イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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今回かなり短めです! 今しばらく続きをお待ちくださいませ


第十三話 開放

 すっかりと闇に飲まれたニュボーの街の役所の前に、十人は超えようかという人数を引き連れた人影が現れる。黒い外套を被ったその姿はまだ年端もいかない少女といった出で立ちであったが、後ろに付く従者の数がただならぬ存在であることを証明していた。その見た目とは相反するような大人びた口調で、少女は周りに声を掛ける。

 

「皆さんもご存知の通り、今メアリ海賊団が常駐しているのはここニュボーです。我々の健全なる商売を遂行する為にはここを抑えることが急務です」

 

「「「はっ」」」

 

「故に、先手必勝といきましょう」

 

 そうして口の端を歪ませて役所のドアを叩いた。

 

 

――――――――――

 

 夜も遅いというのに突然の来客だ。今のニュボーの状況となっては珍しいが、来客ならば迎えないわけにはいかない。多少イラつきつつも、眼鏡を直した彼女は相手を確認しに出た。

 

「はいぃ、何か御用でしょうか? ……っ!」

 

 ドアを開いたカミラは目の前の少女を見て絶句せずにはいられなかった。それはよく見知った顔であるはずなのに、どこか全く違う人間であることをいやがおうにも想起させずにはいらっれなかったからだ。

 

「はい、あなたのところのボスに用があります」

 

「……勘違いなら失礼ですが、あなたはリンゴ様と何か関係がおありでしょうか?」

 

 それを聞いた少女は目を見開き、そして愉しげに微笑んだ。

 

「リンゴ? ああ、リンゴちゃんがこの街にいるのね。……ええ、彼女とはよく知った仲ですよ? 詳しく聞きたかったら教えてあげるけど――」

 

「い、いえ……。別に詮索するつもりは」

 

「そう、ならいいんですけど。それよりボスはもう休まれたのですか?」

 

「ええ、つい先ほど。何かあれば預かっておきますが」

 

「なら伝えてもらえるかしら。……鼎商同盟は次なる地としてここニュボーを選んだ。海賊への対策をする代わりにここでの占売権を認めてください、と」

 

 圧倒的な資本由来の自信たっぷりの笑みを浮かべた少女は、額に汗を浮かべるカミラの返答を待つことすらなく踵を返す。従者達もその後に続いた。

 

 

 

 

「近々会うかもしれないわね。……楽しみだわ」

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 翌朝、来客用のソファの上で目を覚ましたリンゴとハルは、存外悪くなかった寝心地に満足げな溜息をつく。

 

「眠れたか?」

 

「ええ、ぐっすりでした」

 

「私もだよ。こんな場末の居酒屋感溢れる市役所でも良い素材使ってんだなァ」

 

「……? なんか、いい匂いしないですか?」

 

「誰か珈琲でも淹れたんだろう。ハルは珈琲飲めるか?」

 

「こーひー……ですか? 飲んだことありません」

 

「なんだって!? なんてもったいない! あれは人生に一度は飲んでおくべきだ。……まぁ最初は抵抗あるかもしれんが」

 

「そんなに好きなんですか?」

 

「飲み物の中じゃビールやワインに次いで好きだな。あんまり手に入らんが飲める時は逃さないぜ?」

 

 目の奥をキラリと光らせながら言うリンゴが好きだという『こーひー』なるものを、ハルも飲んでみたいと強く思う。が、その願いは案外あっさりと叶うこととなる。

 

「リンゴさんハルさんお目覚めですか? 美味しい珈琲が……」

 

「お、丁度いいところに」

 

 二人が寝ていた客室に、珈琲を載せたお盆を持ったカミラが現れる。きょとんとするハルの横で、リンゴはカミラに声を掛けた。

 

「ハルが珈琲を飲んだことないっつうから教えてやって欲しいんだ。そいつの美味さってやつを」

 

「初めて飲む人に出すにはお粗末なものですけどぉ……」

 

 リンゴのプレッシャーにやられたのか、困惑しつつもカミラはリンゴとハルの前に珈琲を置く。おずおずとカップに手を伸ばし、一口グイと飲むと即刻目を白黒させ、直ぐ様カップから口を離した。

 

「にっ! 苦いです」

 

「あー…‥。やっぱそうだよな。最初は砂糖を入れた方がいい」

 

「お菓子なんですか?」

 

「いやそういうわけじゃないんだが」

 

「ハルさん、お砂糖を入れるとかなり変わりますよ」

 

 ニッコリと微笑みながらカミラは、いつの間に取り出したのか砂糖の入った壺を手に取り、ハルのカップの中へ少し注いだ。

 

「これでかなり美味しくなると思いますよ」

 

 その言葉を素直に受け取り、一口飲んだハルはたちまち顔をほころばせる。

 

「甘くなってます!」

 

「徐々に苦いのが飲みたくなってくるぞ?」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

「あぁ、最初は甘い方が美味く感じるが飲んでいる内に物足りなくなってくる。苦味が旨味と感じられればハルもまた一歩大人に進んだと言えるだろうな」

 

「そう言われると意地でも飲めるようになってみたくなります」

 

「案外負けん気が強いな。良い事だ。商人たるもの常に勝ちを目指さなきゃいけない。たとえ途中で負けようがそこで終わらなきゃいいだけの話だからなァ。ところで……」

 

 ハルに商人道を語ったところで、リンゴはカミラへと向き直る。

 

 

 

 

「昨晩客人が見えたようだが、誰だったか教えてもらえるか?」

 

「……ッ! プライバシーがありますのでお答えできません」

 

「そうか残念だなぁ。聞こえた話じゃ私も無関係じゃなさそうなんだけど」

 

 

 

 

 鋭い眼光を向け、リンゴは皮肉交じりに言葉を繋いだ。

 

 

「メアリ海賊団に加えて鼎商同盟に目を付けられたかァ……。ニュボーが支配に下るのも時間の問題だな」

 

「何故それを?」

 

「おっとぉ、カマかけたつもりだったんだが本当だったのか。カミラ、自分がいるとこの構造くらい把握しておこうぜ。私たちを寝泊りさせてるところだと扉が開く音は聞こえても話し声なんか聞こえたりしないだろ?」

 

「あなたという人は……!」

 

 飄々と言うリンゴに思わず怒りの目を向けてしまう。そしてそれこそが彼女の思惑であったと、発言してから気付いてしまう。

 

「おうおうその表情の方があんたらしくていいぜ? 元からめちゃくちゃ猫かぶってただろ」

 

 尚も煽るような口調で話はお見通しだという態度を維持する。

 

「あなたには関係ありませんが?」

 

 最早手遅れと悟ったカミラはリンゴの真意を確かめるべくそう言った。

 

「私も同じだからさ」

 

 歪んだ口元を隠そうともせず、少女は嗤う。

 

「同じ猫かぶり同士仲良くしようじゃねぇか。……と言っても商談の方は昨日でまとまってるし状況は何も変わっちゃいない。あんた()としては私に海賊を追い出して欲しいか、あるいは海賊と相討ちにでもなってくれたら本望なんだろう?」

 

「ええ、仰る通りです。我々は必ずこの街を取り戻す所存です」

 

 取り繕うこともなくなったカミラは冷徹な眼差しをリンゴに向けて言った。

 

「だったら尚の事私たちを味方に引き込んどいた方が良いかもなァ」

 

「……どういうことです?」

 

「私は商談時、この街でのマッチの専売権を交渉材料に乗せてもらったが何もそれでここの市場を取り仕切れるわけじゃない。もちろん私だってここで暇潰すわけにはいかないんだ。きっと誰かに任せる。そうなったらその時にでもお得意の条例改正か何かで取り締まれば良いだけだしな。はっきり言って私たちにメリットはそれほどない」

 

「そうですね」

 

「だからこそ今の話が活きる。…………私が何言いたいか分かるか?」

 

「メアリ海賊団からの身辺の保護、でしょうかね」

 

「聡いなァ、もしこの件が丸く収まったらあんたを秘書にすることを検討するぜ?」

 

 その言葉を聞いて嬉しそうな顔をするリンゴ。メアリ海賊団からの監視の目をかいくぐりながら商売を続け、上手くいけばニュボーでマッチは売り放題の状況を手に入れたも同然だった。無論先ほど語ったように専売権に関する取り締まりが発生する可能性は高く、ニュボーとしても海賊を追い出し市場が正常に戻れば専売権など認めるはずもなかった。たとえそれが一つ10クローネほどの価値もないマッチであったとしても、だ。

 

「リンゴ様でしたら、私も検討するかもしれません」

 

「おう、前向きに考えておいてくれ。給料は歩合制だがな」

 

 歯を見せて笑うリンゴは、ここに来てようやくカミラを信頼したのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 カミラが部屋から去り、残された二人はしばし珈琲を嗜んでいたが、ふとハルは先ほどの会話を思い出しリンゴに尋ねた。

 

 

「リンゴさん、カミラさん信頼してなかったんですか?」

 

「ん? あぁ、まぁな」

 

 どことなく歯切れの悪いリンゴに対してハルが不思議そうな目を向けると、少し決まりが悪そうに答えた。

 

「カミラからなんとなく薄く感じたんだよ。私の姉と同じ雰囲気をな。ありゃ何か隠してるって」

 

「私には気付かなかったです……」

 

「人の悪意に触れまくった結果の産物さ。ハルは気付かないままの方が良い。……と言っても、商人として最低限のところは身につけておいて欲しいがな」

 

「リンゴさんのお姉さん……。一体どんな方だったんでしょうか?」

 

「ありゃバケモンだよ。ハルには私がバケモンに見えてるかもしれんが」

 

「そんな……。あの、もし良かったら聞かせてもらえませんか?」

 

「…………ま、ハルになら良いか」

 

 少し真顔で考え込んでいたリンゴは、微笑を浮かべてハルへと語り始めた。

 

 


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