イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant- 作:職員M
スプラトゥーン2というゲームは恐ろしいのです。
創作活動を行っておられる筆者諸氏におかれましては、面白いゲームは兎に角積むことを強くおすすめ致します。危うくエタりかけました。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
デンマークでは実に8月以外の月は全て冬季である。雪ではない平原が広がる景色が珍しいほどという具合に、極寒地と言っても過言ではない。その環境に輪をかけるように季節は真冬。最高気温は摂氏0度を下回り、吐く息はそのまま凍結しかねない程白く放たれる。
幾分かましとはいえ家屋内にも寒さが染み入る様子を如実に表しているのか、ニュボー市長のレンスは頭を抱え、先程までメアリが立っていた場所を睨みつける。
「どうして、こうなった……!」
使える限りの人脈を駆使し、あの海賊の追放に全力を注いできたがついぞ成し遂げることはできなかった。そのツケが今ここに回ってきたのだと思うとやり切れない思いに苛まれる。だが同時にこうなる状況を作り上げた一人の人間へと疑問は至る。
「しかし、あの商人は一体……?」
どうやって、と呟こうとしたところでドアが開き、件の商人が連れの少女を引き連れて入ってきた。
「よぉ、話し合いは無事すんだみたいだな」
「……何をしてくれたのか分かってるのか?」
努めて冷静にレンスは言うが、その怒りを微塵ほども感じていないのか、商人は口元に笑みを浮かべるのみでヘラヘラと答えるのである。
「今打つべき最善の手を打った。全員勝つことでニュボーは息を吹き返す。あんたがちょーっと我慢すればいいだけだ。違うか?」
「なんだと……? 奴はこれまで幾度となく我が街で好き勝手してきたのだぞ?」
「だからもうしないってさっきも話したろ? それにだ。別にこの密約は公表する必要はない。しれっとメアリちゃんを仲間に加えてやりゃ、人によっちゃ市長のことを見直すかもしれないぜ?」
「そんな訳があるか!! 海賊を街の人員に加えたとなったと広まれば……! ここは信用を永久に失う事になる」
「そりゃまともな街だったらそうだろうさ。でも"そう"じゃねぇだろ?」
「ぐっ!」
思わずレンスは歯噛みした。向こうの言うとおり、確かに街は街としてほぼ機能していないも同然だった。むしろ海賊が街の治安を維持している始末。
「そこで大元を締めているメアリ海賊団様御一行を仕切っているともなれば、さぞかしここの名前は広がるだろうぜ? 『メアリ様すら飲み込む街だ。下手に手出しはできねぇ』って」
どうだ?と言わんばかりに大きく笑いながらリンゴは言う。レンスは聞き入っていた。現在のニュボーの有様、そしてそこから導き出される結論としては納得せざるを得ない。最大勢力たるメアリ海賊団を支配下に置けたとなればその取り巻きや下っ端などは全て取り戻せたも同然。しかし……
「やはり無理だ」
レンスはそれでも、一政治家としての立場からそれは不可能であることを示す。
「海賊全員分を偽装して部下にするだと? デンマークを甘く見過ぎている!」
「へぇ。公務員ってやつは書類のでっち上げが得意分野だと思い込んでたがそうじゃないのか。だったら正々堂々載せてやりゃ良いじゃねぇか。『元は確かに海賊でしたが改心して今はニュボーの治安を守ることに執心しています』って」
「そんな戯言通すわけには……!!」
レンスはそう言いかけ、商人の顔を見た瞬間に固まった。
正しく悪魔の笑みとでも形容すべき表情を浮かべながらも、そこからは明らかな剣呑さを漂わせながら、地獄から響くかのような声で答える。
「しつこいなぁグダグダ文句言ってんじゃねぇ! それしか方法はねぇんだよ……。 この街を取り戻したきゃなァ!!」
リンゴは続ける。
「てめぇら今の状況をちゃんと把握できてるか? そもそも公務員様とやらがしっかり自治出来ていない地域なんぞ前代未聞なんだぞ! しかもまともに雇用契約も交わしちゃいねぇわならず者どもに市場を明け渡しちまってるわとても見られたもんじゃねぇ! だったら敵方だろうが何だろうが今勢いが一番ある勢力を利用しろ! その程度の事誰でも思い付くぞ!」
思い付いては、いた。海賊を雇い入れ街の自治に役立てる方法などは。しかしそのような方法は常識的に受け入れられない。
「やろうと思えば、できましたよ……!」
自分の代わりに口を開いたのはカミラだった。
「ほう。でも怖気づいて逃げたわけだ」
「逃げてなんか!!」
カミラの大声が静かな部屋にこだました。
「私たちがこれまでどれだけ……この街を愛しているか……。あなたに分かりますか!!」
「そりゃ愛情度じゃ完敗だろうさ。でもな……」
先ほどとは打って変わって冷静な口調でリンゴは応える。
「その為に手段選び過ぎなんだよおめぇら……!!」
公務員という存在はクリーンでなくてはならない。しかしその体面に拘泥した結果、詰み一歩手前まで追い込まれている事はレンスには重々承知であった。
「……国を相手取るんだ。軽々しく言ってほしくないものだな商人!」
「慎重に慎重を。いかにもそれらしい反応じゃねぇか公務員! でもな、ちょっとわがまま過ぎるなァ? 『体面を取ってニュボーを捨てる』か、『実利を取って体面を捨てる』かその他の案のどれかだ。好きな方選べ」
「わ、私は……!!」
ふと、商人の口元が歪に緩むのをレンスは見、冷や汗を流した。
「まぁもっとも、メアリちゃんが言った通りタイムリミットは今日限りだ。……海賊ってのは無駄に約束事に厳しい。今回のチャンスをふいにしたら二度と無ぇぞ?」
何故、こいつはそこまで断言できる……? いや、決まっている。
「貴様……! 我々を売ったか!?」
「売った? 言いがかりも良いところだ。最初から言ってるだろ? ニュボーにとって最良の選択が
「これではニュボーを奴に明け渡すことに……!」
「ほらなやっぱり分かってない……」
呆れたように目を逸らして笑うリンゴに代わるようにして口を開けたのは、その隣にじっと佇んでいたハルだった。
「これまでの実質的支配者とこれからの実質的支配者はこの契約によって覆ります!」
「どういうことだ?」
「今までは確かに海賊の支配下にありました。でも海賊団を正式に雇い入れるとなれば、海賊の行動掌握はあなた方ができるんです!」
「奴等が飲むとは思えんが……」
「いいや飲むさ」
ハルからバトンタッチしたように再びリンゴはレンスに向き直る。
「その根拠は……?」
「
不敵に笑う商人からは、一切の嘘が感じ取れなかった。
思わずレンスは溜息をこぼし、
「分かった。あんたがそう言うのならそうなんだろう」
「市長!」
止めようとするカミラを、レンスは手で制した。
「カミラ。どの道時間の問題だ。今ここで海賊の動きをこちらで掌握できた方が遥かに都合がいい。仮に今までの状態を野放しにしていてもいずれ国からの仲介は入るだろうさ」
「……市長が、そう決められたのならば私は言うことはありません」
レンスとカミラの発言をしっかり耳に入れたリンゴはニンマリと笑うと言った。
「やっぱり役所ってのはそう簡単に腹割らないもんだなァ。聞いてたかメアリちゃん!?」
「聞こえてたよバッチリ」
その声と同時に部屋に入ってくるのは、先ほど時間を置かせてくれと頼んで追い払ったはずの海賊ではないか。
「なっ……!」
「悪いね聞き耳立てて。でも私はそっち側の本音を聞いてから判断しろって教えてもらってね」
「ま、その方がお互いの為だろ?」
メアリに合わせるように淡々と語る商人は、一体どこからこの結論に結び付けようとしていたのか想像すらできないほどで――
「参った。ここは大人しく従った方が良さそうだ」
――正しく今のニュボーにとっての救世主足りえた。
――――――――――
かくしてリンゴが仲介人となりニュボーメアリ海賊団間の契約は取り決められ、メアリ海賊団は正式にニュボー管理直轄の自警団となった。
「全て丸く収まって良かったですねリンゴさん!」
浜辺で笑うハルはさながら太陽のようだ。
「あぁ、そうだな。…………こいつがくっついてさえ来なきゃな」
「なぁリンゴぉ! 私の船乗れよ! お前だったらどこまででも連れてってやるからよぉ!!」
先の件からメアリはずっとこの調子でリンゴに付きまとっていた。
「いい加減にしろ! 私はただのマッチ売りでおめぇはここの公務員! サボってねぇで仕事しやがれ!!」
「私を甘く見るなよ? 周辺海域は勿論国境ギリギリまで不審船の索敵は私抜きでも楽勝。それがメアリ海賊……いや違った。ニュボー自警団の強みで私の権限だ」
「トップがその有様ならじきに部下から愛想尽かされんぞ……」
ドヤ顔を晒すメアリに溜息混じりにリンゴは返す。
「あいつらは歴戦の仲間だ。それはないよ」
「ああそう」
ほとんど面倒くさくなってリンゴはメアリを振り払った。
「何かの折に頼みごとが出来るかもしれねぇ。その時までメアリちゃんを自由に使える権限は取っておくさ」
「……別に今だっていいんだよ?」
何故か妖艶に迫るメアリに対し、リンゴは身の危険を感じたのか咄嗟にハルの肩に手を回す。
「おっと生憎私には既にパートナーがいるからなァ。そういうのは御免被るぜ?」
「つれないねぇ。……おっと、海門の警備の時間か。そろそろ行ってくるよ」
「おうしっかり見張ってきてくれ」
「り、りりりりリンゴさん! パートナーってどういうことですか!」
顔を真っ赤に染めるハルはリンゴに問いただす。この先のことも考えるとここだけははっきりさせておかねばならない。
「ん? ハルは大事な旅のパートナーだろ? 違うのか?」
少し寂しげに言うリンゴに、ハルは何も言えなくなる。
「そ、そうです!」
「お熱いねえ。じゃ、私は行くよ」
右手をひらひらと上げてメアリは去る。リンゴとハルはその背中を見送った。
「なぁハル」
唐突にリンゴは言う。
「はい?」
「話し合いの時さ、よく私の主張理解してたな」
「ああ、簡単ですよ。
「ほう……」
興味深そうにリンゴはハルを見る。
「やっぱり育てがいがありそうだ!」
「お、お願いします!」
ペコリと頭を下げるハルを笑いながら撫でる。
「しっかし真面目な話、このままだとハルに追い越されちまかもなァ……。気を付けなきゃ」
「無いですって!」
「部分的とはいえ思考を辿れるってのはそう簡単じゃないぜ? 上手くいきゃ跡継ぎになってくれても良いくらいだ」
「そんなに歳変わらないんじゃ……?」
「……。それもそうか!」
二人は顔を見合わせて笑う。海に反射した太陽の光が、ただ二人を眩しく映し出していた。
――――――――――
「ニュボーはメアリ海賊団を傘下に入れる事で決定したようです」
「あの海賊を引き入れるとはやるわねぇ。そんな知恵が働くなんて思いもしませんでしたね」
ニュボーから島一つ隔てたロラン島ロルラント市某所に場所を移した彼女らは、当初の計画から外れつつあることを憂いながらも、最終目的を再確認する。
「西の海は諦めましょう。狙う方角を変え、その地域を支配すれば我々鼎商同盟の目的は達せられます」
「御意に!」
部下が下がったことを確認すると、少女は澄ました様子で戸棚から林檎酒を出すと、瓶のまま呷った。
「そろそろ会えそうね。愛しい妹」
ぽつりと呟いたその言葉には期待と悪意が入り混じっていた。
「ああ、楽しみだわ……。私を見てどんな反応をするのか!」
口の端から溢れる林檎酒を気にすることもなく、レーネは銀髪赤眼の妹のことを思い浮かべていた。自分とは違った容姿、才能を持ちながらそれを発揮することもなく、それでも今まで生きながらえてきた妹は一体どのように変わったのだろうか。早くこの目で確かめてみたかった。
「せっかくだから取っておきの場所での再会が良いわねぇ。当分ニュボーから動かないでしょうから今のうちに準備を進めておきたいわ。それにしても……」
「公的機関と蛮族のマッチングだなんて、今後は流行らないわよぉリンゴちゃん?」
まるで見てきたかのように呟くレーネは、それでも恍惚とした表情を浮かべる。
「でも私には思い付かなかったわ。……油断してると私も危ないかも♪」
――――――――――
「っくし!」
「大丈夫ですか? リンゴさん」
「寒いっつっても慣れてるはずなんだがな。どこのバカが私の噂をしてるんだか」
カラカラと笑いながらリンゴはハルに言う。
「さて、市場の正常化がしっかり済むまでここに滞在するぞ。ニュボーから頂いたマッチの専売権も行使しなきゃなんねぇし忙しくなるぞ!」
「はい! やりましょうどこまでも!」