イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

16 / 28
第十六話 交渉

「ニュボーを支配する? どういうことだ?」

 

 訝しげな表情を浮かべて、メアリはリンゴに問う。それに咄嗟にメアリは思考する。ニュボーならば、既に支配している。()()()()()と。

 

「メアリちゃん、確かにおめぇはここを支配してる。だがその影響は末端には及んでいないし、下手を打てばニュボーないしデンマークという国そのものから目を付けられかねない。今のままならな」

 

「だったらそれに対抗する手段があるんだろうねぇ?」

 

「その通りだメアリちゃん。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「「「は?」」」

 

 その場にいたほぼ全員の声が被る。

 

「役所は幸い強い自警団とやらをご所望らしい。おまけに海賊を排除したいとか。この二つの繋がり、お分かり?」

 

「…………」

 

 しばし呆気に取られていたメアリだったが、リンゴの言うことを悟ったのかじわりと笑みを広げる。

 

「百歩譲って私たちが同意したとして、奴等がそれを飲むとは思えないけど?」

 

 そしてそれを聞いたリンゴは下を向いてくつくつと笑う。

 

「だったら共倒れ位しかないなァ。役所は自浄作用が効かずに国が直接介入してくるまで衰退の一途を辿る。おめぇらは支配地域を増やす前に資金繰りが死ぬ」

 

「そこだよそこ、リンゴちゃん」

 

「ん?」

 

「さっきのインフラの話は分かった。偽物が横行してるって話もだ。でもそれがビジネスの失敗に直結する? 今のニュボーを見てたらこのまま上手くいきそうに見えるんだけどねぇ」

 

「……ま、其処ら辺が素人故の未熟さだろうな。低価格帯の商品を定価で販売出来たらどうなる? 住民の定着化、輸出拠点と雇用の創出、内外の資金の流動性の向上。高額商品だけじゃ得られない程の大量のメリットがあるのが分からないか?」

 

「……あんたが言ってることが本当だとして、私たちが役所の連中に頭下げて仲間にしてくださいって頼み込むのか? 今更」

 

「いやいやいや頭下げる必要なんか無いさ」

 

「……?」

 

「正々堂々真正面から交渉してやったらいい。"今この瞬間だけがチャンスだ。我々を仲間にしたければ今この場で決断しろ"ってな」

 

「それで、どうなる?」

 

「メアリちゃん達はこのまま海を支配する。無論腐っても役人だから略奪や殺傷の類はなしな。その代わり他の海賊や偽物の高額商品を売りさばく奴らは片っ端からとっちめてやればいい。今みたいに」

 

「なるほど、そのついでに報酬ももらえるってわけだな」

 

「ご名答!」

 

 こんこんとメリットを説明し続けるリンゴの話に興味を惹かれた様子のメアリは、それでも腕に掘られた髑髏を見やり、俯く。

 

「私はこれまで悪行の限りを尽くしてきた。壊したり奪ったりはできても人を守るなんて高尚な真似はできない」

 

「そこが勘違いなんだよメアリちゃん」

 

「なに?」

 

「商売……いや、人生なんてもんは自分の得意分野をいかに活かすかに全てがかかってるといってもいい。おめぇのその力、展開規模、統率力は本物だ。その得意分野は今でこそ海賊にしかなれねぇだろうが、使いようによっちゃ化けるもんだぜ?」

 

 そう言うと、リンゴは表情を和らげ、メアリに微笑みかける。

 

「役所との直接の交渉は私がやる。二時間、いや一時間でいい。そのテーブルに一緒に座ってくれないか?」

 

 

 

 

「……一晩考えさせてくれ。私にはこいつらだっているんだ」

 

 メアリはすぐ傍で黙って待機していた海賊を目で示す。彼らはメアリの守衛であり、同時に船長に最も忠実な船員でもあった。

 

「分かった。明日の昼頃もう一回ここに来る。いい返事を期待しているよ」

 

 そう言って立ち上がるリンゴに、メアリは尚も声を掛ける。

 

「期待せずに待ってることだな。あぁあとリンゴちゃん」

 

「なんだ?」

 

「あんたは私が直接認める。貢物はクソ未満だったが商売するのを認めよう」

 

「ありがとよ。尤も、ニュボーでの商売についちゃ、勝算があるからご心配なく」

 

 言い残すと、今度こそリンゴはハルを連れて船外に出て行った。

 

「ど、どうするんですか総長! あんな野郎の口車に乗っちゃ……」

 

「そうです! あれはただの商人ですぜ? どっか他の回し者の可能性も……」

 

「いや、私は今晩本気で考えるつもりだ。……安心しろ、お前らを路頭に迷わせる選択肢なんか無いんだから」

 

 優しく笑うメアリに、海賊は改めて総長の偉大さを思い知る。

 

「私はキャプテンとしてお前らの命預かってんだ。奴にとって何がメリットなのかは知らないが、絶対こっちが損をすることだけは避ける」

 

 その一言は、信用に足るものだった。

 

「皆に伝えておいてくれ。明日朝一番で私から大事な話があるって」

 

 

 

 

――――――――――

 

「……クッフフフフ上手くいったぞハル」

 

 ガド・リニアル号が見えなくなる位置まで歩ききったリンゴは堪えきれない笑いを漏らす。日は既に傾き、街に夜が訪れようとしていた。

 

「えっ! まさか、さっきの全部ハッタリだったんですか?」

 

「いやいやハッタリはかましてない。でもメアリちゃんがどれだけ私を信用してくれてるかは賭けだった。そうだろ?」

 

「それは間違いないです……」

 

 手を振って答えるリンゴに、同意するハル。

 

「終わってみれば上々の出来だ。メアリちゃんからは商売の許可がもらえたし、プラスアルファとしてメアリちゃんがニュボーの役職員になりゃ海賊を駆逐したとして役所からも成功報酬が貰える。……あとは役所の連中をどう説得するか考えるだけだが。さて、一儲けといこうか」

 

 外套をはためかせるリンゴに、ハルは目を輝かせた。

 リンゴの狙いは、はっきり言ってしまえばビジネスマッチングの構造そのものにあった。異業種同士を掛け合わせることで得られるシナジーによって抜本的に問題を解決するビジネスである。海賊という肩書きを外すことによってニュボーの支配と市場の正常化の二つを実現する、正にリンゴにとっての最適解であった。

 

「それなら、急ぎましょうリンゴさん!」

 

「あぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、ゆっくりするってのもたまには大事だよな」

 

「そうですよねー……」

 

 二人は、いつの間にやら最初にメアリに会ったバーのテーブルでくつろいでいた。リンゴはビール、ハルはオレンジジュースを置きつつ、間に挟んだ魚の燻製をつまんでいる。それは、デンマークの日常風景の一つと言えた。

 

「まぁ、メアリちゃんの信頼は得られたも同然。役所に対してどんなアプローチをかけるかってのはこれから考えても遅くない」

 

「全くです……」

 

「それじゃ改めて……」

 

「「乾杯!!」」

 

 二人はグラスを合わせて、兎に角無事生還したことを喜んだ。二人にとって今は商売ではなく、こうした時間が必要だった。

 

「リンゴさんがメアリさんを探しに行こうって言い出した時にはどうしようかと思いましたよー!」

 

「どの道ニュボーにいたらいずれ見つかる。それだったらこっちから名乗り出た方が心象もいいと踏んだだけさ」

 

 リンゴはビールを一口飲みつつ言った。

 

「それにあともうちょいで落とせるしなァ」

 

「あの、リンゴさん……。メアリさんを落としてどうするつもりですか……?」

 

「そりゃ決まってる。ここぞという時に確実に使える切り札として手元に置いておくのさ」

 

 

 

 

 ビールで軽く上気したリンゴは、赤く染まった顔で答える。それに対し、ハルは何故か安心したような表情を浮かべた。

 

「なんだ…‥。私てっきりリンゴさんがメアリさんのことを……」

 

「ん?」

 

「い、いえ! 何でもないです!」

 

 アルコールも入れていないのにハルは顔を赤くしながら答える。

 

「あの統率力は武器になるぜ? 今後どこかで商売をする時に役立つかも知れない」

 

「そうですよね……」

 

 どこかため息混じりに、ハルはそう言った。

 

 

 

 

――――――――――

 

「鼎商同盟の連中はどこへ消えた?」

 

「信頼できる筋の人間の証言によれば、既に市場に出入りしていると、レンス市長」

 

「アレが支配した地域はいずれ自治権まで制圧してしまうという話ではないか! 我々が民間に屈する訳にはいかん!」

 

 白髪の混じった髪をかきむしり、ニュボーの長であるレンスは叫んだ。

 

「ですが、それは同時に海賊対策の光明足りえます。安易な批判は禁物かと」

 

「カミラ! 分かっているのか? 連中は海賊とそう変わらん思想の元で動いておるのだ。まぁ多少は法律の従った動きはするだろうが……」

 

「であれば、まだマシな選択をするべきかと。いずれにせよ、今の我々に出来ることはほとんどありません」

 

「……例の商人はどうなんだ?」

 

 藁にをもすがる気持ちでレンスは尋ねる。

 

「知りません。今朝から行方をくらましておりまして」

 

「しっかり管理してくれないと困るぞ。……しかしあれだな。小商人と海賊の同士討ちが万が一叶えたとしても、鼎商同盟がここを支配したのでは意味がない」

 

「仰る通りです」

 

「何か方策を考えてくれ。私はもう休む……」

 

 そう言い残すと、レンスは荷物をまとめて役所を後にした。カミラはその背中を見守りつつ、頭を下げることしかできなかった。

 

(何か方策を考える? 海賊と鼎商同盟を相手取って……ですって?)

 

 そして同時に、その顔は歪ませずにはいられなかった。

 

(あの商人相手だけでも何も出来ていないというのに、これ以上は……)

 

 その悩みは、たった今役所の扉を開けたレンスと同様のものであった。

 

((一体どうすれば……))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーー食べた食べた。ハルもお腹いっぱいになったか?」

 

「ええ、ご馳走でした……」

 

「そりゃ良かった。また来ような」

 

 リンゴは会計を済ませると、ハルと共に外に出る。何のつもりなのか、不意にハルがリンゴの腕に手を回してきた。

 

「寒い……ですね」

 

「ああ、そうだな」

 

 特に嫌がる気配も見せないリンゴを見て安心したように、ハルは更にその密度を上げる。

 

「リンゴさん……」

 

「どうした?」

 

「いえ……。いいです。明日からも頑張りましょうね」

 

「そうだな。明日はちゃんと商売をするとしよう」

 

 にっこりと笑いながらリンゴは言った。その笑顔を見ている内に安心しきり、ハルは堪えようのない眠気に襲われ、リンゴの腕に捕まったままよろめいた。慌ててリンゴが抱き留めると、ハルはリンゴの腕の中ですやすやと寝息をたてていた。

 

「おっと……。寝たか。おやすみ、ハル……」

 

 ゆっくりとした動作でハルを起こさないようにしながら、リンゴはハルを背負うと再び歩き始めた。

 

 

「……さぁて、そろそろ私にニーズが生まれた頃かな?」

 

 ハルを見ている時とは温度差の激しい別の笑みを浮かべながら、リンゴは自分を利用する公的機関に思いを寄せる。

 

「ちょっとばかり面白いもん見せてやろうじゃないか」

 

 

 

 

 

 解決策を考えつかず、頭を抱えていたカミラの元に、救世主(小さな商人)が戻ってくる。

 

「よっこいしょ……と。やっぱ寝たら人間ちょっとは重くなるな」

 

「リンゴ様……今までどこに?」

 

「ああ、後で答えるからまずはハルを寝室まで連れて行ってやってくれるか?」

 

「は、はいただいま!」

 

 リンゴに言われて慌ててカミラは、ハルを抱き抱えて寝室という名の応接室まで連れて行った。

 

 

 

 

「助かった」

 

 ハルをバーからおぶったリンゴは、ソファーに座ってカミラが淹れた珈琲で一息入れていた。

 

「いえ……。それで」

 

「メアリ海賊団のところに行ってきた」

 

 

 

 

「……今、なんと」

 

「そのままの通りだ。メアリちゃん、話せば分かってくれるぜ? あんた……いや、ニュボーの望み通り海賊は瓦解するかもしれない」

 

「馬鹿な!!」

 

 淡々と言うリンゴに、信じられないという表情を隠しきれないカミラ。

 

「カミラ。あんたは海賊を瓦解ないし追放したい。そしてその為の力を手にしてついでにニュボーの市場が元に戻ればなーって考えている。そうだな?」

 

「そうですが、それとこれとは今」

 

「関係あるんだよ。その為の唯一の策を考えついたんだ。知りたくないか?」

 

 カミラは言葉にはせず、こくりと頷く。それを確認したリンゴはにぃ、と笑う。

 

「ちなみに今のニュボーはザ・無策だ。このまま行けば国の介入が来るまで衰退を続けるだろうな」

 

「……それが何だと」

 

「相応の痛みは伴う。当たり前の話だよな?」

 

「ある程度は覚悟しているつもりですが? それがニュボーを救う唯一の策になるのならば、ですが」

 

「そうかァ、それなら良い」

 

 楽しげに、リンゴは嗤う。

 

「あんたのボスも一緒の方が都合がいい。明日の晩、この場所で話したいことがある。空けておいてくれ。なに、ニュボー救済策計画とでも伝えておいてくれよ、な?」

 

「今、この場で言う訳には」

 

「もちろんいかない。私だけじゃ決められないし。……おまけに眠い」

 

 欠伸混じりにそう言うリンゴに、カミラは軽く歯ぎしりしつつも渋々引き下がる。

 

「では、明日市長に伝えておきます」

 

「ありがとう。ま、悪い話じゃないさ。そこだけは期待しておいてくれ」

 

 

 

 

 そう言い残すと、カミラを置いてリンゴはハルが運び込まれた応接室へと向かった。

 

 

――――――――――

 

 

「私は今日、このメアリ海賊団の船長を降りる!」

 

 翌朝一番に大声でそう主張する船長の狂気に、船員全員は唖然とした。そして口々にメアリを引きとめようとする声が上がる。

 

「じ、冗談ですよね総長? そんじゃ、この船は、ガド・リニアル号はどうするんですか」

 

「総長が降りるんだったら、俺だって!」

 

「あたしはメアリ総長だったからこの船に乗ったんだ。総長が降りるってんなら、私もまた元の生活に戻るまでさ」

 

「思い直してください総長おおおおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

「みんなの思いは分かった。だがこれは決定事項だ。海賊メアリは今この場で終わりだ。いいな?」

 

 静かに呟いたメアリの一言は、まるで船の隅々に至るまで染み込むように透き通っていた。

 

「一部の者は知っているが、こないだ知り合った小生意気な商人が面白い話を持ち掛けてきた。これに一つ乗っかってみようと思う。勿論、無駄だと分かった時点で元に戻ってくるが一応けじめだ。ここでメアリ海賊団は解散する。残りたい奴は自由に残っていいし、次の船長が誰になっても私は構わん! 後は好きにしろ!」

 

 そこまで言い切ると、メアリは立っていた甲板の先から船に備え付けられた地下室へと姿を消した。辺りはまだ衝撃が収まっておらず、ざわつきが止まることは無かった。

 

 

 

「名演説だメアリちゃん。今度ニュボーの役職員にそのノウハウを教えてやってくれ」

 

 その地下室で一服しようとしていたメアリは、自分が普段座っている肘掛け椅子に座りながら拍手を送る小さな商人(リンゴ)を見つけ、目を潜める。

 

「……なんで? どうやって忍び込んだ?」

 

「いやぁこのご時世、資本主義ってのは人間に抗いがたい欲求を植え付ける。ちょっとお高めに貢げばざっとこんなもんだ」

 

 直接答えずに100クローネ紙幣を指で挟んで示すリンゴに、溜息をつきながらメアリは尋ねる。

 

「何の用だ? 私はまだ……」

 

「丸聞こえだったっての。私と一緒にニュボーの連中に泡吹かせに来てくれるんだろ?」

 

「……」

 

 黙るメアリに、リンゴはまたしても顔を近付ける。

 

「まぁせっかくだ。来るついでにあんたが作ってきた市場の腐敗っぷりをたっぷり見せてやる。市場の創造はあんたが思うほど簡単でもないって証明も同時に、な?」

 

「そうかい。んじゃ、案内して」

 

 それに特段気にすることもなく、メアリはリンゴに手を取られると、船を後にしたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。