イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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第十一話 死地

 役所と自称する場を、不気味な静寂が支配する。リンゴは何やら考え込みつつ、ハルは怯えた表情を浮かべて受付を見やる。

 

「あの、海賊ってあの……?」

 

「そうですぅ。近頃また思い出したように活動を始めましてぇ」

 

「それでなんやかんやであっという間にニュボーも支配されちまったってわけだな?」

 

「はいぃお恥ずかしながら……。今やここの統治なんて機能していません。……全てはメアリ海賊団が全て仕切っていまして」

 

「私たちが元いたオーデンセは内陸部だから全く知らねぇんだわ。詳しく教えてくれるか? ……てかこの様子だと商売の許可とかもそのメアリ海賊団様とやらにお伺い立てなきゃいけねぇってわけか?」

 

 溜息をつきつつ受付の女性を見ると、彼女は心底申し訳ないといった表情で俯く。

 

「その通りですぅ……。私たちが決めたことも全てひっくり返すような有様で……。メアリ海賊団は大昔からあった海賊の末裔に当たります。ニューハウン、ケーエといったシェラン島の主要な港町はもちろん、最近ではこのフュン島にまで勢力を伸ばしてきた実力派でもあります」

 

「まぁ聞くところによっちゃ港を襲って高価な物を片っ端から掻っ攫っていくとか?」

 

「メアリ海賊団が現れてからは港の皆も対策は取っています。敢えて低価なものを置いて海賊から狙われないようにしています。……でもその影響で客単価は落ちてしまって……」

 

「ある程度高い商品は海賊から買わなきゃいけなくなったってわけか」

 

「仰る通りですぅ……」

 

「リンゴさん。それって何か問題なんですか? 高い物でも売れなかったら持ち腐れじゃないですか」

 

「ところがそうもいかない。高額商品ってのは得てして市場価格の変動を受けにくい。ってことは富裕層にとっては間違いなく需要がある部分なんだ。つまりその富裕層が適正な価格で入手できず海賊に頼っている状況が今だとしたら、デンマーク中のマネーはそのメアリ海賊団に集まることになる」

 

「……となると」

 

「貨幣はなにもデンマークだけで使うもんじゃないからなァ。この先まで勢力を伸ばすことを前提にしているんだろうな」

 

「……なんてこと」

 

「リンゴ様、ですかぁ? 助けてくれませんか?」

 

 ここぞとばかりに、リンゴに対して助けを請う受付嬢。しかしリンゴは目を細め冷淡に答える。

 

「嫌だね。第一にニュボーを正常な市場に戻したところで私にメリットがない。第二にそのメアリさんとやらもある意味じゃ自身の正義を貫いてると思うからだ」

 

「「……正義?」」

 

 受付嬢とハルの声が被る。それに対してリンゴは答える。

 

「その通り。市場の価格をいじり倒すのは気に食わねぇがその目的が潔く私利私欲に向いていることと最終的なゴールが世界の支配をにあるところだ。……言葉は不適切かもしれないが私も海賊とそう変わらない野望を持ってるんだぜ?」

 

「で、でもリンゴさんは無駄に高価で売りつけたりしませんよ!」

 

「状況と相手によるさ」

 

 入口近くに置いてあった椅子を引き寄せて勝手に座り込むと、足を組みつつ下卑た笑みを浮かべる。

 

「そんな……!」

 

 

 

 

 

「その中じゃ少なくとも、自由競争市場を穢す者に対しては容赦しない」

 

「えっ……?」

 

「さて、ここにどんな不届き者がいるのか見せてもらおうじゃないか」

 

「ということは……」

 

「条件次第ではあるが、出来る範囲で力を貸そう。尤も、さっき言った通り私だって海賊と似たようなもんだって忘れてもらっちゃ困るんだがな」

 

「あ、ありがとうございます! まともな商人の方が来てくれただけで助かるのにその上こんな!」

 

「……もし私がここの自治権を取り戻したら何してくれる?」

 

 ハルの方から受付嬢に向き直って、鋭い目つきでリンゴは尋ねた。その瞬間、悩み相談から商談の時間に変わる。

 

「あ、あの……今財政的にはかなり厳しいので現金の類は期待しないでもらいたいんですけど……」

 

「そりゃこの状況みりゃすぐ分かる。商人相手なら即現金という概念は捨てた方がいいぜ? 私は私にとってメリットが見込めりゃそれで条件は飲むんだから」

 

「それなら、この街での専売権なんていかがでしょうか……?」

 

「乗った」

 

 

 

 先程まで漂わせていた物々しい雰囲気は何処へやら、リンゴは前のめりになるようにして受付嬢に顔を近付ける。

 

「えええ……」

 

 その一瞬での変わりように軽くハルはビビりながらも、敢えてそこは何も言うまいと構える。

 

「他のマッチ売りを寄せ付けないってんなら私にとっては大きなメリットだ。受けさせてもらうよ」

 

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」

 

「あんた名前はなんて言うんだ?」

 

「あの、えっと……カミラと申します。ここニュボーの役所の受付をしております」

 

「よろしくカミラ。私はリンゴと言う。本名は私も知らないからこれで呼んでくれると助かる」

 

「分かりましたリンゴ様……改めてよろしくお願いしますぅ」

 

 カミラとがっちりと握手を交わすリンゴを見ながら、ハルは半眼でじっとその様子を見つめていた。

 

「リンゴさん、マッチの市場規模って物凄く狭いんじゃなかったんでしたっけ」

 

「そうだぞ? それがどうかしたか?」

 

「それなら普通に売ってても同じだったのでは?」

 

「甘いなハル。さっきの話聞いてただろ? 海賊にわざわざお伺い立てて無意味に高いショバ代払って商売する気なんざ端から持ち合わせてないからなァ」

 

「な、何か上手くやる方法は……」

 

「いや、ここは今のレールに乗る方が賢明だ。なんせ終わりかけの公務員と繁栄極める海賊のどちらかだぞ? だったら少数派に付いた方が後々大きなリターンを得られる」

 

「そうかもしれませんが……!」

 

「何も海賊を敵に回すとは言ってないぞ? やりようはあるさ。これまで通り、な」

 

 いつも通り不遜な笑みを浮かべ、考えがまとまったらしいリンゴは椅子から立ち上がり、カミラに問うた。

 

「んじゃ、そのメアリさんとやらに会いに行きたいんだが、どこに行けば会えるか教えてくれるか?」

 

「メアリさんは神出鬼没ですからねぇ……。今またニュボーの港に船をつけてますから市場のどこかにいるかもしれませんが」

 

「さっき歩いてきた時は出くわさなかったが……」

 

「いつもどこかに拠点を構えてますから、何かしらの建物にいる可能性は高いですね」

 

「オッケー。もう一回情報収集してくる。成功の約束は出来ないが、まぁ期待するだけ期待しててくれ」

 

 そう言うとカミラに背を向けて出口へと歩き始める。リンゴの話に聞き入ってぽかんとしていたハルも慌ててその後ろを追ったのだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 ハルを引き連れてリンゴが迷わない足取りで向かった先は、ゲオルグの所だった。

 

「やっほー」

 

「おやリンゴさん、先ほどぶりで」

 

「役所に行ってきたよ。なんだあの廃墟くせぇ建物は」

 

「今じゃ自治権ってのは飾りですからねぇ。行っても特に有力な情報はないかと」

 

「私は全く知らなかったんだが、メアリさんってのがここらじゃ名前が知れてるんだってな」

 

 

 

 

 リンゴが口にしたその瞬間、ゲオルグは目を見開いて近づいてくると、リンゴの口を手で塞いだ。いきなりのことでリンゴも傍に居たハルも同時に目を白黒させる。辺りを見渡してから、ゲオルグは口を開いた。

 

「……ここら辺じゃその名前を軽々しく口にしない方が身の為っすぜ、リンゴさんよ」

 

「うわぃわぃ」

 

「すません」

 

 手の中で口をもぐもぐさせるリンゴを見て、ゲオルグは慌てて手を離した。

 

「先人の忠告は聞いとくもんだ。なんて呼べばいいんだ?」

 

「……総長っすよ」

 

「なるほど、総長。対外的にも悪くない役職じゃないか。やっぱりこのご時世頭の良い野郎しか生き残れないもんだなァ」

 

「リンゴさんは()()を知らない。……マジ肝冷えますよ?」

 

()()? 悪いがてっきりいかつい野郎だと思い込んでたよ」

 

 それを聞いたゲオルグはしまったというような顔をする。その瞬間をリンゴは逃さない。

 

「思ってたより色々知ってるっぽいなァ。教えてくれないか? 例えば今、総長がどこにいるかとか」

 

「リスクでかいんすよ? こんなんでもあっしが月いくら納めてることか」

 

「なるほど私の思い通りに行けばまた宝石をひとつ買おう。それでどうだ?」

 

「ご冗談でしょう? 宝石の単価くらい知ってるはずだ」

 

「お陰さまでこっちの商売は割と順調でね。嘘じゃないよ。契約書交わせってんならそうするが」

 

「……いや、貴女を信じるっすよ。なんせオーデンセの英雄だ。でもこの情報をあっしから仕入れたってのだけは誰にも漏らさんでくださいよ。文字通り首が掛かってる」

 

「了解だ」

 

 思い通りにいったリンゴは満足そうに笑った。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「ビール一杯ちょうだい」

 

 リンゴが来たのは市場の一角にあるバーだった。ハルに尋ねるとビールよりノンアルコールの方が良いということなのでオレンジジュースを追加で注文する。全てはゲオルグから仕入れた情報だった。メアリは少しでも暇ができるとこのバーで過ごしているらしいとのことである。

 

「あんた見かけない顔だな。どこから来たんだ?」

 

「つい昨日来たばかりだよ。オーデンセからな」

 

「……っていうと、まさか例の?」

 

 バーのマスターが訝しげに尋ねると、リンゴがその質問に答える前に別の所から声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「年端もいかない赤頭巾の英雄、だったかな?」

 

 その声に振り向いてみると、長い金髪を後ろで結い、露出の多い服装をした女性が椅子に座っていた。腰には銃と思わしき得物を備えており、腕にはご丁寧に髑髏のタトゥーが掘られている。リンゴを見るその目は獰猛な獣そのものであり、端正な顔立ちではあったもののどこか野性味を帯びていた。

 

「ニュボーへようこそ? 英雄」

 

「しっかし噂が回るのは早ぇなァ。あんたも知ってたのか?」

 

 マスターがビールとオレンジジュースを出してから完全に沈黙し、他の客も私語を辞めたことから、この人物こそがメアリ海賊団のトップだということを如実に表していた。

 

「ここは情報が集う最先端だよ? 毎日運送屋は行き来するからすぐ分かる」

 

「その情報網、私にも分けてくれないかな」

 

 リンゴの返答を聞き、くつくつとゆったり笑う。

 

「あんた、私にビビらないんだねぇ? 情報によりゃただの商人だった気がするんだけど間違ってたのかな?」

 

「いんやそれで正解だよ?」

 

 

 

「へぇ面白い」

 

 面白がっている当人とは別に、その周囲にいた人間はいきりだち始める。

 

「総長になんだって?」

 

「そもそも商人如きが何しに来たんだ? あぁ!?」

 

 

 

「あー、あー、お店で暴力沙汰は勘弁してくれ? な?」

 

 流石にいきなり過ぎたせいか、軽く詰め寄ってきた人間に対し宥めるようにリンゴは言葉を紡いだ。ハルはリンゴを守りたいのか、守られたいのかよく分からない挙動でリンゴの腰に手を回して密着する。

 

「そんなにビビらなくていいよ。私がやれって言わなきゃ手出さないから」

 

 総長の言葉を受けて、リンゴはハルを自身の身体の後ろに回しながら尚もヘラヘラと言葉を繋ぐ。

 

「そりゃ安心だ。つまりあんたを挑発さえしなきゃ大丈夫ってわけだな」

 

「まぁ滅多なことじゃ怒らないけど、いつブチ切れるか分からないって皆には言われてるよ?」

 

 

 

 

「なるほど、肝に銘じておくよ。……ところであんた……」

 

 誰も止める間もなくつかつかと歩いていき、リンゴは至近距離で総長の顔を覗き込む。

 

「なっ……」

 

 思わず声を上げる総長に、リンゴは正しく素直な感想を述べる。

 

「近くで見ると可愛いな」

 

「は、はぁ!?」

 

「トップには容姿も必要ってことだよなァ分かるぜ……」

 

「ちょ! リンゴさん!!」

 

 至近距離で口説くリンゴに残されたハルは制止の声を上げる。

 

「お、お前誰に口きいて……」

 

 顔を赤く染めながら総長はリンゴに明らかな敵意を向ける。リンゴはそれを意に介さないように本題を口にした。

 

「まぁ私がここに来た理由は至ってシンプルだ。ニュボーで商売をやらせて欲しい」

 

「っ……! 商人ってのは本当だったんだねぇ。一日5000クローネの上納金さえ払えば認めてやるよ」

 

 

 

 

「道理で高額商品ばかり並ぶわけだ。……商人として言っとくがこのビジネス、長くは続かないぜ?」

 

 不敵な笑みを浮かべながらリンゴは言う。

 

「…………なに?」

 

「まぁ詳細が知りたければ、明日にでも我がリンゴ商店にお越し下さい。我々はいつでも誰でも歓迎致します」

 

 

 恭しく、というより慇懃無礼な態度で頭を下げたリンゴはゆっくりと後方歩きで総長の前から離れると、徐にハルの手を取って出口へとダッシュした。

 

 

 

 

「あの面白い娘達を連れて来て!」

 

 狂気に満ちた笑顔で総長がそう叫ぶと取り巻きたちは二人を追って走り始めた。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「なんで喧嘩売るんですかぁ!!!!」

 

「ハル! 仲良くなる為にはまず相手のパーソナルスペースに三回入れ! そうしたら大概の人間は最終的に堕ちる!!」

 

 まだ走りながらリンゴはハルの息絶え絶えの質問に答える。二人の手はしっかりと繋がれたままだ。

 

「それでも!! ……今ここで怒らせることにメリットは無さそうなんですけどぉ!」

 

「なに最終的な結果だけが全てだ! この後二人共無事ならもうちょっと面白いぜ!! ほとぼりが冷めたらもっかいメアリちゃんに会いに行くつもりだ!」

 

 後ろを気にしつつ物陰に隠れ追っ手を撒くリンゴの動きは、どこで学習したのかかなり効率的な動きをしていた。

 

「……ファーストコンタクトはこれで正解だ」

 

 

 

 

 しばらく走り回って、役所近くまで来たところで、リンゴは再び口を開いた。

 

「これから、どうするんですか……?」

 

「しばらくはメアリちゃんとその一味に隠れて商売をして様子見。2ターン目が来たら次こそメアリちゃんにとっても有益な話をしてやるさ」

 

 浮かんだ汗が滴ることを気にすることもなく、総長同様の獣じみた目で笑ったのであった。


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