イロジカル・ゲーム-The girl of match merchant-   作:職員M

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お待たせしましたぁ!


第十話 接敵あり

 翌朝。寝不足の目を擦り、欠伸を連発するリンゴを不思議そうにハルは見つめる。

 

「リンゴさん、昨日遅かったんですか?」

 

「色々考え事しててな」

 

「やっぱりマッチの売り方も工夫しないといけないんですねっ」

 

 それだけじゃないんだが、と思いつつまたリンゴは欠伸をした。事実、マッチを売ること自体はリンゴにとってそれほど問題でもなかった。いつも通りやるだけだ。

 

 再び二人を乗せた荷台はもうすぐ到着するニュボーを目指して歩く。

 

 

 

「ハルもちょっとは分かったと思うが、マッチだから売れないんじゃない。マッチの使い方を限定しちまってるってのが売れない原因なんだよ」

 

「リンゴさんを見てたらよく分かります……」

 

「いずれ私無しでも商売ができるようになりゃハルもしめたもんだぜ?」

 

「う、うぅ……。頑張ります!」

 

「お二人さん! 着いたぞ!」

 

 馬を引くイェンスからそう声を掛けられ、二人は眼前に広がる光景にしばし見とれた。

 小高い丘から軽く見下ろす形になるその街は大海をバックにした港町であった。雪が降り続ける住居の屋根は海を更に寒そうに見せてはいたものの、内陸部とは違う景色に軽く感動を覚える。

 

「……これが海か。初めて見たが大したもんだな」

 

「この水はどこまで続いてるんでしょうかね……」

 

「デンマークの裏側まで延々と、が正解だな。いつかデンマークすら出たところで商売もしてみたいもんだ」

 

 軽く武者震いをするリンゴと対照的に、未だハルは海から目を離せないでいた。風に乗ってやってくる潮の香りが珍しく、しきりに匂いを嗅ごうとする。地形的に言えば厳密にはバルト海と北海の海峡に位置するのではあったが、広めの湖すらないオーデンセから出たことのない二人にとっては()()()()()()は全て海に等しい。

 

 

「さぁてここで商売を始めようか、ハル」

 

「はい……リンゴさん!」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 振り返って約束通りイェンスに20クローネを手渡し、軽く別れの挨拶をする。

 

「一応最終目標はコペンハーゲンだ。しばらくはニュボーで滞在するつもりだけど時間が空いたらコペンハーゲンの方に連絡を寄越してくれ」

 

「了解した。またなんか土産話持ってってやるよ」

 

「期待してる」

 

 そう言ってイェンスと握手を交わす。

 

「武運を祈る」

 

「そっちもな。……あ、そうだ」

 

 リンゴは思い出したように懐からひと箱マッチを取り出すと、イェンスに渡した。

 

「……? 売り物じゃないのか?」

 

「商売仲間の証だ。持ってってくれ。どこかで役に立つだろうからマッチは使ってもガワは残しておいてくれ」

 

「まぁそう言うなら。……それじゃこっちはこれでも渡しておこうか」

 

 イェンスは荷台から二つの林檎をリンゴとハルに一つずつ手渡した。

 

「悪くないセンスしてるぜ」

 

「良いんですか? 果物は高いって……」

 

 嬉しそうにリンゴは答え、ハルは不安そうに尋ねる。

 

「良いんだ。こっちじゃあんまり売れないしなぁ」

 

「……? そうなのか?」

 

「ま、行ってみりゃ分かるさ。さて俺はここいらで失礼する」

 

「達者でなイェンス! 物流拠点に困ったらオーデンセで私のマッチ箱を見せときゃ何とかなるから!」

 

「参考にする! ま、オーデンセに行くのは一週間後だがなぁ!」

 

 先に行くイェンスの背中にそう声を掛けると、イェンスも振り返りながら返してきた。やがてイェンスの背中が見えなくなったところで、リンゴは再びハルと歩き始めたのだった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

「林檎が売れない地域があると聞くとどんだけ食べ物に恵まれてんだって思うしかないんだがなぁ」

 

 手に持ったままの林檎を弄びながらハルと並んで歩くリンゴはそうぼやく。

 

「オーデンセだとよく売れますよね」

 

「まったくだ。食糧事情は芳しくないからな。どうしても輸入に頼るしかない。雪に価値が付けられるなら今頃デンマークにゃ貧乏人はいないんだろうが」

 

「それはいくらなんでも……」

 

 苦笑するハルに、リンゴは冗談混じりの笑顔を返す。

 

「本気で雪に価値を付けようと思えばできないこともないぜ? ……まぁデンマークじゃ無理だが」

 

「え、雪……。売るんですか?」

 

「冗談だよ。もし売れるならマッチの次に愛用してやるけどな」

 

「リンゴさんなら売れてしまいそうだから怖いです」

 

「馬鹿言うんじゃない。私だって売れないものはあるさ」

 

「何なんですか? 売れないものって」

 

()さ。無いもんは流石に売れない」

 

「逆に有る物ならなんでも売れるんですか……?」

 

「この世に売り物にならないものは無いんだぜ? ゴミですら場合によっちゃ売れる」

 

「そんな馬鹿な……」

 

「もちろん廃棄が運命のゴミもたくさんあるが、残飯なんかは農業の肥料に使えたりするよな?」

 

「そう言えば……」

 

「一見売れないようなものも使いどころさえ考えれば商売道具になるのさ。マッチなんかその最たる例だよ」

 

 軽く自虐を含みつつ、リンゴは答える。

 

「さぁそろそろ着くぞ。ここがニュボーらしい」

 

 

 視線を前方に合わせたリンゴの声を聞いて我に返ったハルは、いつの間にか自分の足が港町の最先端にたどり着いていることに気が付いた。

 

「ここが……ニュボー……」

 

「海が近いってことは必然的に貿易が栄えてる。面白いもんがたくさん見れるぞ?」

 

 ワクワクしながらリンゴは言う。手に持つ林檎も先ほどより高く放り投げ、テンションの高さを伺わせた。

 

 

 周りは見渡す限りの海。陸の方を見れば港に隣接するように商店が立ち並び、さぞ活況に溢れているようだった。ここでならまた良い商売ができる……。

 

 リンゴは軽く微笑みを浮かべると、ハルの手を取って再び市場へと溶け込んでいったのであった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

「今だけならこの価格にしておくぜ?」

 

「ほう、粗悪品てなら証明してくれな? ちゃんとしたもんだって分かった時は覚悟できてるんだろうなぁ?」

 

「……一つ300クローネでどうだ?」

 

「生憎あんたにゃ売れないな。出直してきな」

 

 市場はまさにここ一番の大忙しといった風にあちこちから人々の商談の声が聞こえてくる。まだ年も明けて間もないというのに、休暇を楽しむどころか既に仕事に戻っている人間が多いようだった。

 

「実に楽しそうで結構じゃないか」

 

「それにしても高額な商品ばかりが並んでますね……」

 

「鋭いじゃないかハル。よく客の言葉を聞いてたな」

 

 

 リンゴに褒められ、ハルは赤面する。

 

「昔からお金の単位は聞き逃さないようにってお父さんに教えてもらっていたので……」

 

「流石両替商の娘。地獄耳は身を助けるぜ?」

 

「はい……」

 

「そうなんだよハルの言うとおりなんだ。さっきから聞いてりゃ物の単価が高すぎる。とてもじゃないが日用品のやり取りじゃあないんだよな」

 

「ですよね?」

 

「地理的に儲かってりゃ、食べ物の販売所は街中に限定されているというのも納得はいくんだがコペンハーゲンでもあるまいしデンマークでそれは無理だろうな」

 

「……となると、何かあるんでしょうか?」

 

「分からん。こういうのは情報通に頼るしかない。まずは一番難易度の低いところから行こうか」

 

 

 そう言うとリンゴは港町の一角にある露店へ入り込んだ。ハルも慌ててリンゴの後を追う。

 

 

 

 

 

「なーんかいい物入ってるかな?」

 

「お、見慣れない顔っすねぇ。旅人ですかい?」

 

 リンゴが入った露店の若い男の商人は、客の顔を覚えているようでリンゴにそう声をかけてくる。

 

「そんな感じだ。……ここは常連客が多いのかな?」

 

「まぁ基本的にはニュボーの住民しか来ないっすね。あとはワケアリのお客さんとかが」

 

 ヒヒヒ、と薄気味悪い笑みを浮かべながら商人は言う。

 

「……なかなか気の利いたジョークだ」

 

「残念ながらジョークにしちゃ笑えないもんでしてね」

 

 相変わらず笑みは浮かべながらも、少しばかり真剣な空気を纏いながら言う店主に、リンゴも少し身構える。

 

「そうかい。私もここで商売したいんだけど訳ありばっかが来るんじゃ難しいな」

 

「やめといた方がいいっすよ。やるんならオーデンセとかいう平和な街でやった方が良い」

 

「やけに親切だな。あなた名前は?」

 

「あっしはゲオルグってもんでさ。大昔からここで宝石商をやってますよ」

 

「宝石商?」

 

「ニュボーだと当たり前ですよ。むしろ貴金属を扱ってない店の方が珍しい」

 

「……じゃあ私は少数派になりそうだな」

 

「……お姉さんは?」

 

 "お姉さん"と呼ばれたことに、リンゴは少なからず気をよくする。これまで出会った中で子供扱いされなかった例の方が珍しい。

 

「私はリンゴって言うんだ。マッチ売りをやってる」

 

 それを聞いた宝石商ことゲオルグは目を丸くして、カラカラと笑い始めた。

 

「まさかお姉さんがオーデンセの英雄ってやつですかい?」

 

「……噂早えぇ……」

 

「運び屋から聞きましたよ。なんでもすげえ商人が出てきたって」

 

「運送屋もそう言ってたけどちょっと回るの早すぎない?」

 

「噂話の伝達が挨拶みたいなもんですからねぇ。……っと、ところで何にします? 色々取り揃えてますよ」

 

 お茶を濁すようにして、宝石商は本題と言わんばかりに自前の商品を紹介し始める。

 

「生憎宝石買えるほどの金持ちじゃないんだわ。一番安いやつでどれくらい?」

 

「200クローネからですねぇ」

 

「それで今後の価値が上がるなら考えてもいいぜ?」

 

 自らの素性がある程度バレているからか、リンゴは最初から商人としての顔を隠すこともなくゲオルグに言ってのける。

 

「そいつは保証できませんね。上がるも下がるも市場次第でして」

 

「模範的回答だな。私もある程度情報は持ってる。今後共付き合ってくれるってんなら一つもらおうか」

 

「そいつは願ってもねぇ。こちらこそお願いしたいところですぜ。……そんじゃ200クローネです。毎度あり」

 

 ゲオルグは光り輝く小さな石をリンゴに渡しつつ、代価を受け取った。

 

「それじゃ、忠告は受け取った上で私がマッチ売ってたらその時は宣伝頼むぜ?」

 

「了解しやした! またのお越しを」

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「あのゲオルグって人、なんか怪しくないですか?」

 

「そうか? 私はまぁまぁ正直な奴に見えたけどな」

 

 市場を歩みつつ、ハルは率直な感想をリンゴに告げる。それに返すリンゴもまた、率直な意見を述べた。

 

「ここにいる奴言ってしまえば揃いも揃って胡散臭い。その中じゃここでの商売は止めとけって忠告する辺りまだ信頼できるんじゃないか?」

 

「それでも……」

 

 言い足りなさげなハルに、リンゴは笑って答える。

 

「私は詐欺に引っ掛かったりしないさ。ところでこいつは持っといてくれないか?」

 

 リンゴは先ほど買った宝石をハルに手渡した。

 

「良いんですか?」

 

「私は宝石ってガラじゃないからなァ。ハルの髪と瞳にゃよく似合ってる」

 

「そんなこと……」

 

「自信持てよ。後でそいつをネックレスにしてくれるような商店でも探そうな」

 

「ありがとう……ございます!」

 

 嬉しそうにするハルを見て満足しながら、次の目的地をリンゴは告げた。

 

「さて、ニュボーのお役所さんを探そうか。情報通その2だ」

 

 その目はキラリと光り、どうやらどこかに商売の匂いを嗅ぎ付けているようだった。

 

 

 

 

 

「いいかハル? この世において公務員ほど最強の職はない」

 

「そうなんですか?」

 

「そうとも。我々が明日生き残るのに必死に物を売る一方で彼らはそんな我々が息をするだけで税金という名の年貢を奪い去っていく」

 

「羨ましいです……」

 

「実に限定された椅子だ。凡人じゃまず座れないだろうな。……それを良い事にコネに次ぐコネで結局おんなじような奴らの集いになってるのが現状だ。生産性という観点から見たら非効率極まりないがそれこそが醍醐味とも言える」

 

「……どういうことですか?」

 

「その羨ましい状況こそが公務員を公務員たらしめてるということだよ。税金は目を瞑るしかないがこれまで以上に課税するような効率的なシステムを考えつかれるよりはこのままでいた方が私たちにとっても好都合というわけさ」

 

「なるほど。……リンゴさんが公務員さんじゃなくて良かったです」

 

「私には街治めるほどの器はないよ」

 

 

 そうこうしている内に、二人はニュボーの中心街にある比較的立派な建物の前まで来ていた。

 

 

「よーく見てろよハル? 公務員様とやらがどれだけ豪勢な職場で働いているか」

 

「ごくり……」

 

 期待半分、不安半分といった表情でハルが頷くと、万感の思いを持ってリンゴはその扉を開き――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――中の様子を見て思わず真顔になった。

 

「……………‥すまんハル。例外もあるようだ」

 

「…………ですね」

 

 

 広い内部と絨毯は豪勢そのものといった様子だったが、明かりは部屋のごく一部にしか点っておらず、何よりも人気が少な過ぎた。

 

「よ、ようこそぉ! よくいらっしゃいましたぁ」

 

 二人が扉を開いたのを確認してややあってから徐に奥から人影が飛び出してくる。それはお世辞にも高価とは言い難い衣服を纏った眼鏡を掛けた女性だった。燭台を持ちながら明かりを確保するその女性はどうやらここの受付らしい。

 

「あ、あぁ。この街で商売をしたいんだが」

 

「なんと! 普通の商売人さんですか!?」

 

 目を見開き、眼鏡をかけ直すと受付はリンゴをまじまじと見やる。

 

「確かに海賊さんっぽくはないですねぇ。身なりもきちんとしてますし何よりその目! 悪いことは考えてなさそうです」

 

「……海賊?」

 

「ええ海賊さんです。ちょっと昔からこのニュボーに住み着き始めて、あっという間にここ一帯は支配されちゃいました。警備団の力ではとても追い付かなくて……」

 

「ほう……」

 

「海賊……」

 

 受付の言葉を聞いて、リンゴとハルは同時に顔を見合わせたのだった。


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