イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant- 作:職員M
「別に、ただのしがないマッチ屋だよ。この年末年始の大盛況を利用して一儲けしてやろうって画策してるリンゴって名のマッチ屋さ」
「俺とどう組もうってんだ?」
「私はあなたが最も高いコンディションでパフォーマンスができる環境を整える。あなたは本業をやるだけ。そしてその売上は私たちと折半というわけ簡単でしょ?」
「『私たち』ってことは、他に誰かいるのか?」
「勿論。ついさっき頼りになる相棒を見つけたばかりだからね。ね、一緒にやろうよ!」
「……あそこまで見られちゃ叶わないな。しょうがねぇ」
「よろしくね。改めて、私はリンゴ。お兄さんは?」
再びリンゴは右手で握手を交わし、パフォーマーの名を聞いた。
「よろしく。俺はハンスって名前だ。ここの出身じゃないんだが、色んな国を旅しててね」
「へぇ……。まさか場所変えりゃ上手くいく、なんて思ってないだろうね?」
「うぐっ!」
図星を突かれたようでハンスは派手に仰け反る。
「冗談冗談!ハンスのあの手品自体はすごくクオリティの高いものだし、何回も洗練してきたってことはよく分かる。……ただ、シチュエーションが悪いんだ」
少し茶化して笑った直後に、リンゴは真面目な顔で考察する。
「シチュエーション……だと?」
「そう、ハンスは手品は子供に見せるもの。いや、違うな…。"大人に見せるべきではないもの"とこれまで思ってきたんじゃない?」
「……確かにずっと子供向けにやってきたが、そう思う理由はなんだ?」
「まずは判り易すぎる餌。お菓子と風船じゃ当然大人の連中は釣れない。次に設置する場所。明らかに大人が目を引く場所にから少し外れた場所なんだ。あれじゃ子供に遊ばせておいて自分は買い物に勤しむだけだよ。それから一番の問題だけど……実力に対して自信が無さ過ぎる」
「なんだと?」
少しプライドを傷付けられたようでハンスはムッとした表情で返してくる。
「勘違いしないでね? ハンスの実力は私が保証しよう。それは大人相手でも十分通用する。絶対タネはバレない」
「だったら……」
「そう、堂々と大人の前でその腕を披露すれば良い。……子供の享楽だけに絞ってちゃ勿体無いくらいだ」
「マジックをやった事もないくせに偉そうに宣いやがる……。ハッ! でもアンタの言ってること、ちょっとは当たってるぜ。よし分かった! 大人向けに見せてやろうじゃねぇか」
「その意気だ。期待しているよ」
リンゴは再び不敵に笑ったのだった。
「……あっリンゴさん! 集めておきました!」
戻ってくるリンゴを見て弾んだ声がリンゴを呼んだ。ハンスを連れてハルと別れた場所に戻ると、雪しか無かったその道には山のように積み上げられた枯れ木が現れていた。
「早いな、この短時間で」
「えへへっ! すぐそこにあったのでほとんど持って来ちゃいました」
「スピードは商いの命だ。ありがとうハル」
駆け寄ってきたハルの頭上に積もった雪を払うようにしてリンゴは頭を撫でる。ただそれだけの行為が極上の報酬と言わんばかりにしばらくうっとりとした表情を見せていたハルは急にハッとして居直り、軽く二人を遠巻きに見ていたハンスを指さした。
「あ、あなた誰ですか!?」
「こっちはマジシャンのハンス。さっき広場でスカウトしてきた」
「よ、よろしくな……」
リンゴの紹介を受けておずおずと右手を差し出すハンスから、ハルは後方に下がった。
「何故懐かない?」
「……だ、だって男の人だし」
「ダメなのか!?」
怪訝な顔をしたリンゴと対照的にハンスは少し慌てた様子でハルに詰め寄る。
「こっ来ないでください!」
そう言うやいなやハルはすぐリンゴの影に隠れてしまった。どうにも弱ったという様子でハンスは行き先を失った右手を頭の後ろにやりながらリンゴを見る。
「どうすりゃいいんだ? 早速仲間割れしそうだぞ」
「ハルどうした? ハンスの何が気に食わない?」
「きっ気に食わないとかじゃないんですけど……。怖い」
「ピエロっぽい格好がか?」
「おっきな男の人みんな……」
「そいつは弱ったな……」
ふむ、とリンゴは顎に手をやる。
「リンゴ、割とすぐに彼女の男性恐怖症を受け入れてやらないでくれ」
「ハンス、女装は得意か?」
「なんでそっちに傾くんだよ! やった事あるわけないだろ!」
「無いか……。何事も経験だとだけは教えておこう。 ……まぁそれはさておき、二人にも協力してもらわないと今日の商売は成功しない」
自分の後ろにいるハルと目の前にいるハンス二人に対してリンゴは真面目な声をかける。
「まずはハル、ハンスは味方だ。必ず利益をもたらしてくれる」
後ろを振り向きつつハルの目を真っ直ぐに見ながらリンゴは言う。そしてそのままの姿勢でハンスに声を掛けた。
「ハンス、ハルを見くびるな。彼女は有能なビジネスパートナーだ」
「なに?」
「一目で私より年下と見抜いた上で、私に対して思った感想をそのままなぞったね?」
「なんでお前は人の心を読むような真似を! ……悪かった。謝るから、頼むよ。俺だってピンチなんだ」
そう言いながら改めてハンスはハルの前に居直り、右手を差し出した。最初の挨拶の方が愛想が良かったのではないかと思われるほどの眼差しだったが、リンゴの言葉を受けて覚悟を決めたのか、ハルはハンスの右手を取った。
「よっよろしくお願いしますっ!」
「こっからはこの三人で一つのチームだ。 ……そんで、そろそろ具体的にどうやって儲けるかの話を始めても良いか?」
これまで見せたことのない興奮に満ちた、それでいてどこか怪しげな笑顔を浮かべながらリンゴは握手する二人の手に自分のそれを重ねる。
先ほどとは打って変わったリンゴの様子に少しばかりの恐怖心を抱きながらも。ハルとハンスはゆっくりと頷いた。
元よりこの二人に、今選べる選択肢は他に無かった。
――――――――――
「やっと終わった……」
今度こそ買い漏れが無いことを確認する男は、つい先ほど2度目の買い出しを終えたところであった。午前中の買い物の結果新年を祝う飾り付けと飲み物が足りないと妻にどやされ、寒い中また長蛇の列に並んだ為かため息が止まらない。
少し休憩して帰りたかった。
そんな男の所にいつ現れたのか紅い外套を身にまとい、左腕に籠をぶら下げた少女が立っていた。
「お兄さん、今買い物終わったの?」
「あ、あぁそうだが?」
「それならちょうど良かった! ね、ちょっと見て行かない?」
そう言うやいなや少女は、いきなり空いている右腕で男の左腕に絡ませてきた。
「な、何を……」
夜の歓楽街で客引きを受ける時はこんな感じなのかもしれない……。男に経験はなかったが、ふとそんなことが頭を過ぎった。
そしてすぐ我に返って
「お、おい! 離してく」
れ、と続けようとしたところで既に少女が左腕から離れている事に気が付いた。
そこは村の広場から住宅街へと続く道の境界線くらいの場所であり、有り体に言えば帰り道の途中であった。来た時には無かった焚き火が半円形のように配置されており、火に囲まれるようにしてタキシードを着た男が立っている。
……何かのショーか?
「お代なんだけど私みたいな子供は無料、大人は1人10クローネでこれ買ってね。……誰か1人連れて来てくれたら無料だよ」
少女が手に持ち見せたのはマッチだった。このご時世でマッチがひと箱10クローネとはかなり強気な値段だったが。
「こ、これは一体……?」
「見たらすぐ分かるよ。見た時点でお金はかかるけどね」
クスクスと楽しそうに笑う少女に、釣られて男もくすりと笑い、
「時間はあんまり無いんだけどな……。それじゃ、楽しませてくれよ」
そう言って10クローネ紙幣を渡した。
「どうもありがとう! せっかくだから最前列でどうぞ!」
とびきりの笑顔でマッチを差し出しながら少女は男を案内する。この笑顔に10クローネ払ったと思えば安いもんだと苦笑しながら、男はその後についていった。
少女に案内されるままにタキシードを纏った男の前に来ると、そこには一人の先客がいることに気が付いた。先ほど案内してきた少女よりも更に幼い感じを受ける女の子で、目の前に佇む男がこれから何をするのかと目を輝かせている。
少女に習うようにして前を見ると、パフォーマーと思わしき男は頭に被ったシルクハットを取って深々とお辞儀をする。
これが開始の合図だと気付いた時には、パフォーマーの手には3つの赤い玉を持っていた。全て空中に放り投げたかと思うと、器用にジャグリングを始める。
「……ぅん?」
声を上げたのは、隣の少女だった。
それもそのはず、ついさっきまで投げていた玉は3つの内2つが青と黄色に変わっていたからだ。
「ほう」
男も素直に感嘆の声を小さく漏らす。単なる大道芸かと思いきやどうやら違うようだ。
パフォーマーもといマジシャンはそのまま色を変えた玉でジャグリングを続けていたが、
「「あっ!」」
少女と男の声が重なった。寒さで手が悴んだのかマジシャンは玉を受け取るのをしくじり、全て地面に落としてしまったのだ。
少しばかり気まずい空気を感じながら様子を見守ると、マジシャンは両手を顔の前で合わせながらウインクする。"ごめんごめん"と。まるで、それすら予定調和だったかのように。
そこから一気に拾い上げ、再び空中に放り投げた時。――玉は4個に増えていた。
「え、どうやったの今」
と。少女より先に声を出したのは男の方だった。
気が付けば男の周囲には自分と同年代の大人がマジシャンを取り囲んでいた。
「あの子、いつの間にこれだけの人を……?」
そう呟く間にも新たに2人、人混みに加わる。自分と同じように10クローネを払ったか、もしくは――
『誰か1人連れてきてくれたら無料だよ』
先ほどの少女の声が男の脳内で反芻される。なるほど、大人でも無料になる方法はあるにはある。それに……
「いいぞーもっとやれぇ!」
恐らく無料で来たであろう陽気な客が言葉と一緒に20クローネ硬貨を放り投げる。"本業"はこちらというわけだ。そういう意味では、大道芸とやり方は同じだろう。マジシャンは最初から全く変わらず一言も話さずにひたすらに手品を披露し続けている。話してはいけない掟に縛られているように。
知らないうちに日が暮れていたようだ。周りの炎が赤々とマジシャンを照らす。ある種幻想的な光景がそこには広がっていた。
シルクハットから薔薇を出現させる手品を披露させた後、彼は深々とお辞儀をしてシルクハットを頭から取った。
「終わり……か」
何やらあっという間だったような気がする。長らく息をしていなかったかのように、男は深く溜息をつく。
ここまで手品に夢中になったのはいつぶりだろうか。さっきのタネは何だったのかと考える暇も無く次から次へと披露される手品の数々は男を久しく少年に戻していた。
と、その時―――――
ここに自分を招待した呼び子の少女が、小さく拍手をしながらマジシャンの隣にやってきていた。
「いやーやっぱりすごいね! あ、邪魔しちゃってごめんね! 私はここにみんなを呼び込んだリンゴっていうんだ」
急に出てきて何を言い出すのか。ただの呼び子ではなかったのか。男のみならず、その場に呼び出されていた客誰もが困惑する。これでショーは終わりだという合図なのだと察して帰り支度を始める人間も現れ始めた。
と、その動きを封じるように、呼び子もといリンゴは次の言葉を紡ぐ。
「このプロマジシャンはハンスっていうの。私も弟子入りしたくてね、猿真似だけど一個だけマジック披露させてくれない?」
何をするのかと見守る中、マジシャンの横に佇む少女は右の人差し指を掲げて大きな声で告げる。
「今日みんなにはマッチをひとつ買ってもらったと思うんだけど、実は今日誕生日の人にだけマッチ以外に入れてるものがあるんだ」
心底楽しそうな顔で、少女は続ける。
「心当たりがある人も無い人も買ってくれたマッチの中、改めてみてよ」
そんな馬鹿なことがあるはずがない。何故、何故に……。
今日俺の誕生日だと分かるはずがあるのか。
マッチの中身を見ながら、男は驚愕した。
そこには、『ハッピーバースデイ』とわざわざハートで囲ってある紙切れが入っていたからだ。
どうやら本日が誕生日だったのは男だけではないらしく数箇所から悲鳴や歓声が聞こえてきた。男はというと、度肝を抜かれてただ呆けることしかできない。
「今日が目出度い誕生日のみんなぁ、大晦日って新年の準備ばっかりであんまりメインで祝ってもらえないよねぇ! 私もよーーく分かるよ。みんなと同じ日だからね」
歓声が聞こえないようなふりをしながら少女は淡々と話し、
「びっくりした?」
花が咲くような笑顔を観衆に向け、うねりを上げるような歓声がその場を包み込んだ。
――ところに、
「えらく楽しそうじゃないか」
マッチを買わず、誰の招待も受けていない全身黒ずくめの紳士が、
「楽しむ前に地代を納めてもらおうかね?」
獰猛な笑みを浮かべながらリンゴの前まで進み出て来ていた。