亜種特異点0 終天の盾   作:焼き烏

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金鍵刺されば回るもの2

「マスター、指示を」

 

 考えるのは終わっている。

 オジマンディアスを信じるかどうかの問題。

 

 敵対が不可避であればなんとかしてランスロットを説得して逃げるべきだ。現状の戦力ではオジマンディアスの撃破は絶望的。いますぐ艦内に戻ってランスロットにそう訴える。それで伝わらないようなら、シールダーの宝具でこの艦の速力を上げられるようなパーツを積もう。言葉はほとんど伝わっていないが、行動なら多少はランスロットに伝わるはず。

 搭載されている遠隔攻撃の手段はほとんどシールダーが与えたものだと言うし、そちらを取り上げるのもいい。攻撃手段が減ればランスロットも交戦を諦めるかもしれない。

 

 そして味方だと思うのであれば、最速でオジマンディアスに会いにいくべきだ。オジマンディアスはスフィンクスとの情報共有が可能ではあるが、同時に大量使役されるために大抵は簡単な指示を与えるに留めている。スフィンクスに攻撃されただけでは、まだ判断できない。直接オジマンディアスに会えば攻撃を止めてくれる可能性はある。

 

 結論も出ている。こういうとき、藤丸立香はいつだって仲間を信じてきた。

 力も、知識も、英霊たちにはまるで及ばない。自分はただの人間で、一人でできるのは信じることくらいだからこそそれだけは曲げまいと思った。

 なのに、何を悩んでいるのか。

 

 ――違う、と胸が痛む。

 

 最初は確かに弱かった。信じることしかできなかった。でも、多くの旅を経て、先人から多くを学んで受け取った。今の自分を卑下することは、これまで自分を支えてきてくれたみんなに対する裏切りだ。自分は弱いけれど、弱いだけじゃない。

 しっかり考えた上で、信じると決めたのだ。それは今も変わらない。そんなことでは悩まない。

 

 続いて、牛若丸との戦闘を思い出す。カルデアのサーヴァントさえ敵に回る特異点。この状況が怖いのか。

 

 ――それも違う、と歯を噛み締める。

 

 藤丸立香が迷っているのは、オジマンディアスを信じるかどうかの問題ではなく。

 

 >自分を信じてくれる?

 

「勿論です。マスター」

 

 >じゃあシールダーを信じていい?

 

「それは……………………」

「約束、できかねます」

 

 彼女らしからぬ長い沈黙を経た否定。どんな表情で口にしていたのか、今の藤丸からは確認できない。信じてほしいと言ってくれたら、それで自分は決断できるのに。

 

 一度に襲い掛かる光線が二本、三本と増えていく。

 スフィンクスの前足が宙を掴んで蹴り出すたび、空が震える。

 

 風が逆巻く空域の中、錐揉み回転から曲線を描いて降下、急上昇。前後左右をスフィンクスの光線が襲い、紙一重の差で避け続ける。すれ違いざまに巨体が生む風圧を受けて吹っ飛ばされそうになる自分をシールダーが押さえ付ける。

 

「マスター、指示を」

 

 当初、3匹と報告されたスフィンクスは5匹にまで増えていた。その爪が至近で振るわれるまでに至って、藤丸はとうに気付いている。

 

 狙われているのはシールダーだけだと。

 

 周囲を飛び回り、この艦の進行方向の先に光線を置いて進路を妨害。軌道を変える際の僅かな隙を見計らって咆哮をぶつけてくる。風圧の壁は艦の動きを止め、その一瞬に別の一頭が本命の爪と光線を浴びせる。巧妙な連携戦略によって、本当ならとっくに墜落させられているはずだった。

 それをまるで、あえて最後の一撃を外しているとしか思えない形で攻撃してきている。もっと踏み込んで言えば、宝具の絶対防御に守られたシールダーを執拗に狙いつつ、ギリギリのところで藤丸には攻撃が当たらないよう細心の注意を払っている。

 そう思えば、先ほど繰り返される交差。猛スピードで横を駆け抜けては吼える動作もまた、風圧で吹っ飛ばしてシールダーを引きはがそうとしているかのよう。それともシールダーから藤丸を引き剥がすためだろうか。

 

 スフィンクスは明らかにシールダーだけを敵視している。

 

 ひょっとして自分は大変な間違いを犯しているのかもしれない。

 最初にこの特異点に落ちてきたとき、ほんの少し自分から手を伸ばして鈴鹿御前の手を取っていれば牛若丸とも土方さんとも敵対せずに済んだのではないか。

 

 息が苦しい。目を閉じて深呼吸をしようとするけれど、うまくできない。吹き付ける風は深く吸い込むことを許さないくせに、肺は短く息を吐いてすぐまた次の酸素を求める。

 

 藤丸立香はいつだって仲間を信じてきた。なら今、仲間を信じるとはどういうことなのか。

 不安に駆られて過去を思い起こす思考が、この特異点最初の出会いで止まる。透き通った青い瞳。理知的で、少し不安げで、その癖正面から覗き込んで目を離さない。期待と信頼に満ちた眼に、大切な相棒を垣間見たから。

 信じることにしたのだ。

 

 >反撃はしない。一番早い移動手段を出してほしい。

 

「はい。では、この状況で最速の移動手段は変則アーラシュフライト式だと考えます。私がマスターを撃ち、オジマンディアス王の神殿まで吹き飛ばします」

 

 >なるほど!?

 

「宝具による絶対防御で私とマスターはダメージを受けません。しかし運動エネルギーまで無効化されるわけでないのは今体験している通りです。弾道計算は私の得意分野ですので任せてください」

 

 いや、確かに筋は通っている。帰りを考えずに直線での最速を求めるなら、確かに撃たれて吹っ飛ばされるのが一番速そうだ。反動で加速する本来のアーラシュフライトだと、流れ弾がスフィンクスを傷つけてしまって防御が解除されるのが怖い。

 

 >よし、頼んだ。

 

「はい。弾丸がマスターをすり抜けていくと威力の大部分が失われます。ですので、これを持っていてください」

 

 銃。この場合は銃にくっついている盾がメインか。

 

「重防楯付きの機関銃です。弾は抜いていますので、暴発で軌道がブレる心配はありません。この盾を砲撃します。気絶しないよう、気を付けてください」

 

「――ファイア」

 

 ◆

 

 黄金に輝く神殿は、眠り続けるには眩しすぎる。目を覚ました藤丸は、軽い頭痛を覚えた。

 

 服が無事なのは、シールダーにとっては服もまた守るべきマスターの一部だからか。

 それとも逆に、彼女の操る武装たちは守るべき彼女の一部ではないということなのか。

 

 起き上がって、黄金の道を走り出す。

 

 一面の黄金色。壁に掘られた文字はまるで読めないし、壁画も何を意味しているかさっぱり分からない。なのに、飽きない。廊と部屋とを抜けるたびに光源の向きと光量が変化していく。空間が広がっては狭まり、視界を流れていくエジプト文字が生きているように美しい。深彫のレリーフに反対側の紋様が映り込んで立体的な像を成す工夫。部屋を進むにつれて光が影を作っていき、彫り込まれた壁画がまるで動いているみたいに表情を変える。

 思わず止まりそうになった足を軽く叩いて、もう一度走り出す。見惚れている場合じゃない。壁画の中にメジェド様イラストを見つけてなんだか嬉しくなるのは仕方ないとしても、それで足を止めてはいけない。

 

 分かれ道が前に見えて、右か左か思案しているうちにもう分かれ道にたどり着いてしまう。左、黄金。右、黄金。分からない。

 そう思った矢先、右手にスフィンクスが現れた。星空の色を閉じ込めた身体は、オジマンディアス王が操る中でも最強クラスのスフィンクスのそれ。コスモスフィンクス、正式名称で言えばスフィンクス・ウェヘ厶メスウト。この巨獣が悠々と歩ける広さ、遥かな高みにある天井を改めて思うと眩暈がしてくる。

 

 スフィンクスは藤丸を一瞥すると踵を返して奥へと歩き出した。

 ついてこいとでも言うように。

 




透化:A
精神面への干渉を無効化する攻性防壁。セキュリティ・アプライアンス。

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