだってことは私たち以外も意識してるってことさ」

 

「資金力で吸収しようって作戦か?」

 

「恐らくな」

 

「鼎商同盟は……金で票を買おうとしていると」

 

「ご名答! 因みに今の奴は合併を目的としている主力。残りはエミルも知っている低価格競争を仕掛けてきている有象無象の商人たちで固まった組織だ」

 

 小走りにエミルの前に出たかと思うと、リンゴは言葉と共に振り返り、両手の平を上に上げながらエミルに問う。

 

「さて、金融は取られ価格競争は必敗。おまけにある意味頼もしい味方ともなろう存在の競合までもが鼎商同盟に下るかも知れない……この状況、エミルならどうする?」

 

「どうするったって……」

 

 エミルは思わず言葉に詰まる。真っ先に思い浮かんだものは白旗を上げることだった。四面楚歌にも程がある。

 

「どうにもなりゃしないさ」

 

 エミルの答えを待つより先に、リンゴは口走った。それはまるで、今のリンゴ商団を代表しているかのように、自嘲気味な笑みが浮かんでいる。

 

「そう……だよな」

 

「――諦めりゃな?」

 

 が、しかし繋がる言葉はあくまでもずっと前を見据えているのである。

 

「……!」

 

「結局のところ必勝の手でもない限り我々はいつも通りやるしかないわけだよ。金融機関? 他の商団? 全くもってナンセンスだな」

 

「それは……そうだが」

 

「そもそも私たちは誰の為に存在してるんだ?」

 

「客だ」

 

「そうだ。それが即答できる限り、私たちは負けない」

 

「でも、秘策なんて」

 

「一個だけあるけど……そいつは切り札。楽しみにしておいて」

 

 にんまり笑うと、リンゴはまたエミルに背を向けて機嫌よく歩き出すのであった。

 

 

 

――――――――――

 

 

「以上で集計終わり……か」

 

 本日分の商団としての売上を集計し終わり、ロフトで一人になったリンゴはこれからの作戦を練ろうと画策する。

 

 現在、商団として合致してからというもの売上高は右肩上がりであり、ユミルのアイドル的存在も相まって至る所でリンゴ商団の名前は広がりつつある。しかしカールとモーテンの協業ほど上手くいった事例がまだ作ることができていないという焦りもある。鼎商同盟が今後どのような手段を使ってくるかという不気味さも残っているのが現状だった。せめて選挙期間にもう少し猶予があれば、これもまた違っていたのだが……。

 

「敵情が知りたい。が、市場で見学するには限度があるか。弱ったなァ……」

 

 商人たち、増してハルの前では絶対につかないため息を思い切りつくリンゴ。鼎商同盟の、レーネの手を暴くには内に入り込むことが最適解であったが、残念ながら自ら顔を晒している為、鼎商同盟の連中には入るが否や直ぐ様正体がバレてしまう。

 

「……ッ!」

 

 急に襲ってきた目眩に、暫く眉間を指で押さえながら耐えつつ、リンゴは独りごちる。

 

「身体を考えりゃ、短期戦でありがたかったかもな」

 

 

 

――――――――――

 

「これで3船目じゃないか。……ホントにハルの言うとおりになったか」

 

 選挙に合わせて不審船が来航する。どこから聞きつけたのか祭りとあっては悪事の働きどころがあるというものだろうか。現ニュボー職員のメアリには最早関係のないことではあったが、わざわざ捕まりに来てくれるのはこちらとて渡りに船である。存分に罠を張り巡らせて片っ端から駆逐して回るだけのことだ。

 

「後続船がありましたので、まとめて聴聞しておきます!」

 

「頼んだ。ついでだから鼎商同盟について聞き出せることは聞き出しておけ。この元凶に繋がる可能性もある」

 

「はっ!」

 

「それに、リンゴへの交渉材料にもなるしねぇ……」

 

 自身に価値を見出しているばかりか、その弟子まで大したものを持っている商人(リンゴ)に、改めてメアリは恐れ入る。

 

「あの子と対等に話し合える為の用意は、万全で備えておかないと、だな!」

 

 金髪をはためかせつつ、海賊の名残を感じさせるような表情を浮かべて、メアリは叫んだ。


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