イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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第十二話 策謀

「らっしゃーせー。マッチなんかいかがでしょうかー? 活きのいいのが入ってますよー。そこら辺じゃ売ってないですよー」

 

「リンゴさん……? 本当に売る気あるんですか?」

 

 メアリから逃亡してから3日、ニュボーの市場のはずれでリンゴはずっとこの調子である。通り掛かる客に対し何も積極的に話しかけることもないまま同じ様な商売文句を言い続ける姿は、最初はメアリの目を眩ますための策かと思ったハルも、流石に疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「バレないようにこっそり商売するって言っていませんでしたか?」

 

「まぁ遠くはない」

 

 相変わらずの調子を続けるリンゴは、ハルの方を見ずに答える。

 

「今は何よりもメアリちゃんの情報が欲しいところだ。だからこうして無難に目立たずひっそりとマッチを売り続けてるわけさ」

 

「でも、それって本末転倒では?」

 

 尚も訝しげに問うハルに対し、今度はハルの方を見てリンゴはニヤリと笑う。

 

「……ハル、ハルよぉ。忘れてないか? オーデンセで雑貨屋と交わした契約」

 

「え? ……あっ!」

 

「ひと月で5%のロイヤリティが入ってくる。今何も売れなくたって最低限の食い扶持は繋げるってことさ」

 

 まぁ他にも使いようはあるけどな、と呟くリンゴを見て、ハルは改めてリンゴのオーデンセでの思考の先読みが壮絶であることを知る。

 

「なんで、そこまで考えて……」

 

「決まってるだろ? 最終的にいかに笑って終われるか、そこで勝負かけてんだ私は」

 

 

 

 これまでに見た事のないリンゴの清々しい笑顔に、ハルは戸惑うばかりであった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「うわ! こんなところにいらっしゃったんですか」

 

「ゲオルグ、あんた宝石の方はほったらかしで良いのかい? この街だと3分もしない内に全部かっぱらわれるんじゃないのか?」

 

 唐突に現れた来客に笑顔を向けながら、リンゴは軽くジョークを飛ばす。

 

「なに、その時は総長が締めてくれますよ。なんせあのお方は()()()にはすごくよくしてくださる」

 

「ほう……? 年貢納めるのも大変だが、その分の見返りはあるってことだな」

 

「商売をしようと思ったらまず総長に許可を取り、毎日5000クローネを納めればその時点で総長の部下扱いになる。やってることは宝石商ですけどもね、これでも海賊の一味なわけっすよ。……ぶっちゃけ、こないだのこと聞いてリンゴさんがちょっと心配だったんですよ。なんせ総長に喧嘩売ったってんですから」

 

「別に喧嘩を売ったわけじゃない。ちょっと仲良くなろうと思っただけだ」

 

「それでもあの総長にあんな態度取れた人間はこの辺じゃ見かけないってもっぱら噂になってますぜ?」

 

「ところでその総長のことについて尋ねたいんだが、今やっぱり私のこと探してる?」

 

「……そりゃ言うまでもないでしょ。ニュボーから脱出した想定で隣の島にまで派遣送ってるくらいっすから」

 

「へえぇ……そりゃまたえらく気に入られたもんだな。そんな賞金首かけられた私と話しててあんたは大丈夫なのか?」

 

「あっしも総長の部下ですが、それ以前に商人っす。上顧客の秘密は完全秘匿にしておきますぜ」

 

「やっぱりあんたも商人だな。私の見立て通りだ」

 

「へへ……。ありがとうございます」

 

「この件が無事に片付いたら一緒に仕事でもしようぜ」

 

「願ってもねぇ、よろしくたのんます! ……おっとそろそろ客が来る頃合だ。あっしはここで失礼しますぜ」

 

「総長の話、また聞かせてくれ」

 

「了解っす。またのお越しを」

 

 

 そう言ってゲオルグは去っていった。その背中を見送りながら、ハルはリンゴに疑問をぶつける。

 

「あの人がリンゴさんを裏切ったら、すぐ捕まっちゃうんじゃないですか?」

 

「商人ってのはとかく金に弱い」

 

「? ……確かにそうですが、それがどうかしましたか?」

 

「確かに海賊団の金に目が眩めばあの男も私の居場所をあっさり暴露するだろうさ。でも今の彼はメアリちゃんからそれほど目も掛けられていないただの納税者に過ぎない。つまり知っていたとしても黙っていたところでお咎めもなしってことさ。ゲオルグにとっちゃ今ほど美味しい状況もないと思うぜ? いざとなれば私を売れる。逆にここで私に恩を売れば今後の商売の役に立つしなァ」

 

「……なるほど!」

 

「だからこそ今ゲオルグは私を裏切らないと踏んだ。……ま、安心しろ。仮に私の目論みが外れてメアリちゃんが会いに来てもその時の対策は考えてあるから」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「総長、最近探し物が見つからないのになんか機嫌良いんだってな」

 

「なんでも喧嘩売りに来た商人風情がキス寸前のところまで迫ったって話だ」

 

「しっ! それはあまりでかい声で話さないほうが良い」

 

「おっとそうだったな。……しかし総長も分からないお方だ。普通ブチ切れるところだろ」

 

「まぁそれだけの胆力ある奴を引き込めたら海賊団にとっても美味しいだろうけどな」

 

「言えてる」

 

 

 

 ニュボー市場の一角で話す二人の男は、商談前の雑談に耽っていたはずだった。いつの間にか商談のことは忘れただの世間話を続ける男達の前に、いつの間に現れたのか赤い頭巾を被った少女が立っていた。何が楽しいのやら、ニコニコと微笑む少女に、二人共少しの間ぽかんとしてから、にやけるように笑みを返した。すると少女はいきなり問いかける。

 

「今晩は。総長のこと何か知っているの?」

 

「……まぁ、最近聞いた噂話をしてただけだ。何か用かな? お嬢ちゃん」

 

「私も海賊になってみたいの」

 

 その言葉を聞いた男二人はゲラゲラと笑い出す。少女はムッとした様子で言葉を投げ掛けた。

 

「信じてないね! 私だって総長みたいになりたいんだから!」

 

「ああ、信じる。信じるともさ。でもなお嬢ちゃん。俺らみたいな商売人じゃなくて本職の海賊になろうと思ったら色々大変なんだぜ?」

 

「そうとも、まず船酔いに強くなきゃいけないし、基本的に街は海賊を敵対視してる。戦いの基本も抑えられてないとな」

 

「むぅ! ……じゃあせめて総長が喜ぶお土産教えてよ!」

 

「総長にならなんだって金がいいだろうなぁ。みんな最初は金が入った物を貢物として贈ってる。俺は金製の皿、こいつは金の延べ棒贈ったぜ」

 

 一人の男は笑みを浮かべながら話しながらもう一人を指差し、指を差された方も頷く。

 

「金のものか。なるほど……」

 

「お嬢ちゃんにゃ、ちょっと高すぎるだろう? 海賊になるのはもうちょっと大きくなってからにしような」

 

 諭すように男は言う。無論何の悪気もない、純粋な忠告兼牽制だった。この業界では海賊との契約によって受けられる恩恵もまた沢山あるのだ。なるべくライバルは減らしておきたいというのが、メアリ海賊団の下につく商人達の本音だった。

 

 

 

「……そっか。教えてくれてありがと、おじさん!」

 

 少女は煌びやかな笑顔を向けた。正に純粋無垢といったその表情は見ているものを吸い込むような魅力があった。だが――

 

 

「いや、いいってこと――

 

「だったら金目のものをある程度用意すりゃ良いんだよなァ?」

 

「「……は?」」

 

 

 突如変貌した少女の笑顔に、二人は固まる。先ほどの天使のような笑顔は何処へやら、欲望に忠実な、悪魔のような姿がそこにはあった。

 

「こいつは謝礼だ。受け取ってくれ」

 

 そのまま悪魔は、自分たちに何かを放り投げる。男達が拾い上げたそれは

 

「たまにゃマッチも良いもんだぜ? 冷えた身体と財布はこいつで暖めてくれ。私の名前はリンゴ。……ニュボーのどこかで会うことがありゃまたよろしく頼むな」

 

 マッチをやったリンゴはそのまま回れ右をして、元居た隠れ家兼宿泊場としているニュボーの役所へと戻っていった。残された男達は顔を見合わせ、今のが果たして現実だったのかをお互いの顔を見つめながら思案した。

 

 

 

 マッチを持つ少女

 

 赤い頭巾

 

 総長をも誑かす胆力を持った人間

 

 

 

 

 オーデンセの、英雄

 

 

 ……かくして、今の少女が最初にしていた噂話の当事者であると気付くのは、それから数分後の出来事であった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「ただいまハル。何か良い情報あったか?」

 

「お帰りなさいリンゴさん。今日も市場で聞いて回ったんですけど、総長の名前を出した途端にみんな去っていってしまって……」

 

「ま、一般的な権力に対する正しい態度だろうな。ストレートに聞いてもあんまり意味はない。海賊になりたいっていやある程度教えてくれたぜ?」

 

「海賊になりたい? ……なるほど、私も今度使ってみます」

 

「ところでそっちはどうなんだカミラ?」

 

「は、はいぃ……最近は仲間を増やしてからトーシンエ島に勢力を拡大しようと画策しているようですぅ」

 

「やることは決まってるんだろうな。このまま放置してたらその内デンマーク支配されちまうぞ?」

 

「い、いえ……。それでもメアリ海賊団が支配できていない地域はあります」

 

「オーデンセか?」

 

「そ、そこもですが……それ以外は全て……鼎商同盟が支配している土地です」

 

「……馬鹿な」

 

「間違いはありません。海岸沿いの街も含めてです」

 

「海賊以上の資金があるのか、はたまた恐怖政治で縛ってるのか。なんせこりゃ海賊以上の大物になりそうだなァ。ますますここで頓挫するわけにはいかなくなった。ハル!」

 

「はい!」

 

「どうやら君の両親は海賊以上の権力に囚われているらしい。となると、下手すりゃ共闘も有り得る」

 

「……へ?」

 

「え?」

 

 ハルとカミラが同時に疑問の声を上げる。それはリンゴの真意を図り兼ねてのことだった。

 

「共闘すんだよ海賊達と。それ以外の方法があるか?」

 

「む、無茶ですよリンゴさん! そもそも今メアリさんから目を付けられてる状況だというのに!」

 

「目は付けられてる。でもそれは多分だが私を引き込みたいんだと思うぜ? 今日街で聞いた話と今さっきカミラが言ったことで確信したんだがな」

 

「そ、それだとリンゴさんが海賊になっちゃうじゃないですか!」

 

「私は海賊にはならない」

 

 きっぱりと、己の意志に従うようにリンゴは答える。

 

「生き方は似てるが海賊業は私の意思に反するからなァ。もうちょっと全体最適を考えるべきだ」

 

「だったら……」

 

「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しばらく考えてから、ハルは考えることを止めた。何をどう置き換えても、メアリ海賊団を引き込めるとは到底思えなかったのだ。

 

「……そうだ、ところでまだ正式な屋号決めてないんだった。ハル、なんか良いアイディアないか?」

 

 唐突に問われたハルは、返答に困る。

 

「こないだメアリさんに言ってませんでした? "明日にでも我がリンゴ商店にお越し下さい"って。私それがお店の名前だとずっと」

 

「あれは適当に言っただけだ。屋号なんか全く考えてなかったが、無いと不便だからなァ。面白いのがあったら採用するぜ?」

 

「か、考えつきませんよ! リンゴ商店のままで良いじゃないですか」

 

「捻りなさすぎじゃね?」

 

「……じゃあリンゴ商会」

 

「それほどの規模にするつもりはあんまり無い」

 

「リンゴコーポレーションリミテッド!」

 

「もっとでかくなってね?」

 

「リンゴ旅団で!」

 

「何故に軍隊」

 

「パイレーツ・オブ・リンゴならば?」

 

「海賊に屈してんじゃねぇか! ……もう良い。りんご商団(仮)でいこう」

 

「せっかくならもっと格好いいのにしましょうよぅ」

 

「考え付かないって言った割にはノリノリだったなハル」

 

「えへへ……」

 

「全く」

 

 

 溜息をつきながらもリンゴはどこか嬉しそうにハルを見る。出会った頃に比べるとかなり笑うようになったものだ。リンゴ自身がどれほどの影響を与えているかは本人の知るところではなかったが。

 

「あの……私もリンゴ商団、良いと思いますぅ。今後ある程度大きくしていくことを想定するのならばですけど」

 

 恐る恐るといった様子でカミラが言い、リンゴが満足そうに頷いた。

 

「一応決定だ。リンゴ商団、ハルも今度からこれを名乗っていいからな」

 

「……! はいっ!」

 

 

 

 

 

――――――――――

 

「二人は寝たかね?」

 

「はい、市長」

 

 

 

 夜も深くなった頃、カミラは別室にある市長室へと呼び出されていた。

 

「これを機に海賊に対し何らかの有効な手立てがあれば良し、無くともあの商人だけはここに留められるだろう」

 

「しかし、メアリがあの娘を攫ったりしたらそれも難しくなります。ニュボーの自治権は戻らないままです」

 

「そうなればだ。メアリがあの商人を連れて別の地域に行く。その間に警備隊を整え手頃な内陸部から崩壊させてやる」

 

「いずれにせよ、あの商人は囮というわけですね?」

 

「ああ、偶然だが上手い具合に事が運べた。マッチの専売権を交渉材料にしたのは良かったぞ、カミラ」

 

「ありがとうございます」

 

「それに乗っかってくるあの商人も、思っていたほど賢くはないのかもしれんなぁ」

 

 文明の利器たるバーナーで葉巻に火を着けつつ、市長は余裕ある笑みでカミラを見る。そのカミラはというと、リンゴやハルの前では見せないような冷徹さ溢れる表情を市長に向けていたのだった。

 

 

「トップとボトム、どちらに主導権があるのかは自明でしょう。我々が辛酸を舐め続けたこの数年間のツケは、気の毒ですがあの商人を中心に払ってもらいましょう」

 

「しばらくは様子見しておきます。報告は何か動きがあれば逐次」

 

「その調子だ。よろしく頼むよ」

 

 リンゴとハルがやって来た初日からその動向を探っていた市長は、二人に宿を提供するようにカミラに言わせ、最も近いところで監視をするついでに、リンゴを餌にしてでもニュボーでの自治権を取り戻すことを心に誓っていたのだった。千載一遇のこのチャンスを、見逃せるはずもなかった。


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