イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant- 作:職員M
いつの間に眠っていたのか、リンゴが次に気が付いた時にはまたもやハルに抱きつかれていた。
「ハル、好いてくれるのは師匠冥利に尽きるがちょっとどいてな」
まだすやすやと眠っているハルにそう告げると、ベッドから降りたリンゴはその手を解いて客室の窓を開く。
「ほほぉーこれはまた綺麗な大海原……」
眼前に広がる一面は珍しく快晴の大海原であった。デンマークではほとんどが雨か雪の気候である為、快晴というのは非常に珍しい。
そう、大海原というのは滅多に見れない光景なのだ。
「大海原ねぇ……」
――ん?
「大海原!?」
慌てて客室を飛び出すと、甲板がある方向へとリンゴはダッシュする。
ドアを蹴破らんばかりの勢いで開けると、陽の光が差し込む。思わず一瞬腕で顔を覆うも、慣れてくると目の前には意気揚々然としたメアリが仁王立ちしていた。
「お、おはようリンゴ」
「おめぇ! な、なんで出航しやがった!!」
昨日までに見慣れた陸地は姿を消し、代わりに水分100%の光景が広がっていたのだ。
「え? だって私の船に乗るって言ってたし」
「それはこっちでタイミング見計らうっての!! もしニュボーにハルの両親がいたらどうして……」
「それはないね」
一瞬でメアリはリンゴの言葉を否定する。
「私がほとんど認知していないんだ。鼎商同盟なんて巫山戯た組織は無いだろうさ」
「そう聞けば、確かにな……」
「安心しな。こっから先はコペンハーゲンに向かう。ここは私もあんまり知らない土地だからそこで情報収集した方が効率も良いんじゃないかって判断だよ」
一理ある。
「なるほど、確かに一理あるな」
「だろ?」
「それはそうとして! 私が本来ニュボーで得られるはずだったマッチの売上はどう補償してくれんだ!! せっかくおめぇをニュボーに取り入れてマッチの専売権を得たところだったってのに……!」
リンゴは思わず嘆いた。このままではオーデンセで得られるとうもろこしのロイヤリティしか期待できない。
「ああそいつは悪かったな」
「そうだよ。こっから人脈も金脈も掘り出そうって時におめぇは……!」
「よく聞けよ"商人"」
「んぁ?」
「まだニュボーの市場は正当化されてねぇ。私が完全に監視下に置けるまでは正しくブラックボックス※だ。違うか?」
「……整地なら手伝うつもりだったんだけど」
「それには及ばないよ。なんせ私は――」
そこで元海賊は金髪をはためかせつつニヤリと笑いながら言った。
「――ニュボーの役人だからな!」
「……ふん、好い顔するじゃねぇか。それなら連れてってもらおうかァ!」
それに応えるように、リンゴもまた大声を張り上げたのだった。
※ブラックボックス:内部動作が不明なままアウトプットされている機構の事を指す。本編では価値のインフラが未だ正常化出来ていないことからメアリちゃんの比喩表現として使っています。
――――――――――
「ええっ!? それだとニュボーには戻れないんですか?」
いつの間に起きていたのかベッドの上でぼーっとしていたハルに、リンゴは現状を説明する。ハルの反応は自明だった。
「当分市場は明るくならないらしい。それにメアリちゃんも鼎商同盟についちゃ知らないようだし、いっそのことさっさと拠点を移しちまうのも一考かと今なら思う」
「……そうですね。ニュボーにもそれらしい人はいませんでしたし」
"それらしい人"というのが両親のことを指しているのだろうとリンゴは目測を付ける。
「ま、コペンハーゲンはデンマークで最大の都市だ。人が集まるのもここ、当然商人が集まらないわけがない」
「仮に鼎商同盟が勢力を拡大するのだとしたら、ここは外さないでしょうね」
「その通り。なるべく早くコペンハーゲンに染まってネットワークを作っちまえばこっちのもんだ」
「それならば移動にも意味がありそうです!」
テンションが上がったようで、ハルは立ち上がりながら言う。
「元とはいえ海賊船なら商船より速いししばらく待てば着くだろう。今のうちに作戦でも練っておくとしようぜ」
「はい!」
――――――――――
「船長!」
「ん?」
まだ甲板に立ち、行く先を見計らっていたメアリの元に現れたのは、今や忠誠なニュボー役員と化した船員のダリと、それに縄で身体と手を縛られた一人の男だった。
「貨物室に隠れていやがったんで引っ捕えました。不法乗船です」
「ほう……」
男は顔面に数発殴られた形跡があり、黙ったまま俯いている。
「どうします? 沈めちまいますか?」
「ダリ。我々はもう海賊じゃない。そんな真似したらどうなるか……」
「はっ!」
「ま、出来なくはないけどな」
顔をゆっくりと近付けながらそう凄むと、男はびくりと身体を震わせる。
「喋ってくれないと分からん。なんで乗ったんだ? コペンハーゲン行きの船なんざそう高くもつかないだろ? それともニュボーですっからかんにしちゃったとかか?」
「違いますぜ……」
「だったら?」
「あっしは約束したんです。"この件が片付いたら一緒に仕事しよう"って」
それを聞いただけでメアリはすぐに察する。
「なるほど。あんたもまんまとあの子の尻追い掛けてきたってわけか」
ため息をつくと、メアリは笑みを浮かべる。
「ったく、片思いならしょうがないねぇ。今回は見逃してやるけど、後で運賃は払ってもらうよ」
「ありがとうございます!!」
「縄解いてやれ」
「良いんですか?」
「リンゴの関係者とあっちゃ事後承諾もやむを得ん。これは役所に報告しなくていいからな」
「分かりました」
メアリの言葉に従順に頷くと、ダリは手馴れた手つきで縄を解く。
「リンゴは客室にいる。さっさと挨拶にでも行ってきな」
「あ、ありがとうございます! この御恩は忘れませんぜ!!」
一度綺麗な土下座をすると、男は足早に甲板から姿を消したのだった。
――――――――――
「でだ、マッチというものはとかく需要が少ない。需要を生み出す為に何が必要かを考えることが商売だ」
「うぅ、難しいです」
「しかもこれまでとは違ってコペンハーゲンにゃ揃わない物は無いと言われてるほどだからなァ。かなり工夫しないと私もハルも飢え死にだ」
「……! 売ります…! 何としても!」
その意気だ、とリンゴが答えようとしたその時、客室のドアがノックもなしに開く。
「こんな所にいたんですかリンゴさん!!!」
「お前……ゲオルグ!?」
不法乗船して捉えられてまでもリンゴを追ってきた男は、ニュボーで出会った宝石商のゲオルグだった。
「会えて光栄ですよリンゴさん……いや姉御って呼ばせてくだせぇ!」
「な、なんでここに!」
当然の疑問をぶつけると、彼は急に真顔になる。
「……メアリ海賊団の船に乗った。それがどういう意味かは、ニュボーにいた人間ならすぐに分かります」
「私を心配して来てくれたってことか。有難いやらお人好しやら……。メアリならもう大丈夫だよ。今はもうニュボーの職員として働いている」
「えっ!?」
「メアリ海賊団とニュボー市役所をマッチングしてやったんだ。ニュボーは強力な自警団を、メアリ海賊団は安定的な収入を双方得られることになった。あ、このこと内緒な?」
「あ、姉御……!! 流石っすねぇ!!」
ゲオルグは大声を上げて笑う。リンゴもまた満足そうに頷いた。
「ま、そういう訳だ。心配せずともニュボーにいてくれて……」
「嫌っすよ姉御! この件が片付いたら一緒に仕事しようって言ってくれたじゃないですか!」
「……そう言えばそんなことも言ったな。なら付いてくるか? コペンハーゲン」
「是非とも! 妻と子供にはもう伝えてありますし時間差開けて来てくれるらしいんで」
「随分と用意がいいな。……ところで」
「何ですか?」
「メアリちゃんに土下座でも何でもしてもう一つ部屋使わせてもらいな。腐ってもここはレディーの部屋だぞ?」
「た、確かに! 失礼しやした!!」
そう言うやいなや、ゲオルグはダッシュで部屋を後にした。
「……最初に見た時と印象が変わりました」
「人間そういうもんだよ。ハルも私の印象、変わっただろ?」
「そうでしょうか? リンゴさんはずっと変わらないような気がします」
「後から思い返すと気付くもんだよ。……商人は変わらずにはいられない。かっこつけでもなんでもなく、商人って生き方を選択するなら常に変わり続けなきゃいけない。でないと生き残れないからな」
「……心に留めておきます」
「別に私の生き方を真似する必要なんかないさ。ハルはハルの思うように生きたらいい」
「リンゴさん……」
「ハルは既に充分過ぎるくらい苦労しているとは思うけどな。でもハルには私みたいになって欲しくない……。それが嘘偽りない私の本音さ」
「なんで、ですか……?」
声を震わせつつ問うハルに、淡々と答える。
「何回か言ってきたとは思うけど私なんか所詮見栄張って生きてるだけだよ。中身は空っぽで何にもなれやしない。常にどこか空虚な部分が自分の中にあるんだ。それを忘れたいが為にマッチを売り続けてる。こんな生き方は、難しいぞ」
どこか遠くを見るようにリンゴは目を細めた。
「売れてる時は何も考えなくてもいい。でもふとした時に思うんだ。何の為にここまで苦労してんだって。その感情を売れたら楽なんだけどな」
自嘲気味に笑いながら続けるが、ふと我に返ったようにハルに微笑みかけた。
「でも今は心に決めたことがある。だからこそ動けるんだよ。どんな不運が起きようが今なら何回でも立ち上がってみせるさ」
「私は……リンゴさんに着いていくだけです。たとえこの先どんなことが起こったとしても」
「……そうか。まぁ後悔しないようにな」
少し寂しげな表情を浮かべつつ、先ほどよりも大きくリンゴは笑いかけたのだった。
穏やかな気候だったのは一瞬だったようで、辺りは一気に暗くなってきた。雪もちらつく中ガド・リニアル号はただひたすらに海を疾走する。途中で海賊船らしき船にはしっかり警告を発して止めるといった日常業務を挟みつつも、確実にコペンハーゲンに近づきつつあった。
――――――――――
「準備は整いましたね」
「とはいえ些か広すぎる市場です。今までのように少しずつ吸収合併していたのでは占拠までかなり掛かるかと」
「それも織り込み済みです。まずは金融街から攻めましょうよ」
口元に広がる笑みは邪悪そのものといった風に、レーネは次の指令を出す。
「金貸しがこのまま市場を独占していたらどうなるか、教えてあげなさい……」
「御意に」
指令を受けた忠実な部下はそそくさと駆けていく。
「そっちの貴方、鼎商同盟が次の専有地にコペンハーゲンを狙ったと吹聴しなさい」
「えっ……? 構わないのですかレーネ様。……これまでのやり方とはかなり異なっておりますが」
「その方が欲しい獲物も手に入りやすいこともあるんです。すぐにでも」
「は、はっ! 御意に!」
隣にいたもう一人の部下にも同じように指令を出すと、レーネは残る部下に向かって両手を大きく広げた。
「私たちは今日この瞬間を迎えるためにここまでやってきました。今こそ鼎商同盟の名をデンマーク、いや、世界に広げる時が来たのです。ここはその為の拠点にしか過ぎません。皆さん、正しく今この瞬間が革命の時です。共に戦いましょう。我々の底力がパワーバランスをひっくり返すことを証明しましょう!!」
狂信的なまでに見開かれた眼光は金色に光る。それに魅入られたかのように聴衆と化した部下共は大きく呼応した。
「あとは、貴女を待つだけね……。絶対に現れるわよね、リンゴちゃん……」
周囲の歓声にかき消され誰にも届くことのないレーネの独り言は、コペンハーゲンの市場の真ん中で消え失せた。
「予定通り、金融業は軒並み鼎商同盟に下りました」
三日後、拠点にてレーネに告げられた報告は事前に組んでおいた計画そのもの。満足そうに頷いてから、レーネは次の指令を出そうとしたその時だった。
「いきなり現れて随分と暴れまわってくれますねぇ鼎商同盟さん」
「……あなたは?」
いつの間にか警戒の守り番をくぐり抜けて目の前に現れた女は、レーネも知らない不審人物。
「私はサンビア、コペンハーゲンの役員を司っている者です。貴女方の行動にはあまりにも目に余るものがあります」
「お説教ですか?」
「いえ、ただの忠告ですよ。独禁法に触れたくなければ今すぐ市場を元に戻してください」
「コペンハーゲンの手元に置いておきたいってわけね? でも折れたのはそちらの金融機関よ?」
「実力でもぎ取ったというわけですか……。それならばもう少しフェアな方法があります」
「聞きましょう」
レーネは座り直す。流石に国の法律に触れる気はレーネとて端から無い。いかに正当に美しく市場を奪うか、そこにレーネの美学があった。
「この市場におけるあらゆる組織の総選挙。一企業や店舗、はたまた個人ですら受け付けます。いかに市民の支持を得られるか。それだけが市場を独占できる権利となります」
「……それは貴方が考えたの?」
「いえ、ここ最近のコペンハーゲンの市場の衰退ぶりと貴女方の蛮族顔負けの独占ぶりに市長が業を煮やした結果、市の正式なイベントとして決定しました」
「面白い。乗りましょう」
乗り気になったレーネは早速エントリーする。
「我々は当然鼎商同盟として参戦します。今のところ他に候補は?」
「ありません。このまま対立候補が現れなければ、鼎商同盟がここを支配してもいいことになります」
「独禁法には触れないの?」
「市の正式な決定の結果ですからこれは特例になります」
「それならば心配する必要は無さそうね」
楽しげに笑うと一つ確認する。
「参戦期限は?」
「今日から一週間以内です。市街にもエントリー受付のポスター等開示を開始しました」
「ルールは?」
「簡単です。投票期間中、エントリーしていただいた方々にはそれぞれの本業を行ってもらいます。市民の方々には最もコペンハーゲンにふさわしいと思う商人ないし組織に一票を投じてもらい、その投票率が最も高かったところが今後コペンハーゲンの永住権と専売権を有することになります」
「総選挙というのもそのままなんですね。分かりました」
「公に示されたのは本日ですから、本日に至るまでの問題行動は全て不問とします。せっかくですから鼎商同盟さんもこの機にコペンハーゲンを手に入れてはいかがでしょうか」
そう言うと、サンビアは踵を返し、一瞬で姿を消した。
「……これは益々楽しいことになりそうね」
黒髪をなびかせ、楽しげに笑うとレーネはそれまで黙りこくっていた部下を見やった。
「この戦い、鼎商同盟の勝ちは最早決まったものでしょう!」
「仰る通りです!」
「我々がこの場を握るのです!」
「投票など不要! 実際に商売をしてみればどこが一番か愚民にでも分かるはずです!」
次々と返ってくる部下たちの言葉。ニヤリと笑いながらレーネは告げる。
「ここが世界に向けた鼎商同盟の最初の基盤です。圧倒的な我々の力を、見せつけてやりましょう!」
おおおおおお、と辺りは歓声に満ちた。
――――――――――
「リンゴ、着いたよ」
メアリがそう声を掛けた時には、辺りは既に暗闇に包まれていた。
「待ちくたびれたぜ。斡旋したとはいえ公務員ってのは大変だなァ。不審な船があったら片っ端から問い詰めて回ってたじゃないか」
「それがニュボー職員の仕事だ。違うか?」
「その通りだ」
メアリの返答を受けてリンゴは笑みを浮かべる。このプロ意識は海賊由来のようだ。やるべきことは徹底してやる。この分であればニュボーから信頼を得られるのもそう遠くないに違いない。
「それじゃ、案内してもらおうか」
ハルを引き連れてリンゴは船を降りる。横にはメアリが付き、コペンハーゲンの町並みを見渡した。
「ここはあまりにも広すぎて私にすら把握しきれていない。自分で見回るか土地に慣れ親しんだ人間に話を聞くかだ」
「了解だ」
「私達はまだしばらくここにいるから、なんかあったら相談してくれて構わないよ」
「頼りになるぜ、それじゃ行くかハル」
「ちょっと! あっしを置いていかないでくださいよ姉御!!」
「なんだいたのかゲオルグ。すっかりこの船が気に入ったのかと思ってたが」
「何を仰いますか姉御! あっしはあなたにずっと付いていくつもりですぜ」
「そこまで言ってたっけなぁ……」
何はともあれ、とリンゴは再び居直り、コペンハーゲンの地に足を降ろした。
「ありがとうなメアリちゃん! また近々会おうぜ!」
「ラム酒はまだたっぷりある。いい話を聞かせてもらうことを楽しみにしているよ!」
お互いに健闘をたたえ合いながら別れると、しばらくリンゴ一行は市場に向かって歩いた。
「……寒いですね」
「デンマークならどこでも寒いですよ? まともに外套を脱げるのは8月くらいしかない」
「ま、寒いにも色々あるさ。……大丈夫か? ハル」
「え、ええ……。なんか凄い寒気がしただけで」
「熱は……無さそうだな。無理はするな」
ハルの額に手を当てながらリンゴは言った。
「ありがとうございます」
「しかし私もなんか妙に嫌な予感がする。何だろうな、これ」
その予感は、最悪の形で的中する。リンゴがハルから目を離し、再び前を向いたちょうどその時だった。
「いらっしゃい。ようやく会えたわね、リンゴちゃん」
道中で突如現れたのは黒髪金眼の少女。それまで饒舌だったリンゴの口は閉ざされ、真顔気味になっていた笑みすら失せる。
「…………」
たっぷり十数秒黙り込むリンゴが心配になり、ハルが顔を覗き込むもその表情に凍りつく。
「……てめぇ、こんな所で何してやがる」
「おっかない顔ねぇリンゴちゃん。私はただここで商売してるだけよ?」
「商売だァ?」
「そう、我々"鼎商同盟"はここで商売してるの」
今度はハルが顔をこわばらせる番だった。
「鼎商同盟……ですって?」
「意外だったかしら? 聞いたことはない? 今デンマークで一番ホットと呼ばれてる商人グループのことなのだけれど」
「ほうほうほうほうなるほどなるほど……」
口を開いたのは対峙したリンゴだった。
「クソ以下の方法で色んな商人を巻き込んだ挙句あぐらかいてる馬鹿がどこの誰かと思えば……全部てめぇかこの野郎!!!!」
感情に任せて激昂する。一方レーネはといえば涼しい顔でそれを受け流す。
「言うようになったわねぇリンゴちゃん」
「今は一歩たりとも退けねぇんだ。てめぇ諸共鼎商同盟とやらは吹っ飛ばしてやるよ」
「……本当にやるつもり?」
「正直こんな場面でもなきゃ即座に逃げ出したいところだ。……が、こんな成りでもメンツってもんはあるからな」
「無駄だって分かってても?」
リンゴは目の前に佇む黒髪金眼の悪魔を見つめる。髪と瞳以外は自分と瓜二つの容姿を持ちながらも、その中身はまるで別物。いつ見掛けても奇妙な鏡を見ているような感覚に陥る。すると恐怖からか興奮からか、自身の身体は独りでに震え始めるがそんなことに気を向けている余裕などない。
冷や汗は額に留まることができずに頬を伝い顎から滴り落ちる。これまでにいやというほど身体に刻み込まれた絶望感が蘇るからだろうか。完全に血の気が引いた顔をしていると自覚していながらも精一杯の強がりを口から放つ。
「ハッ! 今まで一回も負けたことが無いって本っっっ当に損だよねぇ! 自分がこれから負ける姿が想像すらつかないんだからさぁ」
「減らず口は相変わらずなのね。……それじゃ、精々楽しませてね」
「……そいつはこっちの台詞だバカ姉」
一見すると真逆のような特性を持つ姉妹はその瞬間を機にお互いに背を向けた。
物語は核心へと動き出します。続きをお楽しみに!